人に与えられし命題

人生は偉大なる暇つぶしなり

　「あ～あ、出たは良いけど・・・・。こうなりゃ、僕もエコロジスト目指すかねい」

　　引くに引けずに家を出てしまったけど。まるっきり用も思い浮かばない。

　「なんとなく、ぶらり散歩って言うのも悪くないんだけども・・・あッ」

　　ぐにゃりと生柔らかいような変な感触がした右足を、嫌な予感と一種の諦めが心の中を横切る中、ゆ

　っくりと上げる。

　「・・・・ペットの後始末くらいしろって・・・」

　　慣れっこだと言っても、この悔しさとやり場の無い怒りが和らぐと言う訳でも無く・・・。

　「くおおおおおおッ！！この燃え盛る火の粉のような怒りは何処へ行けばいいんだッ！！宇宙か？そう

　だ、宇宙だな。そして銀河を翔けて燃える小宇宙となった僕の怒りはビックバンを引き起こし、無限な

　宇宙に内包される新たな空間と次元を創り出すんだッ！！！そうに違いないッ！！」

　　天に雄々しく叫んでも、手を伸ばしても虚しく虚空に霧散するだけ・・・・。この想い・・・やはり

　届かないのか・・・？空よ・・・貴方は何に祈る？

　　無限に広がる宇宙と僕らを遮るモノは、問うても問うても答えを出すことなく。

　　ただ優艶に漂うのみ・・・。こんなに狂おしく想っているのに。

　「ああ、空よ・・・・」

　「ヒソヒソヒソ・・・・ほら、あの子四丁目の木城さんとこの・・・・」

　「ああ、あの木城さんの・・・・・ヒソヒソヒソ」

　「あの子・・・・ヒソヒソヒソ・・・だから」

　「ええ、可哀想にねえ・・・・お母さんが早くに亡くなってショックを・・・ヒソヒソヒソ」

　「せめて私達が・・・・ヒソヒソヒソ」

　「ええ、暖かく・・・・ヒソヒソヒソ」

　「ヒソヒソヒソヒソ」

　「ヒソヒソヒソヒソヒソ」

　「・・・・・・・・」

　　僕は無言でそこから走り去った。世の儚さと丁度おばちゃんのゴミ捨て出勤時間に重なった己が不運

　を呪いつつ。

　「お母さん。世界が僕を苛めるんだ――――――――――！！」

　　と小声で、されど張りのあるバリトンでハミングも交えつつ叫びながら。

　「あれ？木城くんじゃない。どうしたの、そんなに急いで？」

　　丁度商店街の、行きつけのハイカラせんべいと言うお店の前で、誰かに呼び止められる声がした。

　　振り向こうとした瞬間、落ちていた校長先生の頭ぐらい艶々に光っていた煎餅の空袋でツルリとすべ

　り。上半身を90度回転させた不恰好な姿で、更に下半身と足首を逆方向に78度回転させながら、いつも

　通り精一杯豪快かつ格好悪く滑り込む。

　　大リーガーもかくやと思わせるほどの、それは見事なスピードと滑走距離だったと言う・・・。

　「き、木城くん！大丈夫？？」

　「はは、慣れっこさ」

　　びしっと立てた親指が何だか一人で虚しかった。

　「あ、歯から血がでてるよ。大丈夫」

　　ハンカチを当てがってくれようとしている様子。なんて優しいのでしょう。朝から人の情が目に染み

　まする。

　「ん、うん。歯って骨なんだよね・・・？？」

　「えっ？あっ、そう言えばそうなんだよね。そっか、歯って骨だよね。私何だかそれを聞いて新鮮な感

　じがしたんだけど」

　「僕も新鮮な感じを受けたから、その想いを誰かと共有したくて。うん、骨なんだよなあ。間違っても

　肉じゃあ無いんだ」

　「言われてみればって事。結構あるよね」

　「うん、あるよね～。高見さんもそう言うのある？」

　「えっと私はねえ・・・・・って、そうじゃないでしょ」

　　ビシッと突っ込まれてしまいました。こいつは朝から縁起が良いや。

　「まったくもう」

　　仕方無いと言った感じでハンカチを当てて下さいました。ありがたやありがたや。

　「世話かけるねえ・・・」

　「何一人で老け込んでるのよ・・・。これちゃんと当てておいてね」

　　それからゆっくり立ち上がられ。去り際に。

　「それ血付いたから引き取ってね」

　　とビシッと悪戯微笑で言われてしまいました。

　　不覚にもにへら～となってしまいました。

　「うへへへへへ～♪・・・・ハッ！？このままではいけない！！」

　　いきなりダッシュした僕に驚き慄く民衆を駆け抜け、２００ｍほど行って路地に颯爽とそれっぽく入

　る。勿論、マントを翻すが如き仕草は忘れない。

　「ふーッ、危うくさっきのおばちゃん騒ぎの二の舞になってしまうとこだったぜ。危うい危うい」

　　額に浮いた汗を拭いながら、さっき洗濯したばかりなのになと世の無常を呪いつつ吐息を整える。

　「人は学習せねばならない、このハンカチーフに誓って！！」

　　そうしてこの日の出来事を心に書き留めながら、僕は心から思ったのである。

　「腹減った・・・」

　　野良猫が同感だと言うようにウインクして通り過ぎて行った。

　「儚きをこの胸に」　　　　　　
　

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