19-1.再編


 楓は胡虎(ウコ)を筆頭に多くのモノを失った。得たモノも多いが、それだけの犠牲があった。元天軍

の将兵を受け容れた事もあるし、色々と改めなければならない。

 まず集縁には凱聯(ガイレン)をそのまま太守として置く。副官には魏繞(ギジョウ)とその部下を付

けた。これは魏繞が胡虎の志を継く事を望んでいる、という点を考慮しただけではなく。次に来るだろう

秦との決戦に向け、中央の兵力を増やしておきたい、という理由がある。

 窪丸の太守には奉采(ホウサイ)を任じ、副官は明慎(ミョウシン)に頼む事にした。彼には内部監査

の役目があり、色々とやり難い部分もあるだろうが、他に適任と思える人物が居ない為、受け持ってもら

わざるを得ない。

 その代わりと言っては何だが、彼に預ける人員の数を増やし、相応に権力も持たせた。少しは仕事が楽

になる筈だ。

 窪丸の兵力は魏繞が集縁に持って行く事になるので、代わりに元天軍の将兵を容れる事にする。彼らと

してもなるべく故郷に近い方が良いだろうし、楚としても目が届きやすく安心するだろう。

 元天軍を統べるのは胡曰(ウエツ)だ。彼女の働きを直に見てきた彼らなら、受け入れ易いだろうし。

馴染みがある分、統率が楽になる。近衛長としての仕事が忙しく、普段は近衛か信頼できる将に任してい

るが、何かあればすぐに陣頭に立つ。

 余談になるが、彼女は緋色の紐を常に腕に巻き付けていた事から(後に知られるようになるが、これが

近衛の証である)、後に緋将軍と呼ばれる。しかしその時期を正確に割り出すのは困難であり、ややこし

くなるので、この時点から緋将軍であったとする。ご了承願いたい。

 衛は当然のように趙深に任せ、その一切を管理させ。双、楚に強く働きかけて、衛の宰相(さいしょう)

の地位を認めさせている。

 宰相とは天子を補佐し、政務を統括、処理する最高の官の事だ。双楚から反対する声が今にも聞こえて

きそうだが、いつまでも北方同盟によって委任された者、という訳の解らない立場でいさせる訳にはいか

ない。趙深には衛という国をしっかりと押さえていてもらわなければならず、その為にはもっとはっきり

と、そして権威ある地位を得させる事が必要だった。

 天軍討伐と楚燕討伐という恩がある為、双楚も強く否定できなかったのだろう。多少物言いが出たもの

の、最後には認めている。或いはこれで借りを返せるなら安い物だと考えていたのかもしれない。

 何しろ前述した宰相の定義は前政権のもので、今でも確かに最高の官として認められてはいるものの、

王が乱立した頃に当然その国の数だけ宰相が生まれたので、大分価値を失っている。

 だがそれでも構わなかった。大同盟という呪縛を破る為、王の居ない最高の官、という立場を得る事が

まずは重要であった。

 これによって趙深は衛の宰相と呼ばれるようになる。立場が明確になった事で、衛の民からの信頼も増

しているらしい。当然趙深の権威も増すが、構わなかった。楓流と趙深の間には信頼以上の絆がある。

 ただし、楓勢力の中には危機感を強める者達が居る。

 その代表が凱聯一派だ。

 凱聯は官の首位という点にこだわり、趙深はそれを脅かす敵であると見ている。だから事ある毎に反発

し、争おうとしてきた。厄介ではあるが、公然とそういう立場でいてくれる事は、実は悪くない。

 楓流もなだめはしたが、半分放っている。凱聯が反趙深の旗頭である方が、その動きを見張りやすい。

上手く利用すれば、掌の上で泳がせる事も可能で、対処が楽になる。

 趙深なら問題なく操れるだろう。それに最悪何がどうなったとしても、凱聯が唯一従う楓流が生きてい

る限り、どうにでもなる。そう、彼が生きている限りは。

 楓流自身は依然南方におり、黒将軍、壬牙(ジンガ)を筆頭に、表道(ヒョウドウ)、邑炬(オウコ)

