12-8.乾坤一擲


 布が伊推と盟約を結んだ事はすぐに東方南部一帯に知れ渡った。何処も各勢力の動静には敏感であるか

ら、そういう意味では便利である。放って置いても勝手に全土へと知らしめてくれるのだから。

 それはもし何か愚かな事をすれば悪評が一気に広まってしまう、という事も意味しているが。諜報活動

が活発という事にも利点といえば利点があるのである。

 子遂も距離が近いだけに逸早くこの情報を得たようで、その態度に顕著な変化が見られた。

 彼にとって今戦端を開く事は非常に不味い。確かに伊推の動員兵力よりは勝っている。しかし盟約を結

んでいる以上、伊推が動けば布が出てくるであろうし、それによって趙起もまた強引に動く可能性がある。

いや、これは出てくるという脅し以外の何ものでもない。

 もしそんな事にでもなれば子遂滅亡は必至。誰かに力を借りようにも特に親しくしているような勢力は

無い。むしろ各勢力と敵対に近い関係にある。以前ならまだしも、趙起、布、伊推という繋がりが出来て

しまっている今、危険を冒してまで子遂の言に乗ってくる者は居まい。

 誰もが天下を望んでいる訳ではなく(実現可能、不可能は別として)、例えそれを望んでいる者であっ

ても、趙起、布、伊推という三者を同時に敵にしたくはない。その力は東方南部では圧倒的となっており、

例え趙起軍の補給線を乱したとしても、布と伊推である程度補う事が可能だ。被害を覚悟すればこの二者

だけでも子遂を撃破出来るであろうし、短期間なら趙起軍を食わせる事も出来る。

 三つの軍を合わせれば万近い大軍となるのだ。誰がわざわざ戦おうと考えるだろう。自勢力滅亡の危険

を冒してまで、子遂に協力する者は居ない。

 子遂も付近の勢力に働きかけたりしているようだが、応える者は居なかった。子遂に力あればこそ多少

は遠慮してきたが、こうなればその必要は無い。滅亡が決まった勢力など、塵芥(ちりあくた)も同然で

あろう。

 むしろこれに乗じ、子遂へ攻勢を仕掛ようとする勢力まで出てきている。

 乱れているという事は要するに国境線などのはっきりとした境を失うという事であり。力を失う、その

命数が尽きたと思われれば他勢力が一斉に襲い掛かり、その土地を奪い合う。何処が誰の領土であったか

など知った事ではない。奪い、それを維持出来る事こそが支配者の証なのだ。

 子遂と国境線を争っている勢力は無数におり、特に子遂によって領土を奪われた勢力などはこれぞ幸い

とばかりに意気を盛り返している。一度転げ落ちれば滅亡まで決して止まらず、むしろ加速し続ける。そ

れが新興勢力の憐れな末路というものであった。

 子遂はその事を充分に承知していたようだ。すぐに趙起へと具体的な返答をしている。

 具体的な返答とはつまり、趙起に降伏するという意味である。

 子遂も生き延びる為に必死だ。自国の滅亡を何よりも恐れるのは彼も変わらない。他国に奪われ滅ぼさ

れ、惨めに殺されるくらいならば、まだ降伏した方がましである。幾らかの条件を出し、それを呑ませる

事が出来れば、むしろ己を利するというものだ。

 子遂は、領地を安堵し、属国として認めてくれるならば、降伏を受け容れると言ってきている。

 属国という事は要するに一国丸ごと従属するという意味だが、当然それを受け容れる側にはその権利を

認め、時には護る義務が生まれる。民に税や兵役を課す代わりにその安全を保障するのと同様の関係が、

そこにも生じる。

 もしそれを破れば頼むに足りぬ者としての謗(そし)りを受け、著しく名誉を傷付ける事になろう。

 今は碧嶺後のように名誉名分にさほど重きを置いている訳ではないが、それを重視しなければならぬの

は実はこの当時も同じであった。むしろ民が利に転びやすいからこそ、余計にそういう頼み甲斐のある所

を見せなければ付いてこない。

 その使い方、捉え方は違っても、必要なのは同じである。必要なものはいつ如何なる時も必要であり、

不必要なものはいつ如何なる時でも不必要と言う訳だ。人間の基本的な考え方が変わらない限り、この事

もまた変わらない。

 人を護る、安堵させる力があるからこそ、他の国々や各市町村が従うのである。孫の力の前に皆が平伏

(ひれふ)したように、乱世であるからこそ余計に頼み甲斐のある事が必要であり、そこにはどちらにと

ってもより現実的な利害関係があった。

