22-10.一軍の司


 新檜の権威は、いや狄の文官全体の権威は、彼らが軍師部として軍の最下位に置かれて以来無きに等し

い状態にあり、政治的に見て完全に無力化されていたのだが。彼らの存在無しに国家運営が不可能である

事は周知の事実であり、卑下すれども頼らなければ生きてはいけないという矛盾に対し、武官達は自らの

生き方に疑問を抱かざるを得なくなっていた。

 そこへ文官びいきの丁俊が将軍に就任したのだ。武官達の中に焦りにも似た気持ちが蔓延しつつあった。

 そんな気持ちを汲み取れる程繊細な人物ではなかったが、さすがに丁俊も強引に文官の地位を上げるよ

うな真似をすればどうなるかを身に染みて解っている。文官おらずして狄の政は成り立たない、などと正

論を述べた所で、武官は承知すまい。

 丁俊個人としては早々に文官を狄建国時の地位に戻し、その英知によってこの困難な状況を打破して欲

しいと考えているのだが。今の彼にそんな力は無い。

 むしろ副官の荘沢の方に寄せられる期待の方が大きい。皮肉にも、以前武官達の不満の種になった文官

との繋がりに今は期待を寄せられている。彼ならば慣れているし、文官とも対等に渡り合ってくれるだろ

うと。

 だが事態はとうにそんな段階を過ぎてしまっていた。何しろ兵のほとんどは蕃伉と共にある。彼を将軍

位から退け、謀反人の烙印(らくいん)を押した所でどれだけの兵が戻ってくるかは不明だ。

 今の狄には国を護る最低限の兵力さえ無い。

 この国はそもそもが寄せ集まりの新興国。国に対する愛着も忠誠心も薄く、家族を持つ者も他国よりは

少ない。国を捨てて蕃伉に乗り換える者も他国よりは多いだろう。

 勢いのある内は反乱軍に従い、旗色が悪くなったら狄に鞍替えするという手もある。

 彼らは傭兵時代に戻ったような気持ちになり、今の状況に満足さえしているのかもしれない。本来の自

分を取り戻したかのような、そんな気分に。

「厄介な事よ」

 正直な所、荘沢に妙案は無い。いや、狄人の誰一人としてそんなものは持っていないのではないか。自

力で何とかできないのであれば誰かに頼るしかないが、狄にはその頼る相手さえ居ないのだ。

 手持ちの兵数では偵察任務が関の山だが。楓の間者団の力量を考えれば、彼らより先に有益な情報を手

に入れる事など不可能。つまり功を挙げられない。大功を得て失点を取り戻さなければ狄の存亡自体が危

ういというのに、功を稼ぐ力が無い。

「まさに八方ふさがりよ」

 武官の中には文官に期待する者が少なくないが、新檜らにも妙案があるとはとても思えない。なるほど

彼らは今もいつものもったいぶった態度で知恵者の如く振る舞っているが、それが見せかけに過ぎない事

は多少なりとも頭の回る者ならすぐに解る。

 彼らは冷静に状況を眺めているのではなく、何もできないから黙って見ているだけなのだ。

「とはいえ、このままではわしの権威が堕ちていくだけ。狄を牛耳るとなれば、ここで力を示しておかね

ばならぬ。それが叶わぬなら、せめて文官どもの虚飾をはいでおく必要があるだろう。座して待つよう

な真似をしていれば、権威を取り戻す機会を永久に失う事になる」

 状況を打破する一手などあり得るべくもないが、失望と責任を他者に押し付ける事くらいならできる。

「わしも蕃伉のように、この国を質に入れる覚悟が必要になるかもしれんな」

 荘沢はその為にも時間を稼ぐ必要があると判断した。



 丁俊が新檜を一時的に副官に任命した事が知れ渡ると、武官達は当然のように不満の声を挙げたのだが、

それは強いものではなかった。

 主だった武官のほとんどが蕃伉と共に出兵しているので、そもそも強く言えなかったという事も理由と

してはあるのだが。副官とはいえ名義上は相談役であり、一切の指揮権を与えなかったという点が大きか

った。

 それでも今の新檜には渡りに船の出来事である。武官らの勢威が衰えている中、発言をする機会を与え

てもらえるだけでもありがたい。

 そこに誰の思惑があれ、好機である。

「今こそ起死回生の策を打ち出す時! できなければ我らに未来は無い!」

 だが文官達にも名案がある訳ではない。ただでさえ小さき国がその軍事力まで失ったのだ。最早秦です

