2-11.尽きた手段


 侵入者である女はロドニー=シルビットと名乗った。名前自体はその道では広く知られている為か、或い

は自尊心故か、どちらにしても初めから隠すつもりも無かったようだ。自分は傭兵であり、このレーンフィ

ール家に忍び込んだ事も依頼されただけに過ぎないとも言ったが。しかし依頼主だけは頑として白状はしな

かった。そこは傭兵としてのプライドと、これ以後の仕事の事を考えたのであろう。口の軽い暗殺者等、雇

う者はいないだろう。

 リヒムッドもその辺は諦めている。彼女のようなタイプは何をしても、決して口を割らないだろう。

 依頼主がジークナルドであろう事は容易に察せられるのだが、証拠なしでは何をしても無意味だ。疑わし

きは罰せず、それが法と言うモノである。

 取り合えず姫君の所在が暴かれなかっただけで良しとする事とした。リヒムッドは常に多くは望まない事

にしている。

「貴方はこれからどうされるのです」

 相変わらず横たわりながら睨み付けるロドニーの扱いに困りつつ、口調を軽めに改めてから、そう問い掛

けて見た。リヒムッドとしては解決した以上、後はどうでも良いのだが。しかし仕事が失敗する事は決して

傭兵にとっては望ましい事では無い。そう考えれば、ここで彼女が素直に諦めるとは思えなかった。それを

裏付けるかのように彼女の目からは光も消えてはいない。

「それは貴様が決める事だろう」

 ロドニーから帰って来たのは、しかし予想していたのとはまったく別の言葉だった。

 いや、確かに考えてみれば。侵入者を捉えた以上、生かすも殺すも、犯すも逃がすも、全ては捕縛者の思

うままなのである。彼女もその辺は覚悟しているらしく、平然と言い切り、表情一つ崩さなかった。ここ

で殺されても、おそらく彼女はそれを素直に受け入れるのだろう。

 ただそれで益々困ったのはリヒムッドの方である。元々はこちらが問うたのに、それをこうして問い返さ

れてしまってはどうしようも無い。

 ここで例えば博士であれば、閨で散々に調律して従順な僕としてしまうだろう。例えばリグルド公爵であ

れば、何日拷問し続けてでも全てを白状させようとするのだろう。

 しかしここで当事者となってしまったのは、そのどちらでもないリヒムッドである。しかも彼には特に

ロドニーに関しての処分に、こうしたいと言う欲求は何も無く、考えてもいなかった。ただ姫君を護れれば

良いのであり、そしてエレインも護れれば良かったのである。

 だが捕縛してしまった以上は、ロドニーに何かしらの方向性を与えなければならなかった。それが捕縛し

てしまった者の責任と言うものであろう。彼女としても、例え何をされる事になったとして。それでもここ

でいつまでも無視され放って置かれるよりはましだと思うに違い無い。

「・・・・私が貴方を雇います」

 そして考えた末にリヒムッドが告げたのはそんな言葉だった。

「・・・・・どういう意味だ」

 ロドニーは当たり前のようにそう聞いた。訳が解らない、そんな表情の示すままに。

「仕事に失敗した以上、もう依頼主の元へは戻れず仕事も失う。そしてこの世界、人にとって不利な噂はま

たたくまに広がります。おそらく暫くは貴方に依頼が来る事はないでしょう。だから私が雇うのです。そし

て私の代わりにエレインとこの屋敷の警護をしていただきたい」

 リヒムッドはロドニーの顔を無視するかのように続ける。

「私もずっとこちらにいられる程、時間に余裕がある訳では無いのです。そこで代わりの人を探していた所

に、こうして貴方が現れた訳です。計らずも」

 そして彼は穏やかに微笑んだ。

 彼の言う話を聞くと、何処か間違っている気もしないでは無かったが、彼はまったく大真面目に言ってい

るようだ。となれば、ロドニーとしてもその依頼を断る理由も無い。初めからジークナルドには恩も何も無

かったし、それに彼の言う通り自分の評判が下がるのも目に見えていた。

 実力主義の傭兵の世界では、上がるのも下がるのも速く抗えない。ならばそれを素直に受け入れ、自分に

とって最良の決断をするのが良いだろう。

「その依頼、受けよう」

 未だリヒムッドを睨みつつ、ロドニーは最後にそう答えたのだった。 



 ジークナルドは諦めざるを得なくなった。

