19-7.示されたもの


 甘繁には選択肢がある。

 素直に王宮へ出向き、不当なものになるだろう処分を受ける。或いは独立し、他の勢力に付く(この場合

は秦を敵に回す事になるから、単独で立つのは論外である)。

 後者の案は一見突拍子も無いように思えるが、秦東部を長年治め、順調に発展させてきた功績は民の間に

も深く浸透している。甘繁がこういう気性であるから秦本国と対立する姿勢を示す事も度々あったが、彼の

部下や民はずっと志を同じくしてきた。

 だからもし今立ったとしても、多くは甘繁に付いてくるだろう。

 しかし甘繁は前者を採った。そうする事が彼の心に適う事であるし、民や部下が慕ってくれるのも彼がそ

ういう人間だからだ。

 似合わぬ野望を抱こうものなら即座に幻滅し、信を失い、独立派、反対派に別れ、下手すればこの地方を

大混乱に陥(おとしい)れる事になる。初めから選択肢は一つしかなかった。

 それに素直に出頭する事にも効果がある。

 秦政府もこう出られれば考慮せざるを得ない。余りにも不当な処分を下そうものなら、甘繁を慕う者達が

どう出るか解らない。

 そこで名目と地位はそのままにし、代わりにお目付け役を付け、その者が実権を握る事になった。

 お目付け役に選ばれたのは曹閲。彼も先の失態を返上したいのか、いつになく強引にそれを望み、秦王が

その意を汲んで命じた格好である。

 これには、焦りに身を焦がす曹閲を行かせればいずれ甘繁との間に問題を起こし共倒れになるだろう、と

いう事を期待もあったのだろう。

 甘繁は大人しく命を受け容れた。

 こうして秦東部に改めて曹閲が赴任する事になった訳だが、民が受け容れる筈がない。敵視され、すぐに

孤立した。

 甘繁には実績がある。曹閲にはそれがない。これは初めから解りきっていた結果だった。

 民や将兵の中には秦に対する不満が芽生えている。

 その思いは楓にも飛び火した。失望したと言い換えてもいい。このような事で甘繁を窮地に陥れるとはあ

まりにも思慮が足らない。それともこれは秦政府と甘繁との間を裂く謀略(ぼうりゃく)か。だとすればそ

れこそ見損なった。甘繁はあれだけ友情を示していたというのに、その対価がこれか。

 楓流はこれに対して弁解の言葉を持たない。凱聯の独断だと言った所で、とかげの尻尾切りかと尚の事失

望されるだけだろう。

 このように誰が意図するでもなく、甘繁派の間に独立の気運が高まり始めた。甘繁を擁立(ようりつ)し、

割拠(かっきょ)する野望を抱く者も現れているらしい。

 他国へ独断で接触する者達まで居るとか。その意は越、天領、楚、斉、そして中諸国にまで及ぶ。最早冗

談で済まされる段階ではなくなっている。

 凱聯の失態はそれ程に大きなものだった。

 趙深は黙っておれず、即座に凱聯へしかるべき処分を申し渡すよう願った。その語調は強く、明らかにそ

れを覚悟するよう暗示している。しかし楓流はその事にやはり消極的で、即断を避けた。

 だがいつまでも引き伸ばしている訳にはいかない。甘繁派を抑える為にも、ここは納得できるだけの処分

を下しておかなければ。

 考えた末、凱聯を集縁太守から解任し、謹慎処分を与える事にした。期限は明記していない。凱聯は懸命

に弁解したが、その言葉は身勝手なもので、彼以外の何者も承服できないものであった。

 楓流もこれには腹に据えかねたのか、将軍としての地位を剥奪し、一部隊長に落としている。

 後任は魏繞に命じ、近衛から副官を数人付けた。楓流にしては珍しく厳しい処置をとったのには、胡虎を

失った恨みのようなものもあったのかもしれない。

 凱聯派とでも呼ぶべき者達は余りにも厳しい処置だと言い、不満を隠さなかったが。楓流は考慮せず彼ら

も厳罰に処した。

