6-2.対双戦策


 何故双なのか。それは無論、賦よりも数段弱い相手だからである。いかに三国共同で攻めようとも、この

賦と言う国は先に壬、双、凱、玄と四国家を相手どっても小揺るぎもしなかった程の強国なのだ。しかもそ

れも防戦時に限っての事であり、四国家から攻め入った記録は皆無に等しい。

 戦と言うものは防衛する側が有利である事を考えれば、これが如何に桁外れの事かが容易に解る。

 だからこそ、今この賦を弱体化させる手段としては双を攻め取るしかない。賦もまさか他国から攻め入ら

れるなどとは想定していないだろう。そして例え攻め込まれても、軽々と撃退出来る自信もあるであろうし、

またそれは周知の事実でもあった。

 だがしかし、自軍に漢嵩(カンスウ)と言う存在がいれば別となる。

 彼は双の民に慕われる事、王を遥かに凌ぐ。そして兵や将の信頼も、例え二度も寝返りを犯したと雖も、

まったく薄れてはいない。それどころかそれに対して同情の意すら受けている。

 漢嵩とはそれほどの将なのであった。彼が立ち上がればおそらくあっという間に今の双の半分以上は、彼

に降る事であろう。その勢いを得て、怒涛の如く攻め寄せれば、或いは賦の軍勢が押し寄せるまでに決着を

付けられるかも知れない。

 そこまでいかなくとも、堅固な拠点である望岱(ボウダイ)さえ奪えれば、賦の援軍でさえをも撃退する

事も適わない夢では無く。そうなれば双は孤立し、元々無い戦意を更に削ぎ、降伏させる事も可能となるか

も知れなかった。

 例え双首脳部が抗戦を主張したとしても、そうなってはその幕下の将兵達も流石にそれ以上は付き従おう

とはせまい。

「では北守より齎された策を説明する。奏尽、頼むぞ」

「はっ」

 玄宗(ゲンソウ)から促され、参謀長である奏尽(ソウジン)が口を開いた。

「貴殿らもご存知ように、この戦は速度こそが肝要である。賦からの援軍が到着する前に、なんとしても望

岱を落とさねばならない。もしその援軍と正面から戦う事になれば、おそらく我が軍が精強と言えども、勝

てはしないでしょう。であるからして、望岱への侵攻がまず第一となります」

 そこで一時区切り、奏尽は続ける。

「そしてその作戦での我が軍の役割ですが。我々は北守の漢将軍と共にこの望岱を攻める事になります。双

よりの軍は壬の黒竜が引き受けて下さる故、後顧の憂いは無用であります。ただ、この望岱には賦も警戒

しておるのでしょう、賦の一軍が駐屯しております。即ちこの一軍を賦の援軍到着前に撃つ事が今回の勝敗

を最も左右すると言えましょう」

 再び時間を置き、他将が把握し熟考するのを待つ。

「望岱さえ攻め落とせれば、後は漢将軍がそこに止まり賦の援軍を迎え撃ち、我が軍は双へと反転、壬軍と

共に双都を囲み、これを落とします。以上が北守より齎された策であり、現段階でこれ以上の策は望めない

と思われます」

 全ての説明を終え、奏尽がゆったりと一礼した。

「誰か何か申したい事はあるか」

 それを見計らって玄宗が将達に問う。

「さほどの事でもございませぬが」

「うむ、申してみよ、邑平」

 王の許可を得、今度は竜将軍である邑平が口を開いた。

「その策に異存はございませぬが。賦の援軍に対して、いかに漢将軍と言えども城攻めを終えたばかりの兵

では一抹の不安がありまする。ここは凱にも頼むべきではありませぬか。望岱をうまうまと落とす事が出来

たならば、を条件にすればあの凱でも異存はありますまい。かの国が動けば、賦も警戒せざるを得ず、望岱

が落とされてしまっている以上、流石に援軍も引き返すでありましょう。それまでの時間稼ぎであるなら、

何も問題はなくなりましょう」

「うむ・・・」

 玄宗は静かに目を閉じた。彼が考え事をする時の癖であり、或いは彼が将達に解り易いように敢えてそう

しているのかも知れないが、こうした時は皆静かに王の答えを待つのが玄のやり方である。

「あの国は信のおけぬ国であるが、理に聡い国でもある。ならばそれだけに利用も出来ると言うものだ。北

守か壬がすでに使者を立てている可能性もあるが、我が国からも差し向けよう。そちらの事は外交府に一切

を任せる」

 それから玄宗は場を見回し。

