18-3.平行線


 反旗を翻した者達は双旗を掲(かか)げ、我らこそ双王の真の軍、天軍であると称した。

 無論双本国は認めない。賊とし、直ちに討伐軍を編成しようとした。しかし各国の軍自体が、全てとは

言わないが、天軍に参加している。それは密約で結ばれ、誰が参加しているのかも解らない。下手に動か

せば泥沼になる可能性があった。

 そこで重臣達は本軍を動かす事を決意する。自分達の利害がかかっているせいか、その動きは機敏で、

唯一と言って良い天軍に参加していない国、紀(キ)国にも軍の出動を命じた。

 紀は王が健在である事と趙深が特に望んだ為、金劉陶とは扱いが別の半独立状態とでもいう立場にある。

南伐にも使われていない。王、紀陸(キロク)も優秀かつ文を重んじ、双政府の評判は悪くない。

 しかし紀に命じたのは、双に従っている国もあるのだと見せる為の示威好意に近いものだと考えられる。

見得のようなものであり、国外への喧伝という意味合いの方が強い。

 双政府は反乱を鎮圧できないとは露(つゆ)ほどにも考えていなかった。

 天軍思想が広がっているとはいえ、実際に行動に出る者は多くないし、命懸けで戦おうとする者は少数

である。協力者が多い分油断できないが、双に従順な者達も居るし、事を荒立てる天軍を好まぬ者は少な

くない。

 天軍という統一された名を使ってはいるが、それは双王に承認されたものではなく、個々が自称してい

るに過ぎない。まとまりなどある筈もなく。名だけを借りて好き勝手にやっている者も少なくない。

 戦略的思考もなく、ただ不満だから暴れているに過ぎないそれは、いくら規模が大きくとも双政府を圧

迫するようなものにはなり得ない。

 中にはすぐに鎮圧された輩もいたようであるし、天軍同士で縄張り争いのようなものを行っていたりと

まさに乱と呼ぶに相応しいものだった。

 天軍は自滅、空中分解を含め、ゆっくりとではあるが、確実に鎮圧されていった。特に紀陸の活躍が目

覚しく、大いに名を上げている。

 彼はこの乱が大義の為ではなく、もっと身近で現実的な不満からきている事をようく知っていた。そこ

で双の豊富な物資と資源を借り、相応の見返りを渡す事で懐柔し、次々と治めたのである。

 交渉にて治めるという点も双政府の気に入る所だった。紀陸が報告書に、全ては双王の徳のおかげ、王

の慈悲により愚かな者達もようやく啓かれたようです、などと得意の美文で散々飾り立ててやったから尚

更である。この機会に自身の影響力を増そうと考えたのだろう。

 双内が荒れるという事は、双への楔(くさび)の役目を課された紀陸にとって好機である。彼は今まで

ずっと援助してくれていた楓流と趙深に対して深い恩義を感じている。個人的に趙深を大いに尊崇しても

いるし、嘘か本当か、弟子と考えていたという記述のある書物まである(おそらくは後世のこじ付けだろ

うと思われるが、無い話ではない)。

 紀陸のやり方は大げさで芝居がかっている観もあったが、双国には過剰なくらいの装飾が相応しい。

 乱も呆気なく治まるかと思いきや、思わぬ横槍が入る。

 楚国である。天軍の一党が楚国に泣き付いたのだ。

 天軍は烏合の衆でしかないが。その中にはきちんと計画を立て、それに則って行おうとする者達も少数

ながら居て、その中には有能な者も居た。引退した歴戦の兵であったり、双にこびるのをよしとせず隅に

追いやられていた者達など、埋もれた人材は少なくない。元金、劉、陶に深い関わりを持ち、双に恨みを

抱く者達も多く、訓練された部隊を率いている者までいた。

 その中で一か八か楚を巻き込もうと考えた者が居たのだろう。

 楚は彼らの要請に迷う振りをしていたが、答えは初めから決まっている。

 何度も乞われ、それを退くは仁義に劣ると称し。天軍に賛同、双を非難し、軍を準備し始めた。

 その上、これが単なる脅しではないと示す為か、即座に動かせる中から百の兵を五部隊編成し、要請し

てきた天軍へとそれぞれ向かわせたのである。

 双は激怒したが、楚まで敵にしたくない。例え一兵であっても楚兵が混じっている以上、攻撃する事は

楚への宣戦布告になる。まずは話し合う為に使者を出す事にした。

