11-7.蟲

 補給路を封鎖した事で深撫の子庸軍は翼をもがれた格好となった。付近の拠点からも彼らを助けようと

いう動きはない。孫に逆らわずとも進んで助けずという方針なのか、それとも事前に子庸が工作していた

のか、それは解らないが趙起の読みがどうやら当たったようだ。

 深撫は程なく干からび、子庸も決定的な決断を下さざるを得なくなる。そして趙起はその決断を受け入

れ、寛大に子庸を迎え入れる。これが望まれる脚本であり、一連の流れはただの確認作業に過ぎない。予

測不可能な未来ではなく、あるべき所へと皆が一致して辿り着こうとしている。敵味方もなく、同じ目的

の為に全てが動く。

 茶番、それが一番相応しい言葉なのだろう

 そう思えば馬鹿馬鹿しさが感じられるが、人というものはそういう馬鹿馬鹿しい事に拘るものである。

この馬鹿馬鹿しさこそ時に何よりも重要な事だと人は考える。つまり愚かしさは人にこそある。

 道は決し、趙起は最終的な取り決め、つまりは何処まで子庸に譲歩するかを考え始めていた。

 子庸を迎え入れ、東孫を無力化し、空いた力を北方へ回して孫文打倒を目指す。その方針が変わる事は

ないが。子庸にどの程度まで権限を与えるのか、譲歩するのかが問題だ。

 状況から言えば趙起が圧倒的優勢である。深撫を封鎖し、最早その力は失したと言っていい。この状況

であれば子庸に降伏を申し出てもおかしくはない。むしろ妥当である。深撫だけを見れば勝敗は決まって

しまっている。

 しかし表面上はそうでも、内情は違う。ここで子庸に対してあまりにも厳しい条件を突き付ければ、お

そらく彼は腹を括り、全精力を持って趙起に仇をなそうとするだろう。その力は侮れない。子庸の名には

まだ影響力がある。大敗を喫したとはいえ、孫文から東将の地位を解任された訳ではない。彼には合法的

に孫文の名を用い、東孫の軍を動かす力がある。

 東孫全体にも敗戦の責任は問われよう。ならばその責任を少しでも雪(そそ)ぐ為、本気になって趙と

戦おうと考える可能性も無い訳ではない。孫文の支配力も薄れてはいるが、まだどちらに転ぶかははっき

りと解らない状況だ。油断は禁物である。

 子庸が新たに軍を召集したとして、彼に以前程の権威はないだろうとしても、孫文に恐れを抱いている

東孫の兵は動かざるを得ない。子庸がその気になれば、まだ様々な手が打てる。そしてその一手が趙にと

っては致命的となりかねない。

 そういう事情がある以上、安い値では子庸は動くまい。図らずも趙と孫を天秤にかける事で高まった自

分の価値を、見誤る事はないだろう。

 東方を二分するくらいの事を言わなければ承知しまい。

 痛い代償であるが、それだけで東方の半分が手に入ると思えば、これでも安い取引と考えられなくはな

い。このまま力押しで攻めたとしても、東方を平らげるまでには莫大な損害と時間を必要とするだろう事

を考えれば、決して悪い取引ではなかった。

 だから思い切った取引をする事にも吝(やぶさ)かではない。

 考えるべきは、どこをどう分けるか、という点である。

 地理を考えれば趙が北部、子庸が南部という事になるだろうが、それだけでは先々において不安となる。

あまり子庸を野放しには出来ないし、孫に飼い殺しにされていた勢力達も後の楔(くさび)とする為に何

としても残しておかなければならない。今だけではなく、将来を見越して決める必要がある。

 これは非常に難しい交渉である。

 こういう時に趙深の力を借りられれば良いのだが、今の状況では趙起一人で取り決めるしかないだろう。

こういう場合に頼りになる片腕が欲しい所だが、胡虎は北方におり、楊岱(ヨウタイ)も育っていない。

交渉事に長けているだろう宜焚(ギフン)に相談するのも良いが、彼では先々までの戦略を踏まえて考え

る事は難しい。

 政治的な事を相談できる相手がいないというのは、非常な負担を強いられる事だ。

 だが泣き言を言っていても仕方がない。趙起一人でやり遂げるしかなかった。

 甘くすれば子庸に侮られ、厳しくすれば突っぱね返される。非常に加減が難しかったが、何とか妥協点

を見出し、ようやく子庸との直接交渉へと入る。



 具体的な話に入ってからも交渉は困難を極めた。

 子庸は頑ななまでに妥協を許さず、その上それを直接伝えようとはしない。状況を考えて趙起と子庸が

直接面を合わせるような事は出来ず、あくまでも使者を介して、しかもお互いにその真意を察せさせると

いう方法で行っている為に、余計に時間がかかった。

 子庸も秘密裏に趙起の使者と会う訳にはいかず、そうなれば部下も居る場所で話さねばならない。故に

