不自然な人物

2-0.ある報告書：ギルス＝ドレイス伯爵について

　ギルス＝ドレイス伯爵については謎が多く、どれだけ調べても詳しく解らない。

　公的に知られている事実としては、ヴァンパイアウイルスの発見者であり命名者である事、おそらく最初

に認識されたヴァンパイアである事、発見以前からもその頭脳と才覚は高く評価されていた事、この三つで

ある。

　ドレイス伯爵家という家名とその記録もすでに失せていると言う事実もある故、残念ながらそれ以上は解

らない。これは人類の全記録が抹消した、後の話であるので。おそらく人為的に消されたと考えられる。

　では何故詳しい記録が抹消されたのか。

　一つにはギルス伯爵がヴァンパイアであり、当時からすればそれだけで忌み名とされても仕方が無い状況

があったからだと考えられる。ドレイス家が断絶されたのもそれが原因であるのだろう。

　当時は現在よりもずっとヴァンパイア達への風当たりも強く、完全に人外の化物であり、人類の敵対者だ

と認識されていたらしい。所謂ヴァンパイアハンターの原型となった者達もすでに当時存在していた節もある。

　その敵愾心（てきがいしん）は伯爵と言う高位の貴族でさえ免れない程に強く、その権力でさえ及ばぬ程

だったと言う事が、ドレイス伯爵家断絶の事実からも解る。とにかくギルス伯爵とドレイス家に関する記録

はある日を境にまったく歴史から抹消されたのだ。

　

　それでは何故彼の名前が今尚残っているのか。

　その理由は彼の記した著書にある。

　その書名は「ヴァンパイアウイルスと感染者に対する考察」である。

　さほど捻った名前で無いのは、仮の名前であったのか、ギルス伯爵の性格なのか。まあ、論文の名は解り

やすい方が良いだろう。

　彼はこの本以前にも数多くの著書を記していた気配があり、少なくとも博士号を授与されるくらいに才能

と権威があった事は解る。ただ当然その著書の類も全て現存しておらず、記録にも残っていないようだが（著

者名だけを変えたという可能性もあるのだが）。この本だけはどういう訳か現在まで残っている。

　ただその数は少なく、実在する事も当然極秘裏にされているようであるが。多少の地位のある者ならば常

識として知られているようである。ギルス博士の肖像画まで載っているにも関わらず、にである。

　残された原因としては、この論文がどの論文よりも的を得た物であり、これ一冊を読めばヴァンパイアに

関する事がほぼ解る程に、内容の優れた無二の名書であるという事が、可能性としては挙げられる。

　しかしそれであってもギルス伯爵の名と姿がそのまま載せられている事の理由にはなるまい。

　何故ならば著者の名も姿も簡単に改変する事が出来るからである。故にその名と姿をわざわざ堂々と残す

必然性がまったく解らない。ドレイス家を断絶してまでおいて、一体これはどういうことなのだろうか。

　残念ながら今となっては手がかりすら無い。

　ただ推測出来るとすれば、その名をどうしても残したい者がいたのだろうと言う事である。

　その者はギルス伯爵の信望者かも知れないし、全てを握りつぶそうとした者達への反抗者であるかも知れ

ない。

　ともかくもこの一冊の書物の所為で、ギルス＝ドレイス伯爵と言う名は現在もひっそりと生き続けている

のである。

　ただこの書物一冊では、ギルス伯爵が何故最初のヴァンパイアとなったのか、そしてその後の彼の消息等

は依然として一つも解らない。

　どこをどう調べても、出て来るのは唯一彼の残したこの一冊の書物だけなのだ。

　現在どこでどうしているのか、生きているのか死んでいるのか、最早何一つ調べられなかった。

　遺憾ながら、私はここでこれ以上の調査を諦めようと思う。

　どうやらこれ以上の調査は私にとって有益なモノは何一つ無さそうだ。

　そう言えば、面白い話を聞いたのでそれも記しておくとする。

　ギルス伯爵はどうやら始祖ヴァンパイアに関するある実験をしていたらしい。それは声高に出来ない実験

であり、上層部とも繋がりがあったとか無かったとか。

　或いは彼がヴァンパイアになった原因の一つがこの話にあるかも知れない。

　だがこれだけでは無責任な推測しか立てられない。

　最後にこの調査を最後まで遂げられなかった事を謝罪する。

　そして警告する。

　ギルス＝ドレイスなる人物には近付くなと。

　私がこの調査で一つだけ解った確かなモノと言えば・・・・。そう、彼に関わろうとする事は自殺行為に

他ならないと言う事だ。世の中には踏み入れてはならない領域と言うモノがあるらしい・・・。

　私は果たして何処まで踏み入れてしまったのだろうか・・・・。

　出来るならば、それがまだ引き返せる場所である事を祈る・・。

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