第一種遭遇

春風と共に

　　桜の舞い落ちる季節。人がスタートを切る季節。

　　新しい生活、新しい環境、新しい友達、新しい物達・・・。

　　入学式、始業式、入社、入居そう言った入の付く言葉が羅列する季節。

　　人が希望を抱く季節。

　「はああ・・・・」

　　そんな季節でも僕は溜息交じり。

　　今日も朝からパンは焦げるはクリーニング屋さんは日にちを間違えて、あわや始業式から制服無しで

　登校する破目になるとこだった。

　　今も犬に吠えられるは、道に落ちていた百円玉を拾おうと手を伸ばしたら、会社行きの慌てたおじさ

　んにぶつかられて馬鹿みたいに道を転がる始末。

　　その所為で折角綺麗に洗った制服も、もはや見る影も無く・・・・。

　　新学期一日目から挫けそうなそんないつも通りの日。

　　光もゆるゆると瞬いて、世間一般から見れば最上の一日になるはず。天気予報でも今日は気持ちがい

　いくらいに晴れますって太鼓判を押してた。

　　おまけに朝の星占いでもおうし座は今年一番のラッキーディ、ラッキーカラーは黒です。何て言って

　たのにさ・・・。

　「この真っ黒な学生服を着ててこの様はどういう事なのさ・・・」

　　溜息をつきつつ、早速汚れた学生服を繁々と眺める。

　　溜息をつくと幸せが逃げていくって言うけど、それなら僕の幸せはもうまるまる日本一個分くらいは

　逃げてっただろうな。

　「この天気も今は煩わしい・・・」

　　手を太陽に翳す。

　　そのまま空に溶け込んでしまうくらい澄んでいると言うのに。

　「折角早起きしたのになあ・・・」

　　まあ、僕の人生災難と隣り合わせだからいつも遅刻しないようにと、３０分は早く家を出てるけどさ。

　　そのまま変わり映えのしない景色をぽつぽつと歩く。

　　多分、日本の何処にでもある平凡な町並み、平凡な山。ただ、海だけは綺麗だった。多分、海水浴場

　として使ってないからだと思う。実家の近くに海水浴場がある友達が言ってた。客が来て賑わうのはバ

　ンバンザイなんだけど、その後のゴミの山が。解りやすいくらいに汚れた海を見るのは何か辛いって。

　何であいつらは来年また自分達が来る事すら考えられないんだろうなって。

　　僕には良くわからないけど、産まれた時からずっと見てるあの海がゴミに埋もれるのを見ないで済む

　事は、多分僕が漠然と考えるよりもずっと幸せな事なんだろうと思う。

　　海から、地球からすればそんな事取るに足らない事なんだろうけども。エコロジーだのなんだのって

　地球からすれば余計なお世話だよな。本当に綺麗にしたいならお前ら人間が消えてくれって感じだろう

　さ、きっと。

　　そうして学校へと続く大きな坂を登って行く。

　　皆は疲れるから嫌いだって言うけれど、海を常に一望出来るこの坂を僕は結構好きだ。汗かきの僕に

　は夏に登るには辛すぎるけども。

　　AM7:30・・・同級生達はそろそろ家を出るだろうこの時間には僕以外に見かける生徒もいない。僕だ

　けの時間、僕だけの道、僕だけの空と海。

　　のはずのこの場所に今日は珍しく侵入者が。まあ、始業式とかには早く来る奴もいるからなあ。

　　その娘ものんびりと海を眺めたりしながらてふてふと歩いている。

　　でも何だか変にキョロキョロしてるなあ。何て思いながら眺めていると。

　「あっ、貴方も霧浜高校の生徒さんですか」

　　その女の子が学生服にくっ付いている校章を見ながら照れくさそうに話し掛けてくる。

　　風になびく長い髪。切れ長の優しそうな眼にその白いセーラー服が良く似合っていた。

　「あのう・・・」

　　あっ、いかん思わずぼーっと眺めてしまった。

　「えっ、あっはい。そうですよ」

　　慌てて笑顔で取り繕う。小学生じゃあるまいし、もっとしっかりせねばと自分を叱咤する。僕はぼん

　やりが多いからなあ・・・。

　「えっと、学校へ行くにはこの道でいいんでしょうか？」

　「ああ、そうです。この坂を真っ直ぐ登れば・・・・ほら、そろそろ見えて来ましたよ」

　　僕はまっすぐに上に朧げに見えている校舎を指差す。太陽が眩しい。

　「ああ良かった。初日から遅刻はしたく無いですから」

　　その娘はにっこりと笑って一緒に眺めている。

　「えーっと、じゃあ転校生か何かですか？」

　「はい。今日からお世話になります。えっと、私は高見　春菜（タカミ　ハルナ）と言います。よろし

　くお願いします」

　　思い出したように慌ててペコリと頭を下げるその姿が、何だかとても可愛かった。

　　僕も笑顔で簡単に自己紹介する。名前は面倒くさいので紙に書いた。

　「ふふ、確かに変わった名前ですね」

　　二人して笑いながら歩いた。

　　何でも親の仕事の都合で引っ越して来たばかりらしく、その寂しさも手伝ってか僕達は中々に仲良し

　になってしまった。それから学校までの１０分くらいだったけど、朝の不幸も忘れるくらいに二人で笑

　った。何しろ間抜けな話何かは腐るほどあるからね。嬉しくないけど。

　　高見さんはその日の空のように良く笑う気持ちの良い娘だった。

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