 こうして一時停戦、双、楚、天軍の間に交渉の場を設ける事が決まったのである。それも楚国が第三者

として調停の役割を買って出た、というおかしな構図になって。

 双政府は紀陸に全権を持たせ、交渉を任せている。

 紀陸にも異存は無い。進んで受け、交渉に臨(のぞ)んだ。

 その場は楚ではなく、双に設けられている。楚が設けると主張したのだが、紀陸は決して引かなかった。

 これは双の問題である。双内で行うのが道理。楚も引くしかない。

 しかしそうして行われた交渉も残念ながらすぐに決裂した。天軍の求める条件が金劉陶三国の独立だっ

たからである。

 紀陸も粘ったが、初めから互いに引く気持ちが無い以上、交渉など無意味。

 その後も何度か席を設けようとしたようだが、話はいつも平行線を辿り、両者の主張が噛み合う事はな

かった。

 楚は正式に双に宣戦布告し、前線の兵を増強する。

 双側も対抗できるだけの兵力を置いておかなければならなくなり、結果として天軍討伐軍を半減させる

事になった。

 双王はこの状況を打開すべく、楓と秦、そして越に対して救援を要請する。



 越は物資や水運に関する事のみ双に協力する事を約束したが、これは以前からそうであるので、改めて

確認したに過ぎなかった。越は楚側にも物資を流すだろうし、正確には中立の立場と言える。

 秦は態度をはっきりしない。楚との同盟を盾にして中立に行きたいようであるが、双が強く望めば儀礼

的にある程度の兵を出すかもしれない。

 楓流もなるべく係わり合いになりたくなかったが、双には借りがある。ここでそれを無視するようであ

れば、双王が何を言ったとしても双民の恨みを買う事になるだろう。

 しかし双は大きくなり過ぎた、という気持ちもある。自尊心の肥大も厄介であるし、できれば領土を縮

小してもらいたい。

 双に肩入れし過ぎれば金劉陶の民の反感を買うだろうし、そうなれば乱を治めたとしてもどす黒いもの

が残る。

 そこで楓流は趙深に全権を任せ、魏繞や凱聯には軍備を整えつつ様子を見るよう命じた。遠く離れた自

分が決断するより、近くの趙深に任せる方がいい。

 勿論、非は自分が、功は趙深が受け取るという覚悟の上での話である。無責任に放り出した訳ではない。

南方はあまりにも遠く、そうするしかなかったというのが本音だろう。



 趙深は早速楚へ向けて事の是非を問う使者を発した。確かに天軍側にも言い分はあろうが、そこに楚が

出てくるのは筋違いである、と。

 楚は当然耳を貸さない。双との会話のように平行線を辿るのみで、どちらも引こうとはせず、決して引

かないという一事を確認するだけに終わった。

 こうなれば軍を動かすしかないが、衛軍は動けない。楓に関する事に対し、趙深はあくまでも楓臣とし

てしか行動できない。衛王とすら言える立場にあるが、それは楓と離れた上での話。衛軍を楓の理由だけ

で動かす事はできない。もしやれば非難を免(まぬが)れ得ないだろう。

 となれば窪丸(ワガン)と集縁の兵を使うしかないが、これ以上中央の兵力を減らせば手薄になる。秦

に対抗できる兵力を残しておかなければ、双が動けない今、楚と組もうと考えるかもしれない。中諸国へ

の圧力も薄れてしまうだろう。

 動かせるとすれば窪丸の兵力だけか。

 だがそれだけでは楚に決定的な損害を与える事ができない。双軍と協力できれば良いのだが、双軍と連

携がとれるか疑問であるし、天軍以外に構っている余裕は無いだろう。頼りとするには危うい。

 他に戦力となるものが必要である。

 趙深は斉にそれを見た。

 知っての通り、楚と斉の仲にはある種の緊張が走っている。項家との仲が修復された事で溝も埋まった

とされているが、治まっていない事は子供でも知っている。その緊張を利用すれば、楚を警戒させる事く

らいはできるかもしれない。

 実際、趙深は楚と平行して斉にも使者を発したが。その答えはあたたかいものであるらしい。宰相の姜

白、亡命した田亮はこの機会に斉の権威を高め、独立したいという考えであるようだ。

 これは反逆に等しい考えであったが、今までの経緯を考えれば、嘘とも言えない。ただしこのような重

