4-1.更なる場所、或いはそれも足下か


 里人達は来た当初、様々な事に驚きを見せ、その度に大小細々とした問題を生み出していたが。それも

一定の時期が過ぎると落ち着きを見せ、集袁(シュウエン)の民と仲良くやっているようである。

 集袁の技術力は、彼らから見れば、未開人としか思えない程に低く、このまま教えても、結局はいくら

も身に付かないだろうと思われた。

 そこで技術者達は、どうしたものかと悩んだ末、民の中から器用らしい者達を集め、とにかく覚えさせ

る事にし。理解するまではいかなくても、実演しながらやり方を見せ、丸覚えさせる事で、使えるだけは

使えるようにする事を決めた。

 その技能を発展させる為には、一からきっちりと理解していく事が大事だが、今はそんな悠長な事をし

ている余裕は無い。あまり気の進む手ではないようだが、彼らも彼らで自らの責任を果す為に、苦渋の決

断をしたようである。

 技術力差は、まったく目にしてさえ信じられない程の違いで。それを目にした楓流(フウリュウ)も、

改めて里人達の技術力の高さに満足し、そしてその技術を使いこなす為には、今までのやり方を一新しな

ければならないと感じた。

 集袁は革新されなければならない。

 それにはまず、里人の望む火力。これを集袁に再現せねばならなかった。

 火、人類に第一の革新をもたらしたと言われる、この原始的かつ人類の友ともいうべき力。後に蒸気、

そして電力と移り変る、この人類の基盤となる力も、当時はまだあまりにも小さな力しかなく。現代など

と比べれば、金属の精製や加工に対して、信じられない程に無力であった。

 里人達が使う金属は主に鉄で、当時としては驚異的な事に、鉄製品を使っていた。つまり、鉄を自在に

加工出来る火力を作らねば、里人の技術を活かせない。

 当時の大陸は青銅が主であり、確かに鉄も発見されていたのだが、使用率は甚だ低く、知らない者の方

が多かった。しかも当時の鉄器技術は低く、下手すれば青銅器の方が強靭なくらいで、高い上に使い勝手

が悪い。わざわざ苦労して鉄器を使おうとする者は、ほとんどいなかった。

 辛うじて物になるのは、里人達と、後は極少数の名工と呼ばれた人物が生み出す、極々少数の鉄器だけ

だったのかもしれない。

 そういう技術を学び、集袁という云わば田舎の一村に再現しようというのだから、それは初めから困難

と決まっている。

 しかし楓流はその意を貫く。彼は鉄器に魅せられていたのだ。

 確かに青銅も悪くない。錫(すず)の含有量によっては、青銅でも相当の強度を出せ、腐食し難く、加

工しやすい。正に理想の金属であり、人類に最も普及した金属の一つになったのも、頷ける。

 しかし、現在我々が最も使う金属であるように、相応の火力さえ生み出せれば、鉄の方が青銅よりも使

い勝手が良く、大量生産にも向き、青銅以上に使い勝手がいい。

 里人が楓流に与えた最大の力は、ようするにこの鉄、鉄器であった。

 そしてこの鉄器こそが、楓流を碧嶺(ヘキレイ)へと成長させた、最も大きな理由の一つとなる。

 諸説様々だが、大陸を席巻した碧嶺の力を大まかに言うと、軍路、鉄器、騎馬、大体この三点になるだ

ろう。

 道を整え迅速な行軍を可能とし、鉄器という無敵の武具に身を固め、馬力によって他の軍勢を圧倒。兵

力の集中と職業兵の確立、補給の安定性、城塞都市、という点もあるが、やはりこの三点に大きな重み

があったと言わねばならない。

 この三つの力を得た事で、碧嶺は大陸に覇を築く事が出来たのだ。

 その彼が初めて得た力が、この鉄器である。

 前述したように、大陸の青銅技術はとても精度の高いもので、初期の鉄器とならば同等の力を誇り、決

して劣らない。しかしすでに青銅器に限界が見えていたのに比べ、鉄器は初期の段階ですでに最高の青銅

器に並ぶ威力があった。

 そしてその鉄器の力は碧嶺によって証明される事となり、彼こそが大陸中に鉄器が広まるきっかけとな

ったのである。

