6-1.草原の都


 大陸南西部に玄(ゲン)と言う国がある。南海赤竜王を国神とし、豊かな草原の広がる国である。

 国祖としているのは碧嶺の部下でも内政民治に最も優れたと言われ、宰相趙深の片腕とまで呼ばれた玄信

(ゲンシン)である。特にその治水、土木技術は碧嶺の国に大きく貢献した。

 現在各国が天災にさほど怯えずにすんでいるのも、その大半はこの玄信のおかげだと言える。

 玄信は生涯民政にのみ心を配り、碧嶺死後もそれは代わる事は無かった。誰を頭に掲げようと、彼とし

てはどうでも良く、国さえ上手く統治されておればそれで良かったのである。

 しかし彼の思惑とも大きく外れ、激化した権力闘争は国を分割、時の流れとともに細分化を繰り返して行

った。そして彼は元々どの旗頭とも関わろうとせず、騒乱時も一種超然とした態度を崩さなかった為。地盤

を失った碧嶺の国と共に、彼もいずれとも解らずに歴史からその名を消す事となってしまった。

 その玄信がこの南西部に流れ落ち、元々この草原一帯を支配していた騎馬民族に身を寄せ。その子孫が今

の玄の国を造り、その王となったと言う。

 真に突拍子も無い話ではあるが、玄信の死を確認した者もおらず、いずれかへと落ち延びた可能性は充分

に考えられる事を思えば、まったくの出鱈目(でたらめ)とも一概に否定は出来ない。まあ、いずれにして

も800年も昔の事である。最早どうでも良い事とも言えるかも知れない。

 五国家は賦以外のどの国家も非常にその出自が不鮮明である事を思えば、そして歴史上碧嶺の部下の名

を祖先とする者も絶えた事が無い事を思えば、少なくとも誰も信憑性を今更問う者などいないであろう。

 