大なる考えを容易く楓にもらすとは考え難く、罠ではないか、という疑念は浮かぶ。

 斉の立場を強めたいのは確かかもしれないが、その為に楚と敵対しようとまで考えるだろうか。

 しかし相手がそう言っている以上、無下に扱うのは得策ではない。

 取り合えず形だけ信じ、斉王と密約を結ぶ事にした。これが何を生むかは解らないが、少なくともそれ

を思考の足掛かりとする事はできる。

 趙深は間者の中でも特に優れた一人である、合(ゴウ)を呼び。新たな諜報部隊を組織させて楚斉に向

かわせた。

 双内の事は紀陸が知らせてくれるだろうし、そちらは楓にとって切実な問題ではない。

 むしろ中諸国の方に気を配る必要があるだろう。楓勢の目が北方へ向けば、その隙に乗じて跋扈(ばっ

こ)する可能性は否定できないし、楚も何かしらの手を打っている筈。双と敵対すれば自ずと楓とも敵対

する事は解りきっているのだから、そのくらいの事は考えてくる。

 楚は姜尚死後、確かに方針を間違えたかもしれない。だが蓄えてきた国力と兵力は本物だ。油断してい

れば足元をすくわれる。

 趙深は側に居てずっと楚と斉を見てきた。その事を誰よりも知っている。

 楓勢も一枚岩とは言えない。充分に注意する必要があった。



 斉の真意がどこにあるのか。それが何よりも優先されるべき問題点である。調べた限りでは嘘ではない

らしく。斉民の中の楚への不満は先の一件から根強く残っており、特に先王への非難は今も深い。

 楚が天軍と結託したのも先王の意思だと考えられ(おそらくはそうだろうが)、それに対しての不満も

生まれている。

 確かに天軍と結んだ理由は強引極まりない。天軍が双に勝てば、何らかの理由を付けて新政府を下に置

き、属国化する事は間違いないし。結局は楚が天軍を支配する。

 それは姜尚のやり方とは対極にあり(その真意は別として)、その事もまた斉の民の不満を買うに充分

な理由である。斉は楚程焦っていないという点も重要だ。

 田亮と楚の先王との個人的な対立という側面も軽視できないだろうし。譲位の件自体がこの為の布石で

あったとも考えられる。誰が布いた石かは解らないが。それが秦であれ、斉であれ、楚を孤立させる為の

策であったなら、成就しつつある。

 この機会に先王を悪玉として体よく排除する策と見るのが妥当か。

 だがその為に楚兵の血が流れる事を回避できないとすれば、果たしてそこまでするのだろうか。秦なら

ばありえるが、斉がそこまですると考える事は行き過ぎな気がする。

 それとも血を流さずに目的を遂げる為の策が、別に用意されているのか。

 解らない。推測はできるが、どう動くか解らない。斉一国を調べただけでは、どうにもならなそうだ。

 趙深は信頼する腕利きの間者である審(シン)を更に投入し、調査範囲を広げ、報告を待った。



 その間も双軍と天軍の間には激戦が続いている。交渉だけで済まない場合は、力で圧する以外にない。

 紀陸は前線を任され、少ない兵力ながら善戦している。

 とはいえ、兵力不足は否めず。双将兵が当てにならない事から優勢であるとは言い難い。双将の勝手な

行動で少なくない損害を受ける事もあり、苦悩しているようだ。

 紀陸が有能だとしても、王であると言っても、所詮は属国の王である。双将兵からすら下に見られる立

場だ。双国は階級意識が強く、よほどの理由が無ければ心服しない。全ては双の名で解決すると本気で考

えている者も居るし、特に重臣達にその傾向が強い。

 双重臣は朝廷内しか見ていない。他者の苦悩など考えもせず、大陸人ならばこの大陸で最も尊貴な血で

ある双王家に従って当然と考えている。その不遜(ふそん)さは止まる事を知らず、現実など欠片も見ていない。彼

らは自分の見る夢の中に生きている。そしてそれが現実だと疑いもしない。

 双将も似たようなものだ。まだ兵士は現実を知っているが、双将は前線に出ず、遥か後ろにて机上の空

論に浸ってばかりいる。双兵が窮地になると途端に崩れる性質を強く持つ事も相まって、無様な戦になる

事が絶えない。

 このままでは近い内にどうにもならなくなるだろう。双がどうなろうと知った事ではないが、紀軍が半

