18-2.乱世の理


 様々な燻(くすぶり)りを孕(はら)みながら、半年という月日が経った。

 双や楚に限らず、どの国にも大小問わず様々な事件が持ち上がっているのだが、どれも決定的なもので

はなく、表面上は何事も無く過ぎている。

 無数の不満と不穏が大陸に満ちている。しかし誰もその意を遂げる為の力を持たない。だから全ては水

下に消え、まるで何事も無かったかのように見えるのだ。

 しかしそう見えるだけで、すでに止まれない方向へ滑り出している可能性も否定できない。

 波紋は常に生み出されている。

 その一つは衛にも及ぶ。

 楚が楓に対し、確かに南蛮討伐は大陸人全体の悲願となっていたが、衛軍をいつまでも中央に置いてお

く事は楓がその力を私物化しようとしている証である。と非難し始めたのだ。

 楓流としてはもう少し趙深に睨みを効かせていてもらいたかったのだが、実質的な衛王である趙深がい

つまでも本国を離れていては不穏の種となりかねない。それに今他国と争っている余裕はないから素直に

受け入れ、趙深に帰還してもらうよう頼んだ。

 命じたのではなく頼んだ所に彼らの関係がよく現れている。

 趙深もまだ早いとは思ったが、他国の軍勢がいつまでも居座っている事は狄国民を刺激する理由になり

かねない。楓流の要請もあった事だし、北方同盟の総意を受け取った形で引き上げる事にした。

 だが問題がある。

 狄は元々小勢力の集まりであり、その王となった狄仁(テキジン)、狄傑(テキケツ)も王というより

は盟主に近い。ある程度の強制力があり、従う者も多かったが、歴代の王族という権威が存在しない。

 狄仁、狄傑の血族も居るには居るのだが、彼らを王に据えたとて皆が納得するとは思えない。楓に対し

て私怨がある可能性もある。元々楓と意を共にしない勢力の集まりだったのだから、民はまだ何とかなる

かもしれないが、将兵の間には拭えない思いがあるだろう。

 仕方なく衛属の国家という事にし、王は生き残った者達の中から選ばせ、代わりにお目付け役を衛から

寄越す事にする。無論、一人では危険であるから、三百の兵を付けて。

 お目付け役、つまり代官として遣わされたのは、宜焚(ギフン)である。彼は元々船頭の一人であった

が、楓が衛を治めるにあたり、水運に関する知識と人脈、そして何よりその人柄によって功を成してきた

人物だ。

 今では船頭としての仕事を引退し、政務というのか、話し合いの場を設けて不満を聞いたり、そこから

趙深に助言したりという役目を負っている。組織を円滑に運営するには欠かせない人物だ。狄という国を

任せるには彼以外にはないと見た。

 副官には楊岱(ヨウタイ)を付けている。

 楊岱はまだ若いが、楓流が第二の胡虎とするべく目をかけている少年で、賦族との橋渡し的な役目、衛

と楓を繋ぐ役目にも充分に応え、成長してきた。衛の諜報組織とも関わりがあり、そういう意味でも使え

る人材である。

 この二人なら現状維持程度は充分にできると趙深は判断した。

 他にも狄との間を繋ぐべく、狄の中から相応しい者をニ、三選び、半年かけて教育しておいた。

 その中でも岳暈(ガクウン)という男は武勇に優れ、心根も悪くない。彼の話に寄れば、以前から狄傑

と互いに敵愾心(てきがいしん)を抱いており、それもあって狄という国家ができてからは不遇にされて

いたらしい。

 独立しようにもそれだけの兵力が無く、何よりあの状況で孤立するのは自殺行為であった。だから燻っ

ていたのだが、狄傑が死に、狄仁が逃亡した今が好機である。

 趙深に取り入ったのもその為だろう。だからこそ利害は一致し、信用できる。生来からりとした所のあ

る人物であるようだから、それなりに遇すれば忠誠を示してくれる可能性もある。そういう意味では魏繞

(ギジョウ)に似ているか。

 逆に気をつけるべきは新檜(シンカイ)であろう。彼は内政と外交を重んじ、狄が軍閥によって支配さ

れる事を嫌っている。狄傑や岳暈を敵視しており、岳暈と繋がった楓衛に対しても幻滅している。今は不

満を巻き散らかすだけで済んでいるが、長じればどう化けるか解らない。

 できれば外したい所だが、狄の内政は専ら彼がやっていたようで国内への影響力が強い。簡単に解任す

