壬軍が漢軍に勝つ可能性は低い。無い、と断言してしまっても良い程に。 兵糧不足、倍近い兵数差、地の利、戦略的敗北、全ての点において敗北を示している。 戦いも純粋な力の差で勝敗が決するとすれば。即ち、兵の質と数からはじき出される総合的な力、それ が大きい方へと、勝利は常に傾く事になる。二つの力がぶつかった時、双方無事では済まないとしても、 結局は弱い方が弾き飛ばされる。これもまた自然界の法則であるからには、人の力では曲げられない。 いつの場合も、最終決戦場での力量差、それのみが勝敗を決するのだと考えられる。 ならば何故、歴史上に少数で多数に打ち勝った例が存在するのか。 それは着眼点の違い、そう言っていいのかもしれない。実は錯覚なのである。 単純に三万に五千の兵で挑めば、九分九厘破れる。天災が起きたとかそういう僥倖(ぎょうこう)でも なければ、本当にどうしようもないだろう。崩れ去るまでの時間ならば、将の能力如何によって変えられ るものの、結局破れる事に変りは無い。 しかしここでもし敵を五千の兵に限定出来るとすれば、或いはそれ以下に出来るとすれば、どうだろう か。そう、互角以上の状況ならば、勝敗は解らなくなる。 そしてそこにこの錯覚の種があるのだ。 最終決勝点、勝敗の要となる点、それを何処へもって行くか。どうもっていくのか。これが戦略戦術の 妙であり。地形、或いは武器、天候、又は不意を突く、などによって状況、つまりは戦力差を変える事で、 他人の目から見れば少数で多数を破ったような事を起こせる。 全体的に見れば、確かに大軍を少数で破っている。しかし実情を見れば、先の例えなら三万の兵が全て 戦っている訳ではない。驚くべき事に、少数側の五千よりも少数で戦わされる破目になっている事もある。 しかも一度優位に立っているだけに、それが崩されれば人はより大きな絶望を感じる。それでは負けて 当然、勝って当然だ。奇跡ではない。自然の流れである。 勿論、常に戦略戦術が成功する訳ではなく、賭けに近いものだが、それだけに成功した時は神か悪魔の御 技としか思えなく、怖ろしい程大きな印象を人に与えてしまう。 だがそれだけである。結局は皆勝つべくして勝っている。魔術でも何でもなく、物理的に、自然の法則 の上で、確実に勝利を得る状況に持ち込み、勝利を得ているのである。 実情を知って勝敗に納得できない戦などは存在しない。感情的には賛否両論あるとしても、それは人間 だけの事情。自然の流れの中には、不自然な物事は存在しないのである。誰が納得しようがしまいが、常 にあるべき所へ落ち着く。 奇跡を起こしたのではない。神通力でもない。人を超えた力でもない。 全てを敵にするのではなく、ごく一部の敵との云わば小戦、そこへ如何に最終決勝点を持っていくか。 それが要である。 後は全て負けても良い。ただ一度、その最後の最後の要、その一戦のみを勝てれば良いのだ。もしその 手があるならば、どんな状況でも、どれだけ絶望的でも、必ず勝利への道は生れる。 しかし逆に云えば、その道が無い時は、本当にどうにもならない。 戦は現実、夢ではない。負ける時は明らかに負ける。どう誤魔化しても、負ける時は負けるしかない。 誰がどう考えても、自然な流れで、当たり前に負ける。 だから蒼愁が今どう考えても、勝利などは浮ぶはずがなかった。何の準備も無い。何の用意もしていな い。これでは妙策など生れる筈がないのだ。 壬兵は強い、それでも戦えばいずれ敗北す。逃げる事は或いは出来るのかもしれない。しかし逃げても 明節は我が意を得たりとばかり、強引に全面戦争へと持ち込んでしまうだろう。それを防げるかどうか。 戦えば必ず双方に悪感情が生れる。そうなればいくら止めようとしても、自然に破局の位置へと落ち込 んでしまう。明節に和平の意志がないとすれば、それは尚更難しい。