2-8.葛藤


 義風は三刀を持つに至った。

 義実の刀、爺の刀、そして盗み出した刀。三刀を持ち歩く者は少ないが、しかし義風はどれを捨てよう

とも思わない。例え目立つとしても、その一刀一刀が、彼にとって重要な意味を持つからだ。

 武士は刀に想いを込めると言われる。その慣習は鬼になった今でも、深く彼の心に根付いているらしい。

自分の縁者の刀を使わなければ、おそらく仇討ちにならないと考えているのだろう。

 なら何故刀をもう一本盗んだのか。それは形見の刀を常に使わずに済むように、との配慮でもある。爺

の刀も父の刀も、使い続けていてはすぐに刃こぼれをする程度の刀だ。何せ義風の育った村で、実戦で使

えそうなのは、実は凪雲一刀のみだったと言うのだから、これは仕方が無い。

 高貴な血を引く義実も、流石に落ちた身では、凪雲と衣装一式を運ぶだけで精一杯であったのだろう。

そしてそれだけ彼の落ち延びた村が、貧しかったと言う証拠でもある。

 数打ちと呼ばれる、大量生産の質を無視した安価品を買うのが精々であり。そんな物ではまともに打ち

合えば、すぐに折れてしまう。

 今までその程度の刀が折れずにすんでいたのは、偏(ひとえ)に義風の技量と鬼の身体能力故であろう。

 ようするに、破損を気にせず振える刀が是非とも一本欲しかったのだ。これからは円乃の警備も厳しく、

刀を使う機会も増えるであろうから。

 しかしやはり三刀は目立つ。

 道を歩けば人の目が彼を追い、彼の腰に差された刀に集まる。

 このままではいずれ盗品だとばれてしまうのでは無いだろうか。とは言え、義風は一刀も捨てる気は無

い。ばれればそれまでの事、誰が来ようと振り払うまでである。それだけの力が、彼にはあるのだから。

「・・・・ん」

 何やら人だかりが見える。何か一騒動あるのだろうか。

 忍び入る前とは逆の位置に居る為に、今初めて気付いたのだが。商家とさほど離れていない場所に人の

ざわめきがあり、その中から何やら声高な話し声がする。

 義風は気になり、ふと足をそちらへと向けた。

 元々暇を持て余していた身である。


「お前が手引きしていた事はとうに知れている。さあ、隠すと為にならんぞ!!」

 棒で何かを打つような音が聴こえる。

 その度に、惨い、いくらなんでも・・・、などと言う群衆の嘆きも聴こえた。

 どうやら番兵の取り調べを受けているようである。しかも一人二人では無い。

 黒山を縫うように抜けると、道を埋める程の人が座らされており、彼らをその倍もの番兵が囲っていた。

そして答えよ、と言っては棒で打つ。

 このような場所で取り調べをやっているのは、見せしめの為だろうか、それとも番所に入りきらないか

らだろうか。

 女子供問わず並べられ、座らされ、程度の差はあるが、皆棒で打たれていた。あまりにも惨く、野次馬

に集まったはいいが、群衆も面白がる風では無く、どちらかと言えば逃げたくても逃げられないと言った

様子に見える。

 見ていたくは無い光景でも、例え何も助けは出来なくとも、そこから目を逸らして行く事は、流石に憚

られるようだ。せめて見、心中で祈る事で、自らに生まれる罪悪感を抑えようとでも思うのだろう。

「お前達の店が、事もあろうに円乃様に立て付き、不審な者共を集め、良からぬ事を企んでいた事は明白

である。良い加減にしておかねば、お前の妻子だけでなく、お前に関わる全ての者に災厄をもたらす事に

なるぞ。さあ、吐け! お前の仲間は何処に居る何者であるか。言わねば子や女から死んでいくぞ!」

 番兵長だろう。店の主人らしき身なりの良い男に、先程から何度も棒打ちと詰問を繰り返している。

 店主は一言も言わず、番兵を睨んでいた。元より死を覚悟しているのだろうか。その目には澱みが無く、

強固なまでに目の奥に宿るモノが在った。

 覚悟と言えば皆そうであり、女子供でさえ口を割る者はいない。そこに居る者は泣き、痛みに顔を歪め

てはいたが、それでも皆口を開こうとはしなかった。いや、実際何も知らないのかもしれない。しかしそ

れにしてもあの一様に強い目は何であろうか。

 まるで屈する気配が無い。

 番兵達は苛立って何度も叩くが、子供でさえ唇を噛み締め、必死に耐えていた。

 痛々しいが、美々しくもある。

 義風もいつしか目を離せなくなっていた。あの覚悟は一体何処から来るのか。そして何故この者達は、

このような仕打ちを受けているのだろう。