る事はできないだろう。

 狄仁らが逃げてからも彼が国政を主導し、その後の楓衛との話し合いにも当前のように出席し、王であ

るかのように振舞っている。それに口を出す者もいない。

 だから岳暈らを上手く使って両者の均衡をとる必要があった。

 厄介だが、そういう芽があればこそ、その周りに似た者が自然と集まる事になるし、ある意味目立ちや

すくなる。

 良い面だけが利用できるのではない。悪い面も見方を変えれば利点となる。要は使いようである。

 ともあれ、趙深のおかげで一応は均衡がとれており、安定している。それを維持するだけならそれ程難

しい事ではないだろう。

 趙深と衛軍は衛へ帰還したが、これで中央は楓流、趙深が不在、最も二者から離れた場所となる。影響

力は自然と薄れる筈だ。

 蜀(ショク)、布(フ)、伊推(イスイ)、梁(リョウ)といった国々がそれぞれに睨みを効かせてい

るといっても、どの国にも自国の事情というものがある。この国々が楓にどれだけ義理立てしてくれるか

は解らないし、今後どうなるかも解らない。

 楓は大きく強く成長しているが、それだけで物事は治まるものではない。子遂(シスイ)と言った絶対

敵も健在であるし、結局一時凌ぎの安定であると言えばそうなのだろう。

 とはいえ、宜焚と楊岱は巧くやっている。到着して早々岳暈らから敬意を受けるようになり、新檜とも

油断なく付き合えているようだ。



 中央は治まったが、相変わらず不安定なのが南方中部。

 双は相変わらず双式を通そうとし、部族との間に何をするにも軋轢(あつれき)を生じている。

 双の血統信仰、選民主義の一番の問題は寛容さに欠ける点だ。何でも双が最上であるとし、双式に間違

いはない、他は皆劣っている、悪である、という風に凝り固まっている。様々な国と付き合い出すように

なり、趙深などの働きもあって、場合によっては譲歩するようになってきているが、南蛮に対しては微塵

(みじん)の容赦(ようしゃ)もない。

 大陸人ですらない南蛮など人の範疇にあらず、賦族と同じ家畜同然と考えている。

 その力に恐れを抱き、賦族に対する程苛烈(かれつ)ではないにせよ、基本的な扱いは変わらない。部

族達が納得する訳がなかった。

 今では平然と反旗を翻す部族もおり、共闘するような姿勢は示さずとも、個々に一揆を起こしたりして

いる。楓流や秦も討伐なり交渉なりに駆り出され、ほとほと迷惑していた。新たな問題が増え、気の休ま

る暇がない。

 部族同士の軋轢(あつれき)も酷く、下手すればこちらに飛び火してくる。良い事はなかった。

 中部が乱れる事は悪い面ばかりではないのだが、対応に追われ、様々な点で支障が出ている。これでは

力を蓄える事ができない。

 譲歩するよう申し出ても双は聞く耳を持たないし、これに限っては双正(ソウセイ)の力も及ばない。

双王である彼は部族を簡単に擁護できぬのだ。

 双王の命令は絶対だが、あまりに意に反する事をされれば、重臣達も何を考えるか解らない。

 王自身に直接危険が迫る事はないとしても、隔離され傀儡にされてしまう可能性がないとは言えない。

楓を捨て、他の国と繋がるという可能性もあるだろう。

 結局双王というのはただの象徴に過ぎない部分がある。当時は王というものの権威が強まっていた頃だ

から、自然と双王の威も強まっていたが、双王は民の上に君臨するだけで統治そのものは重臣に任す、と

いう風潮は変わっていない。

 双王は神聖不可侵であるが、それだけに重臣以外の者と触れる機会が少ない。やろうと思えば双王の言

葉を曲げて下に伝えるという事もできる。

 貴人の気まぐれ程度に思われている内は良いが、あまり政に興味を示させるのは不味い。双正を動かす

のは最終手段と考えておく必要があった。

 効果的なだけにそこからくる影響力も強いという事だ。奥の手は使わないに限る。

 しかしこのままではじり貧だ。双がどうなろうと知った事ではないが、巻き込まれて共倒れにされては

困る。

 そこで楓流は南方北部を任されている曹閲(ソウエツ)に使者を送り、協力し合おうと提案してみた。

 秦側としても異存はないので、すぐに了承する旨の返答がきたが。問題はここからである。

