7-3.跳梁跋扈


 玄の国新領土にてそれは起こった。

 ついに、と言うべきか。それとも、とうとう、と言うべきであろうか。いずれにしても回避しようの無い

もので、一月以上も保てたのは流石の内政力と玄を誉めるべきであるだろう。

 何が起こったかと言えば、新領土の民達と玄兵との間で大規模な衝突が起こってしまったのである。

 それ以前に届け出を出せば自由に移転しても良いと触れを出し、それによって実際半数以上の民が北守へ

と去ったのであるが。しかしここに残った民に不満が無いなどとはお世辞にも言えない事も、また明らかな

事であった。

 彼らは単純に自らの祖先から受け継いだ土地を離れるのが嫌だっただけであり、他に当ても無かっただけ

でもあって。悪い事にはこう言う残った者の方が、玄への不満は実は強いのだ。考えてみれば、簡単にこの

土地を離れられるのであるなら、初めからそれほど不満などは抱かないだろう。

 嫌でもこの土地に居るしか無いからこそ、余計に不満に思うのだ。

 確かに民の総数が減った事で、一時は兵との摩擦も減ったように思えたのだが。それは単に数の不利から

内に不平を篭らせざるを得ず、表面に出ないだけであり。抑圧された不満は時を重ねる毎により深いモノと

なってしまっていたのである。

 玄の将兵はその表面の結果のみに満足し、愚かな事に民の心底にある心を見る事を忘れていたのであった。

 勿論あれから随分玄はこの民に気を使い、慰撫もしてきた。新領土が落ち着くまでは税を軽減し、更に所

有者が移転した事で空いた土地を格安で提供したりまでもしたのだ。これは並々ならぬ好待遇と言え、これ

以上の待遇を受けている民はこの大陸にもそうはいない。

 このように文官達の心としては何としても民の気持を取りたく、神経をすり減らす程に気を使ってきたの

だが。しかし問題は直接民と触れる事の多い武官であった。

 彼らは何度も言っているが、先の大戦の遅参をさほどとも思ってはいない。それどころか自分達のおかげ

で望岱を落せ、それによって双を滅ぼす事が出来たのだと、そう固く自負している。

 その思いは武官筆頭である竜将軍邑平(オウヘイ)から末端の一兵卒までおおよそ等しく。その為に傍若

無人とまではいかないが、単純に統治者、勝利者として民に触れていた。

 そうなると当然不満の塊のようになっている民達は玄に対して恨みを抱くようになる。例え善政を布かれ

ているとは言え、彼らにとって玄の象徴たる正規兵団赤竜達がそのような態度では、その誠意をさえ疑わざ

るを得ない。

 その一つ一つは微々たる不満だったに違い無い。しかし事ある毎に双方対立し、その結果増大し、そして

更にそれが新たな衝突を呼び、更に更に不満を加速度的に増していく。

 民が起つのに何ら不可思議の要素は無かった。彼らは起つべくして起ったのである。

 そして新領土を担当していた武官達はそれを当たり前のように迎え撃ち、圧倒的な武力差の前に呆気な

く民衆は敗れ去った。

 しかし民は諦めない。一度火がつけばもうそれは止められない濁流となりて、収まるどころかその規模を

徐々に広げ始めたのである。そして瞬く間に新領土の民の半数が同時に一揆を起こすと言う、途方も無い事

態となってしまったのだった。

 高官はその報告に驚き、特に文官陣は慌ててその仲裁に死力を尽くしたが、最早民達は聞く耳を持たず。

それどころか武官達まで血気逸り、逆に追い立てられる始末であった。

 元々は下級の武官が独断で武力征伐しようとした事から始まったのだが、もう今では邑平までもが暗黙の

了解を与え、止めるどころか兵力の増員をさえしている。当然文官達から非難の声を浴びたが、もうここに

到っては彼も怯む事は無かった。腹を括ってしまったと言って良く、そしてそうするしか無かったとも言え

るだろうか。

 ここまで事が大きくなると、当然この事は他国にも知れ渡っており。単純な一揆を越え、それは完全なる

反乱であった。公的にそう認めざるを得ないとなれば、玄は国の威信をかけてこれを討伐しなければならな

くなる。

 王でさえもこうなれば止める事も出来ず、流れのままに一軍を追討平定令を下すより他無かった。

 王や文官が無能だったとは言えまい。ただ、反乱の成長する速度が恐ろしい程に速く、それは誰の予想も

越えていたと言う話であっただけである。

 おそらく彼らからしてみれば、一夜にして大規模な反乱が起きた。そう言った気持であったに違いなく、

他国の驚きもそれだけに大きいと考えられる。

 ともかくもこうして再び、玄に大きな戦の火蓋が切られたのであった。しかも今度は本来守るべき民衆と

の、である。



 玄王城は騒がしく、まるで鍋釜のように煮え滾り。民衆の感情が伝染でもしたかのように、皆落ち着き無