ら見向きもしまい。交渉に使える材料は皆無。こうなれば楓の慈悲にでもすがるしかない。

 せめて蕃伉と通じる事ができれば道は拓けるのだが。彼も相応の覚悟を持って決起したはず、聞き耳な

ど持つまい。裏切り者が迷いを見せれば見限られる。蕃伉が生き延びるには強引に兵を引っ張り続けるし

かない。その程度の事は彼も解っているだろう。

「この私が楓にすがりつく事しかできぬとは、何たる事か。このままでは全ての責任を押し付けられ、止

めを刺されてしまうだろう。しかしそうはさせん! 荘沢の思い通りになどしてたまるものか!」

 新檜も当然荘沢の狙いなど解っていた。

 全ての希望、期待を新檜に放り投げ。無事失敗した暁(あかつき)には新檜を悪に、自分をその悪を討

つ善に仕立て上げて人気を得、民意を操作する。古今ありふれた方法だが極めて有効だ。人は所詮一時の

感情で動く生き物であるが故に、一時の熱情からは逃れられない。不満に満ちた今の狄民ならば尚の事

効果的であろう。

 そんな事をしても何の解決にもならないが、時間稼ぎはできる。

「全てを失ったものが最後に頼れるのは時間だけだ。時間が解決してくれるのを待つしかない。情けな

い話だが、それが今の狄の本音であろう。だが私を見くびるなよ。私にも建国以来この国を支えてきた

という自負がある。決して貴様らの好きにはさせん」

 幸いにも一つだけ新檜にとって有利な点がある。それは荘沢が彼に責任を被せる為には、彼の指示をそ

のまま受け入れなければならないという点だ。

 これは少なくない利点である。



 丁俊は五百の兵を駆って梁へ侵攻した。

 梁兵の数は膨れ上がり、その飢えた蝗(いなご)の群れが如き集団は暴徒を超えた天災のようなものへ

と変わりつつあったが。その兵のほとんどは殷嵯と蕃伉に伴って天水へ行っており、梁に残る守備兵は驚

くほどに少ない。

 その上、略奪の限りを尽くす梁兵は民から忌み嫌われていて、民の協力を得る事も容易だ。

 大陸全体から見れば五百など問題にならない兵数であるが、このような状況であれば民と連携し、手薄

な箇所を狙えば落とせない事はない。

 反乱軍は梁を捨てたのだ。捨てられたものを拾うのは弱き者にも難しい事ではない。

 幸い、丁俊は部隊長としてなら有能だ。膂力(りょりょく)もあり、個人的武勇にも優れている。正面

から互角以下の相手と打ち合うなら負ける理由は無かった。

 だが新檜にとって誤算、いや避ける事のできない不運だったのは、彼がそう出るだろう事を荘沢が初め

から予測していたという点である。

 荘沢は確かに新檜に作戦の立案から準備までの全てを任せたのだが、実際に戦場へ出たのは丁俊と荘沢

の二人であった。となれば手柄は当然彼ら二人のものとなる。

 立案とその準備は戦に勝利するにおいて最も重要な要素だが、如何せん地味である。新檜の働きをまる

で荘沢の小間使い程度であるかのように見せる事は、今の荘沢には簡単な事だった。

 作戦参謀などという名前だけは立派な役職を与えたのもその為だ。全ての責任を押し付けるには、それに

相応しい名前が必要なのである。

 だが新檜もそんな事は初めから解っている。手は打っていた。

 五百、確かにこれが現在狄が動員できる兵力のほぼ全てだが。それでも守備兵すら空にする程かき集め

れば、更に三百くらいを揃えられる。兵三百あれば、丁俊隊には及ばぬでも、功を挙げられる。

 新檜に軍の指揮権は与えられていないが。丁俊隊が少ないながらも功を挙げ続ければ、その隊に入れな

かった者達の間には当然不安と不満が湧いてくる。そこを押せば強引に軍を動かす事は難しくない。

 いずれ荘沢が越権行為、軍令違反と文句を言ってくるだろうが。明開も狄において荘沢の権威のみが強

まるのは本意ではないはず。条件によっては新檜の味方をしてくれる可能性は充分にある。丁俊も相変わ

らず新檜を尊敬しているし、口裏を合わせてくれるかもしれないという期待もあった。

 それでも分の悪い賭けである事に変わりないが。どの道このまま燻(くすぶ)っていても飼い殺しにさ

れるだけなのだ。賭けてみるのも悪くない。

