9.蒼人8 異人5 決断


 私は布団を頭から被りながら、じっと耐えていた。まるで何かから自分の姿を隠すように。

 しかし私を駆り立てる原因は内側にこそある。何から隠そうとも、誰しも人は自分からはどうしても逃れ

る事は出来ない。私の心がそれを求める以上、まったく抗いようが無かった。全て人は所詮、己が心の下僕

なのである。それから逃れようとする私が馬鹿だったのかも知れない。

「うう・・・が・・」

「どうかされましたか?」

 私の葛藤が室外まで聞こえたのだろう。例の小美人が慌ててやって来たようだ。

 布団を被っている為にその姿は見えないが、おそらくは不安そうにこちらを見詰めているに違い無い。い

や、そうであって欲しい。むしろその為に呼んだのだから。

「お医者を呼びましょうか」

「い、いえ・・・・だ、大丈夫です」

 最早どうしようも無い。抗おうと言う気持すら失いつつある。まるで先程までの迷いが何かの力で強引に

押し流されて行くようだ。今まで迷っていた自分が愚かに思える程に、今は一つの事しか望めない。

「大丈夫だと言われても、とてもそうは見えません」

 小美人は私に近寄り、私の額に手を当ててくれた。じんわりとした暖かさが伝わってくる。それは人肌の

温もりというよりは、もっと内面的なものなのだろう。不思議なほど暖かい掌と言う不思議な物もこの世に

は存在する。

 しかし今私の望むのはそれでは無い。人の温もり、女性からの暖かさ、優しさ、そう言ったモノは男にと

って至上なモノである事は疑うべくも無いのだが。しかし私が欲しいのは、もっと熱いほどに滾るモノ。彼

女の血潮にめらめらと宿り、その肉に圧倒的に燃えるモノ。そしてその血と肉を人として存続せしめている

その奥底にある、言わばその人そのものを私は欲しているのだ。

 純粋に、誰よりも何処までも純粋に。つまりは私の求めるモノこそが真の女であり、人である。人そのも

のと言ってもいい。人が人である証、いや生物が生物となる為に必要なそれを、今脳が焼ききれる程に私は

求め焦がれている。

「・・・もう駄目だ。・・・流されてしまう・・・流されてしまおう」

「きゃッ!?」

 私は小美人の差し伸べられた手を掴み、布団の中へ引き倒すと、その身体を布団で包むように包装し。逃

れられないように布団ごしに渾身の力で彼女を抱き締めた。

 強く、深く、何よりも必死に。ただただ彼女を抱き締めた。いつまでも抱き締めた。

 暫くは何が起こったか解らないまでも、生きる執念のみで抵抗していた彼女だったが、いつしかその躍動

を止め、柔らかい人形のように一切の動きを失った。そしてその身体からごり、ごき、と不可思議な音が奏

でられる。

 布団越しに感じる彼女はまだ暖かく、とても柔らかく、恋焦がれるまま、そのままの彼女であったように

思う。

 だが私が感じ取れたのもそこまでであった。うっすらと頭が暗くなり、視界が消え、感覚が遠のいていき、

ゆったりといつものように暗闇の中へと私の意識は吸い込まれて行った。

 そしてそんな私がとても哀しかった。また目が覚めれば、この苦痛が待っているのだろうか。

 心のままに彼女を求め、そして求めたはずの彼女の血肉を手に入れた今。何故これほどまでに心が痛いの

だろう。満たされないのだろうか。

 一体、私は何がやりたいのだ。いや、何をやらされているのだろうか。

 誰か・・・・私に・・・救いを・・・・。



「良くやった」

 捕食機械から送られてくる映像を見ながら、艦長は強引頭に喝采を送った。やはりこう言う面倒な時は強

引頭に限る。これが脳天気頭や真面目頭だとしたら、時間だけがだらだらと流れてしまう結果となっていた

だろう。

「やはり私の頭選に間違いなど無いのだ」

 艦長はご満悦である。

「引き続き捕食機械の担当を命じる」

 とまで言った。あの艦長が栓を抜かず、それどころか不満に思わなかったとは、これは前代未聞の快挙で

ある。当然その場に居た各頭達も強引頭を褒め称えた。

 いつもは失敗続きの強引頭でも、たまに不思議と上手く行くときがあるものだ。そのくせその成功がとて

も大きかったりするから始末におえない。だが世の中とはそう言ったものなのだ。たった一度の成功、たっ

た一度の失敗で全てがひっくり返る事など後万とある。

「よし、後はあの血肉を運び、そして我等が食せば良いのだ。久しぶりの餌が待ち遠しい」

 つい先程食事をとったばかりなのに、この艦長はもうお腹がすいているらしい。それどころか食べた事す

ら忘れているのかも知れない。或いは艦長にとって一瞬前も100年前も共に等しく過去なのであろうか。

 そうして皆が浮かれていたのだが、そう言う時に限ってと言うべきか当然と言うべきか、ともかくここで

一つの事件が起こった。大した事件では無い、よくある事件である。取るに足らないと思うかも知れない。

しかしただ一つ間違いがあったとすれば、それは艦長がこの場に居たという事だろう。

 それは調子にのったであろう強引頭の一言。

「艦長、先程食べたばかりですよ。この血肉は蓄えましょう」

 そう、この一言から始まった。日頃の彼に似合わず、また誰も期待していなかったこの分別臭い一言。そ

してそれを言った後の強引頭の誇らしげなあの顔もいけなかった。

 当たり前だが艦長は艦長である。つまりはこの船の一切を取り締まり、全てを命じる全権を持つ者。そう

であるからにはこの艦長は勿論、他人の意見などは求めていないのだ。そんなものは聞きたくも無い。耳に

入るだけで不快である。

「君は何を勘違いしているのかね」

 艦長は先程から強引頭だけが誉められるのが腹立たしかった事もあり、不快げな顔で強引頭の脇の臭いを

嗅いだ。

「しかもこの臭いはなんだね。君は私よりも臭うとでも言いたいのかね。いやそうに違い無い。いくら何で

も君がこれほど臭うとは思わなかったよ。これほどまでに臭うのは艦長の二倍は臭うとでも言いたいに違い

無い」

「ギー、そんな事は思っておりません。そう思う艦長こそ、そう思って臭われるのではないですか」

 そして強引頭が強引頭らしく強引に納得させようとしたのも、また間違いであった。

「頭風情が艦長に意見するとは何事かね」

 そして艦長は流れるような動作で強引頭の栓を抜いた。もう見事と言うしかない。どうしようもない程に

栓を抜いたのである。それはキュポンかシュポッくらいの擬音をあげても良い程の抜きっぷりであり、流石

艦長と言わざるを得ない勢いがあった。

「どの頭もこの頭もどうしようも無い頭だ。もう良い、放っておけ」

 流石に面倒になったのか飽きたのか、艦長は捕食機械を捨てておく事にした。後は勝手に捕食機械が捕食

してくれるだろう。大体初めから頭などに任せなくても良かったのだ。この機械は自分で自由に思考出来、

行動出来るのだから。

 そうして艦長はブリッジに戻ろうとしたが、しかし三歩歩いてからくるりと振り返り。

「次は理屈頭にしよう」

 そう言って再びモニターの側へと戻った。誰も三歩先の艦長を推し量る事は出来ない。  




BACKEXITNEXT