14-5.何をもって軽挙と成すか


 周はしかし、予期せぬ行動に出た。

 つまり、魏が盟約を破り裏切ったとして、軍を発し攻め込んだのである。

 確かに魏一国ならば、周一国で充分に滅ぼせる。だから今戦を起こす事は得策ではないとしても、この

まま不安要素を抱えて悩まされ続けるよりは、今攻め獲ってしまった方が良いと考えたのかもしれない。

 例え魏が何を企んでいたとしても、正面きって周と争う勢力は何処にも居ないという考えもあったのだ

ろう。

 しかしこれは甘い考えであった。

 魏が接触していた呉韓も周同様に不安を抱え、日々頭を悩ませていた。そこへ愚かにも周一国が単騎動

いたのである。ここは例え後で得られる利が減ったとしても、強引にでも魏を外敵とし、西方大同盟とし

て動けば良かったのだ。それを周一国で動いてしまったせいで、呉韓に要らぬ警戒心と付け入る隙を与え

てしまう事になった。

 呉韓は大軍を動かすような事こそしなかったが。周との国境付近に兵を集めて有事に備えながら、周の

傘下に入っている小国家群に働きかけ、引き抜き、或いは離反させ、周の勢威を一挙に裂こうという策に

出たのである。

 驚いたのは周だ。

 まさかこうも早く動くとは思いもしなかった。しかし一軍を発している以上、今更戻す訳にはいかない。

相手が軍を差し向けてきたのならともかく、備えとして軍を整えた事に文句を言う筋合いはなく。実際呉

韓が行っている事といえば、単に周に属する国に接触しているだけなので、ここで驚き慌てて即時撤退でもしよ

うものなら、良い笑い種となってしまう。

 周は進路を変えず、進軍を続けた。要は勝てば良いのだ。周に属する国家も周が安泰であれば呉韓の話

に乗ったりはしない。周に属する小国も他の西方四家には恨みがある。憎しみがある。周という大きなく

くりだけではない。その国家単体としてもそれを持っている。だからよほどの事がなければ他へ靡(なび)

