c 13-5.不撓不屈の絆


 途中楚と斉に寄って挨拶をしておいたが、楚も斉も順調に復興し、特に斉の方は姜尚という強力な指導

者の下、一丸となって新たな国作りに邁進(まいしん)しているようだ。これは彼だから出来る事であっ

て、もし彼という存在が消えてしまえば、楚もそうだがこの斉もまた大きく乱れる事になるだろう。

 強力な一人というのは、良いにしろ悪いにしろ周囲に与える影響が深く大きい。この事も覚えておく必

要がある。姜尚にはくれぐれも体に気をつけてくれるよう伝えておいた。楓としても今姜尚に倒れられる

のは非常に不味い。

 現状では健康面の心配も無さそうで、全てが上手くいっているように見える。楚人と斉人との間にも絆

が生まれ始め、大きな問題は見当たらない。流石というべきだろう。

 あまり時間を取る訳にはいかないので、楚斉共に二日程滞在しただけですぐに発ったが。一応秦や集縁

との関係を楚王と姜尚の耳には入れておいた。そうせずともすでに耳に入っているとしても、楓流自身が

それを知らせる事には意味がある。隠し事をしているように思われるのは危険である。

 楚と姜尚との関係を上手く運ぶ事も、楓においての最重要事項の一つである。北方同盟の意義が消えつ

つある今、この二国との関係を大事にしていかなければ立ち行かなくなるだろう。

 特に姜尚との関係が悪化すれば楓にとって死活問題となる。媚(こ)びる必要はないが、お互いに信頼

しあえるような関係を保ち続ける必要があった。

 斉から衛への旅中も問題は起きず、無事到着している。衛の通行人の数も楚斉に負けず劣らず多く、平

和が戻りつつある事を実感させてくれた。趙深の手腕もまた姜尚に劣るものではない。楓流も悪くないが、

統治者としてはまだまだこの二者には及ぶまい。楓流が居た頃よりも明らかに活気付いているように見え

る事が、それを証明している。

 暫くぶりに衛を訪れたのだが、自分でも不思議なくらい懐かしさがこみ上げてきている。その想いは窪

丸に戻った時と大差なかったかもしれない。衛に居た期間は短かったが、それだけ濃い経験を積んでいた

という事なのだろう。

 衛に行くという事で共として連れてきている楊岱(ヨウタイ)も懐かしさを隠せないようである。楊辺

(ヨウヘン)や親類縁者に会いに行けと休みをやろうとしたが、楊岱はそれを固辞し。まだ一人前になっ

ていないのに会いに行っても、説教させるだけでじいさんを喜ばす事は出来ない、などと言う。

 楓流はそういう彼の態度を好ましく思ったが。折角里帰りしているのにそのようでは余りに人情が無い

と思われ、楓流自身の印象も悪くなるだろう。そこで楊岱を宜焚(ギフン)へと遣わして現状を調べさせ、

それを報告する役目を課し、滞在中は宜焚の下で学ぶよう命じる事にした。後は宜焚が上手く取り計らっ

てくれるだろう。

 楓流も勿論後で顔を出すが、今は何よりも先に趙深に会い、当初の目的を果たしておかなければならな

い。時間は有限である、大事に使わなければ。

 趙深が住居とし公務を執り行っている衛陽の役所へ入ると、彼は相変わらず山と積まれた仕事を黙々と

