14-9.滅び来る


 中諸国に備え、楓流は集縁の甘繁の許へ足繁く通い、何度も話し合いの場を作った。楓流が趙深よりも

たらされる情報を、そして甘繁が独自に調べた情報を、それぞれが持ち寄って交換し、対応策を練る為で

ある。

 最早彼らに別の国に属している他人である、という考えは無かった。彼らは一心同体であり、集縁陥落

と楓陥落が同じ線の上にあるものと考えている。もし集縁が落とされてしまっても、それはそれで楓が奪

還する為の良い口実になるな、という考えが浮かばないではなかったが。さりとてそのような願望が叶う

とは思っていない。現実はもっと合理的に苦難をもたらす。

 今集縁が中諸国に奪われるという事は、呉韓の勢いを増す事を意味し、それは下手すれば秦滅亡という

結果へと事態を導きかねない。

 そして秦がもし滅亡したとすれば、楓にも未曾有(みぞう)の危機が訪れる。例え楚や双を上手く使っ

たとしても、呉韓か中諸国が返す刀で襲い掛かって来たとすれば、護りきれるかどうか解らない。楚の中

にも、いっそ楓が滅ぼされてくれれば、という感情が無いとは言えないし。双にしても動きが鈍重で、火

急の時の頼りにはならない。

 特に楚には複雑な思いがある。楚も楓を信頼できる同盟国とは思っているだろうが、邪魔でる事も否め

ない。地形的に見ると楚は、楓、衛、双に閉じ込められているとも言える。そういう意味で、呉韓と共通

したものがあり、似たような感情を抱いていないとは言えない。

 今は姜尚というたががしっかりはめられているとしても、それは永遠ではない。この世には万能なる力

など存在せず。全ての力には、時を経れば失われていく、という哀しい定めがある。いずれ楚と楓が矛を

交える、という可能性も無いとは言えないし。今の呉韓が未来の楚の姿であるのかもしれない。

 だから愚かな願望に逃げるのではなく、目の前の現実をしっかりと見るべきである。もたらされた合理

的な苦難を受け入れ、そこから踏み出す。下らない企みに縋り、現実より乖離(かいり)してしまえば、

その企みそのものに呑まれるのは自分の方である。古来より、野望、欲望は人の手に余るものだ。

 それは天然自然より離れ、人の心の中だけに存在するもの。それ故に熱病の如く浮かされるが、病気と

同じく、人にとって害しかもたらさない。愚かな錯覚なのである。

 楓流、甘繁が互いに持ち寄った情報を整理してみると、やはり中諸国の動きの中心には蜀が居るようだ。

その動きは速く、以前報告を受けた時よりも勢力を増し、順調に成長しているようである。しかし趙深も

黙ってはおらず、すでに布へ援軍を発し、伊推と協力して蜀へ圧力を加えている。

 その付近には子遂も居るが、こちらは念の為に自領土防衛に専念させ、軍を国外へ発する事を禁じさせ

ているようである。

 流石の子遂も趙深の対応が速く、思ったよりも衛軍の到着が早かったのか、思うような動きを取れてい

ない様子だ。彼も今動けば全ての牙が自分に向かう事を重々理解している。おそらく蜀と何らかの繋がり

はあるのだろうが、勝敗の行方がはっきりと蜀に傾かない限り、又はそういう一手を打ち出せる状況がこ

ない限り、迂闊(うかつ)に動く事はしないだろう。

 子遂は計算高い男だ。はっきりした勝算が見えない限り、賭けに出るような真似はしない。

 とはいえ、そういう気持ちを逆手に取られるという可能性はある。子遂には充分注意しておく必要があ

るだろう。

 衛からの援軍を率いるのは紅瀬百(コウライビャク)と白晴斯(ハクセイシ)の二人である。この二人

は趙深と共に双から離れ、衛に行き、そのまま本名を使って軍指揮官として働いている。賦族を堂々と使

う事に他国、特に双、が難色を示しているようだが、趙深にそれを気にかける様子は無い。

 衛という国には北方大同盟国全てに属するという建前があるのだが、その統治はあくまでも趙深に任され

ている。それに全てに属する以上、そこに口を挟むには全ての国の同意が要る、という理屈も成り立つ。

全てに属するという事が結果的に一国一国の衛への発言力を弱める事に繋がり、それを利用すれば、衛に