壊するような状況になれば、楔としての役割に支障が出る。傍観(ぼうかん)している余裕は無さそうだ。

 趙深は斉に働きかけ、連名で楚王へ弾劾文を送った。天軍などと言っているが実際は無頼漢に過ぎず、

無意味に戦禍を拡大させ、民を苦しめるだけの存在であると。

 そんな事をしても無意味な事は解っている。楚の実権を握っているのは先王、楚燕(ソエン)。現王、

楚斉(ソセイ)に何を言ったとしても効果は薄い。孝に厚いという評判も、裏を返せば父には逆らえぬと

いう事である。一言述べる可能性はあるが、父親のように自ら前に出るような事はとてもできないだろう。

この親子は炎と水程に違っている。

 楚燕も人の言う事を聞かない男ではないのだが、今のように意固地になっていてはどうにもなるまい。

師父と仰ぐ姜尚しか、今の楚燕に通ずる言葉を生む事はできないのではないか。

 我の強い楚燕を抑える事ができる存在は、もうこの世にはいない。

 その上、民も彼に味方している。民もまた楚が閉塞感に包まれている事を知っている。だからこそ噂に

踊らされ、楚燕への不満が高まった。しかし今再び彼に対する期待が生まれている。

 何しろ楚斉には楚燕のような激しさがない。それは平和な時代には良いのかもしれないが、戦乱の世に

ははっきりと頼りなく映る。それを目の当たりにした事で、楚民の中に楚燕を見直す向きが生まれている

のである。

 閉塞感を打破する為に派手な行動を起こして欲しい、という思いが楚燕を後押しし、この暴挙とも言え

る行動に出させた原動力になったとも考えられる。熱狂に酔う人には、時に全ての理性が無意味となるも

のだ。

 楚政府内にも楚燕に反対する勢力はあるようだが、少数でしかなく。その中には楚燕に直々に何か言え

るような立場や力を持つ者は一人も居ない。もし可能性があるとすれば項成(コウジョウ)で、弾劾文も

彼を通して王に届けられたのだが、その程度がせいぜいというのが実情か。

 楚燕には先の事で項家に遠慮する心がある。しかしそれは絶対的なものではなく、単に無視しないとい

うに過ぎない。特別に遇する事も、特権を与える事もしていない。むしろ目の上のたんこぶのように考え

ている節がある。

 項成は父や兄と違い、どちらかと言えば大人しい性質で、それ故に楚斉と気が合うのだが。同じ理由か

ら強く自分を主張する事は苦手であり、とても炎そのものと化している今の楚燕を止める役割を果たせそ

うになかった。

 もしかしたら、それを見越して田亮はこの弟を送ったのだろうか。

 解らないが、田亮には本気で楚を止める意志はなく。この状況を利用して現王楚斉を、つまり項成の権

威を強める方向に持っていこうとしているように見える。

 田亮は兵を挙げるつもりだろうか。それとも楓と双を利用し、自らの望みを達するつもりなのか。

 そうなると姜白の真意が気にかかる。田亮が何を考えているとしても、斉を置いて進められない。個人

的な友情を考えても、何の繋がりもない訳がないだろう。二者が結託し、楚燕を追い落として楚斉を傀儡

(かいらい)とするつもりなのだろうか。

 果たして楚の動きにはどんな意味があるのか。もっと別に大きな目的があるのではないか。これ自体が

罠なのではないか。

 趙深は不安を捨て去る事ができなかった。



 他国の意を無視するように、楚はいよいよ戦意を激しくす。最早楚王など飾りであり、楚燕自ら政務を

執り、資金を軍備へと集中、自ら大将として軍を率いる為に西に向かった。後事は項成に任されているも

のの、名前だけのものだ。

 ここから項成が楚燕派ではなく、楚王派である事が解る。田亮の野心が本物であるなら、その為に送ら

れたと考えられるが。楚燕を油断させる為に何も知らせずに送り込んだという事も考えられる。項成と楚

燕が合わない事は初めから解っていたのだろう。項成に楚燕を止める力など無い事も。 

 楚燕は楓だけでなく斉も警戒したのか、東にも兵が配置され、守備を固めている。楚の兵力と食料物資

にはまだ余裕がある。斉を封鎖し、勢力を弱めようという向きもあった。