 それは当初迷っていたとは思えない迅速さである。

 厳罰と言っても斬首するような事はしないが、公式に不満を述べた者には降格や謹慎などという凱聯と同

様の処分を与え、私的に行なった者に対しても厳重に注意している。

 凱聯への遠慮を捨てたかのようなその処置は凱聯派を大きく動揺させ、凱聯自身にも大きな衝撃を与えた。

そして楓流が本気で怒っている事を悟った凱聯は、凱聯派に行動を自粛するよう伝えた。

 凱聯が唯一恐れるのは楓流に捨てられる事。それに比べれば弟分達がどうなろうと、彼らからどう思われ

ようと大した事ではない。彼は自分自身だけがかわいいのであり、自らの窮地(きゅうち)と引き換えなら

何を捨てる事も厭(いと)わない。

 凱聯派はこの態度に不服だったが、彼らも凱聯と似た気質を持っている。兄貴分の凱聯の命は絶対である

し、その態度からこれがどれだけ重大な事であるかを悟った。

 彼らも何も楓を窮地に落したいのではない。楓が集縁のみであった頃から仕えている者達も多いし、意外

に思われるかもしれないが、郷土意識というのか、楓に対する愛情は誰よりも深い。

 ただ時を経るに従い、趙深、賦族、近衛というように楓流が頼りとする者が変化していく事で、一番初め

から苦労を共にし、死を賭して尽くしてきた自分達が忘れられていくかのようで怖かった、寂しかったので

ある。

 それは弟か妹が生まれ、親を彼らに奪われるのを恐れる子供に似ている。

 しかしその奥には楓への深い忠誠心があり、自分達の行いが過ぎていると解れば考え方を改める。

 凱聯派は大人しく罰に服した。それからは文句一つ言わず、行いを慎むようになったので、後にその罪は

軽減されている。

 凱聯派を厳罰に処した事で、甘繁派は楓に対する不満を軽くした。となれば次に彼らの怒りが向かう先は

自然曹閲となる。甘繁の弱みに付け込んでその地位を乗っ取った男(甘繁派からするとこうなる)など、好

きになれる筈がない。

 彼は良い意味でも悪い意味でも王の威を借りる事しかできぬ男だ。彼自身に権威は無く、独創的な発想が

できる訳でもない。不当な不満をぶつけられながら(実際それは不当だった)、対処する方法がない。

 ここで膝を折れば秦の権威を貶(おとし)めてしまうが、このまま放っておけば謀叛にまで発展する可能

性がある。

 曹閲は身に迫る危険をひしひしと感じていた。

 最早、格好を気にしている余裕は無いと判断し、秦王に助けを乞うた。

 王もここまで叛意が高まれば、危機感を覚える。しかし無闇に動けば逆効果になるかもしれない。

 秦王も王が万能では無い事を知っている。特に急激に成長した勢力が権威を維持するのにどれほどの労力

を必要とするのか、ようく知っている。そういう事は幼き頃より三功臣に徹底的に叩き込まれた。三功臣の

権威を失わせたのは王自身だが、その力を疑った事はない。

 王が三功臣を遠ざけながらも敬意を払っている事は周知の事実。そしてそれはこういう時に活かされる為

にある。

 秦王は三功臣に働きかけ、曹閲に対し甘繁へ協力を求めるよう諭す使者を送らせた。

 曹閲も三功臣に言われれば考慮せざるを得ない。その上これならば王が直接関係せずに済む。

 甘繁はこういう政治を煩(わずら)わしく思いながらも要請には応じた。彼にも愛国心はあるし、謀叛、

独立など望んだ事もない。だが今下手に動けばそのまま祭り上げられてしまう可能性もある。迂闊に動けな

かった所へ三功臣からの協力要請。これ幸いと外に出、甘繁派を説いて回った。

 そうなれば甘繁派も矛を収めるしかない。彼らにも甘繁同様愛国心のようなものはあるし、甘繁の意を得

られないのでは、自分達こそ罪人になってしまう。それは誰もが望まぬ事。

