3-2.欲芽断罪


 豪、袁という二つの勢力が衰え、豪炎、袁夏という豪族が滅ぼされた訳だが。彼らを滅ぼした者も、す

ぐに同じ末路を追う事になった。

 下克上には下克上なりの名分があるのだが、何を言おうと所詮は裏切り者。力さえあればその名分を生

かせ、新たな支配権を手に入れられるとしても。その地を統治する力が無ければ、また同じように滅ぼさ

れてしまう。

 下にも上にも人は無数に居り、人間は常に同じ事を繰り返している。

 それに下克上が容易く出来るようでは、その勢力は末期である。いくらその勢力を奪っても、勢力自体

に力が無ければ、どうにもならない。

 付近に力ある勢力が居なければ良いが。今は誰もが虎視眈々と旨みを求めている時代である。支配者が

入れ替わり、揺らいでいる瞬間を見逃すような事はありえなかった。

 弱みを見せれば必ず突かれ、次々と併呑されていく。まるで自分から餌になるようなものだ。

 大義も名分も、考えようによってはどうにでもなるものであるから、そこにあるのは結局単純な力関係

である。少なくともこの時代はそうであり、統治する力があれば、皆を食わせる力があれば、誰も文句は

言わない。

 それは同時に、誰も守ってくれないという事でもある。力を示せば認めてくれるが、力を見せねば捨て

置かれる。被支配者にとっては誰でも良い。頼みにならなければ、見捨て。頼みになれば、誰であろうと

受け入れた。それだけが生き抜く為の知恵であったからだ。

 二勢力残党とでも言うべき者達の中には、そういう頼むに足る力を持つ者がいなかったらしい。彼らの

間で、数え切れぬ権力争いがあったが。それも結局は食い合い、滅ぼし合うだけで、豪、袁という権威を

消費させる事にしかならず。餌としての旨みを増す事しか出来なかった。

 そこを突き、この地の新たな支配権を確立した者、それは他ならぬ楓流である。

 彼は両勢力共に良くも悪くも関わりがあったし、彼らに勝利し、その権威を奪った張本人であるからに

は、誰に文句が言えるはずもなかった。

 ただ初めからそういう意図があった訳ではなく。勝手に両勢力残党が内乱を続け、まとまろうとしなか

った結果であり。言わば向こうから転がり込んできた形である。民を圧政から救う為と称すれば、民の方

は喜んで彼に従う道を選んでくれ、反乱を起して残党を制圧する手助けまでしてくれた。

 衰えた勢力の支配地は酷いもので、最早統治などという言葉は無く。守るべき兵士ですら平気で略奪を

繰り返し、女を攫ったりもし。酷い時は、警備隊長自らその町の支配権を奪ったり、何処からか現れた山

賊や強盗団を誰かが引き込み、その賊の頭領か仲間となって占拠している事もあった。

 それを恥じる者はいない。誰もが他人を食い尽くしてでも、とにかく生き延びたいと願っている状況だ

ったのである。

 生の危機となれば、恥も外聞も無い。ただでさえ無かった徳が、今完全に欠け崩れ。人心は虎狼となっ

て、お互いを喰らい合う。

 元々戦続きと豪族王の圧政で、どうにもならない状況に陥っていたのだ。食えるには食えるが、それも

死なないだけ、という程度で、人は常に不満だった。

 だがそれすら政権崩壊後と比べればましである。賊強盗に法も秩序も無い。際限なく奪い、己の欲を満

たす。

 それに比べれば、死なない程度に残してくれた豪族王の圧制でさえ、ありがたくなる。

 そのような状態であるから、民は解放される事こそ望んでいた。例えどのような暴君が来たとしても、

まだ国家という体裁があるだけ、今よりはましであろう。

 暴徒に荒されるよりは、圧政でも治めてくれる者が居た方が良い。そもそもそうだからこそ、王という

存在を受け入れていたはずであった。強盗や賊に蹂躙(じゅうりん)されるよりはまし。だからこそ被支

配者に甘んじていたのである。

 皆に望まれたからこそ、権力というものが生まれた。人々は今その事を思い出していた。

 つまりは新たな支配者を望んでいる。支配される事の安全を、例えそれが最低限であっても、渇望して

いたのであろう。惨いことだが、それを惨いと言える我々は、幸せだと思える。彼らに選択肢は無い。人が

悲しむには、それだけの余力が要る。

 故に簡単だった。求められれば、奪う事は容易い。

 警備隊長の持つ兵力は多くても数百。しかもそれは大陸の平均的な数で、末期を過ぎた勢力の残り火と

なれば、大きな市や町であっても百にも満たない。個々の力も弱く、集団としてはもっと弱い。

 他の勢力からみれば、餌でしかなく、軽々と併呑出来る。

 呑み込んだのは楓流だけではなかったが、八割方彼の手に収まったのではないだろうか。あらゆる点で、

彼は幸運だった。

 こうして敗者を踏み台にし、王たちは更なる力を付けていく。後に滅ぼされるか、或いは大陸に覇権を

布くその日まで、永劫に。

