2-2.壬将、山都にて軍議を開く


 壬王、壬劉(ジンリュウ)の命により、主だった将が会議室へと集められた。

 壬国では三人の将軍をそれぞれ三方面の司令官としているが、将軍は普段は王城におり、あらゆる事態に

対応出来るようにしている。勿論前線には信頼出来る大隊長が一名派遣されており、交通路も発達している

のでこれでもさほど問題は無かった。

 他国では要所には候と呼ばれる所領持ちの高官を置き、半自治勢力とさせ、前線で素早い決断が出来るよ

うにする事もあるのだが。この壬国はそれほど広大な国土がある訳でも無い為、候はいないし、いる意味も

さほどは無い。

 室内の大机には、右側に竜将軍楓仁(フウジン)を筆頭とした武官陣、左側には参謀長蜀頼(ショクライ)

を筆頭とした文官陣が並んでいる。そして左右を牛耳るようにその中央に壬劉がゆったりと座していた。

 勿論、双国の出兵に対する軍議である。

 諸将を見渡しながら、まず壬劉が口を開いた。

「皆の者、ご苦労である。まずは蜀頼、状況を報告せよ」

「承知致しました」

 王に促され、蜀頼が一礼してから参謀府が得ている情報を諸将に伝え始める。

「双より出陣した兵はおよそ三万、漢嵩次将に率いられ我が国を目指しております。おそらく、後二日もす

れば国境まで兵を進めるでしょうな。報告によると兵士気はさほどでも無い様子との事ですが、油断はなり

ません」

「三万!それでは全黒竜とほぼ同数ではないか」

 立派な白髭の上将軍司譜(シフ)が唸る。前王から二代に渡って仕える将軍で、その手堅い用兵には定評

があった。この老将は長い軍役の所為か、とにかく声が大きい。普段からほとんど叫んでいるようである。

「これは半分本気か」

 そして司譜は腕組みをして黙り込んだ。暫し議に静けさが流れる。

 黒竜の総兵数はおよそ三万強。しかしこれから各地に駐屯させる守備兵を引くと、実質動かせるのは二万

と言った所だろう。

 本気が半分と言ったのは、実質上の属国となったのならば賦の脅威は無く。南に接する玄に注意を払う必

要はあるが、本気で壬を攻めるつもりならば倍の6万は出せると考えられるからである。双国は兵数だけは多い。

 まあ壬国の地理上、大軍で押し寄せてもあまり意味は無いのだが、この三万は真意定かでは無い微妙な数

と言える。

「さればこちらも腹を括るしかございませんな」

 その沈黙を破るかのように次に声を発したのは、次将軍の法越(ホウエツ)。小柄の上、丸々と太ってい

るので、まるで肉団子が歩いているように見えるのだが。この見た目とは裏腹に酷くすばしっこく、彼の率

いる兵も楓壬竜将に次ぐ速度を誇る。

「全軍で迎え撃つべきでありましょう」

 法越はそう言って壬劉を見た。現にそうするのが定石と言うものだろう。壬がいかに弱国とは言え、それ

でも虎を五千は雇える。それに二万の兵と前線の守備兵を合わせれば三万程にはなるだろう。これを国境砦

に篭城させればまず落ちる事はあるまい。それどころか隙を見て逆に撃破する事も可能かも知れない。

 古来篭城攻めは守備兵の10倍の兵が必要だと言われている程、難しいものなのだ。

 壬劉はしかし、未だ静かに座している。

 するとそれを見るや見らずや再び蜀頼が口を開いた。

「全軍を運用するのは不味い」

「それは何故か、参謀長殿」

 法越は儀礼的に問い返す。壬の軍議は大抵三将と参謀長が議論を出し合い、最後に王が決断を下す。一々

反論をむきになって詰問するような将は壬にはいない。皆、意見はさらりと聞く。

 この四将以外の者は方針が決まってから、各々の職務についての打ち合わせを始める事となる。補給、資

金、前線の住民避難、国民への開戦の知らせ等々、戦争をするには雑務も溢れる程こなさなければならない。

「漢嵩を囮として、賦からも兵が送られてくるかも知れぬ」

 蜀頼は更に言う。

「凱もいる」

 凱(ガイ)とは大陸南東に位置し、壬と南に接する国である。北方には穏やかな平原が広がっているのだ

が、南方は湿地帯が広がり蒸し暑い。

「凱だと!何故に凱が出てくるのか」

 今度は司譜が問うた。

 確かに南に接している国とは言え、出兵の理由が無いではないか。司譜は言外にそう言っている。壬国は

別段この凱と仲が悪い訳でもなく、現在特に揉め事がある訳でも無かった。

「各々方、考えてもみられよ」

 しかし蜀頼は落ち着き払った声で答えた。

 賦の建国以来、戦端を開き続けているのは賦一国のみ(他四国も小競り合いはやっているが、大々的に宣

