その一座の芸は真に珍しいものである。 特に人組模写とでも言うべきか、人が組み合わさってまるで影絵のように色んな動物の姿を真似る芸を見 た時には、明節(ミョウセツ)も常の自分を忘れて素直に感嘆した。 その他にも刀を飲んだり、人の上に次々と五人ほどが人梯子のように飛び乗ったり、或いは火噴きなど、 割と一般的である芸の一つ一つにも工夫が見られ、またその技量も目を見張るものであり、それぞれに感心 する事しきりであった。 その芸が披露される毎に盛大な拍手が注がれ、歓声と共に惜しみない金銭が一座へと与えられる。 「流石に見事なもの・・・だが・・」 だが、明節には少し気になった事がある。 それはどうも一座の言動の節々に凱の香りを感じるのだ。凱は遠国であり、明節は残念ながらそこまで行 った事は無い。しかしどの国であれ、その言葉遣いなども直接幾度もその民と会ったりと、彼は以前からそ う言うことを念入りに調べてあったのである。それもこれも将来の独立を目指し、明節が昔から独自に広く 学んできたおかげであった。 それは人物眼とでも言えるものだろうか。今では微細な残り香のような動作を見ても、その人物がどこの 出身であるかくらいは解るようになっている。 確かに方言など口調はいくらでも真似が出来るものだ。しかしその生来身についた仕草などには、どれほ ど隠そうとしても生国の癖が出てしまう。例えばこの大陸で最も基本的な礼の姿勢をとっても、それは国ど ころか地域によっても細々と違う。 どれほど訓練しても、どうしてもそれが時折ふと外に見える事がある。人間も気を張っている時間にも限 界があり、こればかりは人である以上はどうしても防ぎ様の無いものだ。特にこんな曲芸をやる疲労を考え れば、どれほど優秀な人物であろうとも、まったく隠しきれるものでは無い。 勿論そのような微細な違いを見分ける事は至難ではあるのだが。 「凱・・・、凱か・・・」 今の北守の状況を考えれば別段どんな遠国から人が来てもおかしくは無い。しかしおかしくは無くても、 まったく安心であるとは言えず、またどちらにしても来訪が珍しい事には変わりが無い。 それにあの凱の民である。どれだけ疑ってかかっても過ぎると言う事はあるまい。 第一にその生国を巧に隠す意図が不審であり、その訓練された巧さが気になる。 「やはり間諜と見た方が良いかも知れん・・・」 その時、一際大きな歓声が観客から上がった。 「何事・・・・・・・・・」 明節もそれを見て、暫し呆然とさせられた。 「美しい・・・・」 そう人の輪の中に一人現れた異風の踊り子。一般の婦女子が着れば両親が卒倒するだろう蠱惑的な衣装に 身を包み、艶かしく舞い、妖艶な声で歌う。 何よりその舞い手自身が美しい。その類稀なる歌舞の技量と相まって、正に天女が降りたか、と思わん程 の印象を強く与えられた。それは背筋を雷神が貫いたような衝撃とでも言えるだろうか。 人々も息をする間も惜しむように、声も無く、ただその舞い手に見惚れていた。 「・・・・・・」 そして明節も同じように、ただ黙って見詰めるしか無かったのである。男である以上、至上の女に魅了さ れる事は、決して避ける事の出来ないもの。しかし、ここで明節の頭の中では冷静なもう一人の自分がその 明晰な頭脳を使い、別のある考えを導き出してもいたのであった。 その双方が結局は心根を同じくするものである事までは、流石に彼自身も気付く事は無かったのだが。