 何を、と言えばエレイン近辺の調査の事である。その理由は、と言えばロドニーから続行不能との報告書

が来たと言う単純な理由からであった。

 腕は確かだと聞いたから依頼したのだが、やはり噂は噂であり、なんら確証の無いものだったようだ。こ

の辺りがリグルドに未だ及ばない原因なのかも知れない。

 そして一度しくじれば屋敷の警戒も増すだろう。何より屋敷に侵入されたと知れば、流石にリグルドも不

快感を態度に現してくるに違いなく、これ以上は自分の今の立場を危うくする結果になる。

 気に食わないが、暫くは大人しくリグルドのご機嫌伺いに徹するしかあるまい。しかし重ね重ね腹が立つ

事である。勝てないと言う揺ぎ無い事実は常に誰かを不幸にするのかも知れない。

「傭兵等と言う物に頼ったのがそもそもの間違いだった」

 ジークナルドはカツカツと室内を足早に回っている。それで何がどうなる訳でも無いのだが、その怒りと

言う純粋過ぎる程のエネルギーを何かで消費しなければ、いずれその身まで燃やし尽くしてしまう。人の感

情ほど、強大で、お粗末なモノは無い。つまりは始末に悪いと言う事だ。

「くそッ!くそッ!!」

 ただ彼の怒りはそんな事ではとても消費しきれないらしく、今度は苛立ちを声と共に吐き出し始めた。

 何しろ公爵家に忍び込むと言う博打を決断した矢先に、この失敗の報告である。リグルドに勝てると言う

望みを打ち壊されたショックと、反撃が来るかも知れないという恐怖。この二つが相手では流石に豪胆と言

うべきか、いや厚顔無恥であるジークナルドでも、単純に楽観視する事は出来そうに無かった。

 しかし幸いな事に、彼にはメイド達がいる。彼の全ての感情を、無慈悲にぶつける事の出来る相手が。

 苛立ちを無くすには、そのエネルギーを他の行為に転化すれば良い。そしてその矛先は単純かつ、甘美な

もの程効果がある。つまりは単純な欲望であり、それを異性にぶつける方法と言えば一つしか無かった。

「お、お許し・・・下さい・・」

 すでに彼の肉体の下には無垢な少女の姿がある。彼女は最近新しく入った、いや買い奪い取ったメイドで

あり、未だ彼の洗礼を受けてはいない。しかし逆らえる訳も無い。そしてその時に見せる、この哀れで、し

かし人の征服欲をそそるこの表情こそが、何よりもジークナルドを安心させてくれる。自分の地位と権威は

確実であると。

 ジークナルドは弱々しくなる声を夢の先の出来事のように淡く聞きながら、少女の肉体を白く染め続けた

のだった。



 公爵家執事長、ラウド=ベッグナーは安堵していた。

「エレインは彼女が護ってくれます」

 そうリヒムッドにロドニーを紹介された時は驚きを通り越して呆れたものだが、傭兵と言う物は本来そう

言ったものかも知れないとも思った。傭兵とは依頼を達成し報酬を貰う事が全てであり、そこには成否だけ

があり、感情と言ったモノの入り込む余地は無いのだろう。

 だから例え失敗したとしても、依頼が終れば依頼者への義理も何も無い。何故ならばその分の報酬は貰

ってはなく、しかもそんな契約はしていないのだから。だがそう言う単純な関係だからこそ、かえって信頼

出来るとも言えるのかも知れない。

 幸いロドニーは真面目な性格であり、契約成立すれば、それを反故には決してしまい。 

 それに侵入者ありの報告はすでにリグルドへ伝えてある。そこまでされれば、リグルドも静観を続けるは

ずも無く。おそらくジークナルドもそれを解っている。少なくとも当分は動く事は無いだろう。

「お嬢様、ご安心下さい」

 彼は今使用人室で一杯の紅茶を飲んでいる。仕事の後に飲むこの一杯はまた格別なものなのだ。これだけ

が楽しみであると言っても過言では無い。

 そして何よりも、お嬢様の願いを達したと言う事が、至上の幸福となって彼を包んでいる。それを伝えた

時のお嬢様のあの笑顔を、終生忘れる事は無いだろう。

 差し込む窓日を浴びながら、ラウドはただ穏やかに微笑んでいた。

 柔らかな光は彼を祝福しているように見える。



                                第二幕  了




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