迅速にこなしており、これだけを見ているととても楓流と同じ人間とは思えない。彼の頭の中はどうなっ

ているのだろう。人が本気で訓練していけば、誰でもこの域にまで達する事が出来るものなのだろうか。

 もしそうだとすれば、未だ楓流は半人前にも届いていない。

 面会を申し入れると、忙しそうに見えたのも趙深からすれば大した事ではなかったようで、すぐに時間

を取ってくれた。趙深は楓流の臣下であるので、何よりも優先して会うのが当然と言えばそうなのだが、

この二人の関係は必ずしもそういうものではない。

 例え相手が楓流であっても、いや楓流だからこそ遠慮せずに趙深は言う。必ず一歩退いているものの、

その口を閉ざす事は無い。今回も無理であったなら無理だと言い、誰であれ待たせただろう。特に今回は

楓流が急いだ為に事前連絡が遅れている。楓流の方もいくらか待つつもりだったのだが、それが無いとい

う事は、趙深の方にも話があるのかもしれない。

 二人は余人を交えず二人きりで奥の一室にて会い。互いに忌憚(きたん)のない意見と近況を交し合っ

て今後の事を確認した後。楓流はここに来た目的である賦族の事を話した。

 趙深は全てを聞いた後、なるほどと頷き。確かに賦族による組織を作るとすれば、楓流の考えておられ

る事が一番の問題になるでしょう、と同意している。

「そもそも賦族なる存在がどうであったのか、賦族とは一体何なのか。それを知る術は残念ながら今の私

達にはありません。今と同じような関係であったと言う伝えもありますし、そうではなく元々は賦族の方

が主であり大陸人が従であって、全く別の暮らしをしていた、という伝えもあります。賦族の代表者につ

いてもそうです。そういう地位があった事はどうやら確かなようですが、それを確認する術はありません

し。貴方のお考え通り、それを実証したとて今更何がどうなる訳でもないでしょう。それは賦族を結び付

ける核となるものではありません。

 ですから私は賦族への差別を無くす、いや緩和か、いえそうではない。ただ彼らに今よりは居心地の良

い場所を創る事で賦族の力を得ようと考えました。それが何の為であったか、私に何故彼らの力が必要で

あったかは、まだ話す時ではありません。ともかく私は彼らの生に目的を与える事で、生きる意味、楽し

みを見付けさせる事で、彼らに生きがいを感じさせ。それによって小さな組織を作り出しました。そして

その中から信頼できる者を選る事で、諜報網としたのです。

 ですから私にも賦族の全てが解っている訳ではないですし、賦族全てを納得させるだけの理由を持って

いる訳でもありません。昔存在していた筈のその理由は、すでに賦族から、この大陸から失われてしまっ

ています。故に彼らを一つとする為には、新たな理由と意味を見出さなければならないでしょう。もし貴

方がその困難さに退かずそれを成す、それを求めるというのであれば、私が知る限りの事はお教え致しま  楓流はその言葉の中にも多くの疑問が浮かんだのだが、今それを一々問えるような雰囲気ではなかった。