く事はあるまい。

 勝てばいい。魏に勝ち、周の力を示せば、呉韓の策など無意味なものとなる。堂々と進軍し、勝利を収

め、その盗賊のような小賢しい手を笑ってやればいい。そうなれば呉韓こそ良い笑い種となる。

 こうも早く手を出してきたという事は、呉韓に大きな焦りが生まれている事を意味する。ならば今回の

一手を逆手に取り、周から呉韓へ仕掛ける事も出来るかもしれない。

 愚かしきは呉韓。今は好きにしていれば良い。後に笑うのは周だ。

 最終的にそういう考えに落ち着いたのだろう。呉韓に対し、大した手も打たず、そのまま進軍を続けて

いる。戦へ向かう途上では出来る事が限られている、という事もあったのかもしれない。

 何しろ周は兵力のほぼ全てを率いて出ている。早急かつ圧倒的な勝利を見せようと、今動かせるほぼ全

ての兵を動かしているのである。名のある将もほとんど連れて行っているであろうし、領内はがら空きと

言ってもいい状態にある。山賊夜盗程度ならともかく、一国の軍勢が入れば、抵抗できなかった筈だ。

 撤退する事が出来ないのであれば、打てる手はない。一軍を編成できるような兵力が残されていないの

だから、動きようが無い。

 出来る事と言えば、使者を発し、呉韓に対して敵意はないという事を伝える程度だが、何の効果もない

事は明白だ。呉韓は周属小国家との交渉を有利に進める為に、兵を集めたのだから。

 それに西方のどの国家も今はなるべく大きな事を起こしたくない筈。周は呉韓が攻めてくるとは思いも

しなかった。秦に対しても同様である。

 もし攻めてくるとすれば、魏との戦で周が多大な損害を受けた時だが、それはまずありえない事である。

 周と魏の力の差は明らかで、魏が防衛に徹したとしても、おそらく一月は持たない。鎧袖一触に半月と

経たず攻め滅ぼされてしまう可能性の方が高い。

 魏はほとんど戦争の準備をしていないのだ。そこからも周がまさかこうして軍勢を発してくるとは考え

ていなかった事が解る。周が軍を動かした事は、誰の予想も裏切る行為であった。

 魏は焦った。どう足掻いても周に抗する事はできない。折角今の境遇から抜け出られると思った矢先に

この始末。王と重臣の落胆は言語に尽くしがたいものがあっただろう。

 魏は最早形振り構っていられなくなり、考えられる全ての国に対して、救援要請の使者を発した。繰り

返し発した。呉韓は勿論の事、秦、双、越、楚、楓、なんと衛にまで送っている。ここからも魏の狼狽振

りが知れようというものだ。

 衛になど、いやそれ以前に楚や楓からですら、例え色よい返事が来ると仮定しても、それらの国が援軍

を編成し終わる頃には、魏は滅んでいるだろう。

 間に合うとすれば呉韓か秦、後は双、越がぎりぎりであろうか。その中でも周と渡り合えるとなると、

越は除外され、残りの三勢力となる。しかしこの三勢力が動くとは思えない。双は周と盟約を結んでいる

形になっているし、秦も呉韓も魏を助ける事に意欲を見せるとは思えない。魏は周を敵とする対価として

は割に合わないからだ。

 それに西方勢力同士で争えば西方大同盟が意味を失い、再び西方内で争う事態になりかねない。そもそ

もそういう状態から逃れる為の大同盟であり、どの国家も大同盟内での序列争いはするが、互いを滅ぼし

たいとは考えていない筈。

 西方勢力同士が争えば、外敵に付け入る隙を与える事にもなる。西方諸国は疲弊する事多く、例えその

西方内戦に勝ったとしても、得られるものは少ない。結局はその勝者もまた滅びの道を進むだけである。

 しかしその当然であった考えに、今疑問を抱いた者が居る。

 これは果たしてそうなのだろうか、と。

 そもそも大同盟の目的は、西方が大陸を統一し、それから後に改めて西方諸国で大陸の覇権を争おうと

いうものであった。その為に団結して外敵の侵略を拒み、西方諸国の力を協力して増す事で、まず西方と

いう一つの強大な国を創ろうとしたのである。例えそれが不倶戴天(ふぐたいてん)の敵と手を組む事で

あっても、大同盟こそが唯一の大陸制覇への道、生き延びる道であると信じ、今まで懸命に励んできた。

 だがそれも今の状況にはそぐわなくなっているのではないか。

 大同盟を結んだ当時は孫文の事があり、中央の動きも活発で、早急な団結が必要であると考えられ、こ の力は拮抗(きっこう)していたし、争いも絶えなかったのである。

