17.異人8 蒼人15 天命


 モニターから流れる心地よい森林の囁き、寒くなっているとは言えまだまだ木は生い茂り、風がそよぐ

度に様々な音色を奏でている。

 しかしそんな音色がどうこうしようと、異人達にとっては無意味な物である。

 と言う訳で、流石にと言うのかやっぱりと言うのか、艦長は程良く苛立ち始めていた。

「緑がたくさんある。確かに緑だが、その緑が緑だからと言って、緑が何だと言うのかね。君達は私に緑

になれとでも言いたいのかね」

 そしていつもの如く側近のようになっている頭達へと、その苛立ちをぶつけ始める。

 そもそもは艦長自身が捕食機械に自由にやらせようと言ったのが、この緑物語の始まりだったのだが、

しかしそんな事が通じるようなら初めから艦長になってはいないだろう。

 他人の手柄は自分の物、自分の失敗は他人の物。それが艦長となるべき者の異人哲学なのであった。

 真に素晴らしい艦長ぶりと言って良いと思われる。これは紛れも無く艦長である。

「だからと言って、私が白が好きだったなんて思われては困る。私はそもそも白や緑を見る為に、こんな

モニターを馬鹿みたいに眺めている訳では無いのだよ」

 喋っている内に尚更腹が立ってくるらしく、腹いせに栓でも抜いてやろうかと、艦長は自らの頭を七光

りさせて頭達を威圧しだしたようだ。

 こんな時の艦長は否応無く栓を抜いてくるから気を付けなければならない。いつも否応無いではないか、

等と言う疑問はくれぐれも持ってはいけない。そう言う細かい所に気付いても、黙っておくのが身の為で

あり、処世術と言うものだ。

 汚いと言われても、所詮弱肉強食の異人社会にはそんな道徳的に誤魔化されたプライドなどは通用しな

いのである。

 特に頭程度ではそんな権利とは甚だ遠い。言って見れば艦長のおもちゃ以下の存在である。そして頭達

もそれに甘んじている。甘んじているからこそ、頭達も頭でいられるのだ。頭が頭でいたいかどうかは、

それはまた別として。

 頭談義はさて置き、ともかくも艦長はいつものように不満であった。結局何をしても不満なのではなど

とは、決して口にしてはいけない。

 艦長を甘く見てはいけない。いついかなる誰の悪口ですら艦長は聞き分ける。だからこその艦長なのだ

から、くれぐれもそこは気を付けないといけない。例えモニターごしとは言え安心してもいけない。

「ギー、では私が操作受け持ちましょうか」

 一人の頭が恐る恐る声をかける。おそらく御節介頭だろう。

「む、捕食機械に勝手にさせると言っておいただろう。何だね君は、君は私のやる事に反対でもするのか

ね。私の言う事を聞くくらいなら、足首でもこそばしていた方がマシとでも言うのかね」

 当然のように憤慨する艦長。艦長に意見するような頭は、頭として生かしておけないと言った風である。

いや、丁度良い暇潰しを見付けた風である、と言い代えた方が良いだろうか。

「まったく、ギーギー言えばそれで済むと思っているのかね。そんな頭にはこうしてあげよう」

 そして艦長はその御節介頭の栓を抜くと見せかけて、なんと新たな栓をその頭に刺したのだった。

「ギィィィィィィイ!!!」

 御節介頭は痛いのか気持ち良いのか解らないが、とても変な叫び声を上げて暫くのた打ち回った後、頭

長へとランクアップしたのであった。頭長になると、なんと一度栓を抜かれてもセーフと言う真にラッキ

ーな存在となる。

「そしてこうもしてあげよう」

 しかし艦長はあっという間に栓を二つ抜いた。あっけなく萎んでいく御節介頭。そう、結局は二つとも

抜かれれば終わりなのだ。持ち上げてから叩き落す、これ以上の快感はあるまいと、艦長は新たな興奮に

歓喜し。一先ず捕食機械の事は忘れたのだった。



 この丸太小屋で助けられてから平穏な日々が続いている。

 行き倒れてから数日が経ち、私はここの暮らしや仕事にも慣れてきていた。

 日の出と共に起き、草木を切ったり採取したりと大男の研究の手伝いをしながら、今日の食材を集めて

娘に渡す。

 それから一家団欒と食事を摂り、日の入りと共に就寝する。

 電気も水道もこの丸太小屋までひいてきているのだが、ほとんど使った事は無い。食材の調理も主に薪

を集めてそれで火をおこしているようだ。

 節約しているのか、それともそう言った物を使う必要も無いのか、或いは使用量を制限でもされている

のか。はたまた敢えて電気等を使う生活を避けているのか。

 その辺の事情は良く解らない。

 でもそんな事はどうでも良いように思える。知らなくても解らなくても、それはそれで良い。そんな疑

問よりも、私はここの生活が好きになり始めていた。

 ここは暖かい。

 今まで心の底にあったもやもやしたモノも、ここ最近はまったく感じなくなっている。それでも時折何

かに対しての飢えを感じる事もあるが、それも耐え切れない程ではなかった。

 私の心は平穏へと向かっている。だから私にはそう思えていた。

「だけど、ここにいつまでも居る訳にはいかない・・・」

 この親子が好意的に接してくれているとはいえ、それにいつまでも甘える訳にはいかないだろう。何日

も滞在を続けていては、この親子にも迷惑がかかるように思える。

 居心地が良いからと言って、まるで自分の家のように住み込まれては耐えられまい。

 しかしそう解ってはいても、この暖かさからどうにも離れ難く。私はその後もずるずるとこの小屋で時

間を過ごして行った。

 その内、次第に私は自分がおかしくなる瞬間を感じ始めた。自分が自分で無く、まるで誰かに操られて

いるようなあの感覚。以前から同じような感覚は抱いていたが、しかし今回は少し違う。

 操られると言うよりは、自ら欲するような。そんな奥底から湧き上がる感情を私は感じ始めたのだ。

 ただ、その感覚をはっきりと把握する事が出来ず。私は戸惑ってしまっている。

 自ら欲する。しかし何を欲しているのか、一体何をどう求めているのか。その一番大事な所がまったく

解らない。

 そんな悩みと感情に蝕まれるにつれ、私の身体にも異変が起こり始めた。いや、異変と言うほど大層な

ものではないが、少しずつ熱病に犯されていくように、私の身体も何かに蝕まれて行ったのだ。

 身体がだるく、段々と私の言う事を聞かなくなっていく。

「これはいかん。暫く休んでいると良い」

 大男は無理をせず休むように言ってくれた。

 私はこれ以上世話になる訳にはと、それを暫くは固辞していたのだが。そうしている内にいよいよ身体

の方が言う事を聞かなくなり、止むを得ず休むしか無くなってしまった。

 多分疲れが出たのだと思う。大男が言うにはこのような森に住んでいると、たまにおかしな熱病にかか

ったりする事もあるのだと言う。森は人に役立つ物の宝庫でもあるが、病原体の宝庫でもあるらしい。

「とにかく休んでいてくれ。何かあればあの子になんでも言ってくれれば良いから」

 大男は娘を私に看病として付けてくれ、申し訳なくもどうしようもなく、私はその小屋で静養する事に

なった。

 しかし何かとても嫌な予感がするのは気のせいだろうか・・・・。

 私はここに居てはいけない。そんな気がするのはどうしてだろう。




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