 荘沢が見誤っていたとすれば、新檜もまた形振(なりふ)り構っていられなくなっていたという点だ。

まさか彼がこのような強引な手段を用いるとは考えなかったのだろう。いや、狄の誰もが予想すらしてい

なかったに違いない。何せ彼自身でさえ自分のやっている事を信じられないくらいなのだから。

「荘沢、蕃伉、自惚れるなよ。この私を差し置いて狄を物にしようなどとは百年早い! 二王の英霊にか

けて、必ずや償わせてみせよう」

 その瞳にはもう迷いも知も無く、ただ燃えるような朱だけが灯っていた。



 こうして丁俊隊と新檜隊(この部隊を直接率いているのは新檜に組した武官の一人であるが、実質支配

しているのは同行している新檜である為、こう表記する)の動きに対し、反乱軍の反応は小さなものであった。

 殷嵯達はすでに梁という土地にも国にも興味を失っている上、天水の略奪で忙しい。それに今は子遂を

どういう形で受け入れるのか、いずれ来る衛軍をどうして迎え撃つのか、といった事を考えなければなら

ず。正直な所、狄に残した小虫がどこで跳ね回ろうと関心は無かった。

 狄が動いたのは意外だが、遅かれ早かれどこかの国が主力の消えた梁に侵攻する事は解っていた。この

決戦が最後の大舞台という事は、この戦いの功によってその後の人生が決まるという事である。誰でも少

しでも手柄が欲しい。この機会を逃す訳がない。

 皆が焦り、その焦りに駆り立てられるまま走り出したのもそのせいであり、思惑は様々でも、追い詰め

られたという一事においては誰もが同じ。そもそも明開の中諸国対策もそういう焦りの上に作り上げられ

たものだ。

 蕭冊、殷差は狄の動きを無視した。

 梁を開放された所で大勢に影響は出ない。主戦場は西方であり、中央から西方を通って南方へ到る補給

路も完成している。中諸国に以前のような価値は無い。

 狄が何をしようと痛痒を感じない。

 それは解っている。しかし荘沢と新檜にも彼らなりの考えがあった。

 まずは荘沢。

 彼は蕭冊と同様に国に対する執着を失っている。狄は終わったのだ。蕃伉の裏切りよりずうっと前から

とうに終わっていた。新檜ら文官と武官残党は必死に狄という名にしがみつきたいようだが、そんなもの

に意味など無い。

 そもそもが狄という国は孫残党が生き残る為に便宜上作り上げたものであり、成り立ちからしてただの

道具に過ぎない。そんなものを護る為に必死にもがく事自体が間違っている。

 狄に対するこだわりさえ捨てれば道は拓けるのだ。

 今取るべきは狄ではなく梁の方である。

 確かに今の梁は全てを奪われ捨てられた抜け殻のような国である。一見得る価値など無いように思える。

 しかしそれはあくまでも今の姿。未来は違う。

 戦が終われば梁は、もしくは梁という国の在った場所は交通の要衝として再び栄えるようになる。中央

から南方へ到るにはこの地を通る必要があり、南方が今後更に開拓されていくに従い、その重要性は必ず

や増していく。

 荘沢が多少の功を挙げた所で梁を任せられる地位に就けるとは思えないが。今の内に梁を押さえておけ

ば、国民との繋がりを築いておけば、梁の法瑞がそうであったように、ある程度の地位を保証される可能

性は高い。

 だからこそ荘沢は丁俊隊を交易路に沿って移動させ、開放した街にも寛大な態度を示しているのだ。

 梁国内に残った正規兵の中には楓勢力への復帰を願い、門を開けたり、内部情報を知らせてくれたりと

協力してくれる者も多いし、実際その効果も出ている。

 街を制圧した後は帰順兵を厚く遇して任せてあるし、そういう意味でも荘沢の影響力は増している。

 主要な交易路はすでに彼らが押さえているし、後発の新檜隊が何をしようとその事実は変えられない。

荘沢の目的はすでに達成されていた。

 続いて新檜。

 彼は荘沢が想定しているように狄という国に対して強い執着を持っている。何しろ狄という国を実際に

運営してきたのは彼らなのだ。誰よりもこの国に愛着を持ち、蕃伉らが去った今こそ国を文官の手に戻し

たいと考えるのは当然であった。

 その上で狄が新梁の後見人となり国力、発言力を増す。それが新檜の望みである。