 中には逆に甘繁に今立つべきだと説いた者も居たらしいが、甘繁の権限によって蟄居謹慎(ちっきょきん

しん)を命じ、甘繁の意を示す為に使われた。

 甘繁がはっきりした態度を取れば、それ以上何も言えなくなる。民、将兵共に王に借りを一つ作るような

気持ちで叛意を抑え、曹閲の命にも従うようになった。

 そして再び秦東部は甘繁の下に意識を統一したのである。

 曹閲の借り物の権威は失われ、秦王の望みもまた失われる事になり、甘繁の権威はより磐石なものとなっ

て返り。誰が望む望まぬに関わらず、民の独立心を益々高める事になった。



 甘繁派の独立心が高まった事は楓にとっても悪くない事だ。

 結果として凱聯がやった事は楓を利したと言える。彼の一手は秦政府と甘繁の間にあった溝を広げ、人々

にそれをはっきりと知覚させた。

 とはいえそれで凱聯を許す事にはならない。

 だから減刑の対象とはならないが、凱聯派が大人しく罰に服している姿を聞けば、何らかの思いを抱かぬ

でもない。

 特に凱聯派には古くからの同士が多く、楓流にしても特別な思いがある。それは彼らが望んでいるような

強いものでも、甘ったれたようなものでもなかったが、慈悲心を抱かせるには充分だった。

 だが折角凱聯の力を奪い、その勢力を減じる事ができたのである。ここでその地位を回復させるようでは

意味が無い。

 考えた末、楓流は凱聯とその一党を凱聯軍として独立させる事にした。

 彼らはこれ以後遊撃軍として動き、常にいずれかの軍か街に従属する立場になる。長となる凱聯の地位も

部隊長に毛が生えたようなもので、例えるなら客将に近い。兵数も多くないし、体のいい厄介払いと見るべ

きだろう。

 しかし彼ら自身は子供のようにそれを喜び。楓流に短期間で許された事に深い満足を覚えた(謹慎はまだ

続くが)。楓唯一つの独立軍となる事にも(その意味も解らず)喜んでいる。

 魏繞軍に属する立場になる事にも大きな不満をもらしていないようだ。魏繞も彼らの気分を解っているか

らある程度尊重し、へそを曲げさせないよう気を配っている。

 確かに魏繞は胡虎と同じく自分のやるべき事、立場を誰よりも理解していた。

 理解し過ぎるくらいに。

 甘繁にも公式に謝罪の使者を送っている。ただし、全ては凱聯の独断であり、楓全体の意志では無い事を

強調している。甘繁の方も初めから理解していたからそれを認め、凱聯一党への処置を穏便にしてくれるよ

う返事した。

 だがそういう楓流の態度には不満があった。

 何故なら、公式に甘繁に向けて使者を出すという事は、甘繁の独立性を強める事になるからだ。

 この場合、使者を出すなら秦王に対してこそ行なうべきであり、そうしなかったのは楓流にこの状況を利

用しようという意思があったからである。

 楓、甘繁、秦を知っている者から見ればその意図は明らかで、秦への挑戦と受け取られても仕方が無い。

 当然秦はこれを不服とし、楓へ向けて詰問の使者を送っているが、楓流は軽くいなしている。秦側も東部

の民達がこの楓の態度を潔(いさぎよ)いと認めてしまったから、あまり強くは言えないのだ。

 こういう場合物を言うのは多数の気分であり、正当性や善悪には大した力が無い。多くの人間に認められ

た者が正義なのだ。

 乱暴な法であるが、それもまた法というものの一つの真理。だからこそ恐ろしく、人を縛り、規定するだ

けの力があるのだろう。

 秦は先に引き続き面目を失った格好である。そして秦の中には、甘繁は本当に独立しようとしているのか

もしれない、と考える者が増えた。

 以前から甘繁に対し危機感を覚える者は少なくなかったが、それに今回現実的な(彼らが欲しかった)理

由が与えられたのだ。これに乗じて甘繁を排斥しようという運動も起きているようだが、その動きがまだ表