戦してはいない)と言ってよく、他の国家は自国を守るのに精一杯であった。また、そもそも賦族が虐げら

れていた憎悪から戦火を広げている以上、他の国と手を組む事は考えられず。言わば賦対四国家と言った形

になっており、だからこそ最大の抜きん出た強国である賦と、どの国も対等に渡り合っていれたのだ。

「しかし」

 双を見よと蜀頼は言う。

 賦は漢嵩(カンスウ)を寝返らせる事によって双を落とした。つまり、賦が何故かは解らないが外交手段

を使い始めたと言う事になる。とすれば、まずは五国家一の弱国と言われる我らが壬国を一気に滅ぼそうと

し、一時的にでも凱と手を組む事も考えられない事では無い。

「故に予備兵として一万は手元へ残して置きたい」

 諸将はなるほど、と思い。次いで議論も出尽くしたと見たのか、全員が壬劉を仰ぎ見た。

 王はゆっくりと頷き、重々しく命じる。

「司譜に兵一万を与える。虎は集まり次第増援として送る事とす。後の者は賦と凱に備えよ」

 西方は司譜の管轄となっている。

 ともかく王の命に従い、各将ともに急ぎ動き始めた。細かい事はその将の裁量に一任されている。 



 

 司譜は急ぎ兵を集め、最西の街である趙庵(チョウアン)へと向かった。黒竜は速度をこそ尊ぶ。

 強行軍を取れば、おそらく3〜4日で付けるだろう。国境に聳える砦は更にその趙庵の3キロ先にあった。

武具も充分に置いてあるので、衛塞よりの出陣も軽装ですむ。そして軽装であればその分行軍速度も上がる。

これも建国王、壬臥(ジンガ)の設計である。

 最前線となる双、賦、凱との国境には頑強な砦が造られており、それぞれ常時四千程度の兵が配備されて

いる。勿論強兵と言われる黒竜の中でも、特に選ばれた者達ばかりであり。その天然の要害的地形もあって、

例え十万の大軍が来たとしても、まず一月は落ちないとまで言われている。むしろ大軍であればあるほど、

遠征軍である敵兵は補給が困難であり、その国もその分疲弊して行く。

 それに引き換え、壬国は補給も容易で食糧にもことかかない。つまりは篭城戦で負ける要素が無いのであ

る。それは今までの壬の歴史からも証明出来る。

 だが、と司譜は思う。

 それも蜀頼の言う通り、一方面の敵と戦うのを想定した事であって。今回のように最悪三方面から攻めら

れるとなれば、流石に如何ともし難い事になるだろう。一月、二月持った所で、三国に蓋をされれば壬国は

確実に衰えて行き、いずれは滅ぼされてしまう。

「凱はともかくとして、賦との二方面作戦はありそうな事だ」

 何しろ双はあっと言う間に賦の属国同然に堕ちてしまったのだから。そうなると二ヶ国で攻めてくると考

える方が妥当なのだろう。

「何にしても双国の情け無き事よ」

 司譜は馬を駆けさせながら一人呟いた。いつの間にこれほど臆病な国になっていたのであろうか。たかが

一人の将が寝返ったくらいで慌てて軍門に下るとは、最早呆れ果てて何も言えない。

 その後ろを騎兵が続く。徒歩の者はこの際遅れるままにさせるしかない。最も壬国の兵はその土地柄健脚

が多いので、幸いそれほど合流が遅くなる事も無いだろう。それよりも早く砦まで趣き、士気を上げなけれ

ばならない。

 馬の名産地でも無い壬には、流石に数万頭もの馬を揃えられる訳も無く。司譜に従う騎兵はおよそ二千と

言った所だろう。名産地としては第一にやはり賦、次に大陸西南にある平原国家の玄(ゲン)と言った所だ

ろうか。

 賦以外の四国家は当然玄産の馬を使っている。それぞれの国産の馬も使ってはいるが、その数はやはり少

なく、馬は玄国に頼らざるを得ない。壬とは国境を接していない事もあり、割と友好的な国ではある。

 司譜の乗っている馬も玄産の馬だろう。とても大人しく、忠実に乗せてくれる。壬国産の馬はこうはいか

ない。山地を駆ける為に屈強な巨馬が多いのだが、何しろ野生馬の為気が荒く、数も少ない。壬馬を乗りこ

なしているのは、この国でも百名といないだろう。

「急げ!急げ!」

 司譜は駆けさせながらも声を張り上げて叫ぶ。普段でも大きな声を更に張り上げるので、馬上にあっても

その声は良く響く。将の声が届けば兵は奮い立つ。この大声も一つの武器なのかも知れない。

 そして司譜は更に速度を上げ、騎兵達も遅れまじと速度を上げた。

 黒竜の進軍はまるで黒い疾風の如きである。 




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