どうしても寝返りという表立って話せない事柄は裏と裏で会話する事になる。

 深撫に居る全ての人間が子庸に心服している訳ではないし、子庸の方も決して楽な仕事ではない。寝返

りますか、はい、いいえ、で決まるような単純な事ではないのだ。

 しかし何度も使者を送る事で、ようやく現実味のある案が出、二者の間で具体的な決定をする事が出来

ている。時間がかかったが、その成果はあったと言って良い。

 東方を二分するとはいえ、現状東方はほぼ孫の領地であるので、それは先の話となる。子庸は当面趙起

の支配下に入り、衛に所属し、その手足となって東方攻略を進め、その過程で得た領土からその都度分け

前を得る。

 東方を征するまでは深撫を中心とした一帯が子庸の支配地である。付近の拠点とは話が付いているよう

で、子庸が趙に寝返ったとなれば、すぐさまそれに応じる用意が出来ているらしい。

 流石に抜かりはない。だからこそ仲間、いや同盟者としても油断ならぬと言えるが、今はその力があり

がたかった。いずれは敵対するしかない関係だとしても、今は必要な存在である事に違いはない。



 東方を子庸に任せる事で、衛は息を付く余裕が出来、戦力を北方に集中する事が出来る。子庸が寝返る

可能性も考えられたが、その心配は表に出さないようにしている。子庸を刺激するのは避けたい所である

し、どの道子庸に裏切られれば終わりなのだから、気にしても無意味ともいえるだろう。その点は信用す

るしかない。子庸の心をではなく、あくまでもその打算を。

 ともかく子庸の件はこれで一応片が付いた。次の問題はいつ寝返らせるかだ。全ての根回しを終え、不

安分子を粛清し、これ以上ないという好機を待って行わなければならない。それは子庸の仕事であるが、

趙起にも無関係な事ではなく、協力する必要がある。裏切る正当な、とは言わないが、納得できるだけの

理由も作らなければならない。

 北方で孫文が敗走してくれれば一番良いのだが、そうもいくまい。孫文を崩すのは難しい。ならばそれ

を考えるよりも、東方の中でそういう状況を作り上げていく事を考える方が良いだろう。それにはまず子

庸よりも先にまずどこかを降伏させる必要があった。

 考えてみれば東孫を統べる子庸が誰よりも早く寝返るという事はありえない。そんな事をすれば子庸の

名声は地に落ち、裏切らせる意味も薄くなる。子庸が自らの値を下げるような行為をするとも思えない。

だから最初に寝返ったという悪名を誰かに引き受けてもらわなければならない。そしてそれに連鎖するよ

うに複数の寝返り者が出、結果として子庸も降伏するしかなかった。そういう形が必要だろう。

 しかし誰がそんな事を引き受けてくれるか。子庸には当てがあるのだろうか。彼が趙起が考える以前か

ら寝返りを考慮していたのだとすれば、当然そういう人身御供(ひとみごくう)となる役目の者にも目星

を付けていたに違いないが。今の所それを口に出す気配はない。

 もしかすれば待っているのかもしれない。趙起がまずそれを言い出すのを待っている。

 自分からそういう汚れた話を言いたくはなく。あくまでも趙起の策として行ったのだという形を取りた

いが為に、黙っている。

 だとすれば、全く慎重、いや狡猾(こうかつ)な男である。ここまでくると初めからいずれ寝返る心算

で孫文に取り入ったのではないかとすら思えてくる。東方の状況が趙に利するように上手く動いていたの

にも、子庸が裏で関わっていたのではないか、と勘繰ってしまう。

 もしかすれば、この男はずっと以前からこうなるように画策していたのではないだろうか。いずれ孫が

孫文の威だけでは賄(まかな)えなくなり、歪が生まれる事を見越し。その時自然に生まれてくるだろう

孫に対抗する勢力と孫を天秤にかけ、上手くその間を生き、そしていずれは自らが天下を掴む。趙起が考

えていたよりも前から、その野望は動いていたのかもしれない。

 孫文や趙だけでなく、西方も北方もただこの一人の男に振り回され、利用されていたのではないかとす

ら思えてくる。

 そこまでは考え過ぎかもしれないが、趙起は子庸という存在との関わりを深くする度、その奥に言い知

れぬ恐怖を抱かされた。例えば怨霊に対して抱くような、底冷えのする恐怖を。

 最早孫文孫文と言っている時期は過ぎていたのかもしれない。孫文の歴史的役目は終わり、次を担う存

在が台頭してきた。そしてそれは趙起でも趙深でもなく、この子庸なのかもしれない。

 だとすればこの子庸にこそ注意を払うべきだが、今の段階では、子庸の望む方向へと趙起もまた進むし

かない。だからこそ辛くもあるし、恐れを抱くのだろう。それと知りながら逃れられない道を作る。その

