3-4.春末


 霧原城下は当然のように賑わっていた。輸送隊が到着した事を差し引いても、充分に賑わっていると言

える。むしろ松冴などよりも活気があるのではないか。

 前線にある町であり、皆恐怖に怯えているのか、と思えばそうでもない。

 この時代、戦で身を立てる事だけが民の望みであり、唯一の希望でもあった。そう考えれば、戦場こそ

が功名を立てる好機であり、自然心も湧いてくるのかもしれない。

 それに戦場付近の農村等とは違い、城下というのはまだ安全である。何しろ城主が居るし、かえって逃

げようと町外に出る方が危うい。戦場の近辺には当たり前のように強盗の類が集まってくる。その群の中

へ家財を運んで突っ込めば、どうなるかは簡単に想像出来るだろう。

 それならばここで素直に人生を楽しむ方が良い。そういう開き直ったかのような気持が、前線に住む住

民には備わっているのだと思える。慣れとも言い換えられるが。そうでも思っていなければ、こんなとこ

に住んでいられないという気持の方が強いのだろう。

 開き直ってしまえば、兵達が大勢駐屯しているから意外に治安も良いし、人が多いと言う事は商売にも

良い。むしろこういう場合の方が住み易いとも言えそうだ。

 最も、その代償として常に危機感を強いられる事になるが。

「良い街でしょう」

 受け持った仕事の報告を兼ね、義風を案内する部隊長が呟く。

 酒、女、そして様々な物資と食料、霧原城下には様々な商人が集まり、他の町から来れば驚くくらいに

賑わっている。戦争がもたらす賑わいなのだから、まったくもって皮肉なものだ。

 しかし彼らにとっては理由などどうでも良い事である。

「そうですな。これ程の賑わいは、ちょっと見る事が出来ない」

「そうでしょう、そうでしょう。これも春末様のお力です。あの方が来られるまでは、まるで火の消えた

ような町でして、我々も骨を折ったものですよ」

「それはそれは」

 統治者として、どうやら春末は英明(えいめい)らしい。流石は養子にまで望まれた男、その力は伊達

ではないようである。

 この部隊長も心服しているのだろう、その口調にすら敬意が見て取れた。噂どおりの英明な城主、この

幸運は素直に受け取っておくべきだった。

 もし春末が英明でなければ、何の後ろ盾も無い義風などに会ってはくれなかっただろう。例え輸送隊を

救ったとしても、礼を言われてそれで終いである。むしろ余計な功を立ててくれたと、厄介者扱いされて

いたかもしれない。

 親切には必ず裏がある。そう思うのが当然の時代なのだから。

「さて、私は先に上へと報告せねばなりません。ですが、城内にはすでに使いを発し、話を通しておきま

した。後は門番に名を申せば通してもらえるはずです。では、これにて御免」

 慌しい気もしたが、城前で義風は部隊長と別れた。

 仕事の後始末もあるのだろうし、みだりに城主へ近付こうとするものではない。悪くすれば城主に媚び

ていると思われ、嫉妬と侮蔑を買ってしまうからだ。

 もし上司や同僚の嫉妬を買ってしまえば、知らぬ間に命を縮める事になろう。主人の寵愛(ちょうあい)