対する発言権をめぐって各国を争わせるという事も出来るだろう。

 衛の政策が失敗しているならまだ双の言い分も考慮されたかもしれないが。今の所大きな問題は無く。

衛から各国へ配分される利もきちんと収められているのだから、文句など付けようがない。

 それに趙が賦族軍を用いていた事にはすでに暗黙の了解がある。それも他ならぬ双自身がその力を利用

していたのだ。人はもうその事に慣れてしまっている。後は少しだけ強引に進めれば、目的を遂げる事も

不可能ではない。少しだけ双の面子を立ててやればいい。

 楚と斉に対しても手を打ってある。姜尚とはとうに話の付いていた事だ。

 そこに全く問題が残らないではなかったが。趙深が怯む事は無かった。元々その為にこそ双において賦

族兵を用いたのだ。当時賦族を使うしかなかった、という理由以上に、賦族を少しずつでも認知させよう

という目的があり、趙深はその為に行動してきたのである。

 そして紅瀬百、白晴斯という衛軍の双璧ともいえる将を二人とも送ったという事は、衛が用いる事の出

来るほぼ最大動員兵数が使われている事を意味している。趙深の決意、衛の姿勢が窺える。

 兵数は約一万。その中には傭兵として雇った者や、緑の援軍も混じっているかもしれない。趙深はそう

いう情報は必要ではないとしたのか、知らせてこなかったから詳しい事は解らないが。それもおそらくは

何か意図あっての事だろう。

 敢えて知らせない、という点に意味を持たせる事がある。何も全てを伝えるだけが唯一の方法という訳

ではない。無論、単に必要ない情報だと考えて知らせなかった、という可能性もあるし。甘繁に詳しい内

情を知られるのを恐れた、とも考えられる。

 いずれにせよ、楓流は趙深に全幅の信頼を置いている。必要以上に問う事はせず、その事を頭の片隅に

残しておいた上で、彼は彼で現状における対応策を甘繁と共に練った。

 そして出された結論は、今動く必要は無い、というものである。蜀は趙深に牽制されている以上、自由に

動く事が出来ない。集縁に侵攻するなど以ての外。もしそんな事をすれば、即座に衛軍が手薄になった拠

点に攻め込み、蜀は帰る場所を失う事になろう。集縁軍と挟撃される危険性も生まれる。動けば即ち負け

なのだ。

 蜀は孫後の乱に乗じて勢力を増したしたたかな国。例え内部に不穏を抱えているとはいえ、いやだから

こそ愚かな真似はすまい。

 だが絶対に動かないという保証もない。そしてそれだけで充分なのだ。蜀に不穏な動きあり、という事

実さえあれば、集縁、そして楓の目はそちらに向かざるを得なくなる。楓流も甘繁も、蜀が動く事は無い、

と思いながらも、警戒を止める訳にはいかない。蜀を放って呉韓へ攻めるという事が出来なくなる。

 呉韓にとってはその効果さえあれば良く。おそらく蜀にもそのように言っているのだろう。無理はせず、

集縁と楓を引き付けていれば良いのだと。

 呉韓としてはもう少し準備を整え、万全の状態で挑みたかった筈だが。状況が複雑になり、双を中立に

おくだけで精一杯、下手に時間をかければ不利になるだけ、という事態になってしまい、仕方なく事を早

めるしかなかった。

 出来れば蜀にももっと大きく動いて欲しかった筈だ。しかしその為の時間が足りなさ過ぎる。故に蜀は

少なくない力を持ちながらも、それを用いる事が出来ない。子遂という一手も、動かすには機が悪過ぎる。

結局、動くぞ、動くぞ、という気配を見せながら、じっと待っているしかない。

 確かにそれだけでも効果はあるが、蜀も子遂もそんな状況にいつまでも耐えていられるのだろうか。も

しかしたらそこに活路を見出せるかもしれない。事を早めた事は、決して呉韓に対して有利には働くまい。

必ず付け入る隙がある。

 楓流は甘繁と協議の末、敢えて軍を中諸国との国境付近にまで押し出してみる事にした。呉韓にも集縁

を突くような余力は無い筈だから、呉韓の策を逆手に取って、敢えてこちらから一つ踏み出してみる事に

したのである。

 さて、これが吉と出るか、凶と出るか。