 誰も名誉欲だけの為にそういうものを求めるようになったのではない。元々は必要から皆がそれを求め

るようになったのである。名誉名分などというものは、後付けであるとまで言えるのかもしれない。

 後に名誉こそ至上であると民を教化したのが碧嶺であるが、その彼もまた名誉が名誉であるという事の

為だけにそれを求めたのでない。むしろその名誉というものの利害に気付き、本格的にそれを利用しよう

としたのが碧嶺であり、趙深であったと言えるのだろう。

 無論、彼らの真意など今となっては知る術もなく。彼らが本心から聖人君子を目指したという可能性も

否定出来ないが。やはりそこからくる利を重視したと見た方が当たっているように感じる。どちらも現実

的、合理的な性格であったが故に。

 その根底にあったのは孫であろう。孫文が知らず知らず用いていた力、或いは気付き始めていた力、を

彼らが整理しもう一歩進めたとでも言うべきか。

 ともあれ、そういう事である以上、子遂の返答を受けるとすれば、趙起は子遂の保護者とならなければ

ならない。

 だが子遂が子庸の縁者を名乗っている以上、それは厄介な火種を取り込む事になる。それを保護すると

いう事は、子遂が子庸の縁者であると認めたとも取れるからだ。その上、子遂自身、信頼出来ない存在で

ある。彼も子庸同様、属国という立場に縛られる所か、むしろその立場を利用して上手く立ち回ろうと考

えている筈。

 子庸が孫、衛と乗り換えながらその勢力を伸ばしていったように、子遂もまたこの状況を上手く利用し

ようと画策しているに違いない。

 しかしそうと解っていても、自分から言い出した事である以上、相手がそれを受け容れるとなれば、今

更ふいにする訳にはいかない。趙起もまたその返答を受け容れるしかないのである。

 腹立たしい事ではあるが、戦を避けられたと思えば、それで良しとするべきか。



 子遂が衛に降った訳だが、腹を立てたのが伊推である。それに到った経緯を考えれば仕方の無い事だと

彼も理解しているが、子遂という個人への不信感と嫌悪を消す事は出来ない。そしてそれを同胞と認める

事にも。

 幸い、その事で布との盟約を破棄するとは言わず。むしろ都合によって自分の言葉を反故にしない点な

どを評価し、伊推の趙起への信頼は深まったようであるが。伊推と子遂との溝はより一層深まっている。

 だがそれはそれで趙起にとって必ずしも都合の悪い事ばかりではない。趙起が恐れるべきは子遂と伊推

が手を組んで反旗を翻す事であり、互いに憎み合っていてくれた方が好都合とも言える。この上はそれを

上手く利用するべきだ。

 伊推と上手く付き合えば、子遂への嫌悪感を趙起への忠誠心へと換えてしまう事も可能であろうし。い

ずれ再び敵対する事になるだろう子遂相手ならば、嫌悪感を抱いているくらいで丁度良い。伊推が子遂を

憎めば憎む程、趙起にとって伊推はより頼れる味方となるのだ。

 その辺が子遂が子庸に劣る所なのだろう。子庸ならばもっと上手く立ち回っていた筈だ。

 趙起にとって子遂とは、都合の良い憎まれ役である。もし子庸であったならば、こんな馬鹿な役回りを

務めるような事はしなかったであろう。

 ただし子遂が居る事で、今後周辺勢力への外交が多少困難となる。上手く立ち回らなければ、足元を掬

掬われるのは趙起の方となろう。利する点があるとはいえ、厄介である事に変わりない。

 何かを得れば何かを失う事もある。

 安楽としては居られない。

 だが子遂を降らせた事で一先ず状況は落ち着いた。戦闘なくそう出来た事は大きな事である。後はこれ

をどう活かしていくかだ。



 道が繋がり、ようやく趙起は布へ入る事が出来た。苦労しただけに喜びは一入(ひとしお)である。

 斯とも再会する事が出来、二人はお互いの無事を祝しあった。斯を子庸の下へ送った時、よもやこれ程

長き間離れる事になるとは考えてもいなかった。失った兵は惜しく、それを思うと喜んでばかりもいられ

ないが。下手をすれば全滅する可能性もあっただけに、趙起は斯達の健闘を大いに称えている。

 布の状況もそう悪くはなく。ある程度の兵力があった為か、斯のおかげか、思ったよりは落ち着いてい

た。不逞(ふてい)をなそうとする兵も見えず、治安は悪くない。

 兵数は斯が引き連れていたのを含め、ざっと四千と言った所か。確かにこれだけの兵力に斯が居れば、

