3-1.長き年月、狂いを重ね


 東暦、碧嶺754年秋。再び大陸全土を揺るがす事変が起きた。

 凱王、凱禅(ガイゼン)が出兵し、国を空けたその間に反乱が起き、一国を丸々乗っ取られてしまい、

新たなる国が勃興してしまったのである。

 驚くべき事には、凱国民が自分達を凱禅から解放してくれたとして、ほぼ全ての民が異論を唱えるどこ

ろか、素直にその国に忠誠を誓ってしまったと言う。すでに凱禅の恐怖政治によって従う事に慣らされて

いた凱の民には、新しい指導者をこそ望む救世主願望のみがあり、自尊の心に基いた自立心というモノを

失くしてしまったのだろうか。

 自らの力で立てない、立とうと言う意識が無いと言う事は、一体どう言う事であろう。他者に動かされ

るだけの人間など、果たして人間と呼べるのかどうか。心が無いのと同じ事ではないだろうか。

 しかしだとすれば、言わばこの王の交換にも似たありうべからざる出来事が、自然の流れのように上手

く全うされた事にも、多少は納得がいく。

 そういう凱の民の感情を巧みに利用した反乱の首謀者の一人が、驚くべき事に、凱の参謀長であった項

弦(コウゲン)である。

 いや、今から思えば、あの恐怖政治も凱禅を悪、自らを解放する善とする為の狂言であった。と言う仮

定も成り立つのではないだろうか。とすれば、策謀好きの凱禅も、彼らの掌の上で、ずっと踊り続けてい

たという事になる。

 そしてそれは項弦の心を盗ったと思っていた、漢王、明節(ミョウセツ)とその妻(法鳴の事)、明鳴

(ミョウメイ)も同様であろう。彼らもこの時の為にのみ、項弦に逆に利用されていたのかもしれない。

 そう思える程に、全ては項弦達に最も上手く働いた。まるで凱禅のお株を奪うかのように、最後には全

ての流れが彼らに傾いたのである。

 彼らが建てた国の名は碧(ヘキ)。事もあろうに、かの神格化すらされた英雄皇、史上初の統一皇、碧

嶺(ヘキレイ)の名を冠する国であった。

 しかしそれ以上にまだ驚くべき事がある。

 碧の王は項弦ではなく、元賦国の軍師を務め、あの大軍師、趙深(チョウシン)の血を受け継ぐ、趙戒

(チョウカイ)なのだ。

 これには流石に大陸中が揺るがされた。

 予想外だからではなく、これは本来あってはならない事だからである。

 知っての通り、賦族はすでに全面降伏しており、全ての軍政権を失っている。趙戒は客分に近いとは言

え、明らかに賦族の一員である。それが反乱どころか自ら一国の王となるとは、これは護麗将(ゴレイシ

ョウ)こと紅瀬蔚(コウライウツ)、そして全ての賦族に対する裏切りではないか。

 この事は同時に、彼の祖である趙戒と国の名に冠した碧嶺に対する最大の侮辱であり、裏切りでもあ

るだろう。

 趙戒は彼の血筋と賦の歴史、彼を立ててくれた全ての者達の好意と恩恵に対し、容赦なくその顔に投げ

つけるが如く、拭えない泥を塗ったのである。

 だがまったく悪びれず、彼は言う。

「碧嶺様こと、大聖真君の理想の一つには賦族の解放があった。しかし天に昇られてから後、臣下達はそ

の遺志を守ろうとはせず、逆に虐げ、それどころか碧嶺様の国を醜い権力争いによって滅ぼしてしまった。

今の国々の王達はその臣下の孫である。そのような反逆者どもに、この大陸を治める権利は無い。またそ

のような道理も無い。大聖真君は真にお怒りである。今すぐ碧嶺様の遺志を唯一継いでいる賦族を解放し、

大陸人こそが賦族の傘下に入るべきだ。

 国名を碧としたのも、私こそがその正道を成す為の礎にならんとする覚悟を、内外に暦と示す為である。

これは私の国ではなく、本来あるべき公の国、即ち正統なる碧嶺様から受け継いだ国家。全ての悪辣なる

国々よ、聖を穢す子孫達よ、須らく我が国に降伏し、全ての武器を捨てその罪を悔いるが良い。なれば大

聖真君は全てを許し、我が国と我らの上に、永遠に微笑みたもう。

 これは警告ではない、趙深様の血を受け継ぐ我が使命であり、碧嶺様に代わって伝える天命である。こ

の命に服さない国家には、大いなる天の裁きが下るだろう」

 ようするに、全国家、大陸に住む全ての者達への宣戦布告である。逆らえば滅ぼす、簡単に言えばそう

いう事だ。

 壬国に侵攻しながら、慌しく凱禅が撤退したのもこの為であった。

 凱と言う国が失われた以上、他国に侵攻している暇などあるはずはなく。また国と言う後ろ盾を失った

