6-5.紫黄衝突す


 突如の事である、望岱の大門がけたたましい音を響かせて開かれた。

 そしてその奥から差す、陽光を反射し眼前を眩いばかりに支配する黄金色、そう賦の黄竜である。

 先陣をきるは、無論守将である青海波(セイカイハ)。

「敵兵どもを蹴散らせい!!」

 青海波の雄叫びと共にそれら八千騎が進軍を開始した。望岱前の双方面への道路は大軍運用の為にしっか

りと舗装されており、百騎が横並び出来るほどの広さを誇っている。更にこの近辺も開かれ平野状になって

おり、そう言う意味で大軍での戦闘にも対応出来る場所であった。

 道の中心を青海波は駆け、彼を三角形の頂点のようにして黄竜の騎馬隊が続く。

 不幸にも門の側に居た北守兵などは鎧袖一触にして、吹き飛ばされてしまっていた。突然の出陣に困惑す

る北守兵も多く、全兵の半数以上は半ば浮き足立ってしまっていると言っていい。

「漢将軍、望岱では敗れたが。果たして野外戦では如何かな」

 青海波ならずとも賦族は野外戦、しかも騎馬兵には絶対の自信を持っており。事実、そう言った戦いでは

ほとんど負けたことが無い。古来より無敵無敗に近く、大陸人達もこの騎兵隊を最も恐れたものだ。

 流石に漢嵩が直接指揮を取る部隊は整然さを崩す事は無かったが、それでも皆その顔には青白いものが切

々と浮かぶのをどうしようも無い様子であった。

 長年植え付けられ、また実際死の恐怖を何度も味わわせられているのである。それを完全に払拭させるに

は如何に熟練の兵でも困難であり、経験の浅い兵などは尚更であった。

「やはり来たか・・・。予想はしていたとは言え、それでこちらが有利になる訳でも無い・・」

 漢嵩はぎりりと歯を食い縛る。

 彼にしても賦族への恐怖心はやはり存在している。しかし彼までもがそれに呑まれてしまう訳にはいかな

い。今彼が運用出来る兵はざっと一万、騎兵八千に弓兵二千と言った所である。すでに七千の兵は攻城戦に

必死になっており、三千は予備兵として残してあった。

 兵数的には賦騎兵を上回るが、その一兵毎の能力差を考えれば、明らかに北守側が不利であろう。

「弓兵、射てい!!」

 漢嵩の掛け声と共に太鼓が鳴らされ、それに応じて弓兵達が次々と矢を射始めた。賦騎兵は真っ直ぐにこ

ちらへ向かってきている、これは避け様が無いだろう。

「そのような軟弱な矢で我らが臆するとでも思うたか!!」

 しかし青海波率いる賦騎兵は弓矢などはものともしない。多少の負傷者は出てはいるが、その勢いはまる

で衰える事が無かった。

 大地を震わすが如く、土鳴りと共に漢嵩を目指し疾走する。

「くっ、我に続け!ここが正念場ぞ!!」

 漢嵩もそれに負け時と雄々しく叫び、馬に鞭打って賦騎兵へと迎え撃った。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 北守兵も気合を上げて、漢嵩に続く。

「もうすぐ玄兵も到着するはず、それまで耐えれば我らが勝利である」

 玄の兵団が遅れており、その為に漢嵩は孤軍奮闘する羽目になったのだが、斥候と間諜の報告によれば玄

兵団ももうすぐそこにまで来ているとの事。彼らが今来てくれれば、勝利は間違い無い。

「そう、それまでの辛抱ぞ」  

 漢嵩は自分に言い聞かせるように、そう馬上で誰に聞かせるでも無く呟いた。

 そして二軍が激突する。



 双方兵達を三軍に分け、どちらも大将が中央に布陣している。

 そして連携を取る意味も見出されないまま、自然三軍が同時に戦いを開始した。左軍、右軍、中央軍、い

ずれも激しい剣戟と怒号に支配され、押しては返し、返しては押す。

 しかし戦力的には賦軍の方が有利であり、じわじわと北守軍の被害は増し、そのまま押され続け始めた。

このままでは攻城戦を続けている兵達と完全に分断され、勢いに乗った賦軍に各個撃破されてしまう。

「全軍を投入せよ!!」

 漢嵩は仕方なく予備兵を投入した。

 本来ならば戦況を見極め、ここぞと言う時に繰り出してこそ予備兵としての価値もあるのだが。こうとな

ってはそうも言っていられない。劇的な効果は望めないにしても、そのおかげでようやく賦軍の足を止める

事が出来たようだ。

 兵数は更に上回る事になったが、やはり賦兵は強い、一兵一兵が一騎当千とはいかないまでも一騎当百く

らいはありそうに思える。徐々に賦への畏怖感情が持ち上げた事も北守軍にとって手痛い要素となった。

「行け行け、蹴散らすのだ!!」

 青海波を先頭に鬼のように騎馬突撃を繰り返す賦軍には、全てを打ち砕く程の圧力を感じる。もし率いて

いるのが漢嵩でなければ、北守の兵はとうに瓦解してしまっていただろう。長年賦族と渡り合ってきた漢

嵩であるからこそ、その信頼があってぎりぎりの境界線に踏み止められている。

「くッ、流石は賦族。これはたまらぬ」

 賦族を長年防いだ望岱の城塞は今は漢嵩の手には無く、敵である賦族の手にある。漢嵩と雖も、まともに

野外で戦っていてはほとんど勝ち目は見えない。しかしここで崩れてしまえば全てが終る。

 これだけの大規模な作戦なのだ。成功すれば大いに士気と武名を高められるだろうが、しかし逆に失敗す

れば拭い切れないような深刻な打撃を受けてしまうに違い無い。

 北守もそこで終わり、壬もあの強弩による被害以上の被害を出したとあれば、最早滅びるしかあるまい。

この二国が滅びれば、次は玄、そして最後に凱も倒され、あっという間に賦の天下となるであろう。これは

もう生きるか死ぬかなのである。敗北はそれ即ち永遠の絶望であり、将来を根こそぎ切り倒される事になる

であろう。

「奮え、奮え、今こそ北守兵の闘志を見せるのだ。今が正念場ぞ!!」

 しかしそう思って漢嵩が必死に呼びかけてみても、こうなった以上はその意志の力だけではいかんともし

難い。だがもう予備兵も使い果たし、援軍も未だ来ず、正に絶体絶命の危機。

「こうなれば仕方あるまい。央斉!」

「はい、漢将軍」

 漢嵩は腹心の参謀長央斉(オウサイ)を呼んだ。彼は常に漢嵩と共に居る。

「こうなれば彼らを使う。城内の双兵に呼びかけ、賦の後背を突かせよ」

「はッ、承知致しました。すぐにでも」

 央斉は急いで間諜を望岱城内へと放った。

 城内に居る双兵には出兵以前からすでに時間をかけて投降を諭している。これが漢嵩の奥の手であり、

本来ならば望岱の城門を内側から開かせる為に使う予定であった。しかしこうとなれば仕方が無い。今使わ

ねば後は無いのだ。

 しかし漢嵩には心配もある。果たして北守側が危ういこの状況で、彼らが折り良く寝返ってくれるだろう

か。如何に双兵も賦族を憎んでいるとは言え、負けている側に味方する者等は皆無であろう。

「玄よ、急いでくれ」

 そう、そんな不安定な賭けに出なくとも、玄の援軍さえ到着すれば全ては杞憂に変わるのだ。賦族が全力

で出陣している今こそが、窮地であり逆に勝機でもある。

 どちらにしても今漢嵩に出来る事は、ただ天に祈る事だけであった。




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