死神の憂鬱１４

悲しめるだけ幸せか

　ふわふわ漂うような横薙ぎの風に漂う雪が、魂の欠片のようにも思える。人間の魂がこれほど清らか

な色であれば、自分がこんなに苦労はしてなかったなと苦笑しつつ。ゆっくりと窓から侵入する。

　泥棒で不法侵入のような気が改めて鎌首を擡げて来たが、玄関からチャイムで呼び出す訳にもいかな

いので諦めてもらう事にする。という事にしておこう。

「誰？」

「貴方をお迎えに参りました者です」

「ああ死神さんね」

　ベッドからほっそりとした影がむくりと起き上がる。こうして見ると人間も悪魔も死神も姿にまるで

区別がつかない。暗闇から声だけが耳に響くのは少し恐ろしくもある。この人間はよほど肝が据わって

いるのだろうか。

「うーん、怖れないのですね」

「ええ、慣れてますから」

「慣れている・・・・と申しますと？」

「ここの所多いのよ。いくら死神だって言っても、いい加減見慣れて面白みもないわ」

「左様ですか・・・」

　メモを改めて読んで見る。

「あっ、明かりありますか？」

　黙ってスタンドを点けてくれた。ほのかな球形がぽっかりと浮かび上がる。　

「ああ、なるほど・・・・・連戦全敗と・・・」

「らしいわね」

　メモには鎌が通じない体質なので要注意の事と、爽やかに記してあった。寿命は５年ほど前には切れ

ているようだ。

「うーん、ですが寿命が切れていると暇でしょう。エネルギーの供給も切れてますから、大して動けも

しませんし」

「ええ、そうなのよ。何だかいつも身体がだるくってしょうがないのよ。それで暇だから芸でもしてく

れない？」

「無理ですね」

「何故？」

「所詮バイトですから、大した力も無いのです。何しろなんの資格も取ってませんので」

「あらあら、この時代それだと難しいわねえ」

　そんな感じで一時間ほどばかり話し込んだと思う。

　寿命が切れると存在も希薄になるので、話し相手を探すのにも苦労するらしい。

「そう言えば、昇天するとどうなるの？」

「おや、誰も言いませんでしたか？」

「ええ、５年間一度も」

「そうですか。昇天するとその魂の送ってきた人生に応じて審判が下されます。それから新たな生を与

えられる魂と、餌にされる魂とに分別されます」

「ゴミの分別みたいね」

「ええ、まあそのような感じですね」

　気が付くと外から薄っすらとした明かりが差してきていた。日が完全に出ればバイトも終わる。どう

やらこれが最後の仕事になるみたいだ。

「さて、では大人しく天に還っていただけますか？」

「そうねえ・・・・そろそろ時間だしねえ」

「ええ、そろそろ時間ですね」

　太陽ももう下弦が地の端にかかっているのみである。

「こうやって粘り勝ちだったのだけれど、寿命が切れて生きていても死人には違いないって事もつくづ

く解ったし。そろそろ大人しくやっかいになる事にするわ」

「ありがとうございます」

「楽しかったわ・・・・」

　転がったのは鉛のような色合いも無い堅い石だった。

　もう魂も振り絞ったような印象を受ける。でもそれだけに一途に生きた、ある意味完成された形態だ

とも思った。生命とはかくあるべきか。

「微妙でしたねえ・・・・」

　日ははっきりとその姿を誇示していた。

　さて、仕事の出来は如何なものだろう。

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