 楓流には余裕がなかったものの、それなりに使える人材を見出し、更に名を馳(は)せた楓流に身を寄

せようと、自称賢人達が争って仕官を望み。確かに信頼や有能という言葉とは違う者達が多かったが、そ

れでも個々の負担が減り、少しずつ楽になり始めている。

 領土を広げれば広げるほど疲労と労力が増していくが、それは一人で全てを見た場合であり。ある程度

任せられる人物がいたのなら、何とでも出来るようになるものだ。

 中には裏切り者や仇名す者もおり、色々と苦心したが、何とか従え。討伐や併呑を繰り返しながら、様

々に学び、統治者として、一つの勢力として、楓流はそれなりに頼れる存在となっている。

 人に任せる、人を使うという事を学び、また一つ彼は統治者として成長したようだ。不安も増えたが、

時間に余裕が生まれている。

 新しく仕官した者達の中には、あの魯允(ロイン)も居た。

 やはりというべきか、彼は袁夏と心中するような道は選ばず、上手く理由を付けて逃げ出し、ほとぼり

がさめるまで山野に隠れ、時を見て再び楓流の下へ現れたのである。

 袁夏へ紹介したのは楓流自身、登用したのもまた彼自身。正直気が進まなかったが、温情を見せる為に

も、その意を汲んでやらねばならなかった。

 楓流も当時無数にあった新興勢力の一つでしかない。頼りがいのある所を見せ続けなければ、臣下は付

いて来まい。もしここで魯允との関係を、平然と無視するような事をすれば、縁も所縁(ゆかり)も薄い

新参者などは、どうしても不安を覚えてしまう。

 あの人でさえ、ああも無下にされるのであれば、自分などはどうされてしまうだろう。使い捨てならま

だ良いが、肝心な時に平然と見捨てられてしまうのではないかと、不安を覚えてしまう。

 人を畏怖させる事は必要であったが、恐怖させる事は害となる。恐怖は人に乱しか植え付けない。恐怖

心は上に立つ者だけが持っていれば良いのだ。民や一介の兵士には重すぎる荷であろう。

 それで仕方なく魯允を雇ったが、嬉しい誤算と言うべきか、彼も新参者であるからには、力を見せねば

ならぬと思ったのだろう。不思議なくらい真面目に働き、その手腕を充分に見せてくれた。もっとも、そ

れも今の内の事で、彼の地位が安定してくれば、また何を企むかは解らない。

 警戒を解く訳にはいかないが、魯允もそれなりに使えるようだ。この程度の小物も上手く使えないよう

では、楓流の統治者としての力量も大した事は無い、と云う事なのだろう。自らの力を示す、高めるべく、

不安要素がある事も、悪い事だけではなかった。

 本音を言えば、そうでも思わなければやっていられない、という気持が強かったとしても。それもまた

一つの真理である。楓流もまた、その力を示し続けなければならない。

 その為には多方面に目を配る必要がある。

 内側がある程度落ち着いてきた所で、楓流はその目を外へと向け、近隣勢力との外交関係の改善と、友

好の持続に対してその力を注いだ。

 豪炎と袁夏の愚を繰り返すつもりはない。詳細に検討しながら、着実に関係を築いていく。

 勿論、内情を調べるべく密使を送ったり、敵将と個人的な繋がりを持ったり、そういう陰謀めいた事も

忘れていない。何をするにしてもまず知る事である。繋がりを得る事である。楓流は学んだのだ。

 上手く情報を使えば、そして人の心を御しえれば、一軍を率いる以上の効果を、ただ座しているだけで

得られる事もある。策謀に囚われればしくじるが、使いこなせるのならば、これ以上の力は無い。

 ただそうなる為には、まだまだ力不足である。彼は更なる人材を求め、広くなった領地を幸いとし、こ

れまで以上に人材捜索へと力を注いだ。

 使えるだけの人材はもう要らない。本当の賢人、技能者が必要であった。



 大陸には愚賢弱強様々な人物が居る。その全てが仕官する事を、そして上に立つ事を望んでいる訳では

無いが。自然とそういう人物の噂は集まり、時には実物以上に評価される者、逆に不当な評価を得ている

者、様々である。

 真偽を見定める為には、一人一人に会うしかないが。一々見て歩けば、途方も無い時間がかかる。

 それに例えこれだと思った人物でも、期待に応えてくれるのか、いつまで応えてくれるかまでは解らな

い。そういう人物眼は、外れる事も多い。

 人は変わる。意識して変える事もあれば、自然と変わる事もあるだろう。人は変わらない力を欲するが、

そんな力がありえない事も知っている。

 時間が常に流れている以上、変化からは逃れられない。変化し続ける事が生きるという事であり、成長

する事でもあり、衰える事でもある。全ては変化からもたらされ、変化により生れ、また変化によって滅

びゆく。

 それを虚しいとするか、だからこそ努力し続けるべきだと奮起するのか、それもまたそれぞれである。

 結果を見通せる力があれば良いのだが、それが備わっている者は居ない。しかしそれを計る力は在る。