 楓はこれまでも征服した国を属国とするにせよ、併合するにせよ、基本的にその領地に居た者に国政を

任せてきたし。できる事なら政府をそのまま取り込んで使ってきた。本来なら新梁もまたその方針で運営

されたに違いない。

 しかし殷嵯と蕭冊が政府というよりも国家自体を破壊して去り、法瑞が行方をくらました。今の梁に統

治を任せられるような人物は居ない。となれば後ろ盾となる国家が必要となるが自然の流れ。

 そこに狄が名乗りを挙げるという訳だ。

 その為にもまだ狄に力がある、役立つという事を見せつけておかなければならない。全ては狄を生かさ

んが為である。

 どちらも新梁に希望を見出し、勝手な理屈を付けて利用しようと考えているが。そう考えているのは彼ら

二人だけではない。

 例えば蜀王もそうだ。

 今の彼は楓に一泡吹かせる為だけに生きているような男だが、それだけにこの決戦が最後の機会になる事、

楓が勝てば遅かれ早かれしかるべき報いを与えられる事を誰よりも解っていた。

 秦という敵が居ればこそ蜀に価値が生まれる。秦が滅びればもう蜀に、いや中諸国に価値などない。いず

れ数ある小国の一つとして、ゆっくりと、まるで初めから存在しなかったかのように、楓へ吸収されてしま

うのだろう。

 何とか一矢報いたいが蜀王独りにできる事は知れている。味方を得たいが同国人ですら王を厄介者と思い、

楓に恩を売る機会を全て失してきた事に憤慨を隠さない有様だ。こんな男に誰が協力しようと考えるだろうか。

 ではどうするか。

 手があるとすれば子遂という存在だ。彼の掲げる孫の復興がただの方便である事は解っているが、その

言葉には小さくない牽引力(けんいんりょく)がある。それに今の蜀王と結ぶ者がいるとすれば彼くらい

である。

 それに子遂と結べば、そこまで落ちたか、最早国内にも頼る者は居ないのか情けない奴め、などと蜀王

の孤立をより印象付ける事もできる。そうなれば王自身がどんな罰を受けたとしても、その咎が蜀王家に

まで及ばないようにする事もできる、かもしれない。わざわざ近衛などから后を娶(めと)り、趙深の子

を養子に迎えたのもその為の布石だ。

 自分一人が消えたとしても、例え趙深の子が蜀王に就いたとしても、蜀王家の血と名は残り続ける。お

そらくは楓と共に永遠に。

「「これは最後の足掻きであろう。いや、もしかすればそう呼べる程の力も無いのかもしれぬ。でも、そ

れでも私は自らの心に従う。それが私に残された、たった一つの自我だからだ。楓よ、成り上がりの収奪

者よ。蜀は確かに貴様らの物となるだろう。しかし楽には与えぬ。未来永劫抜けぬ棘を残して私は死ぬ。

蜀という小さな棘を、お前の喉元に刺して死んでやる。最早それだけが私の望み。蜀の望み。人の恨み、

呪いの力というものを思い知るがよいわ」

 いつから歪んだのか、それともその歪みこそが彼自身であったのか。解らないが、ただ一つ蜀王に信じ

られるものがあるとすれば、それは彼の脳裏にだけ浮かぶ亡き蜀礼(ショクライ)の顔であった。

 その顔が叫ぶのである。

 国を残せ。王家を存続させよ、と。



 さて、その子遂の動静はどうかと言えば、反乱軍に身を寄せて以来、黙然としている。

 蕭冊はそんな姿に拍子抜けしつつも不気味さを覚えていた。

「一体何を考えておるのか」

 反乱軍はその数を増やし続け、万に届かんという兵力になった。これからも増え続けるだろう。数だけ

で言えば衛軍と互角以上の勢力である。

 質においては天と地程の差があろうとも、数は数、力だ。自由になった子遂はすぐさま反乱軍を掌握す

るべく動くだろうと考えていたのに、実際は蕭冊の言うがままに毎日を過ごしている。

 子遂は軍から体よく隔離される事も、指揮権を有せず旗頭として反乱軍に留まる事にも簡単に同意した。

話に聞く彼の人物像からかけ離れた姿で、まさか長きに及ぶ軟禁生活で丸くなったとは思えないが。もし

かしたら権力闘争に嫌気が差したのではないか、と思わせる節はあった。

 体も誰が見ても解るくらいに衰えており、痩せたその姿からは生命力が感じられない。欲望や意志とい

ったものもすっかり抜け落ちているように見えた。