 この玄と言う国は以前にも書いたが、馬の産地で有名であり、ほぼ軍馬や農馬の輸出で成り立っていると

言える。元々は騎馬民族として放牧生活をしていたようだが、今では定住し、牧場を構えるようになってい

た。国として大きくなる為には、やはり一つ所に落ち着く必要があるのだろう。

 気候は非常に穏やかで、雨量も少なく、非常に住み易い。寒暖差もほとんど無く、季節の変化も他国より

は緩やかである。

 雨量が少ない分、細々とした川がそこかしこに広がっており、水に困ると言う事態もそれほどは起こらな

い。まあ広がる草原を見るように、その雨量も水が涸れ果てる程少ないと言う訳でも無く。まずまず生活に

困る事は無いと言えた。

 ただ数年に一度の周期で極端に雨量が減る時期があり、その時は他国からの水や食糧の輸入に頼っている。

 定住したと言っても、草原で馬と共に育つ民族性は少なからず残っているようで、老若男女問わず馬の扱

いには長けている。この辺はあの賦族と似通った所もあるかも知れない。

 ただその穏やかな環境の為か、玄の民も穏やかであり。軍事よりも文治を好み、兵としての強さは賦族に

は甚だ劣る。かといって弱くは無く、騎馬隊を組めば先祖の血が騒ぐのか、驚くべき強さも発揮する。総

合すればその兵力は丁度五国家では中間辺りに位置するだろうか。

 この国は玄信を祖としている為か建国より民と内政を重視し、その王や家臣にも不思議な程内政に長けた

者が生まれている。だがその分猛将や権謀家と言った性質の者が少なく、特に外交面では甚だ他国より劣る

と言われている。

 その中途半端さ故か賦もそれほど意識する事が無いようで、その襲来も少なく、色んな意味で一番安然と

した国なのかも知れない。

 しかしこの国も少なからず賦に領土を侵され続けており。賦を憎み敵視する事は他国と変わり無い。

 そんな玄の国に北守よりの使者が訪れた。

 現国王玄宗(ゲンソウ)は直ちにその使者に会う。そこに一抹の不安を抱えながら。



 王城内の会議室に玄の主だった将が集められた。

 国王玄宗、参謀長奏尽(ソウジン)、竜将軍邑平(オウヘイ)と言った面々を始め、各将軍、各府長が並

ぶ。錚々たる面々である。

 しかしその華麗さに反して、一様に彼等の表情は曇って見えた。

 何しろ先程訪れた北守の使者からの書状によれば、北守と壬と玄とで賦に一糸報いようとの事なのである。

玄も賦の恐ろしさは身に染みて知っており、こちらから撃って出ようなどとはまったく考えも出来ない事で

あった。

 だが双国を取り入れた事により、賦の国力が倍化されたのも事実。このまま手を拱(こまね)いていても、

おそらく近い将来に滅ぼされかねない程の打撃を受けるであろう事は、また誰でも簡単に予想出来る事でも

あった。

 皆の表情を軽く伺いながら、国王がゆったりと口を開く。

「皆の者、言いたい事があれば遠慮する事は無い。何でも言ってくれ」

「では私から申し上げましょう」

 その言葉に竜将軍邑平が立ち上がった。

「我が国も長年かの賦族より苦渋を舐めさせられております。今こそ我等が受けたその恨みを返す時であり

ましょう。王よ、今こそ立ち上がる時です。我らが騎馬兵団の力を見せ付けてやりましょうぞ」

 しかしその主戦論に参謀長奏尽が異を唱える。

「将軍、それはとんでも無い事ですぞ。今まで賦に刃向って真に勝てた国がありましたでしょうか。否、甚

だ遺憾ではありますが、かの国とまともに勝負など出来様もありませぬ。悪戯に兵力を消耗するだけであり、

それは我が国の滅亡に繋がります」

「いや、奏尽殿。今立ち上がらねば、いずれにしてもどの国も滅ぼされてしまいますぞ。賦が双の物資資源

を手に入れた今、最早今までのように悠長に構えてはおられぬ。だからこそ北守もこう言った書状を我が国

に遣わして来たのではありませんか」

「いや、邑平殿。貴方はそう言われますが、勝算の無い戦いなどをやっても仕方がありますまい」

 議論は大方の予想通り武官と文官の間で真っ二つに割れ、その議論も平行線の一途を辿るのみとなった。

 この参謀長と竜将軍は仲が悪くは無いのであるが、その考え方はまったく違い。国の誇りと国の保存と言

う二つの思想の間で事ある毎にいつも対立をしているのである。他の者達も軍部と政部の筆頭である彼等に

自然感化されており、両派に分かれそれを見守るのみであった。

 それに賦族と手を組む等と言う道等はまったく考えられず、どちらにしても戦うか戦わないかの二択しか

無いのである。その他の意見を言った所で無駄であろう。

 場の議論が膠着状態に付いた所でゆっくりと王が再びその口を開く。臣下の者達に意見を言わせ、その上

で決断を下すこのやり方は、国家問わず碧嶺以来の伝統、そして彼の栄光にあやかるようにとこの大陸に8

00年変わらず今も受け継がれている。

「邑平の言い分も甚だ最もである。そして奏尽の言い分もまた、甚だ最もであろう。だがどちらにしても、

いずれは賦と戦う羽目になる。かの国との戦は賦か四国家、どちらかが滅び去るまで続く定めなのだ。なら

ば私は戦う事を選ぶ。このまま待っていれば、或いは我等にとって有利な状況が訪れる可能性もあるかも知

れぬ。だがそれは不確かな夢想であり、何より時が経てば経つ程賦が肥え、他国家が衰えて行く事は明白

でもある。ならば、今である。ただ、真に戦え。今こそ我らが力を見せる時なのだ。確かに賦は強い、しか

し玄、壬、北守が巧に連携すれば、一矢報いる事も不可能事では無い」

 静かだが力強いその声に最早誰も異を唱える者はいなかった。この王は派手な武功や名声こそ少ないが、

その堅実で確実に国力を増し、政情を安定させて来た手腕を玄国の誰もが深く尊敬しており、まるで父親の

ように慕われていた。

 その彼が決断したとなれば、後はそれに全力をかけて従うのみである。

「皆、軍備を整えよ。目指すは双、腐り果てた過去の威光、亡者の都である」

「ははっ」

 そうして居並ぶ将達は皆一様に深い礼の姿勢をとったのだった。




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