趙深には趙深の賦族に関わるべき大きな理由というものがあるらしく、それは平素は冷静な彼が事賦族に

対してのみ、その言動に明らかな熱を帯びる事からも察せられる。そういう彼に対して返せる言葉はただ

一つ。覚悟だけである。

 趙深が楓流に寄せる期待の大きさも、その言葉から改めて理解する事が出来た。本当に自分にそれだけ

のものがあるのか解らないが、彼がそう言っているのだからそうなのかもしれない。趙深に在るものが楓

流に無いように、楓流に在るものが趙深に無いという事もあるのかもしれぬ。楓流は己というものを少し

だけ信じてみる事にした。

 楓流がそれらを噛み締めた上で頷き返すと、趙深は待っていたように言葉を続ける。

「賦族が差別を受けるようになったのがいつ頃からなのかは、はっきりとしません。始祖八家がこの大陸

に入植した当時に遡ると言われていますので、それが本当ならば遥かな昔という事になります。しかし初

めからこのように過酷な差別があったのではないようです。昔はそれなりに権利を保障し、大陸人と同格

ではないにしても、少なくても人という扱いは受けていたという話があります。それが今のように家畜同

然となるのは、この大陸での生活が安定し始め、少しずつ余力が生まれ始めた頃だと推測されます。

 つまりその時点で賦族の労働力が必ずしも必要なものではなくなり。賦族の数が順調に増え始めている

事に対し、始祖八家が恐れを抱いたのが発端になったのだと考えられます。このまま賦族が増え続ければ、

いつしか賦族との関係が再び逆転してしまうのではないか、というような。

 何しろ賦族の身体能力は大陸人を遥かに勝っています。その上、当時の賦族は今のように大陸人に対し

て卑屈ではなく、例え立場は従だとしても不屈の心を忘れておらず、時には主である大陸人に逆らう事さ

えあったようなのです。勿論逆らえば罰が与えられましたが、それで屈するような者は居ませんでした。

それは彼らの心にも大陸人に負けぬ誇りと生への意味を持っていたからでしょう。

 揺るがぬ信念、誇りがあったのです。

 ですから余計に支配者層(始祖八家達)は賦族が団結して反旗を翻す事を恐れ、その前に手を打ってお

く事にしました。そして賦族に有った全ての権利を剥奪し、彼らから誇りと闘志を奪おうとしたのです。

賦族達は当然のように強く反抗しましたが、力の差は明白でした。賦族には満足な装備が無く、その上そ

の頃には始祖八家も軍隊を組織し始めていまして、その数と力は今とは比べ物にはなりませんが、決して

弱い力ではありません。数においても大きく劣っている賦族が勝つ事はまず不可能でした。そして敗れた

賦族は怒れる大陸人によって徹底的に弾圧され、従者から奴隷へ、奴隷から家畜へと落とされていく事に

なりました。

 それからの生活は惨め極まりないもので、生き残った賦族達が誇りや不屈の精神を維持出来なかったと

しても不思議はありません。現在では彼らもまたこの差別を当然のものとして受け容れてしまっている有

様です。

 ですが私の呼びかけに応える者がいたように、今居る全ての賦族が諦めてしまっている訳ではないので

す。例え今は諦めている賦族の心にも、今の境遇から脱したいという気持ちは少なからずあるでしょう。

長い差別の歴史を経ても、いやおそらくそうであるからこそ、今の酷い状態から脱しようという意志が生

まれるのです。確かに拠り所となる場所も人もありませんが、大陸人の不当なる弾圧を憎む心は、決して