 国境へ出した軍には集縁兵だけではなく、当然のように楓兵も含まれている。これには楓将兵に集縁の

現状を見せ、安心させようという狙いもあった。故に兵に集縁と関わりの深い者を選び、将にも凱聯(ガ

イレン)を選んだのだ。

 凱聯には人間的に安心できない所があるが、能力は低くなく、集縁出身兵からの人気が高い。凱聯は嫉

妬深い性質であるから、集縁に関する事を理由も無く他の者に任せてしまえば問題が発生する可能性があ

るし、どうしても任せるより他なかった。

 もしかしたら凱聯を慰める、という意図もあったのかもしれない。楓流が戻ってからは大人しくしてる

ようだが。自分よりも甘繁にばかり頼る楓流に対し、不満を抱いていないとは思えない。ここは適度に

発散させ、不穏の種を取り払っておく必要がある。

 だが全てを任せるのはあまりにも不安だったのだろう。副将に信頼厚い胡虎(ウコ)を付けている。

 胡虎も凱聯とは長い付き合いである。しかしその間目立つ諍(いさか)いを起こした事は無く、内心ど

う思っているのかは知らないが、表面上は上手くやっている。それに胡虎もまた集縁で長く過ごし、集縁

をまるで自分の故郷のように想っている。彼の長年の働きに報いる為にも、これは適当な処置だと言える。

不自然ではないから、凱聯も胡虎を自分の監視役だとは考えないだろう。

 このように軍事よりも政治の方を考えて編成されている事を考えると、少なくとも出陣させる段階にお

いては、楓流にこの軍を戦に使う意思が無かった事が察せられる。

 甘繁の方もそうだ。

 ここに赴任して初めての軍事行動である為、自ら率いているが、その表情にはさほど強張った所はなく、

行軍にも焦りの色が見えない。その様はまるで軍事演習のようである。緊張感はあるものの、緊迫感まで

は感じられない。

 それでも蜀を圧するには充分だろう。そして思い切った行動に出た集縁と楓を見、呉韓もまた戸惑って

いる筈だ。

 集縁には確かに中諸国と呉韓を同時に相手する力は無い。しかしそれは呉韓もまた同じ。現状の優勢を

覆(くつがえ)されぬ為に、呉韓はその全てを秦に向ける必要がある。無論、越と集縁方面にも守備兵を

割くが、そんなものは飾りに過ぎない。軍らしい軍の全ては秦へ向ける。そうであればこそ、初めて優勢

を保てる。

 だから呉韓も集縁が中諸国、或いは呉韓を攻めると困るのである。正直な所、対処しようがない。蜀が

身動き取れない今、もし秦と足並みを揃えて攻めて来られれば、或いは蜀が落とされてしまえば、その時

点で呉韓の勝機は費えてしまう。

 兵法を知り、戦場での経験が長い者ほど、逆に強引な行動を取れなくなる。知識が増し、知恵を得れば、

逆にそれだけの知に縛られる事にもなるのである。だからこそ意を見せれば、蜀が動くぞと見せていれば、

集縁も楓も身動きが取れなくなる筈だった。今の蜀のように。

 しかし楓と集縁は兵法の常識を無視し、当たり前のように兵を動かした。おそらく集縁内はほぼ空にな

っている筈だ。

 馬鹿ではないのか。そう思う。何故そんな無謀で危険な事が出来るのか。今呉韓が動けば終りではない

か。例えそれがありえない動きだとしても、それが起これば集縁は終りであろう。それなのに恐くはない

のか。何故平気で博打を打てる。狂っているとしか思えない。

 だがこの無謀な行動こそが、時に一番手痛い一手となる事も少なくない。自分の頭の中だけの敵と戦っ

ている限り、決して取れないだろうこの一手は、常識という殻を破り、知恵者という驕(おご)りを崩す、

恐るべき武器にもなる。

 智を打ち破るには勇を持ってせよ。その言葉がここに活きてくる。

 もっとも、そこまで考えていたのかは解らない。楓流としても単に思いつきであったのかもしれず。呉

韓の状況、そして蜀の状況を考え、もしかしたら上手くいくかもしれない、と思っただけの手であったと

も考えられる。

 その証拠に前述したような編成であったし、凱聯にもいつでも後退できるようにしておく事と、決して

甘繁に逆らってはならない事を、きつく言い含めてあった。

