14.蒼人12 異人7 敵意無用


 廊下を右方向へと進む。程なくして思ったとおり階段を見付ける事が出来た。

 そのまま私は階段を駆け下りる。大き目のプレートには3Fの文字が描かれていた。今考えれば、私の居た

部屋の部屋番号を見れば良かったかも知れない。まあ、そんなものがあったかどうか、私も解らないのだが。

もしあったとすれば、当然受付に何号室の方かと訪ねられる事だろう。

 まあ、何とかなるか。

 階段を転げるように下りながら、私はそんな事を考えた。そしてまるでこの階段が永遠に続くかのような妄

想も浮かぶ。頭の端にチラチラとそんな事が思い浮かぶのだ。

 森の事と言い、私の頭はどこか壊れてしまったのかも知れない。妄想が妄想を呼び、いつかは妄想に支配さ

れてしまうような、そんな錯覚すら覚え始めたのは、私の気のせいだったのだろうか。

 思えばこの時からすでにおかしかったのかも知れない。いや、私は生まれた時からすでにおかしかったのだが。

 ん、私は一体何を言っているのか・・・・。

「はあ、はあ、はあ」

 息が荒くなって来ている。走れば疲れる、そんな当たり前の実感が今は何故か嬉しかった。私はきっと、ま

だまともでいられている・・・・。そんな風に思える。

 私の妄想に反して、一階まではあっという間だった。足に疲労感が残るが、目的地に達したと言う不思議な

充実感が私にそれを忘れさせ、胸奥に希望めいた光を灯させている。大げさと言われるかも知れないが、何し

ろ私は不安でたまらなかったのだから、その辺は多めに見て欲しい。

 しかし何と私の心と言うものは移ろい易く、また不安定で何事にもすぐ反応し、そして流されてしまうのだ

ろうか。

 一階は天井の高いホールとなっていて、すぐ側には受付らしき場所が見える。

 私はホッと一息を吐きながら、先ほどとは違いゆったりとそこに近付いて行った。

「どうかされましたか」

 受付に居た女性が微笑む。

「あ、はい。変な事を聞くようですが、私は一体なぜここに居るのでしょうか」

 我ながらおかしな質問だと思ったが、本当に何もわからないのだから、これ以外に聞きようも無い。だが質

問のおかしさを自ら解っているだけに、額の辺りに汗がにじむのを感じた。出来ればもう二度とこんな馬鹿

げた事は言いたくないものだ。

「そうですね、療養の為でしょうか。取り合えずお部屋でお待ちください。係りの者がすぐに伺いますから」

 しかしその女性は不審な顔をするどころか、まるで手馴れた質問に答えるかのように、すんなりと私にそう

言ってにこやかに微笑む。

 その顔を見ていると、何か私の背筋に冷たいモノが走るのだが、それは何故だったのだろう。何かおかしい

気もしている。・・・いや、そんなはずはあるまい。何事もなるようになるはずだ。

「解りました」

 だから私はそれに素直に従う事にして、そのまま鸚鵡返しに下りたばかりの階段を上がって行く。

 しかし先ほどの女性が私の問いに関して何一つ答えてくれなかったのが気になり。私は迷ったものの、もう

一度一階へと戻る事にしたのだった。

 そして再び受付まで行くと、だが先ほどの女性はもうそこにはおらず。また何の気配も感じない。

 まるで誰一人としてそこに居なかったかのような、そんな不可解なモノを感じた。

 私は一体、何処で何をやっているのだろうか。

 無意味な事を無意味なまま、無意味に時間だけが過ぎていくような・・・・。何をやっても一人相撲

である気がするのは、それは私の気が滅入っているからなのか。

 満たされないモノを感じる、心の飢えを・・・。いや、実際に身体も飢えているのかも知れない。そういえ

ば私は未だに何も口に入れていない気もする・・・。

 先ほどの女性は・・・・美味そうだったな・・・・。



「おかしい」

 艦長は少し前から、もう疑問でたまらない様子であった。

「皆もおかしいとは思わないかね」

 そして頭達にも疑問を促す。

「ギー」

 勿論頭達はそれに肯定の意を示すだけである。艦長に簡単に、いや絶対に逆らえるはずも無く、逆らおうと

する考えすら持っていないようである。何しろ艦長に疑問を持つ事は頭にとって、即ち終わりを意味するのだ

から。

 その為の頭であり、そうであるからこそ頭をやっているのであった。

 そう言うものである。そう言うものであるから仕方が無い。食べなければ死ぬのと同じ事なのだ。

「うむ、君たちもそう思うかね。この捕食機械も耐久性はそこそこだったはずなのだが、頭達の技術も衰えた

ものだな」

 艦長はそういってため息を吐く。

「そう、まるでこれでは妄想頭ではないか。しかも必死に気楽頭を装っているように思える。そうは思わない

かね」

「ギー、ギー」

 頭達は背筋を縮めて肯定の意を現した。全ては肯定するしかないのであり、これまた当然の結果でもある。

そしてそれこそが頭生と言うものだろう。頭冥利に尽きると言っても良い。こうして艦長から必死に生き延

びる事の何と楽しい事か。一寸先は闇と言うすばらしきスリルある頭生だ。

 やはり頭として生きるには、こうしたスリルが無ければ頭とは言えまい。

 しかし現在捕食機械を担当しているはずの気楽頭は、何故か艦長の言に対して何をしようともせず。ただ必

死に切実にモニターに目を向け、まるで何かを耐えているかのように見えた。

 せっかくの頭であるのに、これはどうした事なのだろうか。これではスリルどころか頭生が終わってしまう

では無いか。

「ん、どうしたのかね」

 悪い事には逸早くそれに艦長が気づいてしまったらしい。それも当然で、艦長を容易く誤魔化そうなどと

は、頭風情には千億年は早いのだ。

「ぎ、ギー」

「む、まさか・・・・そうだ、お前はやはり妄想頭ではないか。これは何とした事か!」

 何と言う事だろう、皆が気楽頭だと思っていたのは単なる妄想頭だったのだ。

 外見が同じであるから頭の区別は難しいのだが。しかし艦長が判別を誤るとはこれは正しく一大事、一大事

件到来と言わねばなるまい。

「うむ、間違えたか。これは所謂偽証罪である」

 だが艦長は皆がそんな事に気づく前に、颯爽と妄想頭の栓を抜いたのであった。責任転嫁、そういえるかも

知れない。しかしそう言う事も自然に出来るからこその艦長なのである。

「もう、いちいち頭を決めるのはもう止めだ。これからは自然のままの捕食機械でいく」

 こうして捕食機械は自然のままで宣言が下され、頭以下船員達は当たり前のようにそれに従ったのであった。

これもまた一つの大きな事件だったと言えよう。

 それは捕食機械にある程度の自由が生まれた事も意味している。結果としてそれが捕食機械を苦しめ、そし

てより多くの脆弱な心、つまりは笑いを異人達に提供してくれるのだろう。

 艦長がそれを意図しているかどうかは別として。

 どちらにしても、一人艦長だけがご満悦だった事は言うまでも無い。それが全てであり、艦長が良ければ全

て良しなのである。そこは気にしてはいけない。

 そんな事を気にするのならば、他に気にしなくてはいけない事も多いはずだ。いや、多いのだ。




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