こちらは不可解な人物

2-1.不自然な道化師達

　レッフェルの不可解な死から一月が経ち、そんな出来事も忙しないアーデリーの人々の記憶から薄れ始め

た頃。このアーデリー市に何処からか不可思議な二人連れが現れた。

　一人は黒いスーツにシルクハットを被り、手にしたステッキをたまに軽く回したりしている。ある意味伝

統的とも言える、今は無き紳士スタイルであったが。こんな格好をしている者は最早皆無と言ってよく。は

っきりと言えば、変、であった。

　もう一人は背が小さくとても肥えており、まるでゴム団子が連結しているような姿をしていた。ただすば

しこく動く様は不自然な程に機敏に思える。こちらも簡単に言えば、変、であった。

　こんな可笑しな二人連れであるが、特に問題無く市内入りを果たした所を見ると素性は確かであるらしい。

真に胡散臭い世の中になったものだ。

　今この二人はアーデリー名物とも言える、外門と街を繋ぐ橋の上をひたひたと歩いている。

　さほど大きくも無い橋だが、風景に映えるデザインをしており。暑い時には風を浴びて涼を取ろうとする

市民がいたり、画家の類等も常時ちらほらと見かけられ、それなりに趣き深い。夜にライトアップでも出来

るならば、おそらくは良い観光名所となっただろう。

「ロッティード、良い風が吹いているぞ」

　紳士風の男が隣の小男に話し掛けた。

「そうでございますな、シュフェルム様。それにこの街はこのご時世でも賑わいでおりますから、さぞ面白

かろうと思いまする。ささ、早く参りましょう」

　小男は丁重にそう応える。どうやらこの二人は主従関係にあるようだ。ただそこにさほど厳格なモノがあ

る訳では無いようで、この小男も従者と言うよりは取り巻きと言ったような風に見える。もしかすれば、単

にこの小男が礼儀知らずである為かも知れなかったが。

「おや」

「どうされまして、シュフェルム様」

　紳士が何かを発見したようだ。視線の先を見ると、そこには一人の女が居た。俯くように橋下の水面を眺

めており、その後姿が景色に良く映えている。

　紳士は躊躇い無くその女性へと近付く。

「御婦人、どうかされましたか。よろしければ我輩が・・・・」

「御令嬢、何かお悩みがおありになりますれば。このシュフェルム伯爵様がお力になる。と、申されており

まする。ささ、ご遠慮なさらず」

　しかし何故か小男が素早く間に入り、自然な様子で紳士の言葉を無意味に代弁した。

　橋上の女性はいきなり現れ、しかも噛み合っていない二人連れに吃驚したらしく。はしたなくも大口を開

けたままで呆然と二人の方を眺める。

「ん、オホン。御婦人、こんな風の通りの良い・・・」

「御令嬢、こんな所に居てはお風邪を召してしまいまする。よろしければ私共と一緒に暖かい食事でもどう

でありましょう。そしてそこでゆっくり話を聞きましょう。と、主が申しております」

　一つ咳払いをした後、再度話し掛けようとする紳士を後目に、またもや小男が無意味に代弁をする。

「えー、ああ、その御婦人・・」

「ささ、御令嬢お手をお貸しくださいませ。不肖このシュフェルムがエスコートさせていただきましょう。

と、主・・・グベッ」

　小男の脳天に紳士のステッキが見事にめり込んでいる。

「我輩の台詞を奪うな、ロッティィィード！！・・さあ、御婦・・」

「キャアアアアアアアアッ！！」

　女性は可笑しな二人連れに今更ながら不審を抱いたか恐怖したか、悲鳴を上げて一目散に街中へと消え去

って行ってしまった。

「・・・・・都会の風と女性は冷たい・・・」

　紳士は苛立ち紛れに小男を踏み潰したまま、静かに憂いを帯びた表情でそう呟いたのだった。

　その呟きは風に乗り、何処かへと届いたのかどうか。

　ただ彼の被るシルクハットだけが、その風に微かにゆらりゆらりと揺れているように見えた。　

　紳士とたんこぶが増えた小男の二人連れは少しだけ意気消沈しながらも、それでも市街へと入り。この街

の喧騒にはさほど目もくれず、何事かこりたのか御婦人にも声をかけず、ただ只管にアーデリー郊外を目指

した。

　そして郊外への門をくぐり、ゆっくりとヴァンパイアの巣と通称される郊外一帯を見回す二人連れ。

「それらしき気配が濃厚ではないか、ロッティード」

「さようでございますな、伯爵様」

