男にとって最初の好敵手は

幾億光年の夜明け

　　麗しい夜明けと共に起きる朝。

　　清々しい・・・・なんて清々しいんだろう。心が洗われるようだ。

　　春の夜明けも冬に比べて少しぼやけ加減だけど、それがまた良い。そして何よりもこの暖かい日差し。

　まるで僕を祝福しているようじゃないか・・・・。

　「あはははははは」

　　そう僕の不幸を・・・・ううううう。

　「おっ、褌総。どうしたんだこんな早くから？まだ６時前だぞ。ああ、例の朝の一笑いか。健康にいいらしいな」

　　時計を見ながら朝陽に歯を光らせる中年男が一人。

　「そうそう。実は今日からそれ始め様と思ってさ」

　「んー、褌総。男はな、誤魔化しや虚勢で失敗するんだ、覚えときなさい」

　「・・・・」

　　目覚ましの時間を間違えたなんて言えますかい・・・。
　

　　早起きのおかげで食事の仕度がゆっくりと出来たのは良かった。不可抗力とは言え、たまにはこうい

　うのも良いかもしれない。時に生活のリズムを変えてみたりすると新鮮な感じがするし。繰り返しの日

　常、少しは自分で刺激を与えないと。

　「おひょっほほほほほほほほ～」

　「褌総・・・・・町内カラオケ大会では負けないぞ」

　「いえ。遠慮しときます・・・・」

　　奇声は刺激にはならなかったらしい。また一つ賢くなった僕であった。

　「それより父さんっていつもこんなに早かったっけ？」

　「ああ、たまにこの時間だと良い物が落ちてるんだ」

　「落ちてる？？」

　「そうそう、パソコンやらテレビやら拾い放題だぞ。おかげで食うに困らない訳だから、お前も今度祈

　っときなさい」

　　ま、まさか・・・・。父さんの職業とは・・・・。

　「父さんの仕事って・・・」

　「ああ、父さんはエコロジストだぞ」

　　天使の舞い降りた日・・・・。綺麗な沈黙って美しい・・。

　「エコロジストってなんじゃい！！？そんな職業があってたまるかッ！！」

　「なにおう、父さんが何をしようと勝手だろうがッ！有効利用とリサイクルに元手ただと三拍子揃った、

　素晴らしい仕事だろうが！！」

　　売り言葉に買い言葉。にらみ合う親子二人。視線がぶつかり合い、大気が震えそうな程に。

　「勝負だ、馬鹿息子めッ！」

　「おう。望むところよッ！」

　　テーブルを共同作業で端に避け、中央で背中合わせに立つ。

　「時計の秒針が１２時を差した時が合図だ」

　「おう、その時が下克上の瞬間だぜ親父」

　「フッ、この俺に勝とうなど文字通り十年は早いわッ」

　　一歩・・二歩・・・。ゆっくりと歩みだす。

　　秒針は０９００を差した。

　「褌総よ・・・。ふんころがしは我が子をゾウの糞の側に突き飛ばすと言う・・・、手加減はせんぞ」

　「望む所だ。勝負の世界に親も子も無いぜ」

　　三歩・・四歩・・・。すり足でじりじりと間合いを微調整する。

　　秒針が１２００を差す！

　「とおりゃあああッ！！」

　「老いたな親父。動きにキレが無いぜッ！！」

　　振り向き様、がっちりと指を組み合わせる。そして親指同士がぶつかり合う。一進一退の攻防だ、中

　央で震えあったままぴくりとも動かない。

　「腕を上げたな息子よ・・・。だが、経験の差という物を思い知るがいい」

　　父はいきなり指の力を抜くと、すぐさまくるりと右に一回転させる。思い余ってよろけた息子の指に

　鎌首を上げた蛇のように襲い掛かる！

　「くうっ！！」

　　辛うじてそれを避ける。だが父の指はさらに回転に磨きをかけ、デンプシーロールの如く左右から緩

　急をつけて畳み掛ける。

　「あっ！！」

　　叫び声を上げて気付いた時にはすでに遅かった。一瞬の隙をつかれ無様に倒れ付す。

　「６７８９１０！！」

　「あああ・・・・・」

　「ふふ、父を超えるにはまだまだだったな」

　　不敵に微笑む父。無様にひれ伏す息子。存在する距離は近いのに、その差は果てしなく遠い。

　「くそう・・・また負けた・・・」

　「ははは、デンプシーを破れぬ限りお前に勝利は無い」

　　そうして失意のまま立ち上がる僕。

　「ん、何処行くんだ褌総？」

　「何処って学校に決まってるだろ」

　「今日、日曜だぞ」

　　父の掲げた新聞の日付を見た僕は絶望の名の元に跪いたのであった・・・　　

　　

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