 どうすれば安定するのだろう。

 双に任せておけない事ははっきりしている。であれば他の者が代わりに治めるしかないが、楓や秦が出

てくれば双も警戒するだろう。それに双に代わって治める為には、形の上だけでも臣従しなければならな

くなる。

 まだ盟主程度なら良いが。形だけとはいえ臣従したという事になれば、楓と秦の民は黙っていまい。こ

れをきっかけに双と争うという可能性も生じる。

 楓も秦も今は無用な争いを起こしたくない。南方を押さえるので精一杯である。

 だから楓とも秦とも関係ない者を連れてくる必要があった。

 有能である事は当然として、二心無く、どの国にも独立した態度で臨まなければならない。その上、双

や部族と巧くやっていける柔軟性が必要だ。

 そんな人物が一体どこに居るのか。

 まず思い浮かんだのは趙深だが、それは秦が認めないだろうし、何よりそこまで彼に負担をかける訳に

はいかない。

 悩んだ末、最終的に出てきた人物は、玄一族を束ねる玄張(ゲンチョウ)であった。

 初め秦はその人選に難色を示していたが、確かにどの国家の利害とも直接は関係なく、楓と秦どちらと

も関係が深い。人物にも問題なく、あるとすれば秦の、いや西方の民がどう思うかだが。玄張は引退し、

息子の玄信(ゲンシン)に跡を継がせるという形にすれば問題あるまい。

 玄信が簡単に楓を訪れる事ができなくなる、という難点があったが、楓流はそこは仕方ないと割り切っ

た。これで技術力の伸びが縮まるとしても、他に方法を思いつかない。それにこれに積極的に賛同する事

で、秦民の不満をある程度解消する事もできるだろう。

 後は双の意向がどうなるかだが。玄一族は高名であり、その理念も双正の好みそうなものである。いつ

ものように双を立てる事を忘れなければ、反対しないだろう。



 双を説得し、三国の名を持って玄張に要請する。玄一族は秦の庇護(体のいい言葉でしかないが)にあ

るものの、どの国にも属さない。国家の利益からは(理念として)完全に独立した組織であり、どの国家

からも命令される立場にはない。

 治水工事等には多くの人の協力が不可欠であるから、国という大きな組織を完全に切り離す事はできな

いが、どの国家にも(建前として)従属していない事は確かだ。だから命令ではなく、要請になる。

 この要請に対し、玄張は難色を示した。それはそうだろう。良く知らぬ場所へ良く知らぬ者達を治める

為に行くのだ。しかも玄一族とは歩を別にし、半分官として仕えねばならない。双相手であればある程度

の芝居も要るだろう。

 自分にはその資格はないと伝え、何度も使者を追い返した。

 最終的に楓流と曹閲が揃って出向き、何日もかけて説得する事でようやく応じてくれたのである。

 南方とはいえ大陸の一部。そこを開明するのもまた玄一族の理念に適うのではないか、という言葉に心

動かされたようだ。

 部族には大陸人が知らぬ技術がある。そういう点もまた玄張の心をくすぐったのだろう。彼も一人の職

人、技術と言うものに深い敬意と興味を抱いている。絶対の命令権を持つ事を条件に、少数の者と共に南

方へと向かった。

 双、秦、楓からも彼を補佐する為、人材が送られている。無論、その人材には少しでも自国を有利にす

る為の工作員、という面があった事を否定できない。しかし玄張が不満を感じれば解雇する事ができるし、

彼の命は絶対である。

 そこに文句を入れてくるようならさっさと国に帰ると公言しているし、実際玄張はそうするだろう。だ

から三国もあまり強く干渉する事ができず、互いに牽制し合う為と情報を迅速に得る為に送られているに

過ぎなくなっている。

 楓流はその中に鋲(ビョウ)を混ぜた。

 鋲は諜報団の中でも特に腕利きで、重要な件を任せられる程信頼している一人だ。

 その鋲をわざわざ入れているのだから、いかに南方に気を配っていたか、重要視していたかが解る。

 玄張は初めは苦労したようだが一月もすると慣れ、技術と人柄から部族に神のように敬われるようにな

っていた。帰順する者も増え、双に対してあった不満は消えはしないが、一先ずは治まっている。

 組織、集団を安定させるという点において、玄張は予想以上の手腕を見せた。彼はまず一人一人を知る