く、そこかしこで言い争いも絶えぬようであった。

 今一番問題なのは大規模な反乱が起きたと言う事よりも、むしろその統一性の衰えにあるのかも知れない。

結束の乱れた集団以上に手におえず、また有害な存在は無いだろう。

 特に思想が武官と文官との間で完全に二分していると言うのが悪い。元々文武両道別つ事の出来ないもの

であり、この二つが共に助け合ってこそ国と言うモノが成り立っているのだと思えば。それはもう国として

成立し得ないに等しく、数万の軍勢も広大な国土もまったく無力と化すのだ。

 武官が武力制圧を主張すれば、文官は和平交渉を求め。文官が出陣を諌めれば、武官は尚逸って武具を手

に出兵する。そんな収拾もつきようの無い有様であった。

 そして最も重大な問題として、すでに逸った一軍が出陣していると言う事実がある。すでに戦は始まって

いるのだ。

 戦端が一度開かれれば、最早誰にも止め様が無い。しかしそれでも尚文官達はそれを止めようとする。今

更交渉の余地など無い事は、彼らの方が良くわかっているであろうに、それでも尚戦いに踏み切れない気持

が強いのだろう。

「臆病者どもが!」

 そんな偽善的な和平主義者達を、竜将軍邑平はまるで路傍の塵にでも吐き捨てるような口調で、最近はそ

う呼んでいる。

「いずれ北守とも雌雄を決する事になる事は明白であろうに。それを思えば、漢嵩を慕う民などは早々と排

除しておくべきである」

 そして彼は強くそう思ってもいる。

 漢嵩(カンスウ)、この存在は大きくなりすぎた。このままでは永遠に玄は北守の風下に居なければなら

ず、実際現段階でそれが早と見え始めてもいる。

 元々は玄の遅参が招いた事態なのだが、しかし邑平としてはどうしてもそれに納得が出来ない。

 確かに漢嵩は強い、あの賦と真っ向からぶつかって、あれだけ軍を保てる者はこの大陸に数える程もいな

いであろう。例えば邑平がそれを出来たかと言えば、それは甚だ疑問であった。

 だがそうであっても、あの勝利がまったく漢嵩一個のみで勝てたように思われては困る。この邑平率いる

玄の騎馬軍があってこそ、初めて賦に勝利する事が出来たのだ。

 それを忘れ、北守の民などは玄のおかげで漢嵩が負ける所だったと、そう誰に憚る事も無く広言している

と言う。実際新領土の民ですらそうであった。果たしてそんな事を思わせておいて良いのだろうか。

 良い訳が無い。

 このままでは賦を滅ぼした後、玄の立場がとても弱いモノになるでは無いか。そして漢嵩が大陸制覇の野

望を抱いた時、それに対抗出来る勢力などいなくなるだろう。いずれは玄も彼に滅ぼされ、そして漢嵩が第

二の碧嶺(ヘキレイ)になってしまうに違い無い。

「そんな事が許されるはずが無い!!」

 邑平は一人叫ぶ。

 大体漢嵩とは何者であろうか。一介の平民の出に過ぎず、また軍位もたかが双の次将軍であったに過ぎな

い。それどころか彼は二度も裏切り、事も在ろうに一度はあの賦に屈した愚か者では無いか。それを忘れ、

まるで人は彼を英雄のように言うが、これほどおかしな事は無い。

「そもそも漢家などと言う素性の解らぬような家の出が、王になったなどとは笑わせてくれる。恥知らずも

甚だしいわ!!」

 双の貴族主義程では無いにしろ。どの国も血統を尊ぶ風習は昔程では無くなったとは言え、未だ根強く残

っている。勿論、それが全てではないが。それでも何々の子孫、何々の出とでも言えば、人は不思議とそれ

をありがたがる。心の何処かで何か確かなモノを人は求めているのかも知れない。

 まあようするに、邑平以下、玄の武官達は不満なのである。自らの功績が認められない事が。

 そして不安なのである。このままでは漢嵩に大陸を与えてしまう事になるのでは無いかと。

 もしそうなれば彼らの一族郎党、路頭に迷う事になるだろう。それどころか皆殺しにされてしまうかも知

れない。

 玄の遅参、漢嵩の名の沸騰、それが今は恐怖となって玄に圧し掛かっている。

 だから今のうちにと思う。今ならばまだ北守とも戦力、国力共に対等以上である。であるから今のうちに

せめて後顧の憂いだけでも取り除かなければならない。

 そんな強迫観念が必要以上に武官達の姿勢を強行にさせているのだろう。

「この反乱が一大好機である」

 邑平はそう信じて疑わず、軍を進めさせる。二万もの大軍である。この数からも彼と武官達の決意が知れ

よう。

 そしてこの軍勢であれば、反乱も容易く鎮火させる事が出来よう。そして反乱を抑えると言う大義名分も

出来、心置きなく憂いを絶てる。正に一石二鳥であるはずであった。




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