12-7.布への道


 三千の兵を率いて布へと向かう。しかしその道は決して楽ではない。

 群雄割拠という程ではないが、東方南部は依然落ち着きを見せず、中には千を越す兵力を持つ勢力も少

なくない。衛に対して非協力的な者達も居るだろうし、無人の野を行くようにはいかない事は明らかであ

った。

 兵に関しての心配もある。

 三千の内、二千は借り物の兵でしかない。幸い黄架将軍はまるで趙起の忠臣になったかのように大人し

く従ってくれているが、それが彼の素直な心であるかどうかは解らないし、自兵が借り物の兵の半数しか

いないというのは如何にも頼りなく感じる。

 借り物の力の方が大きいというのは、どうにも不安定である。

 例え趙起が多少関わりを持つ兵であっても、いやだからこそ緑兵全てが心服している訳では無いであろ

うし、借り受けた兵の選別も緑に任されている以上、必ずしも最上の兵を送ってくるとは限らない。

 緑がどれだけ好意的か解らず、そういう意味でも何が起こってもおかしくない怖さを秘めている。

 すでに発っている以上、今更こんな心配をしたところでどうにもならないとしても、不安要素を予め理

解しておく事は必要であろう。

 理解しつつ、その上で考えていかなければならない。

 こうして半ば恐々と進んでいる訳だが。喜ぶべき事に恭順する姿勢を示す勢力は思っていたよりも多か

った。兵を貸し与えるまではしないものの、素直に道を開いてくれている。

 彼らとしても立ったは良いものの後の事を大して考えていなかったのだろう。或いは立って初めて現実

というものを直視する事が出来たのか。

 このような状況の中で独立するのは難しくないが、それを維持、発展させるのは難しい。下手すれば一

挙に他勢力に呑み込まれてしまう可能性もあるし、兵や部下も大人しく従ってくれるとは限らない。

 それに乱に乗じて住み着いた山賊夜盗の類から身を護る為、仕方なく立ったという勢力もあるだろう。

 彼らのような勢力としては、このまま独りで居続けるよりも、早く次に寄るべき大樹を得たいと考えて

然りというもの。

 皆が皆己が天下を望んでいる訳ではない。むしろ頼むに足る者に従い、自ら苦労して安定を得るよりは、

他人から楽に与えて欲しいと考えている者の方が、いつの時代も多いものである。

 だから趙起が兵力を持って進んでくれば、素直に恭順しようという者が少なくなかったのだ。

 だが勿論反意を示そうとする者達も居るし、今は恭順する姿勢を見せていても、いつ何時それが変わる

か、その真意が何処にあるかは解らない。現に趙起の行動を示威行為と見、いやもっと進んで侵略行為だ

と見、誰であろうと邪魔は許さぬという姿勢で襲い掛かってきた勢力もある。しかしそう言った勢力には

能ある指揮官が居らず、さほど労する事なく打ち破っている。

 それを軽挙妄動と言ってしまうのは酷かも知れないが。あまり他人の行動に敏感過ぎる者は、統率者、

指揮官に向かないのは確かなようである。

 それに兵や軍としての質にも差があった。

 緑軍も流石に一国の軍勢である。大規模な再編をしてからまだ日が経っていない為に、彼らもまた万全

とは言い難いが。それでも俄か軍などとは明らかに違う。軍制も整い、初めからそういう地盤があった軍

と。今誕生して、これからそういう形をしっかりと作らねばならない軍とでは、やはり雲泥の差がある。

 趙起が鍛えた千の衛兵は言わずもがな。よほどの大勢力でもなければ、負ける筈がなかった。

 趙起は順調に進み。その途上にあった勢力を懐柔、或いは滅ぼしながら、慎重に布へと進んで行く。そ

して進む度に、少しずつ東方南部の状況がはっきりとしてきた。

 現在東方南部で最も大きな勢威を誇っているのは蜀、それに続いて布と幾つかの勢力と言った所か。小

さな勢力の方が多く、どうやら思っていたよりも固まっていないようである。まだまだこれからといった