壬への明らかな敵意が生れれば、彼 がそれを煽り、焚き付ける事は難しくないからだ。 壬と漢、建国以来の同盟関係。不信感はあっても壬は信頼に足る国と思われている。しかしそれも純粋 な敵意と悪意の前で、どれほど役に立つのだろう。争いは争いしか呼ばない。どちらかを完全に滅ぼし、 地上と歴史から完全に消え去りでもしない限りは。 いや完全に消し去ったとしても、その惨さから、また別の所に敵意を生むかもしれない。悪感情という ものは伝染するのかもしれぬ。 人の心に絶対性は無い。自然にある法則、絶対性、それが人の心には存在しないようだ。 だから容易く変わるのだろう。むしろ常に流動し、不変でない事が心を生み出しているのか。勿論、変 えられない心もある。だがそれも絶対とは云えない。 大きな流れが生れれば、個人の感情では対抗出来ないと思える。人は勢いに乗るか、揉まれるか。どち らにしても勢いの前には流れるしかないのだろう。 その方向に多少干渉出来るとしても。止める事も、また自身が止まる事すら出来まい。傍観していたと しても、流されている事に変わりない。 故にここで漢軍と戦う事は避けるべきだ。今新たな恨みと憎しみを生み出せば、明節の野望を止める事 が難しくなる。無用な死傷者は、出来うる限り出したくない。 戦うと限定さえしなければ、色んな可能性が出てくる。むしろ戦いを放棄する事で、初めて光明が見え る事も多い。 蒼愁は考え抜いた後、丁寧に現状と最良の方法を説明した上で、武装解除して降伏する事を進言し。壬 王は黙ってそれを承認したのであった。 壬は漢に降伏した。
壬の降伏に、明節は呆れるほど動揺している。 「・・・・・・こんな事で・・・、こんな筈では・・・」 自身の完全なはずの計略、しかしそれは全て無に帰した。ここで壬に退かれてはどうにもならない。 明節の狙いは強引に戦を起こし、その上で壬の戦力を削ぎ、出来るならばそのまま壬を滅ぼす事にある。 その為に漢、壬共に引くに引けない状況になるよう、わざわざ王達まで誘い出したのだ。彼らを戦のどさ くさに紛れて殺してしまえば、最早誰も戦を止められまい。 王達を無慈悲に殺されて、黙っている者が居るだろうか。結局いずれは戦争になる。 その目論見が上手く運び、明節は今、まんまと壬軍を包囲していた。このまま一戦交えれば、負ける事 もまず無い。 壬軍を殲滅でもしようと思えば難しい。しかし以前漢嵩が前賦王、賦正(フセイ)と戦う際、ただ王で ある賦正だけを狙い、勝利を収めたように。碧嶺の軍法を受け継ぐ(将は後陣に座すのではなく、自ら先 頭に立って兵を率いる)壬国相手であれば、将を屠る事は不可能ではない。 壬は王を逃す為に最善を尽くすだろうが、それは逆に楓仁と蒼愁が矢面に立つと云う事でもある。 その点を考慮し、明節は状況次第では王を逃がしても良いとさえ思っていた。その代価として楓仁と蒼 愁の命を奪えるのならば、黒竜の力を半減させ、虎竜の力を霧散させる事が出来る。 武の柱さえ砕いてしまえば、如何に参謀長や文官武官が有能であっても、さほど怖くは無い。王を逃が すのは痛いとしても、決して悪い取引ではなかった。 どの道、その王も国と共に滅ぼすのだから。 まずは蒼愁の居ない北昇一帯を奪い、そこを中継して壬の王都を目指す。壬が強固であったのは、あく までも山間に引き篭もっていたが故。国土が広がる事で、壬の防衛力は以前よりも衰えている。強固に守 りを固めていた場所を開いて、外へと連結させなければならないからだ。 開けば即ち脆くなる。当然護るべき浸入路も増え、防衛点が増えれば戦力を分散するしかない。 全体として総数は変わらないが、分散する事で一つ一つは脆くなる。 そこへ将の不在、混乱と勢いに乗じて攻め立てれば、如何に壬とはいえ、いつまでも耐えられまい。 最早邪魔になる勢力はないのだ。玄が独立を狙っているとはいえ、漢を攻め立てる程の力は無い。