容易に仕掛ける事は出来ないだろう。周辺の勢力も布の動向を半ば恐れるようにして窺(うかが)ってい

る様子だ。

 趙起はこのまま布を護るよう斯に命じ、遠征によって疲れている兵達を休める為、自らも暫くの間この

地に駐屯する事を決めた。

 この機会に布王達とも会っておく方が良いだろう。彼らも一枚岩とは言えない。趙に協力的な者を見出

し、個人的な繋がりを持って、布内にも味方を作っておかなければならない。

 今は素直に服しているように見えるが、その本心が何処にあるかは解らない。趙起や斯の事を苦々しく

思っているのかも知れず、すでに反乱の種が芽生えている可能性もある。

 力を貸す、保護するといえば聞こえは良いが。それはつまり本来は余所者である筈の斯や趙起が我が物

顔で国政に口を出すという事である。布王や重臣にとってそれは諦めつつも屈辱的な事であろうし、彼ら

にも充分に敬意を払い、気を配らなければならない。

 布の事をもっと良く知る必要がある。

 周辺の勢力も気になるが、まずは地盤を固めなければならない。布という地盤がしっかりしておればこ

そ、この地を安定できるというもの。

 趙起自らがここに来た理由は、他に任せるに足る者が居ないという事もあったが、そういう目的もあっ

たのである。衛に篭っているだけでは知れる事は限られる。時には自らその場所へ出向く事も、必要な事

であった。



 趙起の次なる目的は東方に得た領土を安定させる事にある。その為にはまず布を堅固にしなければなら

ない。

 布へ繋がるという事を優先させた為、その道のりは細長く伸びきり、防衛に不向きな形になっている。

付近ではまだ多くの勢力が鎬(しのぎ)を削っている。早くこの問題を解決し、出来るなら布一国でも威

を示せるようにしなければならない。

 後々の事を考え、東方の勢力と個人的な縁を結んでおく事も必要である。

 こうして趙起は周辺の勢力と交渉し始めたのだが、厄介なのが蜀の存在だった。

 趙起が来た事でこの一帯の均衡が崩れ、その事が蜀を筆頭とする周辺の勢力に危機感をもたらしたのか、

東方の勢力同士が力を結集して独立体勢を維持しようという機運が、急速に高まっているようである。

 人間という者は、ただ居場所や生まれた土地が近いというだけで親近感を感じ。逆にそれが遠ければ、

それだけでその当人の人格とは関わり無く避けてしまうきらいがある。

 よく知らないという恐怖心が、まるでその人を自分とは全く別の存在であるかのように思わせてしまう

のだろう。

 特に、この地は孫文、子庸と立て続けに支配者が変わり、その統治は決して悪いばかりではなかったも

のの、結局この二人が争い合う事で皆散々な目に遭う破目になった。もう余所者の勝手な戦に巻き込まれ

るのは御免だという想いが生じていても、おかしくはない。

 誰であれ、他人の勝手な争いになど巻き込まれたくない。それが戦となれば尚更だ。

 蜀を現在治めているのは武力によって権力を奪った有力将軍であるが、そんな乱暴なやり方にもこうい

う時には頼もしさを覚えるのか。蜀将を嫌う者は思ったよりも多くなく、擁立した王を傀儡にしてその地

位は安定し、東方一帯の独立勢力の旗印のような存在になりつつあるらしい。

 これはその有力将軍に力がある、人心掌握に長けていたというよりは、趙起やそれに組した者達に対す

る反発心が大きく作用した結果だと考えられる。

 もし趙起という解りやすい敵が近くに居なければ、蜀はもっと荒れ、いずれは落ち着くにしても相応の

時間がかかっていた筈である。外に強大な敵が居ると思えばこそ、今の王を倒してでもより強い政権に、

という理屈が立つのであるし。内部争いは外敵の問題を解決してから、という事にもなる。

 共通の敵が居るという事もまた、不思議な連帯感を抱かせるものだ。

 趙起の到来を都合よくその蜀将に利用されたとも考えられる。そのくらいのしたたかさは持っていても

おかしくない。

 おそらくその将軍は今後も反趙起、蜀の永久独立、を掲げて国を動かしていくのだろう。そうする事で

人々の不満を外へ逸らし、その間に自分の地位を固めておこうという狙いがある。故に例え交渉しようと

も趙起に従う事はまず無いと見ていい。

 だが反発するという事は恐れているという事でもある。こちらから刺激しなければ、向こうから直接仕

掛けてくる可能性は少ない。蜀も今は万全ではなく、出来れば戦を避けたいと考えているのが本音である。