一座の演目が全て終了した後、明節(ミョウセツ)は見物人達が去るのを待って座長らしき人物に接触す る事にした。 その座長らしき男は小太りで良く通る声をしていた。確か演目中は大鎚を振り回し、人の腹の上に置かれ た大石を粉々に砕いていた男だ。見かけよりも随分力があるらしく、そう言った力仕事で他の座員を補佐し ているらしい。 その手の仕事は地味ではあるが難しく、それを受け持つという事は座員達から充分に信頼もされていると 言う事なのだろう。常に微笑みを浮かべているが、眼も鋭い所が在り油断出来そうに無い印象を受けた。 「本日は良い物を見せていただきました。遠国よりありがとうございます」 明節はこの男へと近付き、ゆっくりとだが軽い礼をとった。 「これはこれは宰相様ではありませんか。わざわざの御出で、こちらこそ痛み入りまする」 座長らしき男は丁重な礼をとる。 彼らのような職種には身分などは本来存在せず、単に仕事上の上下関係があるに過ぎないのであるが。し かしこう言った都市内であれば、彼らもきっちりと礼儀を弁える事が必要となる。そうしなければこの都市 で公演する事ができなくなるからだ。 都市内で何かを行う場合には、やはり事前に許可申請が必要であり。何か問題でも起こそうものなら即刻 その資格は破棄され、追い払われる。治安を守る事が最もその都市を治める者の能力を推し量りやすい事柄 であるからには、統治者達の態度も自然この取締りには厳しくなるものだ。 特にこの北守一帯の都市群は、まだ独立から間もない為に他国よりもより厳しいのである。 故に無国籍の自由人とも言える存在である旅芸人であっても、それなりの分を弁えなければならない。 「では座長を呼んで参ります」 そしてこの小太りの男はこんな意外な事を言ったのだった。 「え、貴方が座長なのでは・・・・・」 思わず彼に問う明節。 「いえいえ、私は副座長を務めさせていただいております。座長は演目以外ではあまりお目見えにならない 為、良く間違われますがね」 副座長はそう言って楽しそうに笑った。お偉いさんに一杯食わせてやったなどと思っているのかも知れな い。かと言って明節も自分が勝手に勘違いした以上は、例え堂々と目の前で笑われようとも、それを咎める 訳にはいかず。ただ黙って堪えるしか無かった。 「双国の民であった頃から侮辱には慣れている」 そう思って何も言わず、明節は外見だけそのまま穏やかにしていた。 貴族主義である双において、明家も良い家柄ではあるのだが、彼はあくまでもその分家出身である。当然 本家よりも軽く思われ。勢力では本家と逆転してはいるものの、双高官より侮辱される事しきりであった。 その時の鬱積された屈辱を思えば、これくらいは何でも無い事。上に立つ者として、軽々しくその感情を 剥き出しにする事は何よりも恥である。明節はそう自分に言い聞かせていた。 そのまま暫く待っていると、先程の副座長が慌てながら戻って来た。 それから申し訳なさそうな、そして何処か明節を恨むような顔で。 「座長がよろしければ宿まで御出で下さるよう申しております。汚い所ではございますが、精一杯持成した く存知ますので。非礼とは承知しておりますが、何卒お越し下さいませんでしょうか」 そう言い、その表情を隠すように先程よりもより深く礼の姿勢を取った。 「なるほど・・・」 客があれば持成すのが作法ではある。しかしそれは同程度の地位であるか、上の者が下の者を呼ぶ場合の 事であり。一介の旅芸人などが壬の属国であるとは言え、一国の宰相を呼びつけるなどはまったく考えられ ない事であった。 しかし明節としてはこの機会を逃す訳にはいかない。彼にはそれほど時間がある訳でも無く。それに旅芸 人相手でもきちんと客として呼ばれてやったと民達が知れば、おそらく明節、ひいては漢嵩(カンスウ)の 人気も更に上がるに違い無かった。 漢嵩は貴族主義の双国とはあくまでも違う人種であると、徹底して民に広く認識させておかなければ、後 で明節にとって困る事になるだろう。 「解りました。それではお言葉に甘えさせていただきましょう」 そう言い、明節はゆったりと頷いた。 我を捨てる。それが聖人への第一歩である事にも、さほど違いはあるまい。 |