「いや、全ては我々を油断させる為の方便であろう」

 蕭冊は信じない。彼は知っているのだ。人の欲望がどれほど強く、生きる意志がどれほどしぶといもの

かという事を。

 子遂の真意がどこにあるのかは解らないが、そう行動する事が彼の欲望を叶えるのに一番良い方法だと

考えれば、見えてくるものはある。

 蕭冊も愚かではない。子遂の言動をそのまま受け取る事も、甘く見る事もしない。相手はあの楓流と趙

深を長く煙に巻いてきた男なのだ。油断などできはしない。

「我らは勢いに乗っている。衛軍も簡単に手を出せないはずだ。奴らも天布軍の二の舞にはなりたくある

まい。もし攻めてきたとしても、率いるのが楓流か趙深でなければいくらでもやりようはある。

 とはいえ、いつまでもこうしている訳にはいかん。略奪を続けるにも限度があるし、先々の事を考えれ

ば拠点となる場所は必要だ。今更梁などに興味は無いが、蜀が小賢しい動きをしているようであるし、一

度戻ってみるのも良いかもしれんな。部下達も女に飢えているし、衛軍と距離を離せるのも都合が良い。

 問題は子遂がどう出てくるかだ。普通に考えれば殷嵯と蕃伉を反目させ、その間に立って操縦しようとす

るはずなのだが、こうも動きを見せないとは不気味である。例え己が自由を引き換えにしたとしても、奴が

負け戦に加担するとは思えない。乗ったからには勝算があるはずなのだ。手があるはずなのだ。それさえ解

れば俺にも良い目が出てくるものを・・・。少し考えられる事はあるが、確信を得られるまではうかつに動

けん。さて、どうしたものか」

 蕭冊はしばらくの間考え続けたが、満足のいく解答を見付けられなかった。考え方は合っているはずだ

から、おそらく情報が足りていないのだろう。重要な何かが欠けている。

「奴が外との連絡に使っていた者が解れば、或いは・・・」

 最も疑わしきは法瑞であるが、彼の消息は不明のままだ。楓ですらつかめないのだから自分達が探した

所で無駄であろう。一体どこで何をしているのやら。

「待てよ、もしかしたら・・・」

 法瑞なのではないか。子遂が知っていて蕭冊が知らない何かとは当の法瑞自身の事なのではないか。

 何の証拠も無いが、何故か蕭冊には確信めいたものがあった。

 子遂は法瑞を待っているのだと。

 しかしそれが解っただけではどうにもならない。例え法瑞が鍵であったとしても、それが解った所で法

瑞自身の情報が得られないのでは動きようがない。

 まだ事態が好転した訳ではなかった。



 楓へ反乱軍が殷嵯軍と蕃伉軍、梁へ戻る者達と天水に居座る者達とに分かれ、別行動を取り始めたとい

う報が入ってきたのはそれから間もなくの事であった。

 整然としているようだから、反目して道を別にしたのではなさそうだ。収容した兵の不満を抑える為に

一時的に行動を別にしたと考えるのが妥当であろう。

 残った蕃伉軍を討つべく衛軍が南下すれば、天水に残った方も後を追うように梁へ下がると思われる。

最初から誘い出すのが目的だとすれば、罠を仕掛けている可能性もあるだろう。

 天布軍を打ち破った実力は本物だ。彼らは連携し組織立った行動を取れる。例え様々な兵(とも言えぬ

無頼の輩の方が多くなっているが)を収容し、統率力に少なくない乱れが生じ始めているとはいえ、過小

評価は禁物である。

 中諸国には楓に対して不満を持っている者も少なくない。彼らはこの決戦という最後の機会に文字通り

死に物狂いでやってくるはずだ。烏合の衆でも捨て駒、囮ならば充分に有用であるし、楓と違ってそうい

ったあまり好感の持てない戦い方も遠慮なく使えるのも強みとなる。

 梁に侵攻中の狄軍はこれに対してどう出るだろうか。彼らと反乱軍が戦いになれば当然楓に対して救援

要請があるはずで、そうなれば彼らを見捨てる訳にはいかなくなる。場合によっては敢えて不利な立場に

身を寄せなければならなくなるかもしれない。

 楓軍も中諸国の情勢を完全につかめていた訳ではなく。衛軍が着てからも、敵側と同程度には迷いと不

安を抱えていた。




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