様子で、決定的な力を持つ勢力は居ないと考えて良いだろう。

 中央東部も似たようなものであるらしい。流行病のように独立運動が盛んになったが、後々の見通しま

で持っていた者は少なく。いつの時代、どの国でもそうであるように、何となく乗っかっただけとまでは

言わないが、周囲の動きに巻き込まれるかのように、気ばかり焦って無理にその動きに合わせようとした者

達も少なくなかったようである。

 これが正鵠(せいこく)を射ているとすれば、東方平定とはいかないでも、布までの道を繋ぐ事は、案

外難しくないのかもしれない。

 しかしその願望は、甘い見通しかなかった。

 順調に進軍を続けていた趙起軍に一つの山が立ち塞がる。その名を子遂(シスイ)。子庸の縁者を名乗

り、伸州(シンシュウ)という街を中心に布へと繋がる一帯を支配している。子遂をどうにかしない限り、

布へ辿り付く事は出来ない。

 子遂は子庸が運び屋であった頃から手に手をとってやってきたと言っているが、その名は今の今まで聞

いた事が無い。子庸の血縁を名乗る事で、その領土を継ぐ資格があるのだと言おうとしているのだろうが。

おそらくは偽称である。

 この手の者は混乱期には必ずと言っていいほど現れる。付き物と言ってもいい。大抵は口だけで能が無

く、だからこそ大義名分を何とか得ようと嘘を吐く。

 しかしこの子遂は珍しく無能ではなかった。その名を用いているのにも、何か目算あっての事なのだろ

う。それとも本当に何かしらの繋がりがあるのだろうか。

 その力も弱くない。大勢力とは言わないが、情報を集めた所、二千程度の兵力はあるようだ。将として

の器量も、瞬く間にこの一帯を支配した事から察する事が出来る。容易に打ち破れる相手ではあるまい。

 しかしこんな所でもたついている訳にはいかない。ここで苦戦するようであれば、懐柔している者達も

その考えを改めるかもしれないし、何としてもここで力を見せておく必要がある。

 もしはっきりとした力を見せる事が出来れば、趙起に従う者は増えるだろう。そう考えればこれは好機、

子遂という存在は趙起の力を示す格好の相手とも言えた。

 勿論、事はそう簡単な話ではないが。この状況も悪い事ばかりではない。であれば、迷いなく乗り越え

るべきであろう。



 趙起は多分に形式的であるとしても、まず子遂へと降伏の使者を出し、その返答を待ってから攻めよう

と考えたのだが。これが為に少々不味い事になってしまっている。

 てっきり提案を一蹴し、徹底抗戦の構えを見せるかと思いきや、予想に反して恭順するか抗戦するかを

迷う様子なのだ。いや、そう見せかけているだけなのかもしれない。そうする事で時間を稼ぎ、情勢の変

化を待とうと。

 確かに今のような状況にあっては、何が起きてもおかしくない。同じ東方内にあるとはいえ、北方から

きた趙起は余所者であるし、衛から遠征をしてきている以上、その疲弊も少なくない。補給線も長く伸び、

それを突く事は難しくない。

 つまり弱点を抱えながら進んでいるようなもので、これを好機と見る者が出てもおかしくはなかった。

 子遂が直接それを他勢力へ促してもいい。自分が趙起軍を足止めしているから、その内に背後を襲え。

輸送隊でも襲えば物資がたんまり手に入るぞ、とでも言えば乗ってくる者も居るだろう。

 乱を起こした者達が欲しいのは兵、そして武具と食糧である。特に食糧はいくらあっても足りない。軍

を軍として機能させる為には多くの兵糧が必要であるし、食糧を多く持てば持つ程将としての威厳という

べきか、説得力を保つ事も容易となり、その地位を安定させる事が出来る。

 そこに利があるからこそ兵もまた従うのであり。利と言えば食糧に勝る物は無い。 使える。食わせられるという事以上に将たる資格を見せられる事は無く。食糧を確保できる量が多ければ