面に出てきていないのは、有力者の多くがこれを楓の謀略だと悟っている証だろう。

 彼らも甘繁を敵に回す愚かさを充分に解っている。その立場が想定した以上に重くなっている事に苛立ち

ながら、否定する事ができない。

 秦王も一度使者を楓に送った後は言動を控えている。

 楓流もこれ以上は秦王、甘繁に悪感情を与えるだけだと思い、慎んでいる。



 凱聯軍は独立軍として改編されたが、基本的には何も変わっていない。規模が縮小し、兵力として小さい

ものになったくらいか。

 だがその中には古参兵が多く、同郷の者ばかりで集まり、士気、戦力ともに馬鹿にならない。

 武器も良い物を与えているし、統率は群を抜いている。大陸でも一、二を争う軍団かもしれない。彼らは

楓流の戦術を誰よりも理解している。

 少人数とはいえあまり繋がりを深くするのは危険か、とも初めは考えたようだが、結局何もしていない。

彼らの忠誠を信じていたのだろう。

 それを楓流の甘さと見る人もいる。

 凱聯軍は依然集縁に駐屯(ちゅうとん)している。秦との関係上、集縁一帯の引き締めが必要であり。ま

た近衛と魏繞に監視させていた方が安心だからだろう。

 甘繁や秦には、本来なら集縁から離すべきであるが、謹慎中である故動かす訳にはいかなかった、と説明

している。

 あまりにも見え透いた言い訳で、秦王がこれに対し何か動きを見せるだろうと思われたのだが、動きは無

かった。

 今余計な真似をすると東部の民を刺激してしまうからだろう。例えば兵を増員でもしようものなら、それ

は甘繁を疑っての事と見られてもおかしくない。

 秦王は冷静さを崩していないようだ。

 甘繁も目立った動きを見せず、秦王に対しても弁解などはしない。彼も余計な事をすれば火種になるだけ

だと解っている。甘繁はあくまでも秦臣であり、個人的な情として秦王より楓流寄りだとしても、それを公

的に見せたりはしない。秦を裏切る気など、少しも無かった。

 俗説にあるような反逆の意志などどこにも無かったのである。

 こうして問題は一応の解決を迎えたかのように見えた。



 大勢は依然楓が優位に立っている。何しろ同盟国を合わせれば大陸の三分の二は占めるだろう大勢力。越

が中立である以外、どの勢力も(それを望んでいるかは別にして)ほぼ楓よりで、中諸国さえ押さえている。

 もし中諸国を動かせたとしても、北にそびえる衛軍に呑まれるだけだろう。秦軍が勝つには中諸国を動か

すだけでは足りない。

 最も問題になるのは目の上のたんこぶである双か。兵弱く、ろくな将も居ないが、今は紀陸という戦上手

が控えている。彼が天領の軍を率いて南下してくるだけでも脅威となろう。

 双本国に対してもそれなりの兵を用意しておかなければならないだろうし、南秦も南双と南楓で手一杯に

なる。そこに東から集縁軍が現れ、蹂躙(じゅうりん)されるという訳だ。その時、甘繁がどう動くか解ら

ないが、どうなるにしても不利は免れ得ない。

 少なくとも双を弱体化させておかなければ、勝機は無いと思える。

 幸い、楓が引き締めの為に寄越しただろう紀陸は天領に行った。天領の兵をこの機に掌握するのがその役

目だろうが、本国から離れれば当然支配力は薄れる。紀国から代理が行っているかもしれないが、双朝廷を

動かす事ができるのは趙深か楓流くらいで、紀陸がその名代として辛うじて使えるくらいである。誰が行っ

ていたとしても、満足な働きはできないだろう。

 それに結局双を動かすのは重臣達である。その心に疑心の種を蒔いておけば、行動をある程度封じる事は

難しくない。

 王自身が陣頭に立てば話は変わってくるが、長い双の歴史において(伝説にはあるが、現実的な意味では)