「他には無いな。では皆の者、頼んだぞ」

「ははッ」

 将達は王に一礼し、それぞれの仕事をこなすべく、退室して行ったのだった。



 北守には続々と各国からの使者が到着している。

 漢嵩の思惑を他所に、壬、玄共に快く今回の戦略を受け入れてくれた。どの国も彼の予想以上に現状を怖

れていると言う事なのだろう。そしてまた、どの国も賦に対しての敵愾心が強いと言う事でもあるだろう。

 とにかくも賽は投げられた。後は目的を目指して前進するのみである。

「央斉、首尾は良いか」

 参謀長である央斉(オウサイ)に問う。彼が各国との連絡の一切を取り仕切っており、すでに他国との間

で綿密に計画されているはずであった。この半月ほどの間に何度使者のやりとりをした事だろう、央斉だけ

でなく外交府、参謀府の面々も後で十二分に労(ねぎら)ってやらなければなるまい。

「はっ、すでに壬と玄とは全ての準備を終えております。賦の襲来を考えて全戦力を投入する事は出来ませ

んが、どの国も出来うる限りの兵数を集めておりまする。兵数にして、壬が二万弱、玄が三万強、そして我

が軍が二万。対して双兵は7万近いと思われますが、その大部分は漢将軍さえ立ち上がればこちら側へ降る

事でしょう。すでにそれに対しての約定も取り付けております」

「うむ、望岱の方はどうなっている」

「はっ、望岱には現在賦軍が駐屯しております。兵力は二万強、双兵も予備兵として五千程は常駐している

様子」

「双兵が五千か・・・予想よりも少ないな」

「はい、賦も望岱を重視しているようで、双兵は最低限しか近づけないようであります。戦力と言うよりは

むしろ雑用係と見ているようで、双兵達は士気が上がらず、賦兵に対して憤っているようでもあります」

「そうか、賦も双兵の投降を怖れたのだろうな。古来より城は外部よりも内部から落とすものと言われてい

る故に」

 漢嵩はその情報力に満足そうに頷き、それから明節(ミョウセツ)の方を向いた。

「そちらの準備はどうですかな」

 明節は今回主に補給や輸送を担当する事になっている。戦場には出ず、北昇(ホクショウ)で後方支援を

受け持つのだ。彼ならば過不足なくこなしてくれるだろう。

「はい、輸送路などの点は問題ありません。すでにこの半月で下準備は整えております故、終始補給に困る

事は無いと自負出来ます。ただこの戦で今までの蓄えがほぼ無くなると思われます。故に、どちらにしろ我

等には勝利以外に道はありません」

 壬の状況を考えれば、壬への物資補給も北守が肩代わりする必要があった。これは仕方が無く、そもそも

この戦で負けるような事があれば、北守もその後の賦の反撃でどの道滅ぶしか無い。そう思えば、今更食糧

等をけちる必要は無いだろう。やるか、やられるかであった。

 そして双さえ手に入れれば、食糧問題などはすぐに解決する。双の国庫だけでなく、その高官貴族達の倉

にもまだまだ有余る程の備蓄があるはずだった。おそらく壬、玄、北守で分けても数年は保てるような膨大

な量が。

「うむ、二人とも真に良く働いてくれた。後はわしに任せておけ」

「ははッ」

 央斉も明節も漢嵩に全幅に信頼を置いているのには変わらない。一様に漢嵩へ深い礼の姿勢を取った。

「では壬軍が到着次第、我等も出発する」

 そして漢嵩は高らかに宣言した。

 壬軍もすでにこちらへ向かっており、明日には着くはずであった。彼らを歓待する為の準備もすでに整っ

ている。壬には一晩ゆっくりと休んでもらい、それから各個に進軍を開始する予定である。

 玄もすでに準備を整えているはずだ。しかしこの動きは遅かれ早かれ賦に察知される。そしてその援軍が

望岱に到着するまでにこの堅固な拠点を落とさねば、この戦に負けてしまうのは必定。半分博打にも似た作

戦だが、しかし漢嵩以上にこの望岱を知る者はいない。また賦の将は須く戦上手であるが、しかし強国故に

経験不足で防衛戦が苦手と言う弱みもあった。

 例え望岱相手であっても、少なくとも漢嵩には確かな勝算がある。最早彼に迷いは無い。  




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