3-0.死天見解


 そもそも死天とは何者であるのか。

 いや、何者と言えるのかも解らない。そして彼(便宜上彼と呼ぶ)が広く知られるようになったのは、実

はそれほど昔の事では無い。

 死天、その名を初めて私が聴いたのは今から一年も前の事では無いだろう。

 ならば何故その名が短期間の内にこれほどまでに民衆へと浸透したのか。

 実を言えばそれもはっきりとは解らないのである。知らぬ間に知っていた、不自然で不可思議ではあるが

そう考えるしかない。しかもその広く知られている情報も実に不自然なモノなのである。



 その情報を並べてみるとしよう。

 この世でも数人しかいない特等賞金首であり、比類無きガンナーと言われるヴァンパイアハンター。しか

しその素性経歴等は一切解らず、主に怪盗として知られ国の至宝とも言うべきモノばかりを狙っている。

 驚くかも知れないがまとめればこれだけの情報しかない(勿論、その情報に無数の尾ひれが付いているの

だが、それは今は除外した)。しかもその真偽はどれも定かでは無いのである。

 そもそも何処からこんな話が生まれて来たのだろうか。



 確かに今のヴァンパイアハンターと言う定義はとても広くなっており、特にヴァンパイアを狩らなくても

賞金首を狙う賞金稼ぎ達の総称として使われてもいる。これから更に派生して、単なる無頼漢と見なされて

いる向きもあり。それから考えれば所謂怪盗の類もこれに含まれるとも言えない事は無い。

 そう言う定義が曖昧になりつつある事を思えば、正体不明である為便宜上ヴァンパイアハンターとした、

と言う事も考えられる。

 しかしである。まず特等賞金首である理由がまったく知られていないのである。これはどう言い繕っても、

不自然極まり無い。

 何しろ特等賞金首と言うのは、知っての通り政府からその首(つまりは生死問わず)に賞金をかせられた

者達の中でも、飛び抜けた犯罪を犯した者や最も凶悪な政治犯等に与えられる最上級の罪科である。もし捕

縛されたとしても二度と生きて日を浴びる事の無い者達でもある。

 通常は一級が最高額の賞金首であると言う事からも考えれば、特等の意味が少しは解るだろうか。文字通

りそれ自体が特別な存在なのだ。

 であるから、自然に特等をかせられた者は一市民にまで知れ渡る程に有名になる。どの特等賞金首も何処

で何をやって賞金を負わされたのか、それは小さな子供まで知っている程なのだ。つまりはそれほどの罪を

犯した者に与えられる刑なのである。

 だがこの死天のみが違う。

 彼をはっきりとは誰も知らない。何故、何時賞金首となったのか。そしてどんな姿であるのか、性別は、

特徴は・・・。それが何一つとして知られていない。

 これが異常でなければ、なんだと言うのだろうか。

 まったくもって解らない。

 確かに国の至宝をいくつも盗み出してはいるが、それだけでは特等にはならない。しかも特等賞金首とな

ったのは死天の名が知れ渡るずっと以前からのようなのだ。

 最早そこに神秘すら感じられる。



 死天に最も近い者と言うなら、警備官A氏が挙げられるだろうか。不思議な事に彼が夜勤の時に限って、

この死天が現れているようなのだ。つまりは彼は死天と遭遇している数が誰よりも多いと言う事になる。

 しかしこのA氏が死天に何かしらの関わりがあるのかと言えば、それもまた疑問と言える。

 彼は犯罪を憎み、アーデリー市をこよなく愛している。その彼が死天と繋がりがあるなどとは論外であろ

うし、何よりその意味も無い。死天が一介の警備官を当てにするとは考えられないからだ。どうせならば警

備署長にでも接近するだろう。

 警備署長と言えば、元警備署長が変死を遂げていると言う話を聞いた。しかしそれもまた死天と関係があ

るとは考えられない。

 別の考え方をすれば、死天がA氏をからかっている、と言う事も考え付く。だがそれならそれで、そうす

る事の意味も解らない。勿論、初めから何もかも偶然であり、結果から言えば全ては死天の気まぐれだった

と言う事もありえない事では無いのだが。



 とにかく死天に関して唯一はっきりしている事は、何もはっきりとは解らないと言う事であろうか。おか

しな表現であり、言葉として間違っているかも知れないが、そう言うより他に無い。

 ただ正式な特等賞金首である事は間違い無いようだ。しかも誰も顔を知らない特等賞金首。

 調べて見ると、その賞金額も特等の中でも類を見ない程に高額だった。

 その為、全ヴァンパイアハンターが多かれ少なかれ彼を狙っている事は間違い無い。しかしそれは雲を掴

むような話でもあり、古参のハンターの中には死天は実はガセネタで、政府がハンター達を焚き付ける為

に自作自演しているのだ、と断言する者も居るようだ。

 果たして真偽は何処にあるのだろうか。

 死天とは実に興味深い取材対象である。或いはその謎、神秘性が死天の名を認知させる要因なのかも知れ

ない。調べれば調べる程、その謎は深まる。それもまた人を魅了する一大原因の一つなのだろう。



                              アーデリー新聞より抜粋




BACKEXITNEXT