 斉は斉で独自の道を歩み始めていたので、それで軍事力と国力が一気に減じる事はなかったが、影響は

深い。斉単独で他国と交渉するような権利を与えられていないから、輸入にしろ輸出にしろどうしても楚

の意向が響いてくる。

 やはり事は初めから双と楚だけで済む問題ではなく、誰の予想よりも大きく拡大していくと趙深には思

えた。

 楓流も同意する。そして兵力を梁方面へ集めさせた。何か事を起こすとすれば、中諸国だろうと考えた

からだ。

 そう思わせる事で楓流達の目を逸らす意図があるのかもしれなかったが、例えそうだったとしても、楓

勢が警戒を怠るようなら、狄や子遂(シスイ)といった連中は動くだろう。罠と知っていて乗らなければ

ならない。それが戦の常套(じょうとう)手段というものだ。

 楓流と趙深が中央から離れた今、当然採るべき手であろう。

 楓流は秦へ共に兵を動かすよう打診した。乗ってくるかは解らないが、秦が双と楚のどちらに味方する

にせよ、はっきりさせておく方がいい。返答次第ではきっぱりと秦と手を切る覚悟でいた。

 妻には申し訳ないが、その程度の事は覚悟して嫁いでいる筈。遠慮するつもりはなかった。いずれ敵対

する事は随分前から解っていたのだ。それが今来たとして、何の不思議があろう。



 秦の返答は意外にも、楓と意を共にするというものだった。

 つまり、双に協力して楚を討つ。これによって楓本国の戦力もある程度動かす事ができるし、中諸国へ

の圧力も強まる。秦がどこまで本気かは解らないが、秦東部には甘繁(カンハン)が居る。秦を裏切って

まで何かをしてくれる事はないだろうが、時間稼ぎくらいはしてくれるだろう。

 そしてその事は秦政府も知っている。少なくともこれが手薄になった楓本国を狙う策ではない事は確か

だ。そうするつもりならもっと別の手を打ってくるだろう。

 楓流は凱聯と胡虎(ウコ)二人に軍を率いて窪丸へ向かうよう指示した。太守である凱聯と副官である

胡虎、この二人を集縁から離すという事は、秦への信頼を示す何よりの意思表示になる。

 大胆な行動だが、こうされれば秦も考慮(こうりょ)せざるを得ない。越に働きかけて軍勢を通す許可

をもらい、水路を用いて援軍を向かわせた。

 その数は三千。多くはないが、すでに前線に配置してある兵を伴うと考えれば、最終的には四、五千に

もなるだろう。それは今の秦にとって決して少なくない数。意気込みを示すには充分だ。

 その上、秦王自ら軍を率いているそうだ。これ以上秦の立場を明らかにする方法はない。秦も思い切っ

た方法を採ったものだ。

 楓流と趙深もその事には素直に驚いている。

 まさか王直々に出てくるとは考えてもいなかった。

 秦王の実力は未知数であるが、この状況で敢えて出てくるという点から見ても、並々ならぬ気魂である。

よほど自信があるか、勝算があるのだろう。

 楓流は凱聯と胡虎を使う事でその意を示そうとしたが、秦王の引き立て役にされた格好である。だがそ

れはそれでいい。今は譲ろう。

 こうして双楓秦対楚天軍という一応の図式が出来上がった。

 衛と斉は中立の立場をとっているが、実際は双派に傾いている。簡単に軍を発する事はできないにして

も、斉の軍事力を楚から引き離しただけでも充分だ。斉も衛に睨まれている格好であるし、裏切ればどう

なるか解っている。その上で決断したのだから、信用できるだろう。

 後は中諸国だが、それに対しても相応の準備をしている。よほどの事がない限り、崩れる事はない。狄

と子遂に不安要素があるといっても、それ以上の軍勢が囲っている。動けばすぐさま袋叩きに遭う事は明

白。計算高い彼らが動く理由はなかった。

 そうであるから信用できないのだが、今はその要素が信用できる理由となる。不思議な話だが、そうい

う事はよくあるものだ。

 そして趙深が最後の意を質すべく、楚へと最後の使者を発す。

 最後まで礼を尽くしておけば、戦後の民情を和らげる種になる。上手く芽吹くか解らないが、やってお

いて損はあるまい。

 手間を惜しんで後悔する事程、虚しい事は無い。




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