消えた訳ではありません。もしその心を結び、火を点ける事が出来れば、賦族全体を動かす事も不可能で

はないと思います」

「・・・・なるほど」

 楓流はその言葉を噛み締めるようにゆっくりと頷いた後、初めて疑問の一つを発した。

 それは、そこまで解っていて何故、趙深がそれを成せなかったのか、という疑問である。方法が解らな

いならともかく、解っていて尚趙深がそれを成せないのは何故だろう。

「それは買被りというものです」

 趙深はその問いに対し、初めて笑顔を見せた。その笑みは寂しくもあったが柔らかく、どこか優しささ

え帯びていた事を否めない。

 その笑顔に趙深の全ての心が表れていたのだろう。

「確かに私はその、おそらく一つだけだろう方法を用い、それだけを天啓のように思い込んで賦族達と話

し合って、いくらかの賛同を得ました。それは今も私達に協力してくれている賦族達の事で、それが無力

でない事は彼らの働きを見れば明らかです。ですがそれだけです。大多数の賦族は私の言う事などに耳を

貸してはくれず、聞いてくれた人も愚かな妄想だと罵りました。それは当然の事です。何しろ私に賛同す

るという事は、大陸人全体を敵に回すという事なのです。如何に激しく差別されていたとはいえ、その事

に対する恨みも憎しみもあるとはいえ、大陸人を無用に刺激すれば種族存亡の危機になりかねない。もし

今度こそ賦族を完全に根絶させようと、大陸人全体が決意してしまうような事になれば、国の違い、身分

の違い、敵味方、そういった全てを超えた団結を生み出してしまう。その結果どうなるかは火を見るより

明らか。そんな重大な事を、見知らぬ一人の人間の言葉に動かされて行う人は多くありません。中には私

こそが賦族の敵だと考え、私の命を狙おうとする人までいました。

 賦族全体に今の暮らしをどうにかしたいという思いがあります。しかし大陸人の団結は何よりも怖い。

例え有益な労働力を失う事になっても一人残らず滅ぼしてしまおう、という暴挙に出ないとは限りません。

いや、そう出る可能性が高い。それだけ賦族への差別心は根深く、始祖八家が抱いた賦族への恐怖心もま

た大陸人の心に残っているのです。賦族が恐れているのと同様、大陸人もまた賦族を恐れているのです。

どちらが団結する事にも、互いに恐れを抱いている。ですからそれを行えば必ず大きな戦が起こります。

そしてその戦禍は孫との戦すら比べ物にならない、未曾有のものとなるでしょう。

 この恐怖心で結ばれた関係を何とかしない限り、賦族が団結する事はありません。賦族が抱く大陸人へ

の恐怖心を何とかするだけではなく。大陸人が抱く賦族への恐怖心を和らげない限り、それが成る事はあ

りません。

 おかしな関係だと思われるかもしれませんし。言葉に矛盾があると言われるかもしれません。ですがこ

れが事実なのです。賦族は大陸人に認められない限り、真の意味で団結出来ない。将来的にはどうなるか

解りませんが、少なくとも今はそうです。

 ですから私には不可能だったのです。私には大陸人を動かす力がありません。私には大陸人と繋がる術

が無い。私という存在のみでは、大陸人は私を信用しない。だからこそ私には貴方という存在が必要であ

り、希望なのです。

 楓流様。賦族を動かす為には、まずそれを大陸人全体に、例えそれが不承不承であっても、認めさせる

だけの理由がなければなりません。同情心でも利害関係でも構わない。それを見つける事が、貴方の望み

を叶えさせる唯一の道。大陸人と賦族、どちらの歴史にも囚われない貴方だからこそ、それが出来る可能