 このまま本当に蜀を攻める気があったのなら、もっと他にやりようがあっただろうし、秦と

も足並みを合わせていた筈である。

 まあその真意はさておき、この暴挙とも見える一手がもたらした効果は抜群であった。おそらく誰が考

えていたよりも大きな効果があったろう。

 特に蜀において大きい。

 蜀は集縁と楓が動いたと知るや、大いに慌て、狼狽した。何しろ前には衛軍、布軍、伊推軍が居る。そ

の上に背後を集縁軍と楓軍に襲われては堪らない。蜀としても数千、或いは万近い軍勢を集める事が出来

る。無理をすれば、それだけの兵力を集める事は出来るだろう。しかしそれが出来た所で何になろう。敵

軍とは錬度が違う。数合わせの兵では、とても太刀打ちできない。

 呉韓が集縁と楓は動かぬというから、蜀は立ったのだ。それなのにまるで待ち構えていたように衛軍が

来、その上集縁と楓が動いた。これでは約束が違う。

 この動きを見、呉韓も当然のように反応し、集縁との国境付近に兵を集めているが、甘繁も楓流も動じ

ない。来るなら来ればいい。集縁に気を取られれば、秦がその隙を突くだろう。それに集縁にも最低限の

守備兵は残してある。容易く攻め取れはしない。そうこうしている内に、呉韓の方が窮地に陥る筈だ。

 だからむしろ兵力の幾らかを引き付けられたとして、呉韓の方が益々不利な状況になったと言えるのか

もしれない。

 蜀は歯噛みし、呉韓の頼りなさに怒りを覚えたが、今更どうにもならない。蜀だけで乗り切るしかなか

った。ここで寝返り、自らも呉韓攻めに参加するという選択肢も無いではないが。それをしてもしんどい

目に遭う事は免れられない。

 蜀は疑われたまま常に最前線に立たされ、一番消耗させられる事になる。その上例え呉韓に勝っても実

りは薄く、せいぜい今の領土を安堵されるだけだろう。そんな事になれば国内の不穏分子は黙っていまい。

必ずや乱が起こり、現政府にとってよくない結果になる。とても選べる道ではなかった。

 だから交戦の意志を貫くしかなく、軍を動かす事を避けて堅く篭り続けている。蜀は宣戦布告を発して

いる訳ではない。だから動かずに居る限り、いかにそれが不審であろうとも、それだけでは蜀を攻める理

由とはならない。

 そんな理由など無視し、一気呵成(いっきかせい)に攻めればいい。そうかもしれない。蜀軍が街に篭

っているこの機を利用して包囲し、その動きを封じ込めつつ、兵糧攻めにするなり、果敢に攻め立てるな

りすれば、蜀にはどうする事も出来ないだろう。確かにそうだ。

 しかし蜀の拠点は一つではない。篭ったと言っても一つにまとまっている訳ではなく、それぞれの街で

それぞれに篭城策を取っている。その全てに回すような兵力は衛側にも楓にも集縁にも無いし。一つ一つ

攻め落とすにはあまりにも時間がかかり過ぎ、それによって疲弊すれば、子遂がよからぬ事を企まないと

も限らない。

 蜀が篭るのも、消極的と言えばそうだが、これはこれで作戦として悪くない。中諸国も従順ではないし、

待っていれば思わぬ好機が訪れるかもしれない。

 趙深が大軍を派遣したのも、蜀軍を攻める為というよりは、蜀の動きに呼応せぬようしっかり押え付け

る為、と言った方が当たっている。こういう時は軍事力こそが物を言うのだ。迷える心を決せさせるには、

はっきりした力が効果的である。

 こうして情勢は、蜀と楓連合とでもいうような勢力ががっぷりと睨み合う形、へと一先ずは落ち着いた。

 蜀をこのまま封じておくのもそれはそれで悪くないし。この状況のまま秦の勝利を期待して待つ、とい

う案も悪くはない。

 だが秦の勝利は絶対とは言えず、呉韓が何を企むか解らない以上、このまま黙って待っているのはあま

りにも楽観的過ぎる。

 そこで楓流は越に使者を発し、呉韓との国境付近に兵を集めて圧力を加えるよう要請した。

 越が直接的な軍事行動を取る事は、以前述べた理由でありえないが、脅しとして兵を集めさせる事には

同意させている。越は難色を示したが、それでも最後には折れ。郭申(カクシン)、清鐘(シンショウ)