事から始め、とにかく自分という存在を馴染ませるよう行動した。その為なら生活習慣を変える事も厭(い

と)わない。

 それを象徴しているのがその姿だ。彼は南方に行ってから衣服を部族式に、正確に言えば大陸人と部族

を折衷(せっちゅう)した物に改め。生活習慣もなるべく部族に沿うようにした。彼だけは決して部族を

排除しようとはせず、しかし大陸人式を排除する事もせず、二つを混ぜ、より良い物へ変えようとしたの

である。

 それもまた部族を刺激するものであった事に違いはないのだが。あまりにも双が極端であった為に、彼

のやり方は優しいものに見えた。無論、それを見越した上でそうしたのだろう。

 玄張は村々の開拓にも乗り出し、より暮らしやすいように変えた。

 それも押し付ける事はせず、まずこういう技術と知識がある事を教えた上で誘い。拒否されればそれ以

上は勧めない。自然に馴染ませ、自然のまま受け容れさせる。何事も急がない。

 何も特別な事をした訳ではない。誰もが望む事を望むようにやっているだけだ。しかし双などから見れ

ば、それは魔法のように見えただろう。

 考えてみれば、玄一族はいつもこのようにやってきた。押し売りせず、望まれた事を協力し合って行う。

必要があれば時に頑固になるが、通じないようなら一度引いてその時を待つ。そういう風に時間をかけて

尊敬を受けるようになっていったのである。

 別に初めから敬われていた訳ではない。技術力の高さから、不可思議な術を用いる魔性の者ではないか

と恐れられた事もある。

 そこから身を隠した者達もいれば、時間をかけて受け入れられた者達も居る、という事だ。

 依頼した三国もその成果に舌を巻き、玄一族の名声は高まった。

 玄という名が大陸全体にはっきりとした影響力を及ぼすようになるのは、この頃からかもしれない。今

までは技術力を高く評価され、敬われてはいても、所詮技術者と見られていたに過ぎないが。それ以上の

存在として見られるようになったのは、この頃からだったと思われる。

 それが必ずしも、玄一族にとって幸いだったとは言えないのかもしれないが。



 玄張が中部を治めた事で、南方は飛躍的に安定した。

 双内には依然部族排斥(はいせき)の声が高く、そこから玄張を非難する向きもあり、全て治まったと

は言えないが、少なくとも楓流の仕事は楽になった。玄張への敬意が高まり過ぎているようにも思えるが、

それはそれで良いとも考えている。

 玄張はあくまでも独立した立場にある。秦や双の威を高める事にならなければ、どうでもいいとは言わ

ないが、多くは望まない。

 そして更に半年という時が流れた。

 玄張の体制も輪郭(りんかく)がはっきりし、楓流も積極的に協力する姿勢を示して、それに乗っかる

ような形で南部をより安定させていく。

 こうしてみると玄張が側に居る事は好都合だった。

 玄信との仲は深まっているし、娘の玄瑛(ゲンエイ)を事実上の妻としている。家族ぐるみの付き合い

と言えるが、実際に玄張と接した事は少ない。玄一族を束ねる玄張には、流石に軽々しく近付く訳にはい

かなかったからだ。

 しかし今、南方安定という大義名分によって玄張と話す機会を持てる。今の内に好(よしみ)を深め、

信を得ておきたい。

 無論、余り表立ってそういう仕草を見せれば秦に警戒される。その辺は充分に気を付けた。

 一つ大きな動きを見せたとすれば、玄瑛を南方へ呼び寄せた事だろうか。

 表向きは、身の回りの世話をさせる為、妻である楓黄(フウコウ)が寄越した、という事になっている

が、これは楓流の好意と見て良いだろう。その証拠に楓流は玄張に会う時は必ず共に玄瑛を加え、さりげなく

用事を与えて会う機会を作っている。

 親子の再会を考えるのは、好意を持つ人間なら当然の事であるので、秦双も表立っては非難できない。

それに楓黄は秦の姫であるから、彼女の好意によって寄越された事を強調して恩を売る方が得策といえば

そうだ。

 双も文句は言わない。興味が無いからだろう。

 しかしこうして安定してくると、抑えていた欲が出てくるのが人情というもの。

 特に楚と双にそれが強い。