性がある。貴方はどちらでもあって、どちらでもない方だ。双方に繋がりながら、そのどちらの影響も深

くは受けない。それは天に許された貴方だけの資格。

 ・・・私が言えるのはそれだけです。どうするかは貴方自身が決めて下さい。もしその意志がおありに

なれば、この困難を理解した上でその覚悟がおありになるのなら、詳細かつ具体的な案をお教えし、その

成就に私の全てを尽くしましょう。私もただ諦めていた訳ではありません。この時の為に用意してきたも

のがあります。後は貴方の覚悟一つ。大陸人全てを敵に回し、そして時に貴方の護るべきものが踏み躙ら

れる危険性があって尚、それを成し遂げるだけの覚悟がおありになりますか。それともその案をお捨てに

なられますか」

 楓流は流石にこの返答には窮(きゅう)したが、暫くの静寂の後、一つの答えを趙深へと告げた。



 楓流が示した答え、それはつまり賦族と共に歩むという道である。楓重臣達には悪いが、やはりその道

以外にない。例えそれがどんな結果をもたらそうとも、この大陸で生き抜く為、楓流の居場所を保ち続け

るには、それ以外にはないと決心したのだ。

 しかし楓流、趙深共に無謀ではない。楓重臣達と同様、彼らもそれが如何に至難であるかは解っている

し、徒(いたずら)に民や兵を犠牲にしようとも考えていない。もしそれらを天秤にかけなければならな

い時が来たとしても、二人は無理に自己を通そうとはせず、最良と思える選択に従うだろう。

 趙深は楓流と覚悟を共にし、本当の意味で一つになった後、賦族というものに対して知り得る限りの情

報を教えている。これからも何か問われれば、その全てに答える筈だ。最早楓流は趙深に教えを乞うだけ

の存在ではない。楓流はまだまだ同格だとは考えていなかったが。趙深の方はこの段階ですでに認めてい

た節がある。

「賦族の体格は大陸人を一般に凌ぐと言われていますが、必ずしもそうではありません。確かに平均身長

は高く、顔立ちにも独特の特徴が見られますが。長い年月をかけて大陸人と賦族との血が交わり合い続け

た結果、賦族らしい体をしている者は少なくなってきているのです。そしてその中でも、血統という意味

で、純粋な賦族と言える者がどれだけ居るのかは疑問です。混血という呼び方は、大陸人と賦族から生ま

れた子の事を指しますが。純粋な意味で使うなら、賦族全体を指しても良いのかもしれません。そして同

様の意味で全ての大陸人をも。

 何しろ賦族の女は男と違い、一般に見目麗しい姿をしています。賦族が奴隷以下に落とされて以降、ど

ういう目に遭わされてきたかは今更言うまでもないでしょう。少なくとも今居る賦族の半分は、そのよう

にして産まれてきた者の子孫だと言ってしまっても、大きな間違いはないと思われます。そしてそれは今

も続けられています。

 例え賦族同士で結婚していても子供と父親との血が繋がっていない事は、そう珍しい事ではありません。

賦族同士の子の方がおそらくは少ないでしょう。賦族同士の子と言われていても、そうでない事もまた多

い。捨てられる子も多く、賦族の総数は激しい差別を受けて以来、ほとんど増えていないとも考えられま

す。それも賦族の力を抑える計画の一環だったのかもしれませんが、おそらく欲望を満たす為だけの結果

だという方が的を射ている。

 賦族もそれを解っているので、数の減少と血が絶えてしまうのを恐れ、同族内で密かに子を設け育てる  一度は種の危機と言えるまで減少した事もあったようです。ですがその頃には大陸人の絶対的優位が完

