4-7.円乃惑う


 洗馬を苦も無く(外から見て)滅ぼした事により、春末の声望は弥(いや)が上にも高まった。

 内外から重く見られ、その勢威は円乃当主に次ぐ、いやそれ以上であるとまで評されているようである。

 洗馬残党も次々と降伏しているようだ。数多の思惑はあれど、当主が居ない以上、ここで片意地を張っ

ても仕方がないと思ったのだろう。予想通り、現実的な思考を多く持った者達であると思える。

 彼らは情よりも自家保存という武士が武士である目的の一つを遂げる為、早速自らの勢力を増すべく、

また美砂坂を陥れるべく、各々が策動し始めている。主家の滅亡もなんのその、流石は謀略にまみれた洗

馬家の残党である。

 滅びの後こそが、むしろ勢力争いの、権謀の腕の見せ所であると、彼らは理解しているのだろう。

 現在は美砂坂が元洗馬領を抑え、各重要拠点を治めている以上、不満があれども簡単に手は出せないだ

ろうが。このまま放置しておけば、いずれ何かしらの火種になる事は明白である。しかしそれもまた義風

の望みに適う。彼らにもせいぜい手駒となって働いてもらわなければなるまい。

 わざわざ懐深く彼らの降伏を許させるように行動したのは、確かにそれが短い期間で治める為に必要だ

ったとはいえ、大部分は後々に火種を残す事が目的である。

 ただ春末が側にて見張っている限り、火が付く事はないだろう。

 洗馬残党の誰一人として、円乃に余計な不信を与えたいと思う者はいない。内心はどうあれ、春末が居

る限りは目立った動きを見せまい。

 だが義風にとって上手い事に、円乃当主、春匡(ハルマサ)が春末に危機感を覚え始めたのだろう、春

末は程無く洗馬領から切り離され、休養を与えると称して本国へと召還される事となった。

 春匡は美砂坂と春末が結託し、洗馬領に独自の勢力を形成する事を恐れたのだろう。春末を置く事で安

定を望むのではなく、春末という存在を恐れるようになっている。

 代りに派遣された者が当然居るから、変わらず睨みを効かせる事になるのだが。やはり春末が睨むより

も弛むし、これで例え洗馬残党と美砂坂が何を起こしたとしても、春末に責任が及ぶ事は無くなる。

 春匡らしい自己保存のみを考えた、真に単純なやり方ではあるが。これで遠慮なく美砂坂を動かせると

いうものだ。人は自滅こそ望むらしい。

 春末一党は春匡の居る松冴(マツザエ)にて挨拶を済まし、祝辞と褒美を与えられた後、松冴のすぐ近

くにある小袋(コブクロ)という宿場町に移された。こうして手元に置く事で掌握し、春末を上手く飼い

馴らそうという魂胆だろうが。これもまた義風にとっては幸いな事である。

 春末にも自尊心がある。こんな仕打ちをされれば、いつまでも黙っている事はあるまい。

 好機である。

 義風はこの機会に間者と連絡を取り、円乃内部へ揺さぶりをかける事を決めた。

 今なら春末の名を使い、こちらへと引き込む事が出来るかもしれない。春匡の懐刀である春宗(ハルム

ネ)が未だ前線から離れられない以上、この松冴でさえ、春匡よりもむしろ春末へ重きを置く者が多くな

っている。

 如何に御兄弟とはいえ、昨今の春末殿の扱いは余りにも酷いのではないか。そんな声も徐々に出始めて

いるようだ。

 また状況が変わればすぐにそちらへ転ぶと思えるが、それならそれで存分に転がってもらえばいい。義

風にとって円乃が不安定になりさえすれば、それで良いのである。春末に謀反の兆しありや。円乃の将達

へ少しでもそう思わせる事が出来たならば、それ以上は望まない。

 とにかく不穏を拡大し、大所帯となったこの円乃を存分に乱してやるのだ。

 他将は間者達に任せ、義風当人は春末に対して更に密着していく。

 常に彼の側に居、いくら働いても自分を誇示せず、常に主を立ててくれる存在。そんな義風に対し、春

末はどうやら心の底から信頼を寄せ始めている。

 家中での扱いがああであるから、余計に義風のような自分に都合の良い存在がありがたいのであろう。

 春末であれば、そういう都合の良い存在こそ、誰かを陥れようとする者の伝統的な手である事は、百も

承知であろう。しかし流石の春末も、自身が不満に呑まれつつあるが為に、いつの間にか義風に頼りきり

になっていたが為に、疑う事よりも楽に受け入れる事を選んでいたのである。

 彼は自分から誘惑に身を任せてしまったのだ。

 こうして人は隙を突かれ、利用される。

 義風はその姿を見、薄ら笑うのみである。

 春末の側に侍りながら、少しずつ彼の不満を高め。同時に内外へ、春末が不満をもっているのだと、少

しずつ信憑性(しんぴょうせい)を高めながら、幾度も幾度も噂を流す。少しずつ、効果的に。