多い程、それを慕う者が増え、勢力として安定出来るのである。

 子庸も名義上は衛に属する者であったのだから、子遂がその縁者を名乗る以上、衛には遠慮せざるを得

ず、本当に進退を迷っている可能性も無いではないが。その腹に何か思惑があると考える方が、おそらく

は当たっている。

 だがそうと推測出来たとしても、対処は難しく。子遂の甘言に乗る可能性のある者はそれこそどこにで

も居る。恭順した筈の者の中からそれが現れる可能性もあり、趙起軍の緊張は高まっていた。

 ならば不安が現実になる前に子遂を倒せば良いではないか、と言う考えもあるが。そうは言っても、元

々こちらから降伏を言い出したのだから、返答が遅いと強引に襲い掛かれば、趙起の信義を疑われる事に

なるだろう。

 信義を疑われてしまっては、今後長きに渡って非常に大きな不利益をもたらす事になる。

 誰が信用出来ないような者の言葉を聞くだろう、その下に付こうと考えるだろう。今従っている者達も

自分の将来に懸念(けねん)を抱き、不信感を持つようになるかもしれない。いや、もっと進んで属する

相手を変えようと企むかもしれない。

 疑われるという事は、非常に厄介な事である。それが為に人は人と争い、人を裏切り、人を憎む。疑心

こそ統率と安定の敵であり、最も忌むべきものだ。

 故に人を納得させるだけの理由が無ければ、趙起から子遂を攻める事は難しい。

 子遂が直接的な反意を見せない限り、趙起は動けない。

 そういう姑息というべきか、計算高い部分は確かに子庸の縁者だと言えるのは、性質の悪い皮肉という

べきか。



 返答を待って五日経過したが、子遂からの返答は出ていない。使者が来ているには来ているのだが、い

つも答えをはぐらかし、要領を得ず、時間だけが過ぎていく。使者を出しているのは誠意からではなく、

そうする事で今も交渉中であるとの印象を強めたいが為であろう。しかしそれを解っていて尚、趙起側か

らはどうする事も出来ない。

 返答が遅く、これ以上交渉する意志が見えないとし、それを名分にして襲い掛かっても良いのかもしれ

ないが、それをするには早過ぎる。せめて半月は待つ必要があるだろう。短慮してはこちらの方に非があ

ると思われてしまいかねない。

 しかし待つしかないというのは困った事態である。無意味に待つ事以上に無駄な事は無く、兵糧を消耗

し、兵の士気もだれる。良い事は一つも無い。

 いつどこから襲われるか解らないという不安も絶えずあるし。ただ待っているだけでは力を失うのみで

あろう。

 この状況を打破する為、趙起が考え出したのは、自分もまた他勢力を利用するという手であった。自分

が動けないのなら他の者を動かす。至極単純な理屈である。

 しかし誰を動かそうというのか。

 布は衛に従属している為、衛が子遂と交渉している最中であるからには、布もまた子遂を襲う事は出来

ない。それは印象からしても衛が襲うのと同じであり、他を動かす意義を失う。

 他というのは文字通り直接に関わりなき他人という意味で、動かすならば、衛と関わりを持たない勢力

を動かさなければならない。

 幸いというべきか、ここ東方南部には様々な勢力が跋扈(ばっこ)している。従属させたり取り込む事

は難しくとも、こちらの条件次第で協力させる事は可能だろう。

 そこで交渉を持ちかける相手を定めるべく、子遂と他勢力との関係を調べてみると、どの勢力とも上手

くいっていない事が解った。

 何しろ子遂は子庸の縁者を名乗っている。だがそうでない事は薄々解る。そう信じる方が自分にとって

都合が良いのでもない限り、それを認める理由は無い。

 ここ東方南部は子庸に仕えていた者達が多く、子庸がああいう風であった為、その素性は良く解らない

のだが、誰も子遂という名を聞いた事が無かった。もし子遂が自称しているような存在であれば、その名

は広く知られていた筈だ。

 まだ十年、二十年、或いは何百年と時が経っていたのなら、ごまかしようもあるだろうが。子庸軍崩壊

からさほど時を経ていない今、出自を偽る事はまず無理である。縁者ではないという証拠が無い為にはっ

きりとした形で示す事は出来ないが。他勢力から好意を持たれる訳がなかった。

 むしろ疎まれ嫌われ、ある程度の兵力を持っているから敵対する事を避けられているようだが、もし力

を失えば格好の標的にされてしまうだろう事は、想像に難くない。

 子遂を攻撃させるに都合の良い相手は不自由しなかった。単騎子遂と戦うのは得策でないと考えても、

そこに趙起が絡むなら話は変わってくる。子遂以上に目障りな存在は無く、趙起が協力してくれるという

なら喜んで乗ってくるだろう。

 ただし、依然子遂と交渉中である以上、趙起が表立って出て行くのは不味い。何かしら別の形を繕う必

要がある。

 そこで趙起はまず布にその勢力と秘密裏に同盟を結ばせる事を考えた。

 その勢力の名は伊推(イスイ)。子遂と領を接し、千から千五百程度の兵力を擁(よう)している。

 彼は子庸に仕えていたのでも、孫に仕えていたのでもなく、元々は一介の農夫に過ぎなかった。それが

戦続きによる搾取に我慢出来ずに居た所、乱が生じ、これ幸いとばかり不満を同じくする者達と共に立ち

上がり、勢力を成した。伊推には軍略の才があったのだろう、すぐに頭角を現し、初めは数十の寄せ集ま

りに過ぎなかった集団を瞬く間に数百、千と増やし、今では少なくない領土を持つようにまでなっている。

 兵数は子遂に劣るものの、出自が地に根ざしている為に土地との繋がりが深く。その才もあってか、付

近の勢力からは一目置かれている。子庸とも孫とも強い繋がりがないだけに、かえってその威を慕う者が

多く、短期間で大きく成長出来たのかもしれない。

 世が世ならばただの農夫として歴史とは無縁に一生を終えていたのだろうが、奇しくも天はそれを許さ

ず、世に出る事を命じた。

 兵の質は元農夫などが多い為に高くはないが、士気だけはどこよりも高く、将兵の間に信頼関係がある

事も他の勢力とは一線を画している。

 野望を抱いて立ったというよりは、必要に応じて仕方なくやったという要素が強く、伊推も愚鈍ではな

い為、上手く話しに乗せる事は難しいだろうが。結局搾り取るだけで終わった子庸には敵意すら抱いてお

り、子遂にも良い印象を持っていない。土地への執着心も強く、自領を狙う者は不倶戴天(ふぐたいてん)