 碧嶺が里人から得た製法は、鋳造(ちゅうぞう)と呼ばれる方法で。ようするに金属を高温で溶かし、

鋳型(いがた)に流し込んで、冷やして固める事を云う。

 単純だが、それだけに作りやすく。その用途は広く、非常に複雑な物でも、鋳型さえあれば、同じ物を

いくつでも作れる。

 固まった後は叩くなり磨くなりして刃を作れば、立派な武器となり。甲冑を鉄で覆えば、既存の防具を

強力な防具に改造する事が出来る。

 正に万能の力であった。

 その力を使いこなす為に、まず強力な火力を生む炉を造らねばならず。楓流は奉采(ホウサイ)と胡虎

(ウコ)に統治を任せ。自身は全ての精力を炉製造へと費やし、その作業の完成を急がせている。

 その甲斐あって無事第一号炉が完成し、その間にみっちりと教えられた技術者達と共に、日夜炉に篭り、

鉄器量産に向けて、尽力している。

 幸い鉄を保有する山なら、周囲にいくらでもあった。里人が教えてくれたが、この大陸には鉄が豊富に

眠っているらしく。特に集袁付近には良質の鉄が生じるらしい。

 泰山の鉄が最良だとは言っていたが、充分に使うに足る鉄であった。

 やるべき事は豊富にあり、忙しい毎日が瞬く間に過ぎていく。建築から用水路まで、造り変える物は山

ほどあった。

 そしてこうして共同作業を繰り返す事により、里人と集袁との結び付きがより強くなり、一つの民へと

同化していく。共に生活する事以上に、絆を深める手段は無いのである。 



 変化していくのは集袁だけではない。大陸の情勢も常に変動している。

 楓流がその地盤を固め、新たな支配権を得たように。各地に列強とでも言うべき勢力が誕生していた。

 有名な所では、まず北方の雄、唯一現存する始祖八家の正統、未だ大陸中に強い影響力のある古豪、双

家。双家は数代に一度の割合で、英邁(えいまい)な当主が出現し、時には衰退する事もあれど、その勢

威を失わず、むしろ着々とその覇権を増大させている。

 現当主、双正(ソウセイ)も切れ者の評判が高く。特に弁舌に長け、民を牽引し、その政治能力にも一

目置かれているという噂だ。

 東には、平原の獅子、と呼ばれる孫文(ソンブン)率いる孫家が居る。

 独特な兵団を率い、思うままに大陸を蹂躙するその力は、正に獅子。元は一介の警備隊長だったとか、

高官の一人だったとも言われているが、定かではない。ふっと現れ、見る間に勢力を作り上げた。軍事能

力が非常に高く、野戦では無敵無敗とまで言われている。

 西にも領土が小さく列強とは呼べないものの、侮れない力を持つ勢力が無数に出現している。

 西方は実り豊かな土地が多く、特に盛んに豪族王が誕生した場所だが。その分勢力争いが激しく、大陸

の中でも激戦区であり、残った彼らは云わば選別された者達で、一片の領土でも多く掠め取ろうと、日々

睨み合っている。

 それぞれに力量があり、その力は甲乙付け難く、非常に高い位置で安定している為に、膠着(こうちゃ

く)状態が続いていたが。最近その小強国群が同盟を結び、一つの大きな勢力となって、大陸に覇を称え

ようとしているという噂がある。

 詳細は不明で、ひょっとしたらただの噂である可能性が高いが、本当なら恐るべき事だ。

 南方は温帯に属し、他には無い珍しい植物や風習があり、剽悍な少数部族達がそれぞれに好きに生活し

ている。あまり覇権争いには興味が無いようだが、土地に対する執着心は強く、部族間で絶えず激しい抗

争を続けているようである。

 南方地帯にはあまり記録が残っておらず、良く解らないのだが。おそらく大陸人の少数が流れ込み、土

着人と血を交え、同化していったのではないか。或いは自然に還る事を由とする一派が、望んでそこに住

み着き、独特の文化を形成したのではないか。と考えられている。

 土着人自体も居たかどうか不明なのだが。それが居ただろうと思わせるような、独特な風習や習慣は、

現代にも残されているようだ。

 どの部族も戦士であり、狩猟を主とする猛き民なのだが。如何せん数が少なく、今の所は脅威になると

は考えられない。

