5.異人3 蒼人4 失望


 捕食機械から送られてくる映像が映るモニターの前で、艦長は著しく憤慨していた。

「なんだこれは!まったく刺激が薄いではないか、こんなものを君は望んでいるのかね」

 ようやく蒼人を捕殺出来たまでは良かったが。その後が何とも消化不良であり、機械もまったく弱さや絶

望感と言った面白いものを見せてはいないのである。

 これだから真面目頭はつまらない、そう艦長は吐き捨てるように思った。

「ギー、後始末の為に記憶を曖昧にさせたのが逆効果だったようで・・・これは予想外の事です」 

 自分が操作しておいて予想外も何も無いと思うのだが、どうもこの真面目野郎は言い訳じみた事をさも平

然と言う。しかも何処か責任転嫁している匂いさえある。

 まあ仕方が無い、所詮は真面目頭。口で言う程には使えないのが真面目頭であろう。

「もういい、君は必要が無い。そもそも私は君が嫌いなのだ、初めから」

 艦長は必死に肩を叩く真面目頭の栓をあっさりと抜いた。この栓は浅いから抜き易い。

「そんな・・・・」

 そして何かを言い残す暇も無く、無惨に萎む真面目頭。

「たまには真面目が良いと言う者もいるが、そんな奴の気が知れないな」

「ギー、ギー」

 無責任な艦長の言葉に頷く異人達。そもそも真面目頭を選んだのは艦長であるのに、そう言った事には誰

も触れない。過ぎ去った事は気にしないと言う美徳でもあるのだろうか。それにしては真面目頭の罪にはし

っかりと罰を与えているのだが。

 ようするにそう言うモノなのだろう。

「ギー、そう言えば真面目頭は不味いとか聞いたな。捕食機械が捕えた蒼人も一体ある事だし、こんな真面

目臭いのは捨ててしまおう」

 そう言うと艦長はダストシュートから萎びた皮きれとなった真面目頭を放り捨てた。まったくもって真面

目とは死んでまでも食えない存在である。

「蒼人は何処にあるのかね」

 艦長の問いに科学者の一人が答える。

「ギー、すでにコックが調理にかかっております。一応全員分は作れます」

「ふうむ、それは良かった。取り合いになると面倒だからな。まあ、私の権限を使って皆の栓を抜けば一人

占めだがな」

 艦長は一人高らかと笑った。その声に青ざめる他の異人達。

 艦長はそれを見て再び笑った。身の危険が迫り、恐れおののく愚民どもはなんと面白きモノなのだろうか。

まあ、異人達は少食でもあるので、艦長も流石にそんな事はしないだろうが。

 でもこの艦長ならやりかねない所がある。だからこそこの異人は艦長になれたのだ。

 そして艦長の栓を抜く技術は異人達の中でも特に優れている。

「しかし困ったな。イカレも真面目も駄目となれば、次は誰にすべきだろう」

 そんな時に一人立候補した者がいる。

「ギー、私にお任せを。私なら間違いありません」

「おお、脳天気頭か」

 こいつは深く考え無いだけに良いかも知れない。そう思った艦長は次はこの脳天気に任せる事を決めた。

今度こそ少しは楽しめれば良いのだが。 



 波の音に誘われるかのように、私は無言で浜辺沿いに歩いた。

 訳が解らない。一体何故私はここにいるのか、そして何をしているのか。何一つ思い出せず、言い知れぬ

虚無感だけが私を支配する。

 とにかくも他にする事も無く、只管に歩き続けた。

 そうして暫く進むと古びた小屋を発見する事が出来た。潮風で朽ち、今にも崩れそうな印象を受けるが、

しかしあのような建物は意外に丈夫である。まあ少なくとも今日明日壊れはしないだろう。

 私はその小屋に近付く。

 小屋には人影は無かった。いや、よく見ると人の気配がする。物置小屋のように雑多な物が積まれている

から見えなかったのだろう。今はその人影が面白い程に良く見えた。

「こんばんは」

 私は遠慮がちにそう言った。

 その人影は何事かの動きを止め、そして静かにこちらを振り向いた。

「なんじゃね」

 掠れたような古びたような声である。動きは機敏に見えたのだが、或いは思ったよりも歳を取っているの

かも知れない。・・・あまり歳を取っていては都合が悪いかも知れないな。

 ん、何の都合だろう。

「用が無いのならば、出て行ってくれい」

 暫しぼうっとしていたのだろう。その人に呆れたようにそう言われ、ようやく私は我に返る事が出来た。

私は何故か時折自分を見失っているような気がする、気をつけなければ。

「あ、いえ。どうも不慣れな者で、よろしければ町か人里への道筋を教えていただければと思ったのですが。

ご迷惑でしたでしょうか」

「ご迷惑と言われればそうじゃな。でもまあしかしこのご時世に迷子とはの」

 その人の笑い声が楽しそうに響いた。波の音に混じり、多少怖くもあったが。

「まあ、今はもう夜中だ。よければここに寝るが良い、また夜が明ければ道を教えてやろう」

 思った以上に気の良い人のようだ。私は記憶が無いだけにその言葉に安心し、つい甘える気になってしま

った。どうも何も覚えていないと言うのは寂しくて堪らない。それを埋めようとして少しでも人と関わりた

くなってしまうのだろうか。

 そしてこの老人が何も私の事を詮索しようとしないのが尚更ありがたい。

「ありがとうございます。それでは失礼して」

 私は静かに戸を閉め、室内へと足を踏み入れた。室内は薄暗く、証明の類は無いものの、月明かりが差し

てほのかに明るかった。

 小屋内に居た人物は予想通り年老いているようで、暗めにも皺深く見える。どうやら網でも編んでいるの

か、修繕しているからしい。今も手馴れた手つきで手を動かしている。

 漁師か何かだろうか。

 少し気になったのだが、しかしその老人はそれ以後何かを喋る事も無く、黙々と作業に集中していた。

まるで私が居る事等知らないように。それは私の目的にとって非常に良い具合であったが、どうにもこう老

人では仕方が無い。折角人気が少ない場所に居るのだが。

 そうして私は何かを諦め、その場にごろりと横になり。そのまま夜明けを待ったのだった。

 何を諦めたのか、その時何を考えていたのか、それは自分でも良く解らない。




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