一個の凱禅には、兵をまとめる力が無い。凱兵は散り散りに去り、彼の手元に残った数百と言う兵達も、

見せしめとばかりにこの碧国の軍勢に真っ先に攻撃され、凱禅ごと瞬く間に葬られてしまった。

 これが建国から僅か数日の後の出来事であるからには、碧と言う国がどういう国家であるかが、色んな

意味で察せられるだろう。

 凱禅の最後、それは全てを失った惨めな最後だったそうだ。聞く所によれば、血の涙を流し、全てを罵

りながら死んでいったと言う。無残だが、相応しい最後だったのかもしれない。

 しかし結局は全てに利用されたのが、他ならぬ凱禅本人であったと思えば、自業自得とは言え、多少の

同情の余地もあるかもしれない。死者に鞭打つ事は本意では無く、その最後は容易に察せられる事でもあ

るから、詳しい描写は置いておくとする。

 驕(おご)れる者は久しからず。ともかくも凱禅は滅び、民が趙戒に服した以上、凱と言う国も滅びた。

王足るべき人物も居ないようだから、完全に滅びたと言うべきだろう。

 そして碧国の軍勢なのだが、実は凱に残してあった軍勢では無い。驚くべき事に全て虎である。各国に

散らばっている虎達が凱に集まり、一斉に蜂起した事で一国を丸々手に入れたのだ。凱禅と同じく後ろ盾

を失った趙戒が、一国を起せたのは虎達の力を借りたからである。

 そして同時に、この碧と言う国は虎達の国家でもあるという事になる。一つ一つの虎は数十、多くて数

百と言う人数であるが。何しろ全土に虎と言う組織は無数にある。集めれば数万、或いは十万に届くかも

しれない。その兵力、軍事能力は侮り難い。

 だが勿論、その全てが上手くまとまっているとは言えない。彼らが今団結したのは、共通の夢があると

言う、言ってみればそれだけの繋がりでしかなく。国家や王に対する忠誠心などは、下手をすれば凱の兵

にも劣る。

 歴史は国家の物とも言える。そうであるからには、当然歴史の主役には常に国家の正規兵団である竜が

あり、傭兵団である虎などは見向きもされなかった。しかし彼らにも野望がある。いや、野望と夢こそが

虎の存在理由と言っても良い。元々手におえぬ野望があったからこそ、彼らは虎となったのだろう。

 その不満を趙戒と項弦が主となって煽(あお)り、今魔術のようにまとめあげた。戦闘の為に生きる虎

だけに、その力は凄まじく。凱だけでなく、すでに玄の領土も四半分程を奪われているらしい。

 その裏には勿論項弦の力がある。凱禅が対漢手段として玄に目をつけていたのだが、それを逆手にとっ

て自らの為に利用した。そして今も更に領土を広げるべく進軍中だと言う。

 だから実行者である項弦と、計画者である趙戒を、力あるが故に虎達も今は素直に認めているが。それ

は心服しているのとは違う。これからが趙戒の手腕の見せ所だろう。

 それに、こうも容易く領土を得た理由に、漢や壬が凱禅だけに気をとられていた事にもまた、多くの理

由を見出せる。

 おそらく内外どちらを見ても、危険な国家なのだろう。

 虎の王、虎の国、その本質がどう言うモノなのか、理解している者は少ない。ただ解るのは、虎と趙戒、

皆の意識の外にあったこの二つの力が今、全ての国家に牙を剥いた。まるでかつての賦国の如く。


 趙戒と虎の国である、碧の軍政は他国とまったく違う。

 王を頂点とし、その下に将軍が就く事は変らないが。碧の将軍は軍部だけでなく、政部の権限も持ち、

一つ一つ独立した軍団であって、言わば候同士の連合国家と見るのが一番近い。

 おそらく自尊心と独立心が強い虎の心情を配慮したのだろう。しかも領土を取れば、その切り取った将

軍に与えられ、王を名乗り、その将軍(或いは軍団)の国家を持つ事すら許される。

 勿論、その国は碧の傘下に入るのだが、それを差し引いても魅力的な褒賞だろう。

 これはいずれは欲を持ち、権勢の増した将軍が完全に独立してしまう恐れもある、非常に危険な政策な

のだが。元々官となり、人の下に就く事を嫌う虎を統御するには、この手段しかなかったに違いない。趙

戒もその辺は考慮しているようだ。

 逆に言えば、運があれば大国の王にまで成り上れるかもしれない、と言う可能性を持つ国家であるから

こそ、虎も従う気になったと言える。一国を持つ、これは虎の夢の最たるモノの一つであろう。

 危険極まりない政策とは、まったく趙戒らしい。ひょっとすれば、彼自身が王になるのが目的では無く、