という越軍の双璧それぞれに軍を率いさせ、呉韓との国境付近へと進めさせている。

 呉韓に対しては、これは秦と貴国との仲に不穏がある故、もし戦が始まった時に越内を乱されぬよう、

警備の為に発した軍である、と使者を発して言わせているが。これは、いつでも参軍する用意があるのだ

ぞ、と言っているのと同じ事である。

 呉韓がどの程度越の気分を理解しているかは解らないが、例えそれを知っていたとしても、こう直接的

に行動されては安心出来ない。大いに肝を冷やしている事だろう。

 何しろ越と呉の間には深い憎しみが横たわっている。例え戦闘する意志が無いとしても、軍を発した以

上、何が起こるかは解らない。軍事判断の全ては二将に任されているし、もし呉韓が劣勢となれば、越軍

は動くかもしれない。越に優位な状況が訪れれば、見逃す事はないだろう。この二将もまた越人であり、

それ以上に有能な軍人である。事が動けば、それに応じて動くだろう。

 越の目は望まずして北へ引き付けられた。

 そしてその事は蜀にも少なくない影響を与える。

 即ち、中央の軍が攻めてこないか、という不安だ。呉韓の意識が北に引き付けられた以上、集縁方面へ

の圧力は弱まらざるを得ない。そうなれば全ての軍を動かす事は無理でも、楓軍か集縁軍、どちらか一方

を動かすかもしれない。

 好機があれば、もう躊躇しないのではないか。

 好機が生まれるとすれば、秦と呉韓の戦が始まった時であろう。その時、呉韓の意識が最も集縁から離

れる。集縁、楓、どちらかの軍が動けば、それに乗じて東方の軍も動く。北と東から同時に攻められれば、

蜀は完全に身動きが取れなくなる。そして勝機を失った時、蜀は内部から崩壊するであろう。

 取り込んだ諸勢力は離れ、蜀国内の不穏分子はその活動を活発にする。楓連合もそれを促すよう工作す

るだろう。頼みの子遂も蜀に勝ち目が無ければ動かない。

 まさに八方塞がり、蜀の命運は尽きてしまったかのように思われた。



 緊迫した状況の中、呉韓が動く。

 この国としては一時でも早く動くのが望ましかった。しかし準備も終えずに動けば付け入る隙を与えて

しまう。だからしっかりと準備を整えていたのだが、それをようやく終えたのか、いよいよ動き始めた

のである。

 越や蜀の動きを見ながら、よくも冷静に待てたものだ。

 呉韓は越の内情や楓流の思考その他を完全に読んでいたのだろうか。

 そうかもしれない。蜀が思ったより敵軍を引き付けてくれた事も、不利とは思わず、むしろありがたい

と考えていたのかもしれない。初めから呉韓は蜀を見捨てるつもりであり、生き残っても呉韓自身が叩き

潰すつもりであったから、せいぜい戦を長引かせ、敵共々弱ってくれればいいのだ。

 集縁へ圧力をかける為にいくらかの兵を割く事になったのは痛いが。多くの兵を用いている訳でもなく、

これで集縁軍が呉韓へ攻撃を仕掛けてくる可能性が消えたと思えば、むしろ利点である。

 これは強がりではない。呉韓は初めから中央や東方の事など考えていなかった。どこがどれだけ勝とう

