7-5.不落の信念


 流安(リュウアン)に進軍し、包囲してすでに三日。当初の思惑とは裏腹に反乱軍の反撃は苛烈を極め、未

だ攻略の見通しが付かないままに時間だけが過ぎて行った。

 虎三千を中心とした反乱軍は驚く程の統率力と鉄のような意志を持ち、再三の討伐軍の攻勢にも難なく耐え

ているように見える。流石に無傷とは言えず、その度に無惨に死傷者の数を増やしているものの、士気もまっ

たく衰える様相を見せず。痺れを切らした邑平(オウヘイ)が自らの信念を折り、降伏勧告までしてみたが、

それにもまったく従う様子は見せなかった。

 計算違いも甚だしく、このまま無為に時間を過ごしていては、また賦へ侵攻の隙を与える事になる可能性も

高い。その為、将兵達の胸にも余裕が驚く程薄れてきている。それに伴う士気の低下も痛い所だ。

 何よりも玄軍を怯ませたのは年寄りだけで無く、年端もいかぬ女子供達まで積極的に参軍していた事による。

これにより流安に篭る反乱軍の兵数は二万近く、討伐軍と同数程度の大軍となってしまったのだ。

 そうなれば錬度の差があれ、城塞都市に篭る側が有利には違いなく、あえなく二の足を踏まされていると

言う訳である。

 個々の戦闘能力を見れば、正に天と地程の差があるにせよ。盲目的な使命感に取り付かれた決死の兵ほど恐

るべき存在も無く、反乱兵達はその能力差すら埋める気概を見せていた。

「これは不味い事になった・・・」

 討伐軍大将、邑平もこれには自らの思慮の無さを悔いるしか無い。全ての事が自らの甘い予想範囲よりも遥

かに越えていた事を、今は素直に認めるしかなかった。

 このまま包囲を続けていれば反乱軍もいずれは力尽きるに違いなく。もしあちらから出て野外での決戦とで

もなれば、それを簡単に掃討出来る自信はあるのだが。しかしそんな時間は無く、敵の愚かさに期待も出来な

い。敵の将はどうやら有能すぎるようである。

 古来討伐軍とはあっさりと反乱を平定し、であるからこそその力と権威を民衆に示す事が出来るのだ。であ

るのに、こうも手間取っていては如何に大軍相手であるとは言え、その力量を疑われても仕方が無い。そう言

う意味で討伐軍とは両刃の剣でもあると言える部分もあった。

 たかが民の一揆とは言え、その平定には本来は誰もが甚だ苦労させられているのだったが。しかし不思議と

大陸人達の心には、一揆平定は至極簡単な事と思われている。

 それは一つには大陸人が理想としている兵団である、かの碧嶺(ヘキレイ)の軍がいとも容易く、度々起き

た旧勢力残党の討伐を行っていたからであろう。彼の率いる軍はとにかく強く、そして彼の度量も広かった為

に降兵も後を絶たず、その他様々な要因もあるのだったが、平定するのに何ら苦労を用しなかったようだ。

 しかし彼の時代はもう900年近い昔の事でもあり、そのような当時の内情を今の大陸人達が具に知る由も

無く。ただその結果だけが大陸人の心に残った為、このような不可思議な認識が広まってしまったのだと思わ

れる。

 更には歴史を追う毎に、そう言った事が民衆の中で様々に美化されていったであろう事も忘れてはならない。

 とにかくもそう言った背景を考えれば、邑平は反乱の鎮圧に手間取っている事で、酷く不面目であったのだ。

 このまま打開策を打ち出せないままに、悪戯に時が流れるようであれば、兵達の中にすら不満を持つ者が

溢れてくるかも知れない。兵卒達は常に上官の能力を見ている。部下であるとは言え、彼らに見切りを付けら

れるようであれば、最早将軍職に止まってなどいられないだろう。

 実力主義が当たり前の社会であれ ばこそ、こう言った事態も生まれてくる。彼の身分も不動のものではあり

得ないのであった。そしてそれは至 尊の存在であるはずの王ですら同じである。

「このままでは士気にも影響してくる。何とか打つ手はあるまいか・・・・」

 本来は篭城策を取られれば、陥落まで月単位の時間がかかる事も珍しい事では無い。しかしそれを考えたと

しても、後半月ももたつくようであれば彼の権威も大いに失墜するに違い無いだろう。

「あの虎どもさえいなければ、こうも不覚は取らなかったものを・・・」

 反乱軍がこうも組織的に戦闘が出来るのも、その大半は流安の豪商達が雇った虎達がいる為である事は疑い

様も無く。現にそうであるに違い無かった。

 しかし勿論それだけであろうはずは無かったのだ。玄内には不思議とそれに思い到る者はいなかったのだが、

これだけの組織的な軍勢が単に民衆や雇われ兵だけの力で出来るはずも無かったのだ。それを裏から助ける存