の敵であるという考えを持ち、軍や権力者というものをそれだけで嫌う傾向もある。

 孫文のように民を考慮するならまだしも、乱に乗じて野望を成そうというような者にそのような誠意を

求めるのは無意味と考え、自らの力で自らの土地や家族を護ろうとしている。

 だからこそ彼らの心を理解し、それに応じた条件を出すならば、こちらの話を聞いてくれる可能性は決

して低くないだろう。難しいのは確かだが、決して不可能ではあるまい。

 強がっていても内心は彼らも不安である筈だ。周囲の勢力が伊推に一目置いているとしても、とても北

方同盟や西方同盟に抗するだけの力はない。いずれはどこかに属するしかない事も充分に理解している筈。

伊推に覇者足らんと望む野望がないとしても、だからこそ入り込む余地もまたあるのである。

 肝心なのは相手が本当は何を望んでいるのかを考える事だ。方法はいくらでもある。望みを抱かない人

間などは存在しないのだから。

 とはいえ、やはり伊推との交渉は困難であった。

 布を通して盟約を結ばせようとしたのだが、伊推は衛も布も信用していない。衛などは北方から来た侵

略者だと考えているし、布はその侵略者に従う犬だと考えている。好意など一片も持っておらず、その意

に従うなど考えられない。

 協力して子遂に当たるといっても、こちらが攻められているのならまだしも、こちらから攻めるなどと

は言語道断。そんな事をすれば徒(いたずら)に人を死なせるだけではないか。だからお前達は嫌いなの

だ。それに話に聞けば子遂とも交渉しているという。その返答が思わしくないからといってそれを滅ぼそ

うなどとは何事だと怒りを燃やす始末で、とても上手くいかない。

 伊推の言う事は尤(もっと)もで、確かに趙起は彼らを自らの望みの為に利用しようというのだから、

ら、そう思われても仕方がない。

 趙起の理想、望みを幾ら押し付けられても、反発するだけであろう。

 しかし趙起の目的が単なる領土拡張でない事、この地の民を虐げる事も搾取する事も望みではない事、

などを順々に辛抱強く説明させる事で、少しずつ耳を傾けてくれるようになってくれた。

 根は単純というべきか、気が優しいのだろう。

 衛や同盟相手に対して無理難題をさほど言わず、その地のやり方を出来る限り尊重し、治安維持を心が

けてきた趙起のやり方には、侵略者という気持ちや少なくない不満はあっても、それなりに評価していた

ようで。用が済めばそれまでではなく、恒久的なというのか、そういう深い繋がりを結ぶのならば、伊推

もいずれは何処かへ属するしかない事は解っているから、最後には盟約を結んでも良いとまで譲歩してく

れている。

 彼らも自分達を人並みに扱ってくれるならば、自分達の最低限の権利を認めてくれるならば、その威に

服する事も吝かではないのだろう。元々天下を取ろうというような野望は無いのだから、きちんと認めて

やりさえすれば、それに応えてくれるのである。

 趙起がこれまでやってきた事の成果もあった。必要からであったとはいえ、衛を尊重するような政策を

取ってきた事が、東方では意外に評価されているようだ。

 確かに孫も民には寛大とはいえ、多分に押し付けがましい所があったし。子庸も嫌われないよう気を配

っていたが、それだけである。孫のやり方を踏襲したに過ぎない。それに比べれば趙起はなんと寛大か。

 ただし、いずれはどこかに属さねばならない、という心境が一番の理由である。上記の感情も理由の一

つに過ぎず、どこかに付かねばならないのなら、より自分達を利する者に付きたい、という人間として自

然な欲求に伊推もまた従っただけであろう。

 だからこれも全て自分の力であるとか、これで伊推からの信頼を得たのだ、などと自惚(うぬぼ)れれ

ば、その報いを受ける事になるだろう。常に期待に応え続けなければ離れてしまう。人と人の関係には、

そういう面もある。彼らと本当の友好関係を結ぶには、まだ多くの時間が必要なのだ。一時に全幅の信頼

を得られる程、人の世は甘くはない。




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