が、負けようが、どうなってもいいのである。とにかく秦との戦いに集中出来る状況になれば良かった。

 狙いはあくまでも秦。その為に随分力を尽くしてきた。今更退く事が出来ないのは呉韓の方だ。

 越にも最低限の守備兵だけを残し、ほぼ全兵力を秦へと向かわせている。呉韓はこの一戦で決めてしま

うつもりだった。例え全てを落とす事が出来なくとも、決定的な打撃を与えられれば、秦は滅ぶ。周と同

様、滅びの道を歩まざるを得なくなる。

 その進軍速度は必ずしも速いものではないが、列を乱さず粛々と進んでいる。それを見ても呉韓が冷静

であった事が解る。

 それに対して秦の方はと言えば、未だ準備が整っていない。兵の準備は終えているが、軍としての準備

は終えておらず。未だ一部隊としてそれぞれの市町村にあるままで、一つの軍にまとめあげられていない。

 そこでとにかく前線に兵を集める事を優先させ、それぞれの部隊単位で各自移動するよう命じた。しか

しこの命が行き届き、そしてそれが実行、完了するまでにはまだ多くの時間がかかる。おそらく先に呉韓

軍の方が到着し、開戦早々劣勢に立たされる事は免れない。

 だがそれも解っていた事。何とか今ある兵力だけで凌ぎ、反撃の機会を待つしかない。

 出来れば今集縁か楓、或いは越に呉韓を突いてもらいたかったが、それは出来ない相談だ。どの国にも

そんな余力は無い。集縁と楓の動き自体は悪くなかったが、誰にも出来ない事はある。例えその時最善の

道を選んでいたとしても、それが人の思う最善の結果に行き着くとは限らない。時には何を選んでも、悪

しき結果に行き着く時もあろう。

 魏軍の事は頭に無かったようである。そして実際、この戦において魏には目ぼしい動きはなかった。何

しろ動かせるだけの兵力が無いのだ。魏軍は物資の輸送などに終始し、初めから最後まで忘れられたよう

に時を過ごす。

 援軍が期待できない以上、秦軍は単独で呉韓軍を退かせなければならない。

 だが呉韓軍は初めから容赦しなかった。温存とか、時間をかけて確実に、という思考が消えうせてしま

ったかのように苛烈に攻め立て、攻める為だけに攻めた。

 当然であろう。呉韓としては短期決戦を挑む以外に無いのである。下手に長引けば蜀の状況がどうなる

か解らないし、越軍の動きも気になる。優位を示し続けなければ、双が無用な動きに出ないとも限らない。

 双は益々驕っている。驕慢(きょうまん)ここに極まれり、と言った風だ。弱みを見せれば必ず付け込

んでくるだろう。鈍重な動きから、おそらく軍の準備だけで終わるとしても、双がその意を見せるだけで

戦況が変わる。

 呉韓も今は優勢であるとはいえ、総合的な力では秦と五分五分である。領土だけを見れば呉韓の方が上

かもしれないが、戦で疲弊している事、そしてまんまと双に領土を取り上げられる破目になってしまった

事、様々な要素を総合して考えれば、良く見ても互角。

 時間が経てば、秦が持ち直すかもしれない。とにかく早く決めてしまわなければ。

 決定打を加え、秦を追い詰める事が出来れば、双を味方に付ける事も不可能ではなくなる。そうなれば