全に定まり、賦族は被差別種という以上に有用な労働力であるという気持ちが強くなってきたようで。か

えって大陸人の方が賦族の子孫繁栄と純粋化を求めるようになり、賦族同士の結婚を奨励し、賦族同士の

子以外は賦族として認めないという法まで出しています。勿論混血児を大陸人と認める筈がありませんか

ら、これは混血の存在そのものさえ認めなくなったという事を意味します。

 この法のせいで更に捨て子の数が増えましたが、当時の権力者が所有賦族の結婚をその法と同時に義務

付けた為に、賦族の総数は増えています。ですが他にも様々な賦族に対する法が定められ、賦族の家畜化

もまた進み。賦族としての誇りも心も、この頃には完全に失われていました。

 そしてこの法は今も受け継がれ、野山には賦族と混血の死骸が満ち溢れて、賦族は自らの出自を厭いな

がら生きるしかない。

 そして賦族という血が薄まっているという事は、賦族特有の能力が減少しているという事も示します。

ただしそれが完全に消える事はないでしょう。時に純粋な賦族と思われる体格をした者が生まれる事から

も、不思議と賦族の血を多く持つ方が平均的に体力が上である事からも、それは窺えます。そう考えれば、

本当は恐ろしく強い血なのかもしれません。

 ですから彼らの信頼を得る事が出来れば、あの孫すら上回る力を得る事は可能でしょう。その為にも大

陸人の意識を変え、その上で賦族を教化しなければなりません。貴方が趙起として作り上げた部隊以上の

賦族兵団を、我らの手で生み出すのです。それは大陸を席巻する力になる。諜報機関だけではなく、賦族

軍を建設する事が、一つの目標になると私は考えています」

 楓流はその全ての言葉を飲み込み、改めて疑問を発した。

「それは、賦族を巻き込むという事になる」

「確かに。しかしこのままでは賦族は永遠にそこから抜け出せません。ですから彼らに揺るぎない誇りと

自己を与え、独立させたいのです。そして賦族の国を創り、大陸人と共存する。そういう道を示したい」

「大陸人と同化させはしないという事か」

「その通りです」

「どんな犠牲を払っても」

「ええ、どんな犠牲を払っても。それが私の、いえ、我々の目指す道です」

「・・・なるほど」

 楓流は初めて趙深の深奥に触れた気がした。賦族の国家、大陸人との共存。確かにこの大陸に賦族と大

陸人が居て、両者決して相容れない存在なのだとすれば、そうする事だけが賦族の平和を生み出す唯一の

道なのかもしれない。

 何もせずとも、遥かな未来、いつかは賦族開放の時が来るのかもしれない。しかし今の立場からの開放

では、いくら建前として大陸人と賦族に差は無いとしても、一人の人間として同じだと言っても、それま

での歴史から根強い差別心を大陸人の中から消す事は出来ないだろう。

 お前は我々の奴隷、いや家畜だったのだ。そういう傲慢さが決して大陸人から消えはしない。同じ人間

とする前に、賦族の賦族としての立場と権利をより強くしておかなければ、大陸人からの譲渡としての開

放では、おそらく名ばかりのものになる。

 だとすれば、例えその為に武力蜂起をし、多大な血を流したとしても。誰かからしてもらうのではなく、

それを辛抱して待つのではなく、自らそれを選び取り、勝ち取るような道を進まなければならないのでは

ないか。他人から与えられた権利の中には、本当の意味での開放は無いのである。

 しかしもしそうだとしても、本当にそれで良いのか、他に方法が無いのだろうか。大陸人に認めさせる

事は必要だが、その為には武力を用いるしかないのだろうか。そのような事をして権利を勝ち得たとして

も、それまでに虐(しいた)げられてきた歴史がある限り、決して大陸人の種としての優越感は消えない

のではないか。結局、憎しみだけが増す事になりはしないのか。

 いっそ逆に圧してみるか。二種を同格にするのではなく、その立場を逆転させる。賦族が大陸人を差別

するようになったとしたら、そしてこの大陸で流れたのと同じ程度の時間が流れたとしたら、人々の記憶

から賦族が差別を受けていたという事実が消え、今の賦族の立場に大陸人が換わる事になる。

 いやそう考えられるなら、長き時を同格として過ごせば、どちらがどちらを蔑視する事もいつしか消え

てくれるという事か。それともやはり蔑視だけは消えず、永遠にしこりとなって残るのだろうか。

 結果が出るまでにあまりにも長い時を要するが為に、それらを現状で判断する事は不可能だが。どうい

う道を選ぶにしても、賦族の権利を回復するには、賦族自身が事を起こさなければならない事は理解出来

た。それが唯一の道である。例えその道に何が転がっていようとも。

 将来的には別の方法が見えるのかもしれない。しかし今この時では、武力に訴える以外に賦族の威を示

す手段は無いだろう。大陸人と話し合いで解決出来るような問題ではない。

 どうせこのまま放っておいても、賦族は多大なる犠牲を払う事になる。虐げられ、食い散らかされ、大

陸人によって蹂躙(じゅうりん)され続ける。なら今一つの希望の為にどれだけ多くの犠牲を払おうと・

・・。いや、違う。やはりそれは悪しき道だ。

 だがしかし、今彼らに誇りを取り戻させる事が出来るとしたら、自分に、自分達にそれだけの事が出来

る力があったなら、それを試す価値はあるかもしれない。

 楓流は、賦族にその気が起こり、賦族開放できるという状況が作れたとしたら、といういう条件の上で

結局は趙深に同意した。趙深にもその条件に異論は無い様子である。

 そして趙深はその為の方策を述べ。

「賦族にはっきりとした地位はありませんが、人が集まれば必ずそこに繋がりが生まれ、その中心的な位

置に誰かが立つものです。ここ衛陽にも当然そういうまとめ役のような者がおります。まずは彼に話をし

てみるのが良いでしょう」

 最後に一人の賦族の名を挙げたのであった。




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