12.異人6 人畜有害


 艦長は退屈そうに足の裏をほじくっていた。

 それはそうだろう。先程からモニターに映るのは面白くも何とも無い白い壁ばかり。そしてようやくそれ

が終わったかと思えば、次は無意味な自然の風景。緑が緑色をしているからと言って、それが一体何だと言

うのだろうか。自分に森林浴とか言う風習でもやれと、そう言っているのだろうか。

「理屈頭くん」

「ギー、如何されましたか、艦長。もし喉がお渇きでしたら、もう少し御待ち下さい。コックが後数分もす

れば用意し、そして更に数分もすれば艦長の目の前にそれはあるでしょう。それ以外のお話しでしたら快く

承りますので、理路整然とお話し下さい」

 しかし先程から捕食機械を任された理屈頭はそれを何とも感じていないらしい。彼はどうやら一々説明し

てやらなければ、何も理解出来ない頭族らしいのだ。しかも一々話す事も聞く方が面倒になるほど、回りく

どいと言うか余計なモノが多すぎる。

 だからこの頭に普段あまり話し掛ける者はおらず。また理屈頭が話していても、皆耳を貸さない事の方が

多い。それでもこの頭はきちんと喋れさえすれば満足らしく、あまり周囲の態度は気にしてはいない様子で

あった。

 まあ異人にとって自分だけが気持ちよくなる事ほど、他に大事な事は無いので、これはこれで一つの至上

の形と言えるだろう。他の者がどう思おうと、本当はどうでも良い事なのかも知れない。自分が自分を好き

でいられれば、心には他に何もいらないのである。

 そう出来ているのだから、それに文句を言ってもらっては困る。苦情は他に回してもらいたい。

「君には以後、五文字以内で話す事を命じる」

 しかし流石の艦長も理屈頭には閉口しているらしく、それでも話さない訳にはいかないから仕方なくこう

命じた。気に入らなければ栓を抜けば良い物を、意外にこの艦長は面倒見も良いのかも知れない。多分に気

まぐれか、気が触れただけかも知れなかったが。

 ともかくこの艦長は意見を変えやすいので、一瞬たりとも油断が出来ない。そして、そうであるから艦長

であるとも言える。周りを油断させ、安心感を与えるようでは責任の最も軽い艦長などは務まらない。

 浮世の無常気分とでも言おうか、末期の酒とでも言うべきか、そのような気持を常に持つ事が大事なので

ある、おそらくは。

「承りました」

「うむ、良いね。君は解っているようだ。だがもし先程の言葉に読点でも付いていようものなら、即失格だ

ったがね。いやいや運の悪い頭だよ」

 そう言うと艦長は物足りなさそうに掌を叩いた。

「・・・・・」

 それ故に理屈頭は必要以上に口を開かない事にしたようだ。一度口を開くと、きっちり最後まで話さない

と気がすまなくなってしまうからだろう。返事応答くらいならまだしも、余計な感想など洩らそうものなら、

すぐさま艦長の毒牙にかかってしまう。

 何しろ今自分は責任重い艦長の暇つぶしの相手と言う重役に付いているのだから。

 話さないとこの頭の理屈頭としての特色も薄れてしまうのだが、今はそれも致し方無い。かと言って何も

話さないでいると艦長がすぐに飽きてしまう。

 ここは頭らしく、頭を使って生き延びなければならない。理屈頭にとっても現状は捕食機械と同じくサバ

イバル真っ只中であったのである。



「しかし退屈だね」

 艦長の声に全身を震わせるその場の頭達。いつ艦長の気まぐれで栓を抜かれるか、それが途方も無くスリ

リングで楽しいのかも知れない。単に恐怖と言うのとは少し違うように思えた。

 異人達は常に刺激を求めており、蒼人を観賞しようとするのも、その愚かさと脆弱さに笑いがあるからと

考えれば。例え自らの滅亡さえ、幾許かの幸せだと考えてもおかしくは無いだろう。

 まあそうは言っても、やはり抜かれてしまえば色んな事を後悔するには違い無い。異人達も生命体である

以上は自らの存続を最上と考えるのが基本であるだろう。そこに蒼人の言う武士道、騎士道、殉職精神、犠

牲愛、そう言った感覚があるとすれば、また別かも知れないのだが。

 だが他者の命を、名誉を・・・ならばまだ解るとして。他者を笑わせる為だけに自らを犠牲にするとは少

し考え難い。だが、異人達はあくまでも異人であり、その考えが何に基づき。そして何を基準としているの

かも解らないから、果たして何がどうであるのかは解らない。

 解る事と言えば、この艦長は気まぐれの上、退屈が嫌いであり。そして数々の頭達は彼を退屈させない為

に必死に行動していると言う事だけだ。更に頭達だけでなく、全搭乗員の命も全権もおそらくはこの艦長が

握っているのだろう。

 奴隷、とまでは言わないまでも。それに近い扱いが自然に行われているのであった。

 頭達がそれに対しては文句も言わない事は、異人達にとってそれが自然と言う事なのだろう。まあ、艦長

が怖くて何も言えないと言う可能性も多々あるが。

「白ばかりの次は緑・・・。良いかね、私はこんなモノが見たい訳では無いのだよ。君達もそうだろう。こ

んな食えも笑えも出来ないような無価値なものを、誰が好き好んで見ている馬鹿が居るだろうか。いや、そ

う言えば知り合いに結構居たかね。まあ、良いよ。何にしても、先程からうだうだと回りくどい捕食機械の

独白などを、聞いていても仕方が無いだろう」

 艦長はご立腹へと確実に近付いている。

 理屈頭としてはそれに対しての返答は大雑把に纏めて五千文字くらいはいけそうな気はしていたのだが。

流石にそれを五文字にまで縮めるのは難しい。そのような圧縮言語を生み出す事が出来るなら、おそらく彼

はこんな所で艦長の相手などせずに済んだだろう。

 しかしそんな理屈頭に天啓が降りてきた。この瞬間、彼は文字通り天才であったのかも知れない。

「ギー」

 即ち相槌を打つ。相槌だけを適当に打っておく。この芸当を編み出したのである。

 しかも、ギー、これほど便利な言葉も無い。その言葉には否定も肯定も含まれており、全てを内包しつつ、

適当に聞いた側が良い方に取ってくれると言う、真に素晴らしい言葉であったのだ。

 数字で言えば零、蒼人の言葉では禅の境地。そんな風に例えられる言葉だろうか。

「なんだ、その態度は」

 しかし艦長はその言葉に当たり前のように怒り、そして理屈頭の栓を抜いたのだった。ようするに艦長は

その言葉を悪い方へと取ったらしい。いや、もう理屈頭に付き合うのが面倒になったのかも知れない。小一

時間も同じ頭と居れば、それは飽きてくると言うものだ。

 刺激とは鮮度であり、ありふれたモノには何も刺激は受けない。

「まったく、どうしようもない頭だ。まあ、そろそろ飽きも来ていたから丁度良いか。では次は気楽頭にし

ようか。もう面倒なのは御免だからね」

 次に指名されたのは気楽頭であった。脳天気頭に近い頭種だが、この頭ならば難しいモノは無く、何でも

気楽にしていられるだろう。

 ちなみに理屈頭の皮は不味そうだという艦長の言でダストシュートから宇宙へと捨てられたらしい。艦長

は実はグルメでもあるようだ。真に始末の悪い艦長である。 




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