 義風は頃合だと考えていた。

 これ以上円乃や春末に尽くしてやる必要はない。すでに乱の種は撒いた。自分は良く耐え忍び、長く待

った。もう充分ではなかろうか。



 間者達は良く働いてくれる。

 自兵として雇い入れて後、活動の幅も広がり、その成果も目に見えて増しているようだ。

 義風も控えめではあるが昇進を繰り返し、子飼の者を数人容れていてもおかしくない。むしろその為に

こそ給金を貰っているのだから、雇い入れる事が自然である。

 そこでこれ幸いと間者達の中から選抜きの者を雇い、円乃との繋がりを持たせたのであった。

 そういう意味でも、小袋に押し込められている今の状況は、好都合である。いままでは忙しかった為に

子飼にまで目を向ける余裕が無かったものの、今ようやく雇い入れる余裕が出来たのだと、そういう風に

弁解できるからだ。

 当然のように間者達を雇い入れても、誰も不審に思わなかった。

 間者達もその地その地にきちんと根付いて活動している。昨日今日やってきた訳ではないから、その素

性も案外しっかりしていた。しかも武家に仕えていた者が多い為に、挙措動作も立派で、共として連れて

も見苦しくない。

 ただ、人数は三人程としておいた。勿論足りないが、それを口実に春末に頼る為である。

 自分ではこの三名がやっと、みっともない事ですが、信頼できる者を紹介していただけないかと、そう

いう風に頼れば、誰も悪い気はしない。むしろ自分の息のかかった者を受け入れるという姿勢を見、益々

信頼を寄せたくなるものだ。

 有能であれ、仕事をこなすだけでは不安に思われる。出来すぎても人に不穏を持たれるのである。

 独立しているのは立派だが、何でも一方通行ではいけない。繋がりを大事にし、頼り頼られという関係

を忘れてはいけないのである。相互関係を保ち続けなければ、どんな繋がりも空々しくなってしまう。

 主人を頼ろうとしないのは良い。しかしそれも程度を過ぎれば、逆にその忠誠心を疑われる。あまりに

も頼られないと、人は頼りないと思われているように感じ、半ば無視されているかのような、そのような

不審を抱く。

 さりとて密着し過ぎれば煙たがられ、同輩からは嫉妬の目を向けられよう。

 この辺の塩梅が難しいのだが。すでに義風は春末の性格、そして同輩達の自分に対する畏怖心と敬意を

知っているが為、上手くやる事が出来ているようだ。洞察力が増したというよりも、以前よりも感情が薄

くなり、冷静に観察出来るようになっているのだろう。

 全ての努力が今実り始め、義風は大いに満足を得た。

 策動する為の時間も、今ならば売るほどに有る。

 春匡は春末を扱いかね、あれから一月経ったというのに、相変わらず小袋へ押し込めている。

 おそらく一人では判断できず、焦がれるくらいに春宗の帰還を待っているのだろう。しかしそんな春匡

を嘲笑(あざわら)うように、相変わらず春宗の首尾は捗々(はかばか)しくない。

 それは別段春宗が悪いのではなく、単に春末が短期間で洗馬を落した事の方が異常なのだが、世間はど

うしても良い方を基準にする。いつまで手間取っているのかと、家中での春宗の評価が少しずつ下がって

きているようだ。

 今では家中一の名は春末様にこそ、とまで噂される事も多く。春匡は焦りの色を隠しきれない。

 本来は有能な親兄弟といえば、何にも代え難い宝なのであるが。あまりにも有能であると、逆に不安の

種となる。いずれ当主の座を奪われてしまうのではないか、いつまで自分の下に甘んじているだろうか、

そんな風に思わせられるからだ。

 その有能な肉親が、当主に対して不満を持ち始めているとなれば尚更である。最早春匡は春末に対し、

恐怖の感情まで抱いているとかいないとか。

 いかに円乃家臣といえど、当主には簡単には近づけない。それでも噂として色々と伝わってくるものだ。

口の軽い者は何処にでもいるし。噂話はいつの時代も第一等の娯楽である。

 春匡が恐怖を覚えた以上、後は時間の問題であったが。ここは万全を期したい。

 そこで義風は鬼の手を使う事にした。

 即ち、春匡お抱えの武士へと近付き、美砂坂と同じく手駒とするのである。

 今までの地道な努力によって、それを行なう事は難しくない。松冴城の構造もある程度解った今、春匡

暗殺も不可能ではなくなっているが。やはり仇を討つとなれば、あっさり暗殺をするよりも、自分や父達

と同じ、いやそれ以上の絶望を味わわせたい。

 一夜にして全てを奪い。そして最後に絶望と共に冥府へと突き落とす。春匡などは、荒神にでも喰われ

てしまえ。




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