在が必ずいよう。


 流安の反乱軍はそのような玄軍をまるで嘲笑うかのように、その士気も日を追う毎に増していると思われた。

 水と食料はまだまだ余裕があり、あと一月はゆうに篭城が出来る。死傷者が増えてはいても、その心理的余

裕はまだ崩れる事を知らない。生きる当てがあれば、人は信じられぬ程に我慢強く、そしてまた強靭な精神を

得る事も出来る。

 そして彼らには頼れる拠り所となる存在もいた。

 その名、項弦(コウゲン)。元は豪商達が雇った虎の首領の一人に過ぎなかったが、徐々にその頭角を現し

力を認められ、今では虎達の総領とすら言える存在にまでなっていた。その為、自然今回の反乱軍の総大将と

呼べる立場に冠せられている。

 彼の統率の下、虎達が動き。そしてその虎達の命じられるままに民衆が動く。これが現在の流安反乱軍の組

織図であった。

 こういう図面がしっかりと描かれているからこそ、ああも統率のとれた動きが出来るのである。数多の将兵

達が考えているように、この反乱軍はただの烏合の衆では無いのであった。

「隊長、玄軍もやはり大した事は無いようで。わざわざ我等が来るまでも無かったですぜ」

 自室で寛ぐその項弦の側で、鬱蒼とした笑みを漏らしながらそう言った男がいる。年の頃は30前後、ほぼ

項弦と変わらない。何処か何にも興味が持てないような、そんな何処か世の中に拗ねたような顔をしていた。

虎にはこのような表情をしている者も珍しくは無い。

 彼は項弦の片腕とも呼べる男で、項虎の副長をしている男であった。名は李穿(リセン)。

 以前にも書いたが、虎とはすべての虎を指す名称であり。その一隊一隊は虎長の最初の名を前に付け、その

名称で区別をしている。だから項弦率いる虎は、項虎となる。

「まあそう言うな李穿、あのお方は何事にも大事を取る方なのだから。それになかなか面白い仕事ではあった

よ。策と言うのは上手く運ぶと、これほど面白いものだとは知らなかった」

 項弦は李穿を宥めるようにそう言ったが、自身もその言葉通り楽しんでいるように見えた。顔は優男と言っ

た風だが、不思議と巌のような雰囲気があり、その顔に反して酷く男らしく人の目には映る。

 流石は虎の長と言った所か。

「まあ、隊長がそう言うなら良いですが。しかし手前としてはもっと前線で命を削るような戦いをしたい所で

すぜ。他の者達も口には出しませんが、きっとそう思ってますよ。うちは元々切り込み部隊ですからね。こん

な命を惜しむようなちんまりとした防衛任務には、もううんざりですぜ・・・」

 李穿は何を言われても、やはりその不満は募る一方であるようだ。彼が前線で戦えないのが不満と言うのな

らば、ここでこうして防衛指揮をしている間は、その不満を消すのは無理と言うものであろう。

「まあそう言うな。確かにいまいち張り合いが無い事になってはいるが、ここに居れば食い物にも女にも困ら

ない。女の方からこっちへ好きなだけ寄って来るなんて事は、人生そうあるまいよ」

「へッ、何を言ってますやら。隊長が女に不自由した時なんざ、見た事がありませんぜ」

 そう言いながらも、その言葉には李穿は満更でもなさそうだ。確かにここに居さえすれば、彼らのような傭

兵であっても、まるで英雄か何かのように民達は敬ってくれるのである。こういう事はその仕事柄、虎として

はそうある事では無い。

「ま、あと半月も保てばそれで役目は終わる。後はさっさとここを引き払えば良かろう。それまでせいぜい楽

しむとするさ、英雄の立場と言うやつを」

「まったく、隊長も悪いお人ですよ。用が済めばこれだけ慕っている民衆も、はや縁切りですかい」

「ふふ、虎とは本来そういうものだろうよ。我等は誰の為に働く訳ではない、ただ与えられた任務を、与えら

れる報酬に応じてこなすだけよ。それに後々の為には、民衆たちは殺されるのが多ければ多いほど良い。そう

なればあの漢嵩は例え他国の事でも許せぬだろうよ。自分を慕う民がむざむざ殺されたなんてな」

「確かに玄軍は容赦無く民を殺すでしょう」

「そう言う事だ。だからわざわざ我等が苦労して反乱を他国にも知らしめ、そしてその為にここまで大きく

したのだからな。ま、楽な仕事だったが」

 項弦はしかしその言葉とは裏腹に、酷く詰まらなそうに見えたのは果たして李穿の錯覚であったのかどうか。

どちらにしても、彼らとしてはその役割をこなすのみであろう。

 それが彼らの仕事であり、生きる道である。




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