死神の憂鬱５

放たれた戯れ

　気分を晴らす為にわざと遠回りをしながら疾駆する。

　切る風は冷たく溢れそうで優しくとはいかないまでも、静かに心を包んでくれた。これがあるからま

だやっていける。でも、何で自分はこんな事をやっているのだろうと考えると・・・・・うんざりする

からもう疑問自答をするのは止めた。

「・・・・二束三文も甚だしい」

　懐の石を思い出しながら計算する。割に合わな過ぎる。本来ならと言うより、宝石に変わるのが当た

り前なのに。人間裏表、善と悪があろうとも、少なくとも淡くは輝いているはずなのに。何でこんなに

くすんでいるのだろう。これなら、そこら辺の悪魔でも連れて来た方がよほどマシだった。

　仕事は量とつらさに正比例した賃金があるものなのに。

「割に合わない・・・・・。何で今から地獄みたいな生活に身を捧げないとならないのだろう」

　心底そう思った。しかもそこから逃れられない。

「まだこれだけの人数を・・・・」

　ノルマの残りを見ながら、もう飽きてきた溜息をついた。嘆いて報われるのなら、もう自分は識天使

クラスにはなっている事だろう。魔王クラスの方がいいかもな・・・。

　善行ばかりするのも憂鬱な気がする。

　気が付くと夜も深け、重苦しい黒に覆われていた。それを跳ね返そうとするネオンと明かりは如何に

も無駄な足掻きにしか見えなかった。

「もう人の顔なんて見たく無いな・・・」

　と言ってどうなる訳でも無く。泣きたくなる自分を隠しながら、ゆっくりとベランダに下降した。

　意外な事にそこからは静かに神様に祈る声が聞こえた。人の起こした宗教は教義も何も、所詮は人が

作ったものに過ぎないが。それでも、人が信じる事に意味がある。その祈りは確かに天に届く。

　しかしそんな敬虔な人間に今出会えるとは夢にも思っていなかった。

　前の二人を嫌々思い返しながら、書かれた住所を確認する。

　何度見返し確かめても、確かにここであっている。

　一体どういう風の吹き回しだろうか・・・・。外ればかりではやる気も出ないだろうから、一つくら

いはまともな仕事を与えているのだろうか。

「うーん・・・・」

　と考えていても仕方が無いので、静かに部屋に入る。

「何方ですか？女性の寝室に夜中に押し入る事は神の教義にはありませんよ」

「貴方をお迎えに来たのです」

　女性は怖れも敬いもせず、ただただ平静冷徹に振舞っている。

「お迎えと仰いますと？」

「天へのお迎えです」

「ああ。わたくしもついにこの日を迎えるのですね」

「ええ、お疲れ様でした」

　話を聞いてくれる。それだけの事がこんなに嬉しかった日は無い。

「やっと・・・・」

「はい、それでは行きましょうか」

「ええ、やっと天使長になれるのですもの」

「え？？」

「貴方迎えに来られたのでしょう、わたくしを？この天使長ルシファーの生まれ変わりである、この光

貴で美しいわたくしを」

「・・・・・・・・・」

　女は恍惚としながら、天使達に向けてのあいさつをしきりに考えている。その大半は自分への誉め言

葉と自分を称える言葉だった。

　もういい加減にしてくれ・・・・。

「すみませんが、貴方はただの人間となっておりますが・・・・・」

「ああ、どれほどこの日を待ちわびたでしょう。やっと神はわたくしをお許しになった・・・・。これ

でまた天界はわたくしだけのものですのね・・・・」

「いえ、ですから。そう言う事はありませんが・・」

「ふふ、まずはわたくしを馬鹿にした者共に正義の鉄槌を食らわすの・・・。頭がおかしいですって？

この光貴なるわたくしを侮辱した罪はコキュートスに堕とすくらいでは済まされません」

　お前を堕としたい・・・・魔王達の遥か下まで・・、この時心底そう思った。最早理不尽さへの怒り

しか湧いてこない。憂鬱だの溜息だの出来てる間は幸せなのだと初めて解った。

「アーメン」

「これでわた・・・・」

　わけの解らない色を放つ半透明の石を掴みながら、投げ捨てたい衝動を必死に堪えた。これなら半水

晶の類に見えない事も無いだろうと自分を誤魔化しながら。

　やはりまともな仕事なんか・・・・・。

　人間と言うよりも女性不信にもなりそうな、堅苦しい夜更けの一時だった。　　　

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