 秦、周、呉、韓という四家の勢力が大きかったと言っても、大同盟前は高が知れていた。確かに他国よ

りは上であったが、それでも一強となれる程の力は、どの国にもなかった。

 だから孫という強大な勢力に対抗する為には、不承不承でも西方大同盟に同意せざるを得なかったのだ

が。それぞれの国家には複雑な敵対関係があり、どうしても納得できない感情が多く。結局は一つにまと

まる事が出来ずに、四国の合議制に落ち着く事になった。しかし不完全な形で成された事で、かえって西

方勢力同士の対立を深めてしまった感がある。

 だが幸いにもこの大同盟が功を奏し、西方は少なくない力を得た。孫文に対抗し、最後まで屈せずに戦

い抜く事が出来たのは、紛れも無くこの大同盟があったからである。北方からの物資も大きく貢献(こう

けん)しているが、この大同盟がなければ孫文を抑える事はできなかっただろう。

 当時孫文に対抗し得る勢力があるとすれば、この西方大同盟しかなかった。例え不完全でもそうするし

かなかったのである。

 だからそれは良い。最善とは言わぬでも、決してその方法が間違っている訳ではなかった。

 しかし今は違う。状況が大きく変わっている。

 まず孫文という強大な敵は滅びた。今ではもう西方大同盟と渡り合えるような勢力はいない。北方大同

盟ならば或いは凌駕(りょうが)されるかもしれないが、すでにこの同盟は消えていると考えていい。後

考えられるとすれば、現状で最も領土の大きい双になるが。双にも西方と戦えるだけの武将は居ないし、

それだけの覇気もない。その全てを用い、総力戦を挑まれれば油断ならぬ相手となるとしても、今の双は

ただでかいだけの食糧生産場に過ぎない。

 趙深のような者が再び率いれば怖いかもしれないが、趙深にそのような暇は無く、外からいくら双を煽

ったとしても、双自体に力が無いのであるから、恐くはない。

 楚や衛も侮れないが、いかんせん遠い。中央にも最早敵といえる程の国は無いし、中央の押さえには集

縁を使える。

 ならば今こそ西方が大陸を制覇する時ではないか。しかしこれが必ずしもそうならない。

 よくよく考えると、領土を広げて困るのは西方自身なのである。

 領土を得たとして、では一体どの国がそれを得るのか。おそらくどの国が得たとしても小さくない不満

が残る。分割統治すると考えても、飛び地など様々な問題を生む。

 その上、以前とは違い、西方勢力は個別に西方以外の国とも関係を結んでいる。孫文という存在が対孫

文という団結を促し、図らずも孫以外の国家の結び付きを強める結果になった。

 すでに双、越、楓、という国家とは同盟を結んでいるし。楚や衛とも結ぼうと思えば出来ない事はない。

どの国とも使者を送りあっても不自然ではない関係が出来ている。

 それが西方の侵攻を狭める事になるのである。

 得た領土を持て余す、西方以外との同盟関係、という二つの問題が西方大同盟の価値を失わせつつある。

 北方への道は同盟関係によって塞がれているし。中央へ伸ばす事は出来るが、中央と接するのは呉と韓

のみで、秦と周が領土を得たとしても、どうしても呉か韓を通らねばならない。塞ぐも通すも呉韓の腹一

つでは、秦と周が不満を抱くのは当然だ。そしてその呉韓も集縁より東へ向かうには秦領である集縁を通

らなければならない。

 結局進めば進むほど、事態はややこしくなっていく。西方が西方だけで結んでいる限り、他へ広がる事

は難しい。西方という一つの勢力に固まった事で強くもなったが、西方国を西方のみに押し込めてしまう

事にもなっている。

 こうなればそもそもの考えが間違っていたと言わざるを得ない。西方でまず大陸統一を為す。その考え

は良いとしても、その過程で得たものをどう分け、どう維持するのか、そういう事が全く考えられていな

かった事が問題なのだ。

 西方大同盟は新たな領を得れば得る程どうにもならなくなる。

 ならば今こそ雌雄を決す時ではないか。大陸統一後ではなく、今こそが西方統一勢力を決める時ではな

いのか。西方以外の勢力とも同盟を結んでいる今、孫文のような覇者が居ない今、西方大同盟に拘る必要

はない。西方外の勢力と結び、西方を平らげればいい。今はもう、大同盟は足かせでしかない。

 西方大同盟の意義は、孫文打倒の時点で終わっていたのだ。その事をはっきりと悟らされた今、躊躇す

る必要はない。今こそ動き、この機に乗じて周を叩く。それこそが覇者へ至る道。

 天命である。