事の何と恐ろしい事か。



 趙起の方からまず他の拠点を寝返らせる事を提案すると、子庸は渋々といった風で乗ってきた。いつの

間にか恩を売られた形になっていたのは不快だったが、今更拒否する訳にもいかない。彼もまたそれに乗

って動くしかなかった。

 全ては子庸の計算の内にあるのだろう。趙起が抱いた不快さもまた計算されている筈である。そしてど

う思おうと結局趙起は子庸と共に歩むしかない事も、はっきり理解した上で物を言っている。悔しいが、

子庸に一日の長がある事は認めざるを得ない。そういう能力では子庸の方に明らかに分がある。策士とし

ては趙深にも匹敵、或いは超える能力を持つのかもしれない。

 言わば孫文すら手玉に取った男なのだから、当然といえば当然か。偶然今の居場所に辿り着いた訳でな

い事は、その言動を見れば理解出来る。幸運も勿論あったのだろうが、偶然今の位置に立っている訳では

ない。それほどの漢として見なければ手痛い目に遭うだろう。

 趙起は不快の念を堪(こら)え、他拠点への工作を開始した。と言っても以前から交渉だけはしていたから、特

別な事をやる必要はない。ただ交渉の材料として子庸という存在が新たに加わり、交渉に現実味が出た事

が今までとは違っていた。

 東孫の各拠点を任せられている将達も、子庸が趙に寝返るとなれば態度を変えざるを得ない。それは言

わば東孫政府自体が趙に寝返るという事であり、孫文からの借り物としても暦とした実権がある以上、子

庸の重みというのはやはり大きなものであるようだ。東孫には子庸以外にこれといった人材が居ない事も、

それを助長する。

 そしてここで重要なのは、子庸が趙に寝返る事もありえない話ではないと、彼らが考えている点である。

これまで趙が行ってきた事の成果が出ている。もっとも、それすら子庸に利用される一材料になってしま

った観もあるのだが。

 ともあれ、子庸が趙に付くとなれば東方における均衡は崩れる。北方へ侵攻中の孫軍を大きく動揺させ

る事が出来るだろう。

 孫文の支配力も益々減じ、それに従う意味がより薄くなる。大陸中を覆っていた孫の脅威も弱まる。

 今では各拠点の将達も忠誠心などは捨て、中には忠誠心の篤い者も居るとしても、そのほとんどは打算

によって自らの行く末を決めようと考えている。将が全てを決められる訳ではないとしても、その力は大

きく、子庸の寝返りという噂が流れる事によって、東方だけでなく、大陸中が大きく鳴動する事になるか

もしれない。

 そしてそういう噂を流す事で、子庸を後戻りできぬ位置へ追い込む事にもなる。それもまた子庸の計算

内の事であるだろうが、趙にとって悪い話ではない。誰に予測されようと利点は利点である。

 例え今は手玉に取られているとしても、その全てが子庸をのみ利する事はない。全てがただ一人の為に

動くように見える事もあるが、実はそうではない。良い事の裏には常に悪しき事が付きまとう。それを忘

れ油断した時、人はその必ずその報いを受ける。

 趙起が考えるべきはそこであった。今は掌の上で踊らされていてもいい、ただそれに甘んじる、諦める

のではなく、後々の為に地道に道を築き続ける事だ。例え今は無意味に思えても、後々まで無意味である

とは限らない。状況も力関係も全ては変わっていくものだ。

 全ての表裏は繋がっている。それが時にひっくり返ったとしても何ら不思議はない。

 時間という変化は誰にでも等しく訪れる。それは全ての者に等しく可能性がある事を示している。

 道を諦めなければ、誰にでも好機が訪れるものだ。それに気付くか気付けないかは別としても。



 各拠点と密約を結び、まだ約定の上だけではあるが、ここに衛と同程度の新勢力を誕生する事が出来た。

その支配権は衛にあり、衛に所属する事になるが、実権はほぼ子庸が握る。子庸の名を利用して築いた約

定を基にして創られたのだから、当然といえば当然の事だ。

 言ってみれば子という国が新たに生まれたようなもので、趙としては手放しで喜べる状況ではなかった

が。しかしこれで東方の半分近くを押さえた事にはなる。

 子庸をあまり自由に動かさせるのは危険であるが、子庸の進む道もまた楽ではない。東方を平らげても、

彼は次に中央の孫勢力と戦わざるを得なくなる。孫は決して裏切りを許さない。その時に孫文が生きてい

るかは解らないが、楽な戦いにはならないだろう。

 密約が結ばれるや否や、趙起は深撫からすぐさま軍を退き、衛を斯に任せ、自らはそのまま休む事なく

北方へと向かった。兵を休ませられないのはきついが、大部分の兵は戦闘らしい戦闘を行わなかったのだ