「こういう場所こそ我輩に相応しい。お前もそう思うだろう、ロッティード。この異風かつ耽美な街並みこ

そが真に伯爵と言うものだ」

　言っている事は良く解らないが、ともかくも伯爵はこの陰惨な場所に酷く満足を覚えたらしい。興奮気味

に先ほどから手にしたステッキをぐるりぐるりと回している。その先が回る度にロッティードに当っている

事を、さて意識してやっているのか。

「伯爵様、そろそろ・・・」

「おお、我輩とした事が。着任早々遅参する事は伯爵として紳士感（紳士としての感覚、又は紳士としてあ

るべき姿勢）に反する現象だ。さて、参ろうかロッティード」

　そうして二人連れは巣側にある警備署内へと入って行く。

　署内ではあまりにも不審な二人組みの登場に、訝しげな視線を送る者、関心無く無視する者、取り合えず

応対に出る者、対応は種々様々であったが、それでも伯爵は酷くご機嫌な様子で相変わらずステッキを回し

ている。

　そしてその横でそのステッキが何度となく自分に当る事を享受しつつも、顔全体で不機嫌を表しているロ

ッティードが居た。

　だがしかし、勿論貴族はそんな細かい事には干渉しない。

「当警備署に何か御用でしょうか」

　応対慣れしているように見える一人の警備官が伯爵に話し掛けた。ヴァンパイアハンターや傭兵にはおか

しな輩も多いので、この警備官はこの異様な二人連れにもさほど気にしてはいないようだ。

　考えれば当たり前の事だが、人間は変人だろうと偉人だろうといずれは慣れてしまうのだろう。出切れば

そんな人間にはなりたくは無いと思うのだが。残念ながらそれを選択する能力は人間には無い。

「うむ、我輩が・・・」

「このお方こそ、今回警備署長に就任された、かのシュフェルム伯爵にあらせられる。早速就任のあいさつ

に現れたのだ。と、主は申しておる」

　先ほどから不機嫌だったロッティードががらりとその顔色を変え、嬉々とした表情で主の言葉を無意味に

代弁した。どうやらこうして主の威を借りて話す事が、楽しくて楽しくてしょうが無い性分らしい。

「う、うむ。であるからして皆・・・・」

「皆、勤労に励め。それこそが貴様等の存在意義であり、価値である。と、主は申されて・・・」

「ロッティード！！ロッティーードォォォォォォ！！！」

　いい加減怒りに沸騰した伯爵がいきなり怒声を上げた。ロッティードの代弁に面食らっていた警備官達も、

流石にその声に我に返り、驚愕の表情で伯爵を見詰める。

　伯爵の表情は正に鬼神のように燃え盛っており、機嫌が最低ラインである事は誰の目にも明らかだった。

「貴様と言う男は何度言えば解るのか！！我輩の台詞を奪うなと何度も言っているであろうが！！！・・最

早許すまじ、ノーセンキュー（伯爵に逆らう者無し）の理念により貴様を処断する！！喰らえい、我一族に

伝わる４２の拷問技の一つッ！」

　伯爵の双腕が気持ちの悪い角度でロッティードに迫る。

「ヒィィィィ！！？」

「ハクシャァアアク！！ブラウンシュガァァァァァッ！！！（貴族故のほろ苦い思い出）」

　双腕がロッティードの両頬に添えられ、物凄い勢いで擦り振動される。

「ギャアアアアアアアアアアアアアアッッッ！！！！！？？？」

　凄惨な一時の後、儚く残ったのは、両頬が大げさなまでに膨れ上がり、哀れ下膨れの顔となってしまった

ロッティードの姿だけだった。

「顔が・・・顔が下膨れにィィィィィィ！！！」

　そして絶叫を上げるロッティードを無視し、伯爵が呆然とする警備官達へ声高に告げる。

「よいか！我輩の命にそぐわぬ者はその日の我輩の気分により、ノーセンキュー（伯爵に逆らう者無し）の

理念によって、我がシュフェルム家に代々伝わる４２の拷問技で処断する事とする。我輩こそが、アーデリ

ー警備署長シュフェルム伯爵である。よきに計らえ」

　そう告げられた警備官達が何を言える訳も無く。ただ彼らの心に去来した事は、何故伯爵がわざわざ警備

署なんかに、と言う最もな疑問だけであった。この新しい署長は彼らにとって何から何までが解らない人物

であったのである。

　そんな中、何故か勝ち誇ったような姿で仁王立ちする伯爵だけが、爽快に笑顔を浮かべていた。多分、色

々とすっきりしたのだろう。

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