 楚は秦と楓が強大な勢力として安定していく事に危機感を深めているし。双も何だか楓や玄張のみが大

きくなっていくようで、何となく腑(ふ)に落ちない。双こそが最も多くを得、常に尊敬を受けるべきな

のに、これでは一体何の為の南伐だったのか。

 結局秦と楓を利しただけではないか。

 南蛮との戦での戦死者は双が頭一つ飛び抜けて多く、その事も民を苛立たせるに充分である。特に以前

趙深が切り取った領地の民に不満が多い。

 双本国には優先的に南蛮物が送られてくるから、まだそれによって慰められる部分があるが。双は特権

意識や選民意識が強いので、双王、双本国、他の領土、という風にどうしても階級のようなものができ、

常にそれに従って優先順位が付けられる。つまり双領となって日が浅い程見返りが薄い。

 本国外の民の双意識も増している事があり、前々からあった不満が一挙に噴出し始めている。前線を任

されるのも、真っ先に南方へ行かされたのも我らであるのに、何故実入りが一番少ないのか。

 秦などはその地に行った者達に優先的に領土などが与えられ、功に応じた褒美も与えられているという

のに、双は相変わらず本国だけを優遇し、他国である楓の顔色ばかり窺(うかが)っている。

 南方開放(双はこう呼ぶ)で大きな利を得る事ができ、今度こそはと期待してもこの始末。いい加減立

ち上がるべきではないか。我らは我らの権利を主張し、得るべきではないか。

 こういう考えが本国外の領土の民の間に、広く共有されるようになってきた。

 その裏には楚の意があったと言われているが。その楚にも何やらきな臭いものがあった事を思えば、

確かに楚も動いたが、全ての裏には秦の意こそがあったのではないか、という説が有力だろうか。

 何にせよ、双はもう言い訳できない(初めからしようともしていなかったようだが)。今までは南方の

不安定さがあったから、利を得られるのはまだ先だからと誤魔化す事ができていたのである。

 しかし今はっきりと南方は安定している。それでも得る物が無い。これ以上何を糧に我慢すればいいと

言うのだ。中には玄張への嫉妬から、彼が双政府と結託して私服を肥やしている、という噂を信じる者ま

でいるし、まるで南方のそれが乗り移ったかのように、北方は慌しくなってきた。

 双はそれを鎮めるべく何度も人をやったが、一向に治まる気配はなく。いい加減腹に据えかねたのか、

軍を使って力ずくで押さえてしまった。

 軍の前には民も鎮まるしかない。だが押さえ付けた分、より反発するのが自然の理。軍内にも不満を持

つ者が多かったし、双への憎しみが深刻なものに変わっていくまでには、多くの時間は要らなかった。

 その波は熱を強くし、独立運動にまで高まっていく。

 押さえていた将兵もこうも波が高まってくると、何故ここまで冷遇する双に忠誠を捧げなければならな

いのか。という疑問が浮き上がってくる。そうなれば双に対して好意的な答えなど出る訳がない。

 むしろ一番害を受けているのは彼らだった。一番多く死ぬのも彼らなら、功に見合わない褒美で済ませ

られたのも彼らだ。

 生まれた国に戻れた者はまだいい。未だ南方に多く派遣されている。その者達はもう一度母国の地を踏

めるのだろうか。今無事に生きているのだろうか。

 解らない。何も。

 しかし彼らも双民となって短くない。双王を敬う気持ちがある。北方の民は総じて血統信仰が強い。

 迷い。道を失う。

 そこに言葉を一つ乗せられた。

「全ては王の意思ではなく、その側に巣食う重臣どもの仕業である。考えても見よ、一番利を得ているの

は誰か。一番安全な所に居て、最も利を得たのは誰か。それは奴らだ。奴らこそが我らを苦しめる元凶で

あり、双王に寄生する悪鬼である。ならば我々は天道に従い、悪鬼を祓い、王をお救いせねばならぬ。そ

れこそが天意であり、王の御意思であろう」

 独立意識が解放運動と結び付き、一挙に広まった。

 元金、劉(リュウ)、陶(トウ)に住まう者達は団結し、反旗を翻(ひるがえ)す。

 北方に乱あり。

 乱の終わりも新たな乱の始まりでしかない。

 故の乱世。理に適う。




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