3.異人2 蒼人2 目的


 艦長は少し不満であるようだった。

 眼前に在るモニターには捕食機械から送られてくる映像が映し出されているが、しかしながら彼らが待ち

望んでいる映像はまったく送られてこなかったのである。

 送られてきたのはどうでも良いような捕食機械の独白ばかり、これではわざわざ科学者まで会いに来たか

いも無いと言うものだ。

「何だね、これは。こんなものを見る為にわざわざこんな機械を造ったのか」

「ギー、面白くする為の記憶喪失が仇になったようです」

 科学者は申し訳無さそうに肩を叩いた。

 計算ではすでに見せ場の一つ二つは起こっているはずで、その為にわざわざ小さな村の近くに配送したの

だが。なかなか肝心の捕食機械が行動を起こさない、まったく蒼人の心を持たせているだけあって愚鈍な機

械である。

「この程度では皆に見せる訳にもいかんな。これは君の責任問題だよ」

 異人は気が短い。そして常に結果を出す事を強いるのだ。

 艦長は期待していただけに尚更苛立ちも募る。これでは折角の科学者のイカレ頭が、イカレ頭でいる意味

が無いではないか。まったくもって無意味な存在ほど腹立たしいモノは無かった。

「君の処分も検討せねばならない」

「そんな、御待ち下さい」

「他にあの捕食機械を制御出来る者はいるかね」

 艦長の言葉に無言でその場にいたイカレ頭以外の科学者の全員が手を上げる。

「なんだ、誰でも出来るでは無いか。それでは君の存在の意味がないよ」

「そ、それは」

 慌しく手首を鳴らすイカレ頭の科学者。そしてそれを見ながら他の全員が哄笑した。

「それだ、それだよ。やれば出来るじゃないか、それを我々は求めているのだ。その脆弱な心、見ていて真

に滑稽であるな」

 誰でもその弱さを見ることは非常に楽しいものである。ましてやあのイカレ頭がそれをするのだから、こ

れほど愉快な事も無いだろう。

 だがしかし。

「だが君にそれを望んでいる訳では無いのだ。我々が望むのはもっと大きな愉しみであり、それはあの捕食

機械こそが齎してくれる。であるから、やはり君は用無しであるな」

 その船の全権は艦長に委ねられている。弱き者、役立たずなどはよりよい社会と平和な笑いの為にも排除

しなければならない、早急に。

 そして艦長はおもむろにそのイカレ頭の科学者から深く刺さっていた栓を抜いた。

「!!!!・・・・・・」

 そのイカレ頭は無様にもそこから妙な気体を流し終わると、干し枯れたように萎んで皮きれのみとなって

しまったのである。そしてその皮きれを美味しそうに頬張る異人達。同朋も死ねば彼らの食事となる。これ

こそ弱肉強食、自然界のあるべき姿であり、最も尊重すべきシステムであろう。

「さて、後任は君に任せる」

 艦長はイカレ頭の後任に真面目頭を任命した。似たようなのと一緒に居ると飽きてしまうからである。

 そして食事に満足したであろう異人達は再びその目をモニターへと向けたのだった。



 暫く進むと、私はあの特徴的な建物を発見した。交番と書かれているあの建物である。

 四角く狭く、そして何よりとても入りづらい場所ではあったが、私は我慢してその建物へと足を伸ばした。

民家の近くではあったが、案外この中で何が起ころうとも、外からは見ていないものだ。

 不思議な事に人間はいつも何処かに罪悪感を抱えている、つまりは後ろめたい何かが常に心にあるという

事なのであろう。だから無意識有意識にこの交番と言う法の一象徴から注意を遠ざけようとする。少しでも

関わりたくは無いと言う風に。

 そしてそのどれもこれもが私にとっては好都合だった。

 しかし何が好都合なのだろうか、私はこう言う時に自分の事がまた解らなくなる。人の目が届かないから

なんだと言うのだろうか。ひょっとすれば、私もその罪悪感と言うモノに支配されているのかも知れない。

 自分の記憶が無いだけにそれを考えるとそら恐ろしくもあった。

 今まで自分は誰かに襲われたか、何かの事故にでもあったのかと思っていたのだが。もしかしたら自分こ

そがその犯罪者かも知れない。

 そしてこの警察と言う存在から追われているのかも知れないのだ。

 そう思うと少し足が止まった。しかしふらふらと身体はそちらへと行こうとする。そしてその身体に引き

摺られるように足が前へ、前へと迫出して行く。まるで何者かに操られているかのように。

「まるで機械人形ではないか・・」

 ふと私はそのような事を思った。

 まあ、それも夢想にしか過ぎない。そんな物がこの世界に存在する訳が無いのだから。

「すいません」

「はいはい、何か御用ですか」

 交番に入ると、予想よりも人の良さそうな警官が一人愛想良く私を出迎えてくれた。

 胸元の名札には、三嶋、とそう書かれている。

 私は外見になんら損傷も無く、服装もおかしなほどきっちりとしたままなので、この警官は道案内を求め

てきたのだとでも思ったのだろう。彼は手元の地図を手馴れた動作で捲り始めていた。

「宿泊先でしたら、この先の民宿をお勧めしますよ。年季が入った建物ですが、料理が美味い」

 田舎町の警察など、やる事はこの程度か、後はスピード違反、駐車違反の取締りくらいのものか。半分旅

行代理店のような役目と相談役のような役目に変わっているのかも知れない。

 とにかく人の良さそうな男で良かった。色々とやりやすいだろう。

「いえ、それが・・・・。どうも私は記憶喪失になってしまったようで」

「・・・・・は?」

 その三嶋と言う警官は、案の定素っ頓狂な声を洩らし、大口を開けたままで目を丸くさせた。こういう時

人は本当に目が丸くなるらしい。私は心中で少し笑った。

「えーと、変な悪戯・・・・と言う訳でもなさそうですね」

 三嶋は不審そうな目をこちらに向けたが、私が如何にも真面目腐って居たので、少しは信じてくれたよう

だ。やはり人の良い男らしい、こう言う男はいつも損をする。憐れな男だ。

「まあ、とにかく話を伺いましょう。こちらへどうぞ」

 指し示された椅子に私は座り、その警官三嶋へと覚えている範囲で答えられる事を全て話した。彼は頷き

ながらその表情を徐々に同情を含んだものに変えていき、ある時静かに溜息を吐いた。

 するととにかく今日の寝場所と食事を提供してくれると言い、私は今巡回に行っている別の警官が戻って

来るのを待つ事になったのである。 

 どうやらこの男の家に泊めてくれるらしい。いよいよ私にとって都合の良い状況になりつつあった。

 しかしこの交番と言う場所の、居心地の悪さはどうなのだろう。




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