 日暮れまでそのような光景が続いたのだが、結局番兵達は色よい事を聞き出す事が出来なかった。皆見

るも無残な姿になりながら、誰一人として死者がいなかった事を思えば、番兵達にとっても非常に重要な

尋問であったらしい。

 激しい拷問で口を割らせたいが、それ以上に死なれては困るのだろう。

 尋問を受けていた者達は店主を除き取り合えずは放され、店へと戻されるようである。彼らは何も知ら

ないと、番兵長が判断したのか。或いはそれを繰り返しても、店主には効果が無いと思ったのだろう。

 その証拠に店主のみは番所へと引っ立てられ、また明朝から激しい尋問を受けるようだ。しかし棒打ち

をしている方が疲れ切る程に打っても、彼は一向に口を割ろうとしなかったのだ。おそらく死ぬまで何を

言う事も無いに違いない。

 その心意気には義風も敬服する。

 そしてどうやら、この店主は義風が忍び入ったあの商家の主人であったらしい。これは店の者達がその

家へと向って言った事で知れた。

 義風としてはどうにも心の置き具合が難しい事になったが、それでもこの刀を返そうとは思わない。そ

れに物盗りだと思わせなければ、余計な不審を番所やら店の者に抱かせる事になるだろう。

 結果として火事場泥棒になってしまったが、この際その方が都合が良い。刀一本だから、誰も気付かな

い可能性もある。店主が何処ぞへ運んだのだと、そう思う者も居るだろう。

「しかしどうにも心苦しい」

 義風は考え、そして一つの解決法を見出した。

「あの店主を助け出せば良いではないか!」

 つまりは恩返し、そう言えば良いだろうか。まあこの場合は恩返しの押し付けであって、盗まれた店側

としては甚だ腹立たしいだろうが。それでも盗った刀を助けた報酬とすれば、大義名分にはなる。

 強引でも正当であれば、おそらく誰も文句は言うまい。

 それに他に道は無いのだ。刀を返す訳にも行かず、この罪悪感を放っておけないのであれば、最早こう

するしか望みは無かった。

「夜の訓練にもなるというもの」

 義風はひらりと夜風に舞い、番所へと向った。


 番所と言っても、これ程の街を抑えるのだから、当然大きい。その辺にある小屋のような物ではなく、

もう武家屋敷と言ってもいい規模である。

 昼間に忍び込んだ、あの商家ともさほど見劣りしないし、番兵の数も多く、警備は厳しい。

 塀もしっかりしており、見張りの為の矢倉も建ち、もう一個の小城と言っても良いかも知れない。これ

は例え夜目が利き、人外の身体能力があるとは言え、油断すれば発見されてしまうだろう。

 騒ぎを起すのは不味い。義風は気を引き締めた。しかし顔は笑っている。

 本番さならがの訓練、そう思えばこの厳重な警備も喜ばしいとでも思うのだろうか。

 矢倉に立つ見張りに気を配りながら、一個の影となりて昼間と同じく一息に塀を越えた。そこには物音

一つ無い、ただただ義風の息遣いだけがあり、それもやがて空に消える。闇と一体化し、光を避け、影と

共に移動した。

 するすると静寂のまま庭を移動すると、ふと番兵の話し声を耳にする。

 良く聞かなくても、話題はあの店主の事だと解った。それによると、通常使われる牢では無く、別個に

隔離された、最も厳重な牢に入れられているらしい。

 そこは大地に穴を掘って作られ、窓も何も無く、入り口から流れる僅かな風を吸いながら、ようやく生

きれるような場所で。明かりも何も無く、人も近寄らず、土と瓦礫しか見えない。

 食事も塩を抜かれ、量も他の牢より少なく、どんなに豪胆な男でさえ、三日も居れば赤子のように素直

になる場所だと言う。

「厄介な」

 義風は流石に考え込む。

 穴牢と言う事は、入り口は一つしかあらず、当然堅く守っているはず。こうなれば、最早正面突破しか

あるまい。

 勿論義風ならば、この警備を容易く突破出来、番兵を容易く組み伏せられるだろう。しかし店主が居る

となると別である。おそらく弱っているだろうから、あまり無理に動かす事も出来ないし、見付かって騒

ぎになれば、後々まで面倒な事になる。

 それを無理に強行すれば、店主の命に関わる。弱った身体では、おそらく耐えられまい。

「ええい、ままよ」

 どの道放って置けば死ぬより酷い目に遭うのだ。それならば、賭けてみよう。

 とにかくも義風は、件の穴牢へと進路を変えたのだった。 




BACKEXITNEXT