純粋に賦族と彼の夢の為なのかもしれない。彼が言うように、(彼自身が理想としている)正道をこの大

陸に布く為に。

 だからこそ手段を選ばず、正道を布く可能性のある道を、危険を推してまで建国した。

 彼の性格を考えれば、ありえない話では無い。

 この小王たる権限を持つ将軍は、現在六名居る。いずれも名の馳(は)せた虎長であり、それぞれ南斗

六星の名を冠し、虎の六傑、或いは六虎将軍と呼ばれる。

 その名も。

 南斗二星、天梁星(テンリョウセイ)、天梁将軍、孟然(モウゼン)。

 南斗三星、天機星(テンキセイ)、天機将軍、岳把(ガクハ)。

 南斗四星、天同星(テンドウセイ)、天同将軍、前誓(サキセイ)。

 南斗五星、天相星(テンソウセイ)、天相将軍、恒封(コウフウ)。

 南斗六星、七殺星(シチサツセイ)、七殺将軍、石迅(セキジン)。

 そしてこれら五将を束ねるのが、趙戒の片腕にして六虎将筆頭、南斗一星にして南斗の帝星、天府星(テ

ンプセイ)の名を冠する、天府将軍、項弦。

 趙戒もこれに習い。全てを統率する帝王の星、北極星を現す、紫微星(シビセイ)を冠し、紫微大将軍

を兼任する事で、自らの権限を内外へと示した。飾りではなく、自らも軍勢を持ち、実権があるのだと。

 大将軍というからには、他の将軍以上に大きな権限を持たせている。これは各将軍への牽制の意味もあ

るに違いない。

 もっと言うなら、趙戒には虎達をまとめあげ、治めていく自負心があるのだろう。ある程度の自由はや

り、王を名乗る事すら許すが、あくまでも趙戒の支配下にあるのだと。

 実際、最大兵力を持つ、紫微と天府の二軍団を掌握しているのだから、充分にその力はあった。

 こうして碧と言う国は、六虎将、六軍団にまとめられている。だが勿論、傘下に入った虎が六つのみ

と言うことではない。

 有象無象無数雑多の虎が続々と今も全土から集まっているのだが、それら全てを将軍には出来ず、また

そうする意味は無いから(一虎一虎の兵力が少なすぎる為)。取り合えず名のあり、虎の中でも名声のあ

る六名が選ばれ、仲の良い虎が集まり、その首座に就いていると言うだけの事である。

 それだけにこの将軍位に就く者は固定ではありえず、力量次第で常に変動する可能性がある。

 ようするに碧嶺、趙深が創り上げた完全に近い実力主義制度を、より濃厚に(正確には、より危険に。

と言うのも、碧嶺と趙深は人の心と言うモノを、深く理解していた。彼らはこのような暴力的な実力主義

思想は持って無い)取り入れてあるのだ。碧の名を冠する事もあり、実際有用であるから、趙戒と項弦は

碧嶺の国家がとった制度を、なるべく濃く(自分達に都合良く曲解して)使用するつもりであるらしい。

 元々戦乱の世に創り上げられた制度であるだけに、虎達のように、戦乱の世に今も居るような生活をし

ていた者達には、相応しくもあるだろう。虎達には当然不満もあるだろうが、今の所は概ねこの制度に満

足しているようだ。

 このように碧と言う国は実力さえあれば、どこまでも上り詰める事が出来る危うさを秘めた国である。

 今も実際、王を名乗る将軍が二人居た。

 一人は前々から玄に工作し、土台を作り上げ、碧国勃興とほぼ同時に玄国を切り取った天府将軍、項弦。

彼はそのまま得た領土をもらいうけ、項王を名乗っている。だから彼は同時に玄方面での作戦司令官とな

り、今も侵攻し続けているのだ。

 もう一人は七殺将軍、石迅。

 凱禅を直接打ち破った将軍で。凱禅が最後まで辛うじて掌握していた、壬への最前線である、昂武(コ

ウブ)一都市とその周辺をもらいうけ。領土は小さいながらも、石王を名乗っている。おそらく壬へ侵攻

するとなれば、彼が任されるだろう。

 他の将軍は現在国内防衛と掌握に努め、徴兵しつつも武具や食料物資を集め、その力を日々増大させて

いるようだ。彼らも早く戦場に出、自らの領土を得たくてうずうずしているだろうから、その士気は高く、

純粋に虎の実力は侮り難い。しかも今度は雇われではなく、自らのために闘うのだ。一体どれ程の力を発

揮するのか、未だ未知数ながら不安を覚えるに充分であろう。

 漢、壬、玄、そして碧。新たなる四国の歴史が始まる。




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