を副官に付け軍を統制させている。中央と違い、大きな動きがないので変える必要がない。兵数は少しず

つ増えているが、再編を考える程ではないのだ。

 南方は未だ鎮まっているとは言い難いので、あまり大きな動きを示したくない、という理由もある。

 玄張(ゲンチョウ)と協力して何とかやっているが、秦との仲が思わしくなくなったせいで、不穏な空

気がここまで及びつつある。それを刺激するような事は避けておきたい。

 幸い、不安の種である中諸国は蜀(ショク)、梁(リョウ)、布、伊推(イスイ)がしっかりと押さえ

ている。ただし、これらの国々にも絶対的な忠誠を望められるかと言えば疑問か。どの国も都合よく楓に

使われてきた。それを多くは諦めているのかもしれないが、反意を抱いている者は当然居るはずだ。

 そういう者達が力を増せば、中諸国は乱れる。信頼できるだろう伊推、影響力の強い布だけが頼みか。

蜀も居るが、この国もどこか信用できない所がある。油断できない。

 楚は楚王の元に戻り、項成(コウジョウ)を筆頭に国内安定に勤しんでいる。斉が協力を申し出、ここ

からも楚と斉の立場が逆転しているのは明白だ。今では楚が膝を屈して頼み込む側である。

 それに対し民が反意を抱くかと思えば、民も民で楚燕の一件以来どこか自信を喪失した状態にあり、何

を言う元気も無いようだ。

 軍部にも大きな問題を抱えている。

 確かに多くは楚燕に騙(だま)されて連れ行かれ、仕方なく従っていた。意気地がないと言えばそうか

もしれないが。あそこで楚燕に従わなければ、天軍の協力を得ていなければ、生きていく事はできなかっ

たはずだ。

 一介の兵にそれを望むのは酷であるし、将にも楚燕に対抗できるような気概ある人物が居なかった。

 楚燕がそういう風に仕向けたともいえるだろう。

 だからその呪縛から放たれると喜んで戻ってきた訳で、約束通り楚王から罪を問われるような事もなか

ったのだが。やはり残っていた将兵、そして民との間にしっくりいかないものが残る。楚燕は謀反人、

その部下も謀反人。王が許したとて、それで終わる話ではない。

 楚燕が悪かった。皆騙されていたのだ。で済めば良かったのだが、そうはならなかった。何故なら、騙

されていない人間が居たからだ。それも数多く。

 王も結局は楓に動かされて許しを与えたのであり、それに対しての批判も強い。いっそ斉に委ねた方が

良いのではないか。楓に属した方が良いのではないか。という声もあるようだ。

 楚燕を追い落とした以上、彼と繋がっていただろう秦とも敵対する事になる。その事に対する不安も、

王、項成批判に拍車をかけた。

 楚燕に代われるような将も居ないし、今後の見通しが立っていない。

 楚王が強い姿勢で意思表示し、行動に出れば良かったのだが。この王は楚燕が考えていたように、他者

を引っ張れるような人物ではなかった。項成もそう。彼も兄に命ぜられるままきたに過ぎず。能吏ではあ

っても、それ以上ではなかった。

 表面上は滞(とどこお)りなく運営されているように見えても、内部には不安と不満が満ちている。

 斉に付くにせよ、楓に付くにせよ、双に付くにせよ、早く決断しなければならないだろう。自兵力だけ

では秦に対抗できない今、頼りになる味方を得なければ国を安定させる事はできない。



 楚が味方に選んだのは楓である。

 これは誰にとっても意外な選択だった。

 今の楚は斉の影響力が強い。斉には項成の兄、田亮(デンリョウ)がいるし、姜尚の息子、姜白(キョ

ウハク)が居る。楚王も項成もこの二人の傀儡(かいらい)に過ぎない。

 その楚が、何故斉ではなく楓を頼ったのか。それは楚王、項成になってみなければ解らない事だが。推

測するなら、この二人は今の状態に嫌気がさしたのではないか。

 王になった当初から楚燕に権力を握られ。楚燕が滅びたと思えば、今度は属国であったはずの斉に使わ

れている。