高い確率で真を見抜く力を持つ者が、この世の中には居る。そういう人物を、人は伯楽と呼んだ。

 名馬が腐るほど居ても、それを見抜く伯楽が居なければ、名馬は一頭も生まれない。結局は伯楽に見出

される運が必要なのだろう。大事なのは才だけではない。むしろ才は後付けであろう。運と偶然、そして

上手く磨く事が必要なのだ。

 誰にでも可能性はある。だからこそ難しい。誰にでも可能性があるからこそ、名馬になるのは難しいの

である。もし初めから決まっているのならば、自然に決められるのであれば、誰も苦労や苦悩をしなかっ

たろう。

 楓流は残念ながら伯楽ではない。彼はここ数年の出来事を経て、自身の人物眼を信用できなくなってい

た。だが、それでも探さなければならない。困難である。だから悩む。

 各地からは無数の情報が入り、楓流が設置している情報機関(といってもこの時点では至極簡単でお粗

末なものだったが)が、問題なく機能している事は証明されている。

 だが彼らも情報を一応は選別しているとはいえ、結局どれが真なのかは解らない。その為にどうしても、

詳細不明、とか、調査中、とかの項目が多く。はっきりと明記されている人材でも、果たしてそれが本当

に賢なのか強なのかは解らない。

 人は使って見なければ解らないのである。

 判定の基準が情報官の好みに寄ってしまうのだから、こればかりはどうしようもない。

 決めようが無い事を決めようとする。だから悩む。そして悩んだ末に、最終決定だけが楓流へと回され

てくる。責任回避とも思えるが、やはり仕方のない事だと思える。

 そう云う訳で、ここ暫くの間、楓流は仕官すべき人材の選定に、多くの時間を費やしていた。

 悩むだけでなく、実際に多くの人材を迎え入れている。失敗の方が多く、成功は少ない。だが一つが苦

手でも、別の一つが得意である事があり。その人物の希望には沿わなかったが、適所と思える場所へ回し。

不満を抱く者はすぐに解雇したりしながら、何とかやりくりを付けていた。

 楓流の人物眼には、確かに不明な点が多いが。こういったやりくりというのか、組織を作る事はまず並

ぶ者がいないくらいに巧みであった。

 後に大陸を統べる国家を立てられたのも、一つにはこの力があったからだろう。彼は人を統御し、例え

苦心はしても、まとめる事が誰よりも上手かった。

 それは彼が、人情だけではなく、実利に従って運営していたからである。そのせいで人に憎まれる事も

増えたが、多くを生かす為には、どうしてもその中の一人一人が、少しずつ辛抱しなければならなくなる。

 大事なのはそれだけである。しかしそれを解らせる、納得させる事は難しい。楓流には類い稀なる組織

力、政治力があったのだろう。人を納得させる力に、秀でていたのだ。

 彼は懸命に働き、昼夜問わず情報に目を通し、気になる噂や人物を徹底的に調べさせた。

 知らされてくる情報の中でも、彼が一番興味を惹かれたのは、昔にも聴いた事がある、隠れ住むように

して暮らす、実に様々な技術を持つ者達の噂。

 楓流には実に様々な町村が臣従を誓ったが。大きな市から見れば、自領土よりも小さい集袁に、どうし

ても従う気がおきなかったようである。これらは自治を求め、或いは他の大きな勢力へと通じた。

 その為に確かに領地は拡大しているものの、人口は思ったように増えておらず、兵力の増強に関して、

多くの不満が残っていた。

 人だけはどうにもならない。例え子供を推奨したとしても、木と同じで成長するまで長い年月を必要と

するし。単純に人だけが増えようものならば、折角安定してきている食料が追いつかなくなる。

 しかしこのままでは兵力が足りず、一つ一つを護るべき力が無くなってしまう事は確かだ。

 未だ後のように画期的な方策は取られておらず。楓流もまた、土地土地で守備隊を組むという従来通り

の軍制を、基本的には保っていた。色々考えはあったようだが、それを実行する金と力が無かったようで

ある。

 そこで目を付けたのが、戦で使う武器防具である。兵数を増やす事は困難だとしても、道具を強化する

事は難しくない。それにどれだけ増えたとして、道具が飯を食う心配は無かった。

 とはいえ、言うは易し、行なうは難し。鍛冶職人を募り、様々な考えを盛り込み、日々工夫し続けてい

るのだが、まだ目立った成果が出ていない。少ない兵数を補う為には、一割二割増すのではなく、二倍三

倍と大きく変わってくれなければ、要を成さない。

 頭痛の種であったが。もしこの噂が本当だとすれば、一気にその問題が片付いてくれるかもしれない。

 楓流はこの噂を信じ、これに賭けてみる事とした。そしてこの隠者達を見付けるべく、自勢力へ広く情

報を募った。彼は自ら探すつもりである。そこからも、期待の大きさが窺(うかが)える。




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