そのような例は無い。いかに楓贔屓(びいき)だとしても、双王が慣例を破るとは思えない。

 今のような大勢力に成長した双が王の下に団結して動いていれば、とうに秦も滅ぼされていた、とまでは

言わないが、もっと危機的な状況に在っただろう。趙深が以前その力を利用したように(ほとんど賦族兵で

やった事だが)、双の潜在能力は決して低くない。兵が弱いのは確かだが、血統信仰が未だ強い双において、

王自身が陣頭に立つような事になれば、その士気と統率は目を見張るものになるだろう。

 そうなった時の双兵の強さは未知数である。全く変わらないという可能性もあるが、脅威となる可能性の

方が高いように思う。

 そしてそうなった時、もし紀陸を大将軍にでも命じれば、脅威は更に現実的なものとなる。

 今の内に手を打っておかなければ。

 秦王は楓が使った手をそのまま双に応用できると考えた。つまり、双重臣達と紀陸との関係に、秦政府と

甘繁との関係を重ねる事ができるのだと。

 双重臣は紀陸が裏切るなど考えておらず。この地上の誰もが双王を至上と称え、その忠臣である彼らに対

しても深い敬意を抱いていると考えている。そしてそれは別の意味で事実である。この大陸の誰も始祖八家

の最後の一流を消すというような業を犯したいとは考えない。

 確かに始祖八家の権威が衰え、この当時すでに有名無実のものとなってはいたが。皮肉にも最後の一流に

なった事でその血の尊さが飛躍的に高まった。

 そこに今まで生き延びてこられた一番の理由がある。

 今はそこに脅威となる軍事力が加わったのだから、尚更厄介だ。

 だが同様の理由から、双重臣の態度は益々不遜(ふそん)なものになってきており、大陸全土が双に還る

のも時間の問題だと本気で考えている。彼らの中では楓もその為の尖兵に過ぎない。紀陸など楓の出先機関

くらいにしか思っていないだろう(それは正しい認識ではあるが)。

 故に双重臣には紀陸への情が無い。役に立つ道具とは思っているだろうが、それだけである。都合が悪く

なればあっさり切り捨てるだろうし。中には、若造がでしゃばりおって、という感情を隠しもしない者まで

居る。

 紀陸の立場を悪くする事は難しくない。そして一度ひびを入れれば、秦と甘繁との間がそうだったように

簡単には修復できないものになる。

 このような簡単かつ効果的な策を使わずにいたのは、最も効果的に使える時を待っていたからだ。

 秦王は双重臣に対し工作を始める。

 初めは小さな事でいい。根も葉もない噂だと酒のつまみになるくらいで丁度いい。だがその棘は少しずつ

確実に心の奥へと入り込む。抜ける事はない。

 棘が充分に食い込んだ所で少しずつ現実的なものを混ぜていく。例えば紀陸が天領を私物化しているとい

う方面から、楓に帰属させるのが真の目的である、という方へ持っていくのが良いか。

 確かにそれでも双重臣は楓が双王の忠実な僕と考えているから、そんな事はないだろう、と思い直すかも

しれない。

 だがその時、棘はもう無視できないくらい心に深く食い込んでいる。

 そこに耳障りの良い言葉をそっと吹き込む。

 以前から双は楓流の良いように使われてきた。それは何故か。双王が不思議な程楓流を買っているからで

ある。そしてそれは禁忌である賦族を兵として使う所まで及んだ。

 いかなる理由があれ、禁忌を犯したという事は、双の権威をその程度に考えているという証である。

 確かに双は楓によって広大な領土を得た。しかしそれも結局は天軍という乱を起こし、その結果紀陸とい

う存在が重きを成した。もしかしたらそれは初めから計画されていた事ではないのか。

 でなければ開放(双重臣の中ではそうなる)された民が、双に反旗を翻(ひるがえ)す訳がない(天軍が

乱を起こしたのは重臣に対してなのだが、そういう意識は綺麗に抜け落ちている)。

 そして天軍残党は楓に取り込まれた。その事実が何事かを物語ってはいまいか。

 現実に双は弱体化し、残った天領は紀陸という若造が管理している。証拠はそれだけで充分ではないか。

 それも全て杞憂(きゆう)だと言えば、確かにそうなのかもしれない。今の所は上手くいっている。双は

力を付け、磐石に思える。でも今後はどうなる。どこにそんな保証がある。よくよく考えれば、本当に利し

たのは楓だけではないのか。

 それに楓流が双重臣に対し、一体何をしてくれただろう。国は富んだが、その国力から生み出される品物

も楓の意によって越に回されている。双にも金銭は入ってくるが、一体その何倍の金銭が楓と越によって分

け取られているのだろう。

 双重臣に流れてくる利は少なくないが、楓が得た利に比べれば微々たるもの。

 南方開発や一連の戦などができたのも、全て双から吸い上げた利があるからだ。でなければ楓が今のよう

に裕福にしていられる訳がない。

 楓は常に他国の力を利用する。初めは自力でやっているように見えても、いつも最後は数多の国々の力を

浪費させ、それを成す。そのくせ手柄は全て自分のもので、取り分はいつも多い。双より広大な領土を得て

いるのもその証拠である。

 孫に後一歩で滅ぼされそうになっていた、窪丸一国にまで押し込まれていた国が、通常の方法でここまで

大きくなれる訳がない。

 その不可能を可能としたのが双の持つ天下を治める力である。

 そして今、楓はその力を私用するに飽き足らず、双から奪おうとしている。

 つまり、双王を双(重臣)から奪おうとしている。

 双王が通常の状態ならそんな事は不可能だろう。しかし明らかに今の王はおかしい。あれではまるで楓

の傀儡(かいらい)ではないか。

 まさか、全ては初めから仕組まれていた事なのか。。

 ここまで言わずとも、双重臣を動揺させる事は容易い。彼らに近付いて、意のままに操る事も。

 皮肉にも楓がその方法を教えてくれたのだ。

 秦は双重臣に紀陸を押さえるよう助言した。彼の行動を封じれば、楓の計画を大きく狂わす事ができる。




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