 魏の救援要請に応じる形で、呉韓が軍を発した。

 西方を維持する為でも、西方内での序列を決める為でもない。西方唯一の勢力となる為、呉韓は動いた

のである。

 愚かなるは周。大義名分は我らにあり、と。

 この時点で、呉と韓は互いに同盟国以上の関係を築いていたと思われる。或いは呉と韓の間で分け前の

相談やその後の問題を解決できる案ができていた筈だ。具体的な将来に向けての計画が出来ていたと考え

なければ、呉と韓が一つとして動く事に説明が付かなくなる。

 発作的に動いたとは、考えられない。

 誰が主導したか、どちらの国、またはどちらもがそれを言い出したのかは解らないが。今までとは違い、

呉と韓そしてそれに属する全ての国家を一つにまとめ、新たなる大きな繋がりを作ろうと考えた。

 そしてその為に考え出されたのが、今までの国を国として見るのではなく、ある一定の領土の統治権を 家を治める、という形態であろう。

 ようするに全ての国をその新政府の支配下に置き、新体制を確立する事で全てを新たにしよう、という

事だ。呉韓とそれに属する国家ではもう現状に対応できない。その為に名ばかりだとしても一新し、気持

ちを表面的ではあっても変える事が必要だったのだろう。

 これならば領土を広げても困る事はないし、それぞれの国は王を将軍に格下げされる事になるが、領地

を安堵する事は出来る。自治権も認められているから、ある程度好きにできる。

 その上に立つ政府をどのように作るのか、という問題があるが。呉韓が行動を起こしたという事は、そ

れに対する答えも出ていたのだろう。或いはこの一戦の功績によって決めようとでも考えていたのか。

 とすれば内部では今後も熾烈な勢力争いが繰り広げられていく事になるのだが、周を攻めるという点に

関しては意見は一致しているのか、特に問題が出た様子はなく、呉と韓が一つの軍となって周へと進軍し

ている。

 その軍は今までのように呉と韓に分かれてはおらず、国にこだわらず編制されていたそうだ。

 これは今日考えて明日に実行出来るようなものではないから、以前から秘密裏に進められていたと考え

られる。少なくとも紙の上ではその計画が進められていた筈だ。

 そう考えると、周に属する国家に接触していたのも、必要以上の兵力を周との国境付近に集めなかった

のも、周を油断させる為の策であったのかもしれない。勿論周に属する国家を切り崩す目的もあったのだ

ろうが。その真の目的は、周に攻め込むという真意を悟られない為であり、周が魏にどの程度の軍を率い

て出たか、そして周の状況はどうなっているのか、などを調べる為でもあったのだろう。

 そしてまんまと嵌(は)められた周は、呉韓が国境付近に軍勢を集めたのも形だけであると考え、深く

考慮せずに軍を発した。周がほとんど他国へ警戒を抱いていなかった事は、ほぼ全ての兵を動員している

事からも察せられる。

 呉韓の出兵を聞き、周は大いに動揺した。

 警戒せずにいたのは、国境付近に集められていた兵がそれほど多くなかったからである。呉韓が発した

兵数は、おそらく千や二千、多くても三千が限度。それ以上集めるようであれば、流石に周も警戒する。

だから暫くは耐えられる。

 だが後に呉韓軍の本体がやってくる。その時は一溜りもない。

 最早魏をどうこうするどころの話ではなかった。周が危ないと見れば、裏切る国も出てくるだろうし。

そういう計算があるからこそ、数千の軍勢で進軍を開始したとも考えられる。劣勢の周の為に死に物狂い

で戦う国は少なく。呉韓はそれらの国を取り込んで兵力を増し、深く深く侵攻する。

 当然魏にも話が通っている筈で、呉韓に呼応して積極的に動いてくる可能性もある。いや、そもそも初

めからそういう策であったのか。魏が動き、周を誘い、呉韓と力を合わせて叩く。そういう策であったの

かもしれない。

 魏もはっきりした勝算がないのに行動に出てくる訳がないのだから、呉韓が魏と共に謀ったという可能

性は高い。

 少なくとも周はそう考え、この一連の動きは全て呉韓と魏、双方の計略と見た。

 こうなれば周に取れる行動は二つ。魏と呉韓とで挟撃に合わされる可能性が大きくとも本国へ引き返す

か。それとも軍を二つに分け、一方は魏を睨み、一方は急ぎ返して呉韓を打つ。どちらかである。

 全軍を魏に向かわせるのは論外だ。そんな事をしている間に、周本国を奪われてしまうだろう。