もし 壬が玄に援軍を要請したとしたら、それに乗じ、玄までも喰らってしまえば良かろう。 漢にも多大な被害が出るとはいえ、それもこれも漢嵩様の夢を、そして大陸に完全なる平和をもたらす 為である。 多少の犠牲は止むを得ないと、決して自身は犠牲にならないだろう位置で明説は独り納得する。 いや、自身すら犠牲になっても良いと考えていた。それで大陸統一が叶うのであれば、その後は死んで も良い。後は央斉に任せれば良いのだ。 上手くいっている間柄とは言えないが、明節は央斉の力量は信頼している。央斉も同じ思いだろう。 だから後事に憂いは無い。悪名を負っても、突き進むのみ。それに今は悪名であれ、必ずや自分の為し た事は評価されるのだと、古今の暴君、狂信者が思ったのと同様に、彼も自己弁護は完璧であった。 しかし、しかしである。ここで壬に降伏されてしまえばどうなるか。 漢としては当然情を見せなければならない。そして何故こうなったか、壬に釈明の機会を与えるしかな くなる。そうなれば明節も、知らぬ存ぜぬでは済まされまい。 現に今でさえ、漢国内、いやこの明節率いる軍の中にさえ、現状に不審を持っている者は少なくない。 この軍勢も、威勢の良い者を利用して、強引に率いてきたに過ぎないのだ。彼らも流れに乗っているだ け、自身が望んで戦に来ている者は少ない。 証拠は一切残していないとしても、壬国が愚かな事を言ってるとは誰も思うまい。憎々しいが、冷静に 見て、明節よりも壬国の方が、信頼という一点に置いては勝っている。認めたくはないが、漢国民は嫌悪 の情を別として、壬を非常に信頼している。 その源には、漢嵩への信頼が、漢嵩が壬に全幅の信頼を置いていた、という感情がある。その感情を冷 ます事は、同じく漢嵩に心服している者として、明節にはとても出来ない事だった。 「何か、何か無いのか・・・・」 夢の為に死しても良いが、このままでは大陸統一の最後の機会を失してしまう。明節は懸命に対処法を 考えた。必死に考えた。しかし何一つ残されていない。 壬が牙を剥いてくれなければ、明節の策謀は成立しないのだ。 「砦を制圧した事を突けば・・・・いや、駄目か・・・」 不可抗力とはいえ、砦を侵略した事を謝罪し、壬は素直にしかるべき処置を執るだろう。 降伏する気ならば、何故望岱付近に待っていなかったのかと突いても。壬が事情を話し、そしてまさか 明節がこのような行動に出るとは思わなかったとし。或いは孟然の策略という可能性もあり、それを確か める為に漢軍の下へ急いだのだと言われれば、一応は筋が通って聴こえる。 多少説得力がなくとも、人の感情がそれを補う。 根本からして明節が無理をしているのだから、冷静になればなるほど彼の方が不利になるのは当然の事 だった。初めから何もかもがおかしいのである。 そこへあの央斉が帰ってくれば、王相手でも容赦しまい。 とはいえ、それで諦めるようならば、明節も初めからこんな事を目論んだりはしない。彼の精神が正常 か異常かは解らないが、少なくともその思考能力に衰えはなかった。 「彼らをどうあっても殺すしかない。そうだ、殺すのだ。兵の命を助ける為に、将の命を代償とする。こ れはむしろ当然の事。人は私の薄情を責めるかもしれないが、しかし無法ではない・・・。もう、後には 退けぬ。央斉が戻ってくる前に斬首を命ずる、それしかあるまい。必ずや漢嵩様の悲願を成し遂げる」 明節は何をどうしようとも、諦める考えはないようだ。自身の野望が漢嵩の悲願に摩り替わっている事 には、勿論気付かないふりをする。 結果、漢は壬の降伏を受け入れる代わり、その条件として三将全員が使者として来るよう、厳命させた のであった。 明節の陣幕には、当然血気盛んな者のみを集めてある。これでは何か事故があったとしても、決して不 可解な事ではない。そう、決して不可解な事ではない。 |