越や楓も好きに動けなくなるだろう。とにかく勝つ事だ。

 呉韓は連日、時には昼夜問わず攻め立て、秦を劣勢へと押し込んでいった。秦も良く戦ったが、結局は

押し切られ、手痛い一敗を喫する事となる。

 前線拠点となる街を幾つか落とされ、守備兵はそのほとんどが殺されるか捕えられてしまった。

 三功臣は最早猶予は無いと見、張耳(チョウジ)を王都に残し、商央(ショウオウ)、范緒(ハンショ)

自らが前線へ赴き、その名声を利用して直接指揮をし、少ない敗残兵と付近の街から兵を駆り集め、何と

か軍を立て直したが。呉韓軍の猛攻は衰えず、依然苦戦を強いられている。王都にも連日のように援軍要

請の使者が送られてくる。

 張耳は仕方なく兵力の逐次(ちくじ)投入を行って時間稼ぎをさせているが、そのような事をしていて

はいずれ押し切られる。何千と迫る中に、数十、多くて百そこらの兵を送ったとて、その効果は高が知れ

ている。援軍で士気が上がるだろうと言っても、期待していた所へ少数の兵ではむしろ逆効果。それが続

けば、秦の劣勢をはっきり告げられているも同じ。

 将は絶望し、兵は死期を悟る。

 とはいえ援軍を送り続けなければ戦線を保つ事が出来ない。ここで投入を止めれば、時間稼ぎさえでき

なくなる。本軍として別に大部隊を集めてもいるのだが、これが集まるまでにはまだまだ時間がかかりそ

うだ。逐次投入をしている為に、余計に時間がかかる。

 焦りが募り、想像以上の危機を前に、流石の張耳も平静でいられない。

 どうにかならぬかと双や越に援軍要請をしてみるが、聞き入れてくれる様子は無い。双は他人事とのん

びり状況を眺めているし、越は言わずもがな。

 このまま呉韓が押し切る形になってしまうのかと思われたが、流石は三功臣と呼ばれるだけはある、何

とか手を考え出した。

 王自身に出馬を乞い、自らも同行して、本軍となる軍勢は千も集まってはいなかったが、目一杯飾り立

てて進ませたのである。

 王自らの出馬に将兵の士気は上がり、行く先々で兵力を吸収しながら少しずつ膨(ふく)れ、前線に到

着する頃には商央、范緒共に限界を迎え、兵もほとんど費えていたが、王が一世一代の勇を揮って前に出

れば、皆意気を取り戻して王に遅れじと最後の力を振り絞る。

 優勢であったとはいえここまで来るのに呉韓軍も随分消耗していたのだろう、王軍の威を見て驚き、こ

こが潮と退いている。ここでも呉韓は冷静である。

 秦は何とか王の面目を保てた形にはなったが、前線の幾つかの街は落とされ、兵力も足りない。戦死者

もこちらの方が多く、このままではいくら時間をかけても秦の劣勢を覆せない。

 初めの兵力で負け、その上に被害も多いとなれば、劣勢を覆す事など不可能である。どうしても他者の

力を借りなければならない。

 しかし一体誰に。頼るべき国など、何処にあるのか。

 秦が依然どうにもならない状況にある事は、少し考えれば誰にでも解る事であった。

 張耳の策も焼け石に水でしかない。




BACKEXITNEXT