 結果、周は後者を取り、軍を二つに分けると、三分の一の軍勢を魏への備えとして残し、三分の二の軍

勢を急ぎ周へと返させた。



 初めは呉韓が優勢に進めた。周に属する国家の中から呉韓に寝返る国家も少なくなく、まるで無人の野

を行くように進んで行く。寝返った国家の中には周に軍を預けている国もあったようだが、そこは覚悟し

たのか、周も一兵でも欲しい状況であるから容易く殺せはすまいと踏んだのか、或いは何かしらの対策を

立てていたのか、あまりその事を気にした様子は見えない。

 そこにも様々な事情や物語があったのだろうが、今に残されていない為に知る術は無い。

 元々西方はそれぞれの国家の関係が酷く複雑なせいで、その細かな関係までは解り難い所がある。その

数多の国家の中にそれぞれ歴史があり、それを記した史書があった筈だが、そのほとんどは紛失してしま

っている。

 どの国がどの国に属していたのか、細かい事が書けないのはそのせいだ。勿論、細かく複雑になり過ぎ

るから、一々それを書いていられない、という理由もあるが。

 だからどこがどうしてそうしたのかという事情は良く解らないが、呉韓に付いた国もあり、あくまでも

周に従うとした国もあり、ここは様子見で行こうという国も居たのだろう。その中を呉韓軍はほとんど一

直線に周本国へ進んでいるのだから、多くは様子見か呉韓に付いたと見るべきである。

 ここから周に対する内部の不満は、軽視できない程大きかった事が解る。それはおそらく行き詰まりを

見せていた呉韓の方も同様で、だからこそ呉韓も行動に出るしかなかった、とも考えられる。

 秦が一時期魯允(ロイン)に良いようにされていた事にも、同じ理由が関わっているのかもしれない。

それを秦は運良くというべきか、上手い具合に改革を為す力に変えられたのだが、他の国はそれが出来な

かった。だから代わりに周は魏を攻め、呉韓がそれに乗じて周を攻める事になったのかもしれない。

 ともあれ、呉韓軍はみるみる周に迫った訳だが、周に近付くと流石にその支配力の強い国家が多くなり、

思うように進めなくなってきた。呉韓に付いた国にも多くの兵力が残っていなかったから(一部、こうい

う事態に備えて残していた国もあったが、ほとんどは周軍に預けている)、兵力も大して増えていないの

である。

 負けはしないが、どうしても攻略に時間がかかり、次第にその速度は衰え、止まる事も多くなっている。

 そこへ反転した周軍が到着し、呉韓軍は不利と見たか最前線にある拠点に篭り、その足を完全に止めて

しまった。だがそれは進軍を諦めた訳ではなく。周軍が呉韓軍の要る拠点を包囲しようと集まってくる中、

身体を休めて気力を溜め、その力を利用して遠路行軍して疲労困憊(ひろうこんぱい)の周軍に対し、夜

襲を仕掛ける為だったのである。

 これには周軍も堪らない。数は優勢とはいえ、皆強行軍でへとへとである。慌てて逃げ帰ってきたもの

だから士気も低いし、満足に食事も休憩も取れていない。一撃の下に乱され、散々に引っ掻き回されて大

いに混乱し、低かった士気も落ちる所まで落ち、逃亡する兵、呉韓に寝返る兵、などが出て大いに兵力を

減少させられた。

 周軍にはすでに呉韓に寝返った国の兵も含まれていたのだから、これも当然である。

 周も本心は呉韓に寝返った国から預かっている将兵を、裏切りの代償として一刀の下に斬り捨てたかっ

たに違いない。全てを斬らずとも、初めに裏切ったという報が入った一国だけでも斬る事が出来れば、軍

紀を糾(ただ)す事ができた。

 しかし周全土が混乱しており、どの国が裏切ったのか、そしてどの国がどういった状態にあるのか、情

報が錯綜(さくそう)し、正確な事が何一つ解らない。もし誤報に踊らされて依然味方している国の将兵

を斬ったとすれば、周軍はその時点で瓦解する。多くの国は周を見限り、次々に離反していくだろう。

 だから呉韓軍と対峙するまでに近付いた段階でも、周は罰を与えていなかった。いや、与えられなかっ

た。そこに呉韓から仕掛けてき、それによって周軍が混乱したとなれば、この好機を利用しない者などよ

ほどの無能か、決断力の無い者である。その決起に早い遅いの違いはあれど、周に味方する理由のない者

は須らく反旗を翻し、周軍は散々に打ち破られた。

 しかし周軍をこの一戦で完全に葬(ほうむ)る力は無く。呉韓軍は頃合を見て引いている。

 散り散りになって逃げる周軍は一息つく事ができ、後続の軍と合流し、何とか落ち着く事が出来たが、