備えておく事は必要だが、神経質になる事はないだろう。

 それに他からの刺激によってようやく安定できているような政権は脆い。放っておけば自滅する可能性

もある。ならば今無理に攻めるよりも待つ方が賢明である。

 今は蜀よりも、中部から北部にかけての一帯に注目すべきだ。

 こちらへも蜀に対してと同様の効果を趙起軍が与えている事は言うまでもないが。蜀の場合と違い、こ

の一帯には飛び抜けた勢力が無く。その為かまとまろうにもまとまれなかったようで、戦おうというより

も恭順しようという意志の方が強いように思える。

 深撫から布への道が衛の勢力下となり、中部の諸勢力が衛と布に囲まれる形となった事も、その気持ち

を助長しているのだろう。

 丁度布を挟んで反対方向に蜀がある為、もし蜀と協力して布を挟撃するという手を取られれば、趙起も

平静ではいられないが。先も述べたように、蜀も自分の事だけで手一杯でとても他に関わっている余裕は

無く、その手は取れない。

 例え東方の諸勢力が一丸となったとしても、趙起軍に勝てるかどうかは解らない。趙起は孫軍にすら勝

っている。仲間内では意気軒昂(いきけんこう)と気炎を吐いても、内心は皆恐れているのだ。それに彼

らは元々北方同盟に属していた。子庸が死んだ事で宙に浮いてしまい、彼らは彼らで自分の身を護らなけ

ればならなくなったものの、その繋がりまでが消えた訳ではない。子庸が属していた以上、その子庸に属

していた彼らもまた趙起に属する。

 本心では趙起軍との戦いを避ける為にそういう事にしておきたい。

 それに蜀が趙起と布に嫌悪感を現しているように、膨張する蜀を彼らも危険視している。であれば蜀と

手を結ぶよりも、より強い趙起勢と手を結び、趙起軍と布を盾にして自らの領土を安堵する方が賢明では

ないか。

 何かに賛同しようとする者が居れば、必ずそれに反しようという者が出てくるもので。その相反する気

持ちを利用すれば、東方北部から中部を降らせる事も不可能ではない。

 だが余り趙起の勢威が大きくなり過ぎれば、蜀も西方と協力して対抗しようと考える可能性がある。作

用と反作用のようなもので、どちらかに動かそうとすれば、必ずそれに対する反発が生まれるものだ。ど

んな現象にも人の意見に対してと同じ事が起こる。何かに力を加えるという事は、こういう事なのだろう。

 今蜀を取り込む事は難しく、戦を起こしたくないのなら手を出すべきではない。蜀を西方への盾とし、

北部と中部を一刻も早く押えるべきである。

 そのような虫のいい考えが簡単に通用するとは思えないが、西方もまた中央に得た領土を統治する事で

手一杯である今、可能性はある。少なくとも、東方と中央が一応の落ち着きを見るまで、大きな戦は起こ

るまい。

 その間にやれる事は全てやっておかなければ。



 子遂が降ってからおよそ一月が経ち、ある程度新しい勢力図が定まっている。

 窪丸と東方一帯は北方同盟に属す事になり、中央はほぼ西方同盟が掌握し。蜀と中央東部一帯を除いて、

て、どちらかの同盟に大陸全土の勢力が属す事になった。東方中部から北部一帯の勢力も粘り強い交渉の

末、無事北方同盟(趙起)に属する事が決まり、後は細かな条約を定めるのみとなっている。

 東方南部、西方東部は相変わらず騒がしいが、孫から続く大戦は取り合えず終結を見た。結果として大

陸中が大いに疲弊し、北方同盟、西方同盟という二大勢力も一度軍事を忘れて立て直しを図らなければな

らなくなっている。

 死傷者も数多く、食糧も不足しがちになり、来年、再来年の収穫にも響くだろうと予想され、どの勢力

も兵を農夫や職工など本来の仕事へと戻し、国力回復に専念している。暫くは戦を起こさない事が全勢力

の間で暗黙の了解となっているようだ。

 趙起も布と衛に最低限の兵力を残して兵役から開放させ、緑へも返せるだけの兵を帰している。

 しかし彼はまだまだ休めない。戦が終わってからが同盟国間の本当の戦いである。楚と布から百と斯を

戻して東方を任せると、すぐさま趙深の許へ向かった。

 趙深は相変わらず元金劉陶領土と双を動き回り、その安定に力を注いでいる。

 ある程度人心を掌握し、皆双ではなく趙深という存在に対して敬意と忠誠を抱きつつあるが、趙深の望

む場所へはまだまだ遠い。問題もまだ多く残っている。