 ここで斉に頼れば、そのまま取り込まれ、用済みになった楚王と項成はお払い箱となろう。

 元々楚王は存在感を強めている姜白を恐れており、項成は野心を隠そうともしない兄を恐れ、嫌ってい

た。この二人には似たような気持ち、劣等感を持っていたのだが、それが同じ立場になった事で運命共同

体として強く結び付き、密かに機を窺うようになっていたのかもしれない。

 初めは夢物語に過ぎなかったのだろうが、夢想であろうと、いやだからこそ具体的な形を与えられれば

まるで現実になったかのように錯覚するもの。

 斉に逆らう事は二人にとって何よりも大きな事。その時の気分だけで決められるものではない。長く長

く内にあったものが、今形を得て目覚めた。そうとでも考えなければ理解できない所がある。

 この答えを聞き、斉は激昂(げっこう)した(無論、内情を良く知る一部の者達だけだが)。しかし楚

王が決めた事に斉がどうこう言える権利は無い(表面上は)。腹を立てつつ、受け容れざるを得なかった。

 斉政府からすればこれは謀反であり、すべての計画を根底から覆される事になるのだが。楓と結んだと

いう事は、当然衛とも結んだという事。斉はこれで楚、衛に前後を塞がれる形となる。ここで我を通せば、

窮地(きゅうち)に陥(おちい)るのは斉の方であろう。

 衛軍の軍事力は脅威でしかない。黙っているより他になかった。

 とはいえ、このままで済むとは思えない。必ずや何かしらの手を打ってくるだろう。このままでは斉も

また楓衛に取り込まれるしかないが故に。



 楓は楚の申し出を受け容れた。これは庇護を乞うてきたという事であり、属国となる意味と受け取って

差し支えない。これ以後、楓は楚の実権を握る。

 楚民だどう思うか心配だったが、多くは英断と受け容れているようだ。

 楚は長らく主として斉に接してきた。同族意識もあるが、優越意識の方が強い。自分達が上であり、斉

は楚に護られる従属国だという意識がある。

 いかに困っているとはいえ、今まで下と考えていた者を頼りたくはない。そういう気持ちがそれを認め

させなかった。

 そうなればもう楓に付くしかない。双という手もあるが、双の下に付けばどうなるか。

 天軍の乱において紀(キ)国の働きは見事で、彼の国がいなければ楓衛が参戦してもああも上手くはい

かなかった筈だ。それなのに紀に対する報償は少なく、敬意さえ見当たらない。

 双民の多くは他に奉仕されるのが当然と考えており、その事に感謝などしない。この意識はずっと変わ

っておらず、ただ趙深に対しての敬意が僅(わず)かに残っているのみである。楓流も双王に近しいとい

う点で評価されているが、一般に客人程度にしか考えられていない。

 双の選民意識は衰えを見せず、天軍も結局それを増大させるだけに終わった。

 そんな国に頭を低くして援助を乞うても、どんな無理難題を押し付けられるか解ったものではない。屈

辱も毎日のように受けるだろう。

 だから楚民は楚王が楓を選んだ事を喜んだのだ。楓なら信頼できる。民を蔑(ないがし)ろにせず、楚

の名誉も守ってくれるだろう。

 楚燕を討った国という事もあり、楚民の気分は親楓的になっていた。楓はそこに上手く乗っかったと言

える。楚燕を最後まで丁重に扱った事も良い方に働いた。

 楓流が胡虎を大事にしていたのは周知の事実。その胡虎を討った楚燕にさえ、恨みではなく、義(楚民

の印象として)を持って当たった。そんな人物なら、自分達を大事に扱ってくれるだろう。

 楓流、趙深、そして胡曰らが慎重に事を進めた結果がここにある。もし恨みに任せて行動していたら、

こうはいかなかっただろう。全ては最初から終わりまで繋がっているのであり、自分を利するも害する

も日々の行動の結果でしかない。

 楓流は改めてそれを感じ、これ以後も激情に流されぬ事を胡虎に誓った。

 これは絶対なる盟約である。



 楚の裏切り(斉から見れば)を姜白、田亮は苦々しく受け止めた。