を受けるのが出世への近道ではあるが、それだけに危険も大きい。

 長生きをしたければ、必要以上に権力とは関わらない事だ。今は城主を任され、家中一の猛将である春

宗と比肩する程の地位にある春末でさえ。用が済めば、後はどうなるかは解らない。

 そういう世の中の機微を解っているのなら、あの部隊長も閑職にいながら、あながち力量が無いのでは

なさそうだ。もしかしたら、武より文に長じ、それゆえに輸送などという仕事に回されているのかもしれ

ない。

 確かに功は薄いが、輸送物に手を付ける者が多い世の中、それを任せられる事は、ある意味信頼の証で

もあろう。

 そしてそれは同時に、春末が猫の手も借りたい状態にある事を意味する。まあ、義風からすれば、願っ

たり叶ったりの事態であるが。

「名を尋ねておけば、役に立ったかもしれんな・・・」

 義風は部隊長の名を聞かぬままにした事を、少しだけ後悔した。その気になれば、いつでも名を問う機

会はあったはずなのだが、ついついその機会を失してしまった。

 まだまだ義風は知恵が足りない。有能な者と信頼を築ければ、後々まで義風の役に立っただろうに。

「まあ良い。同じとこに居るのだ、また会う事もあるだろう」

 義風は悔いを振り払い、ともかく城門へと向った。

 門兵に話すと快く招き入れてくれ、丁度春末が戻って居た事もあり、すぐに春末と出会う機会を取り付

ける事が出来た。

 輸送隊を救援出来た事といい、義風に運が向いてきたらしい。


 春末、実物は予想に反して存外小柄な男であった。

 巨漢で絵巻にでも出てきそうな巌(いわお)のような男を想像していたのだが、柔和とすら思える顔立

ちで、視線も優しく、他の円乃の血筋とはまるで違った人種に見える。一瞬、春日(カスガ)の顔を思い

出したのは、気のせいだったろうか。

 ひょっとすると春匡達と血の繋がりはなく、その力量のみを買って養子にしたのかもしれない。そうい

う事は、この時代にはままあった事である。それにむしろ血の繋がりが無い方が、信頼出来る事も多い。

 しかし彼もその腕を円乃に買われる程の男である。良く良く見れば、筋骨逞しく、小柄だけにすばしこ

そうで、瞳にも油断は見えない。

 思慮深そうな目を見れば、英明である事はすぐに解った。度量も胆力もありそうだ。芯の強さが心地よ

く響く、春末を称するとすれば、そのようなところだろうか。

「風とやら、なんでも輸送隊を救ってくれたそうだな。心から礼を言う。しかし隻腕とは驚いた、どうや

ら途方も無い剣の腕があるようだな」

 春末は興味深そうに義風を見ている。

 隻腕、つまりは片腕の男もこの時代珍しくないが。そんな男がただ一人で敵軍を追い払ったとすれば別

であろう。しかし彼はそれを疑うどころか、その目に憧憬のようなモノすら浮かべている。よほど武勇を

愛するらしい。

 その声、物腰には聞いていた通りまるで邪気がなく。どう考えても円乃の血筋とは思えなかった。これ

ならば兵に慕われて然りというもの。或いは円乃は彼を恐れ、今の内に味方に引き入れたのかもしれない。

 まあそれはどうでもいい。円乃の事情など、義風には関係の無い事だ。

「ハッ、過分なお言葉、痛み入りまする」

「何でも我が家に仕官したいとの事。そなたのようなツワモノであれば、こちらこそ仕官願いたい。喜ん

で迎え入れようぞ」

「ありがたき幸せ」

 義風は気品良く一礼する。

 彼は田舎育ちだが、幼き頃より宮中礼儀などは一通り教わっている。彼の父義実の身分を考えれば当然

の事であり。そうであるからには、下手な大武家の者よりも、よほど礼儀作法に通じていた。

 それを見、春末はよほど感服したらしい。

 ただ武力のある者ならばどこにでも居るが、礼儀作法にまで通じているとなれば話は別である。気品、

雅さなども武士が備えているべきモノであり、それがあるなしでは人の評価はまったく違う。

 今の武士に成り上がり者が多いからには、教養を身に付けているものは少ない。気品は幼き頃よりの教

育が物を言う。それだけに品あるだけで、武芸百般に通ずるに足る評価を得られる事もあるのだ。

 義風の立ち振る舞いは雅であり、隻腕であることすら彼を惹き立てているように見える。

 春末は二人と得難き者であると見、大胆にも義風に一部隊を任せる事を決めた。しかも最前線、一番功

名の立てやすい場所である。おそらく早々に手柄を上げ、出世するに足る証を作れと、春末はそう義風に

言っているのであろう。

「風よ、お主の手並み、じっくりと見させてもらうぞ」

「ハッ、この上なき幸せ。春末様には決して御損はさせませぬ故、どうかお心を御平らに」

 春末は満足そうに頷き、それからもう一つ大事な事を問うた。

「して旗印は何としよう。家紋などがあればすぐに用意させるが」

 旗印とは、部隊を見分ける為の紋章を縫い付けた旗の事である。もう少し出世すれば、馬印(部隊では

なくその将個人を表す名誉ある印)、を許される事もあるが、一部隊長程度では旗印がせいぜいである。

 旗印、馬印には家紋などが使われる事が多い。馬印には凝った意匠の物もあるが、旗印はさほど名誉あ

るモノでは無い為、割合見分けの付き易い簡単な物が好まれる。

「では、風の一字をあつらえとうございます」

「うむ、それは面白い。急いで作らせよう。出来ればお主にはすぐにでも戦に出てもらいたい」

「ありがたきお言葉」

 義風は再び平伏しながら、予想以上に上手く事が運んだ事に対し、顔には出さないがとても安堵してい

た。城主に顔を覚えられ、信をおかれれば、後はもう楽なものだ。期待に応えるべく、ただただ戦って、

戦って、戦い抜けば良い。

 いつか、円乃を滅ぼすまで。その為にも春末に気に入られておいて損は無かった。




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