逃げる間にも多くの兵が逃亡しており。その惨状を見た兵がまたその日の夜に逃亡し、残っている者もい

つ逃げるか裏切るかと周軍全体が疑心暗鬼に陥(おちい)って、休む事も軍を再編する事もままならぬ有

様になってしまった。

 そこに呉韓の本軍が結集しつつあるという噂が流されると、もう軍という形を保っているのも困難な状

態となり、周軍も諦めて撤退するより他になかった。

 魏領に残してある軍にも当然不安が満ち溢れ、将兵落ち着く事がなかったのだが。周は何か考えがあっ

たのか、この軍はそのまま残している。このまま陣を敷いていても兵の逃亡、士気の低下を防ぐ事は出来

ないのだが、今の状況では下手に動く方が危険だと判断したのかもしれない。

 確かにこういう状況ではどちらが良いとも言えない。

 周は兵を集め何とか巻き返しを図ろうとしているようだが、こうなっては最早一国でそれを為すのは無

理というもので、残っていた周に属する国家も次々に呉韓に接触し始め、頼りになるのは周一国と周と関

係が非常に深いと思われる国が二、三残っているだけという状況である。事実上、周という勢力は崩れて

しまったと考えて良いだろう。

 そこで周は仕方なく降伏の使者を出したが、呉韓はそれを許さず、王一族と重臣の全ての首を差し出す

か、戦を続けるか、という選択を突き付け、執拗に滅びを迫る。

 最後まで呉韓の狙いがあくまでも西方四家内での序列争いにあると考えていた所に、周の誤算があった。

呉韓には初めから周を存続させる意思はなく。戦をした以上、その働きに応じて属する国家に何かしらの

見返りを渡す必要もあり。周に属していた国をほとんど吸収している以上、周を滅ぼしてその領土とそこ

から得た物を分け与えるしかなく、周という犠牲がどうしても必要だったのである。

 周はその点最後まで甘かったと言うしかない。

 だが周も西方四家とまで呼ばれた国家である。黙って滅ぼされはしなかった。

 周は双に執拗に魏を残してきた周軍と挟撃するように訴え。それと同時に越に対しても必死に出陣を乞

うた。最早将来の事にも構っていられないのか、戦で得た戦果は勿論の事、周の持つ領土もその多くを礼

として差し上げるとある。

 呉は流石に容易く腰を上げる事はなかったが、双の方がこの話に乗ってきた。双も西方を警戒していた

し、それにそもそも大陸全ては始祖八家の正統なる血筋である双家の物だと考えている。国力が増大して

いる事もあって気が大きくなっているのか、この機会に領土を回復しよう、その上周領まで得られるとな

れば一石二鳥ではないか、と重臣達が決したらしいのだ。

 双は周と秦とは結んでいるが、呉と韓とはさほどの繋がりは無い。誰に憚(はばか)る必要はないと言

う訳だ。趙深というたがの居ない双に、その動きを止められる者も居なかった。

 その動きが鈍重そのもので、すでに決着が付こうとしている今から軍を編成し、食糧を集め、そして出

陣するという呆れたものであったとしても。双が出てくるとなれば、呉韓も考慮せざるを得ない。

 双が来る前に周を滅ぼせれば良いのだが、それは今日明日で出来る事ではなく、周も執拗に時間稼ぎを

してくるだろう。そうなれば双が動く前に決着を付ける事は難しく、例え周を滅ぼせたとしても双軍と事

を構えなくてはならなくなる。

 越も要らぬ考えを抱くかもしれない。呉と越の仲は酷いものであるから、その可能性は非現実的なもの

ではない。

 双が動けば双と結ぶ秦もまた動きを見せるかもしれず、そうなれば呉韓こそが窮地に陥る破目になる。

今日の周が明日の呉韓となりかねない。

 呉韓もまた周を侮っていたと言うべきであろう。周は西方以外の国と関係があるのだから、こういう事

態になる事も考えておくべきだったのだ。今更言っても詮無い事であるが、自らの迂闊(うかつ)さに腹

立たしさを隠せない。

 こうして魏呉韓周の戦は膠着(こうちゃく)状態を迎える。呉韓の優位は変わっていないが、周も双と

いう加勢を得、元気を取り戻しつつある。残る戦力は少ないが、希望に燃える兵は決して馬鹿にならない。

彼らはしぶとく、容易に滅ぼせまい。

 この状況を打破する為には、呉韓もまた思い切った決断をせねばなるまい。

 そして魏がどう動くのか。

 未だ運命は定まらず。 




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