 極端に言うなら、斉は今追い詰められた状態にある。前後を衛楚に塞がれ、行動を封じられた。いずれ

楓に屈するしかなくなるだろう。そんな事を納得できる訳が無い。

 特に田亮は納得できない。彼はこの策に己の全てを賭けていた。それを自分に従うだけだった弟と、そ

の弟の言うがままであった楚王にぶち壊されたのである。その憎しみと苛立ちは筆舌に尽くし難い。

 姜白にも父存命時とは違う野心がある。父のようになろうとは、なれるとは思っていないが。その名に

恥じないものを残しておきたいとは考えている。だからこそそれまでの己を捨て、懸命に父の後姿を追い、

斉を独立させ、楚を飲み込んでしまおうと画策した。

 その夢が崩されたのだ。苛立たない理由はない。

 しかし姜白はまだ冷静であった。それはおそらく、そうする事が彼の望みを叶える為の絶対条件ではな

かったからだろう。彼は名さえ残せればよく。それが今である必要も、楚の乗っ取りという形である必要

も無い。たまたま田亮という男が居て、楚燕という利用価値のある男がいた、それだけである。

 失敗を否定しても何ももたらさない事は理解しているし。父ならば決してそのような愚を冒すまい。そ

の心が彼を冷静にさせる。

 姜白にあるのは野心というよりも、父への敬慕、或いは劣等感に過ぎない。

 だから一つの策に執着する友を案じ、次の手を考えるよう説得したのだが、田亮は承知しない。彼はよ

り周到、いや粘着質であった。

 今降りれば全ての事をばらして俺は死ぬ、と田亮に言われれば、姜白も引き摺られざるを得ない。

 策謀がばれれば名声を失う。田亮と姜白が親密な仲である事は周知の事実。田亮が理路整然と並べ立て

れば、信じる者は多いだろう。今が好機とその動きに便乗する者達も少なくあるまい。

 田亮は、悪い言い方をすれば、人を騙(だま)すという点において並々ならぬ才がある。

 特に人を誘導するという点において、特筆に値する能力を持っていた。野に下って尚勢力を強め、斉に

強い影響力を持っていられるのはその為だ。

 人の陰で歴史を動かす型の男とでも言うべきか。楓流や趙深らが常に人の前に出て歴史を引っ張ってい

たのとは対極に位置する。

 田亮は今も斉民だけではなく楚民の人気も高い。民に人気があるという事は、それによって田亮自身が

楚を去る事になったように(この場合は田亮自身がそうさせたのだが)、権力者にとって脅威である。国

は民の力無くしては成り立たない。その力を奪われれば、王も無力となる。

 民意こそ力。

 民の心を田亮から遠ざけておかなければ、どう利用されるか解らない。

 斉を衛楚で封じたが、それも逆に言えば楚と衛を分断する位置にあるという事になる。姜白、田亮はそ

の意味を充分に解っていよう。

 楚にも不安がある。

 楚王が楓の庇護を求めたとはいえ、いやだからこそ依然実権は王にある事になる。楓が楚王の統治を認

めたという事になるからだ。

 しかし元々は楚王が頼りないから民意が離れ、それを繋ぎ止める為に楓を頼った。そして楓がそれに応

じた訳だが。結局これでは楚王が中心に立つ事に変わりなく、何も変わっていないのではないか、という

不安が成り立つ。

 とすればその不安を利用しようという者が居ても不思議は無い。特に反楚王派に属していたとされる者

達にとって、活路はそこにしかなくなる。

 まず楚と斉の民の心を安定させる必要があるだろう。

 その為に楓が持ち出したのが項関(コウセキ)と李晃(リコウ)だ。

 この二人は西城に囚われていたが、楚燕が西城を放棄し、楓衛が押さえた事で無事助け出せた。幸いに

も手厚く扱われ、健康を害した様子も無い。

 この二人は楚燕の説得を自ら買って出た事もあり、助けられた恩義以上にそれをなし得なかった罪悪感

が強い。故に囚われても将兵の説得を続けたりと最後まで諦めず行動していた。西城を安定させる事がで

きたのも、この二人の力があったからと言える。