 実際、彼らが脅威となるのはもう少し先の話で。ある部族に強力な王が誕生し、一帯の部族を呑み込み、

彼らを統べ、覇道の野望を持って、北上を開始してからの事になる。

 今はそういう者達が居たとだけ、記憶していただければいい。

 地理的に見て、集袁は大陸中央部北東寄りに位置している。丁度北方の山岳地帯と、中央の泰山付近の

山地とを、平原で繋げるような地点にあると言えば良いだろうか。いずれの脅威とも離れているが、さり

とて何処からでも手を伸ばせば届く距離に在る。

 特に西方で同盟が結ばれれば、その東進に早々とぶつかる事になろう。

 森が多く獣も多いが、交通の便は悪くなく。平地もそこそこあり、地理的に便利な位置にある集袁一帯

は、大陸統一への足がかりに丁度良い。上手く北方の双家などと揉めてくれれば良いが、同盟など結ばれ

て、東進に専念されでもすれば、間違いなく集袁は落とされてしまう。

 兵質なら楓流も自信があるが、その数において圧倒的に劣っている以上、勝負にならない。もし西方全

てがまとまれば、楓流の持つ数倍から十数倍の兵数になるだろう。

 予想の開きが大きいのは、それだけ沢山の国家が乱立している事と、それぞれの兵士数が不明の為であ

る。だがどちらにせよ、最低の数を算出してみても、到底楓流の持つ兵力では及ばない。

 下手すれば彼の手勢しか満足に動けない場合も考えると、その兵力差は数十倍にもなる。

 楓流は技術革新に集中していたが、流石に西方の動きは怖いらしく、密に間者を放って、各地の情報を

得ていた。

 今の所は大同盟が結ばれる可能性は低く、誰が言い出したのか、夢想のような段階らしいが。主だった

勢力の当主達は、意外にもそれに乗り気な者が多く、俄に現実味を帯びてきているという噂もある。

 確かに彼らとしても、このままこの小さな地方で喰いあっているよりは、いっそまとまってしまい、覇

を大陸全土へ伸ばした方が、結果として利が大きいと考えても、無理はない。

 突出した勢力が無い為に、乗り気でもまとまるのに苦労しているようだが、それぞれに本気で考慮して

いるとすれば、いずれは大同盟が成ってしまうかもしれない。

 対抗すべくこちらも同盟を結び、協力して立ち向かいたい所であるが。豪、袁という周辺の二大勢力が

失われて以来、楓流以外に目立った勢力が出ていない。

 確かに同等の力を持つ勢力もいるが、とても誼を結べるような間柄ではない。戦えば共倒れになる事が

解っているから、お互いに憎々しく思いながら睨み合っている状態だが、いずれは争う事になろう。

 そういう状態だからこそ、今はある程度好きなようにしていられるのだが、手を結ぶに足る勢力がいな

いというのは、それはそれで不便なものである。

 自力ではどうにもならぬ以上、どうしても他の力を借りる必要があった。

 それも豪、袁の時のようではなく。対等な関係を結べる相手が必要だ。

 そこで楓流が目を付けたのが、前述した双家と孫家である。

 双家も西方の動向には注意を払っているはず。一大同盟など結ばれては、彼らもたまらない。しかしま

だ小さな内に、北と東から共謀して、西方の結束を崩していければ、その心配はなくなり。運が良ければ、

西方の潤沢な地を得る事さえ出来る。

 双家にとっても、これは決して悪い話ではないはずだ。

 孫家は東方にあり、直接にはまだ西方と関係なく、孫家は孫家で東方制覇に忙しかろうが。孫家と結ん

でおけば、少なくとも暫くは東方に配慮する必要がなくなり、西方に兵力を集中する事が出来る。

 孫家も今はこれ以上争う相手を増やしたく無いはず。同盟軍を派遣して貰う事は無理でも、不戦同盟く

らいは結んでくれるかもしれない。

 背後に名高い孫文が付いていると解れば、いくらかは西方への牽制になるだろう。

 しかし今の所は鉄器製造に忙しく、楓流も一段落付くまでは、情報収集しか出来ない状態にあった。

 今はひたすらに技術力を高めている。




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