 最も大きな問題は双にある。豊富な備蓄を随分失い、趙深が様々なやり事を変えた為に不満も多く、双

正でさえ双重臣、民達の声を抑えきれなくなっている。北方同盟を双の力と勘違いしている者も少なくな

く、相変わらず他国への高圧的態度に変化は無い。

 双への不信感を各属国が募らせてくれるのは趙にとって悪くない事であったが、それが内乱にまで行っ

てしまうのは不味い。全国的に厭戦(えんせん)気分からくる不満が広がっている事もあって、今余計な

刺激を与えてしまえば蜂起(ほうき)する者が出ないとも限らない。

 おかしな事を言っているように思えるが。戦争を止めさせる為に戦争をしたり、戦争をなくす為に戦争

をするという事もさほど特異な事ではない。この場合は、ようするに不満の捌け口を求めているのであり、

よく考えれば矛盾しているような事でも、その心の中では矛盾しない。戦う事自体がどうこうではなく、

もっと身近な事に怒りを抱いているのである。

 だからそれだけなら愚痴、やり場のない怒りで終わってしまうのが常なのだが。今はそこに厭戦気分と

いう共通した心がある為、それが個々の不満を全体の不満に結び付けるきっかけになってしまいかねない。

 何しろ孫との戦いを名目にして随分無茶な事をやってきたのだ。民や兵の中には随分不満が溜まってる

いる筈。兵役から開放した事でいくらかは解消されただろうが、不満というものは決して消えはしないし、

忘れもしない。その都度きちんと対応していかなければ、いずれ暴発する。

 外からの脅威が薄れれば、今度は内をゆっくり眺め見るようになる。そしてそうじっくり見られては、

今まで誤魔化されていた綻びやおかしな箇所にも自然と気が付くようになる。

 どれだけ上手く隠していたとしても、無理な事をしていればいずれ見付かる。決して隠し通す事は出来

ない。

 それは同盟国間についても同様である。

 北方、西方同盟同士が牽制し合う限り、この同盟はまだ暫く続くかもしれないが、いずれその拘束力は

消える。同盟同士が争うような事態を避けられても、孫という脅威が消えた今、今度は同盟内で戦いが始

まる可能性がある。今まで外へ向けられていたものが、今度は内に向かうのだ。

 それを避ける為には、新たに得た領土の問題を穏便に解決する必要がある。何としても禍根を残さない

ように終わらせなければならない。

 故にその話をすべく、趙起は趙深の許を訪れたのである。

 北方同盟が新たに得た領土は、窪丸と北方のいくつか、そして東方の一部。北方に従属した東方勢力達

の所属先も決める必要があるだろう。

 窪丸はすでに楓に還される事が決まり、凱聯(ガイレン)、胡虎(ウコ)以下楓勢は楚から去り、窪丸

へ戻っている。これは楚からの強烈な後押しによって決まったものだが、初めから異論を挟む者もいなか

った。戦死した白祥の事もあり、楓が孫を長く防いだ事を考えれば、皆これは当然だと考えていたようで

ある。

 窪丸は一度取られたものを奪還したもので、厳密には新領土と言えない事も大いに作用した。

 斉(セイ)もまたその民情を考えれば楚に、いや姜尚に任せるしかない。その事にも特に不満が出る事

はなく、この二つは前々から決定していたようなものであったから、特に問題はなかった。

 ここからが本番である。

 東方を一体どうするのか。

 これは大きな問題だ。

 北方領土を再編するような事は今更出来ないから、得るにしても皆飛び地になってしまうし、東方自体

が不安定で統治しにくく、属国になった者も何を考えているか解らない。どう考えても難しく、決めるの

もそうだが、その後の統治も頭の痛い問題となりそうであった。

 話し合いの席でも、全く現実を理解出来ていない双の重臣達が余計な欲を出し、揉めに揉めるだろう事

は目に見えている。

 今は下らない権力争い、国威争いに終始しているような時期ではないというのにそれをやる。それは容

易に察せられた。

 出来れば双を無視して決めたい所であるが、一応北方同盟の盟主とされているのであるから、その意見

を無視する訳にはいくまい。

 ここは双臣達を上手く丸め込み、各国の国力と軍事力を考慮して慎重に決しなければならない。

 頭を悩ませる問題は、むしろこれからであった。




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