 二人は楓に助けられた恩義を感じている。望めば進んで頼みを聞いてくれるだろう。そして都合の良い

事に、この二人は斉の民からも好意を持たれている。

 それは孫を撃退する時に功多かったからで、特に李晃はその人柄から人気が高い。

 この二人ならば楚と斉を安定させる役に相応しい。

 楓流は二人を一時的に官に復帰させ、楚王の補佐を任せた。

 項関、李晃によって楚内の不安は大分解消されたように見える。その全てが晴れた訳ではないが、少な

くとも暗躍するに難しい状況にはなっている。斉もそうだ。元々斉の民には楚をどうにかしようという意

識が薄い。独立できるのならそれに越した事はないが、それ以上を望んでいるのは田亮のみと言っても過

言ではない。

 姜白もどちらかといえば民と気分を同じくしており、機が去った今、敢えてそれをしようとは考えてい

ない。姜白の目はすでに他を向いている。

 田亮は納得いかないようであるが、彼も父である項関には遠慮せざるを得ない。姓を捨てても未だ深く

繋がっている。項家内での項関の重みは田亮の敵う所ではない。

 それに肉親に対して冷たいという印象を与えてしまえば、田亮の人気は地に堕ちる。今は大人しくして

いるしかなかった。

 項関は己の役割をよく理解しており、そのように振舞っている。彼が居る限り、田亮の動きは封じられ

たも同然であった。

 項関もまた田亮の野望に同意していた、という説があるが。例えそうであったとしても、楓から大恩を

受けた以上、彼が進むべき道は一つしかないのである。それはあまり重要ではないのかもしれない。



 楚、斉が安定したとなれば、後は秦である。双にも不安は残るが、やれる事は無い。紀陸(キロク)の

働きを称し、陰ながら援助するくらいがせいぜいか。双は必要以上に干渉される事を嫌う。つまり用が済

めばさっさと去れ、という考え方だ。腹立たしいが、余計な事はしない方がいい。

 ただし、今後の事を考えれば、天軍に制圧されていた、或いは協力していた街に対し、双が反発しない

程度に援助しておく方が良いだろう。天軍の乱が片付いた今も、彼らの中には双に対する不満が強い。

恩を売っておけば後々響いてくる可能性がある。

 これは希望的なものであるが、だからこそ手を打っておくべきである。

 秦の方には隙が無い。楓と全面対決する道を避けたが、軍備増強に努め、いつでも戦える姿勢を崩して

いない。むしろより強まっているとさえ感じられる。

 楚燕、天軍を利用したがしくじり、かえって楓を強くさせてしまった。これ以上力を強くさせれば、楚、

斉だけでなく、秦まで楓に呑み込まれてしまう。

 それを避ける機は、今をおいて他にない。

 それとも今は大人しく力を蓄(たくわ)えるべきなのだろうか。

 確かにそれも悪くない手だ。大きくなればなるほど綻(ほころ)びが生まれやすくなる。楓もまた一枚

岩ではなく、付け込む隙はあるだろう。

 秦王は後者を採り、田亮ら目を付けた者達に密使を送って決意を促し始めた。楓が勢力を増し続けてい

る事に対して不安を抱くのは秦や斉だけではない。その心を動かす事ができれば勝機を掴めるだろう。

 このように楓と秦の対決姿勢は強まっている。このまま行けば一触即発の事態になるだろう。

 そこでもし秦が楓に屈するような事になれば、楓が大陸の覇権を握る事は間違いない。夢物語ではなく、

大陸統一という偉業を達成するに足る状況が現実に生まれつつあった。

 楓と秦、これが覇権争奪の為の事実上最後の戦となるだろう。両国の規模と決意を考えれば、一月や二

月で片が付くようなものにはなるまい。再び大陸全土を巻き込み、長く長く争う事になる可能性が高い。

 天軍の乱もその前哨戦に過ぎなかった。

 或いは、ここからが本当の始まりなのかもしれない。




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