3-3.二人の傭兵


 貴銭街へ辿り着けば、リグルド=レーンフィール公爵家への道を迷う事は無い。何故ならば公爵家は大き

な屋敷が立ち並ぶこの貴銭街でも一際異彩を放っており、中心部へと続く大通りを道なりに真っ直ぐ進めば

やがて見えてくると言う便利な位置にあるからだ。

 これはつまり貴銭街と呼ばれる金持ちのみが住む一区画が、この公爵家と共に歩んできたと言う証なのか

も知れない。この国の栄華は常にレーンフィール家と共にあったのだ。

 重臣が時に王よりも権力を持つと言うおかしな事態も、人類の歴史を振り返ってみれば(消えたはずの情

報が残っており、閲覧出来るとして)さほど珍しい事では無いと言える。しかしこの公爵家のようにそれを

ずっと保っていると言うケースは珍しいかも知れない。

 重臣の権力の肥大と言うモノは、大抵の場合一代限りで、或いは一代も持たずに、まるで歴史に排除され

るかのように呆気なく消えてしまうのだから。

 まあ、そんな話はどうでも良い事。ともかくリシアは簡単にこの公爵家へと辿り着く事が出来たのだ。

「流石は公爵家と言った所かしら」

 他家の屋敷などとは比べ物にならない程の規模を誇っている。無意味に外見と外枠に金を使う貴族の見栄

根性も、ここまで来れば評価に値するかも知れない。無駄もこれほど浪費されれば、さぞ経済に貢献出来て

いる事だろう。

「でも簡単に門は越えられそうね」

 門構えも堂に入った物だったが、しかしさほどその警備が厳重と言う訳でもなさそうだ。この程度であれ

ば、少しは名の知れた者なら労せず侵入出来そうに見える。あくまでも侵入だけで言えば、の話だが。

「こう言う場合は侵入してからが問題なのよね」

 厳重でないと言う事は逆に言えばその必要が無いからとも言える。つまりは誘っているのだろう。一度入

ったが最後、二度と日の目が拝めないような仕掛けとなっているに違い無い。或いは屋敷に忍び込めた所で、

見られて不味い物は見付かるはずも無いと言う自信があるのだろうか。

「どちらにしても公爵は嫌な奴に違いないわ」

 リシアは自然に門へと近付き、ごく当たり前のようにその門内へと忍び込んだ。その動作は例え白昼堂々

とであっても誰の目に止まる事も無かっただろう。ごく自然な振る舞いと言うのは、外から見ていて驚くほ

ど人間から警戒心と言うモノを奪って行くように思える。

 ある意味マジックの原理と似ているかも知れない。

「ここにいるのならもう出て来てもよさそうだけれど」

 リシアは庭内を見渡す。彼女の知っているロドニーであれば、すでに侵入者に気付いているはずだった。

そして気付いているとすればもうそろそろ・・・・。

「動くな」

 低く鋭い声と共に、まるで降って湧いたかのように突然リシアの喉元にナイフが突き付けられる。

「この屋敷に何のようだ」

 そしてその声は静かに強まる。

「屋敷自体には用は無いわ。あるのは貴方よ、ロドニー」

 リシアは喉に刃が食い込むのも気にせず、半ば強引に後ろを振り向いた。

「・・・・・ガルシア?」

 そこには手元をリシアの血で濡らしながら、珍しく驚きの表情を浮かべているロドニーの姿があった。

「相変わらず容赦無いのね」

 それを確認してリシアは喉に浮ぶ熱さを無視するかのように微笑みを浮かべた。



 リシアは館内の一室へと案内された。

 歴史ある屋敷らしく、どれを見ても風格と重みを感じさせる。それでいて華美な感じを受けさせず、趣味

の良さにも流石に伝統ある貴族を思わせた。この辺の機微は昨日今日の成り上がりにはとても真似が出来そ

うに無い。

「しかしお前がまさかヴァンパイアになっていたとはな」

 ロドニーは品の良い椅子に腰掛け、紅茶の並んだテーブル越しにリシアの喉元辺りを見詰めた。そこには

先ほど付けた傷痕もすでに無く、まるで先ほどの事が夢のようにさえ思える。

 ヴァンパイアとなっても別段未知の能力や魔術などが使えるようになる訳では無いのだが。その治癒能力

を筆頭とする身体能力全般は爆発的に向上されている。刃物程度では首を切り落しでもしない限りはまった

くダメージにならないだろう。

 通常では致死にすらなる頚動脈の切開を受けたとしても、まるで問題にはならない。痛みすら感じ無いら

しく、蚊にさされた程度の効果も与えられないようだ。ヴァンパイアとはまったくもって人間の天敵となり

うる存在である。

「私も色んなモノを見てきたが、喉にナイフを突き刺したまま笑って振り返る奴など見た事が無かったぞ」

 ロドニーは傷口の無いのを確認して改めて苦笑した。

「こっちも驚いているわよ。貴方にこんな良い部屋に案内される日が来るなんてね」

 対するリシアは変わらず微笑を浮かべている。

「ロドニー、貴方がしくじったなんて聞いた時は驚いてしまったけれど、どうやら心配無かったようね。で

も一応一体どういう事があったのか教えてくれないかしら。でないとここまで来たかいが無いわ」

「ああ、まあ折角久しぶりに会えたしな」

 そうしてロドニーはある人物に依頼を受けてこの屋敷に来、それからリヒムッドに妨害されるまでを語っ

た。勿論その顔は相変わらず苦笑に彩られている。

「そんな事があったの・・・・。その男、何者かしら・・・・。貴方はそれでも一流と言われているのにね」

「それでもは余計だ。だが確かに気にはなる。何でもこの屋敷とも縁が無い訳でも無いらしいが、しかしそ

れ以上は解らない。あれから一度も会ってさえいない」

 ロドニーは少し哀しそうな顔をした。それを見て悪戯っぽい微笑みに変えるリシア。

「あら、気になるのその人の事」

「なッ、馬鹿な事を!」

 そして珍しく激しく叫ぶロドニー。それを見れば少なからず興味がある事は何よりも明白であった。

「あらあら、一蹴されて惚れるなんて。貴方いつからそんな趣味になったのかしらね」

「言わせておけば・・・・・。そう言うお前こそヴァンパイアになるという事は、始祖に魂を売り渡したも

同じだろう!」

「そうかも知れないわね。もう私はあの方の傍を離れられない。でも後悔はしていないわ、僕になるくらい

が本当は幸せなのかも知れないわね」

 けろりとした顔で聞き流すリシア。それを見て尚もむくれるロドニー。

「フン!一人だけ大人みたいな顔をして」

「ふふ、相変わらず一度ペースを乱されると弱いわね」

「フン!」

 二人はまったく対照的な顔で同じように手にしたティーカップを口元へと運ぶ。温かい液体を摂取する事

でロドニーはようやく落ち着きを取り戻したようだ。

 そんな調子でその後も二人は暫くの間、久しぶりとなる取り止めの無い会話を続けたのだった。

 リシアが屋敷を出たのは結局朝方となる。幸い二人の再会を邪魔する野暮な侵入者はその夜現れる事は無

かった。 




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