から、それほど疲労はたまっていない、おそらく何とかなるだろう。

 負傷兵を衛に残し、急ぎ軍を再編して再び五千の兵をかき集め、斉の王都、営丘(エイキュウ)を目指

す。ここまで行動すれば子庸達との密約を公言するようなものであったが、今更隠す必要はないとした。

子庸は苦々しく思うだろうが、それは大した事ではない。どの道遠からず解る事である。子庸もここに至

って寝返りを止める事はないだろう。

 子庸は確かにしたたかである。だがそれだけに読み易い部分もある。子庸もまた趙との連携なくしてそ

の立場を護る事、東孫を平らげる事が不可能である以上、趙に引き摺(ず)られざるを得ない。

 趙と子は一蓮托生。それに気付けば余計な心配に煩(わずら)わされる必要はなかった。



 営丘は予想通りというべきか、大騒ぎであった。北方同盟に姜尚が居る限り、斉の民もまた北方から離

反する事はないとしても、孫文自らが北方へ来ているのだから、不安を覚えない筈がない。なるべく早く

安堵させてやらなければ、無用な事を考える可能性はある。

 そういう状況であるから、安堵の材料として援軍が来たという事実は格好であった。五千といえば馬鹿

にならない兵力である。東方での争いが一段落したという事もまた大きな好材料だった。営丘の民は吉報

に沸(わ)き、まるで救いの神でも来たかのように趙起軍を迎えている。

 状況は緊迫しているが、それだけにありがたみも増すという訳だ。

 窪丸を落とし、その勢いに乗って東城へと進軍した孫文の勢いは衰えを知らず、その猛攻の前に東城も

劣勢を強いられ、姜尚を主とした同盟軍が懸命にその侵攻を防いでいるものの、外から見る限り、敗勢に

傾いている事を否定できない。

 東城もこの時の為に準備を重ねてきたのだが、孫文は予想以上であり、今用いられるだけの全ての力を

結集して望んだこの戦いも、如何にも不利であった。

 百に率いさせて先行させた援軍も迂闊(うかつ)に動けば返り討ちに合う可能性が高い為、補給線の確

保以上の成果をあげられていない。

 趙起は一通りの雑務を終えると、休憩も早々、野外に布陣しているという百の許へと急いだ。



 久しぶりに会った百は疲労困憊(ひろうこんぱい)という態で、全てを持て余しているように見えた。

流石の彼も焦燥を隠せず、孫文への恐れを消す事が出来ず、どうして良いか解らない。百には孫文と直接

的な戦をした経験はない筈だが、その事がかえって孫文という存在を測り難いものにしたのだろう

 趙起は百にも荷が重かったかとその人選を悔いたが、しかし他に人が居ない以上、それはどうしようも

ない事である。百を責めるのはお門違いというものだ。全ては趙起自身に責任がある。

「百よ、ご苦労であった。後は私に任せるがいい」

「はッ」

 労をねぎらうと、百は珍しくほっとした表情を見せた。口には出さず、泣き言めいた事も一切言わなか

ったが、百もまた己の限界を感じ、これ以上この役目を負う事を情けなくも歯痒く思っていたのだろう。

こういう時に頼りになる為に自分は部隊長という役目を与えられたというのに、一番肝心な時にそれに応

えられないという事は、彼にとっても死より辛い事であったに違いない。

 今の段階では、百にも斯にも部隊長以上の能力がなく、一軍を率いて独自にその場の状況に合わせて行

動する事は無理であるようだ。

 ただ流石はというべきか、どこでどう調達したのかは知らないが、兵力が少しだが増えていた。

 おそらく何か一つでも出来る事はないかと必死に考え、人知れず努力したのだろう。決してその数は多

くないが、今の趙起にとっては何よりもありがたく、その気持ちに救われる思いがした。

 百軍を取り込む事で、趙起は一万を超える軍勢を支配下に置いた事になる。

 これだけの兵力があれば、そして東方の事情が変わった事が伝われば、状況を打破する力を生み出せる

かもしれない。孫文とて、無敵ではない。孫文とて、人間である。決して勝てぬ道理はない。

 趙起は意を決し、手勢の全てを孫軍にぶつける事を決めた。今更小細工は不要と考えたのだ。いや、と

いうよりは他に打つ手がなかったと言う方が正確だろうか。東城を助けるには、疲弊しきっているだろう

孫軍へ向けて、全兵力をぶつける以外に思い付かなかったのである。

 直接孫文に挑むのはこれで三度目か。一度は破れ、二度目は分けた。三度目の正直、今回こそは勝って

みせる。孫文もその力を増しているが、趙起もまた以前とは違う。窪丸に殉じた白祥に応える為にも、今

こそ打ち破らなければならない。

 負ける訳にはいかなかった。

 ここが天王山である。




BACKEXITNEXT