3-7.死天光臨


 アーデリー市内警備署へ、死天出現、の報告がなされた。

 警備官達は絶望的な表情を隠そうともしないが、それでも全速で準備を済ませ、警備署を駆け出して行く。

慌てていても彼等は隊列を崩さず、足並みを合わせてひたすらに駆ける。警備官は個々の実力はヴァンパイ

アなどに対しては無力に近い存在ではあるが、その分集団としての訓練を積んでおり、人数が居ればそこそ

こには対応出来た。

 とは言え、勿論圧倒的な身体能力の差がある以上ヴァンパイアに対して勝ち目はまったく無く。少しの時

間を稼ぐくらいが関の山ではあったが・・・。ただ、それはヴァンパイアと言う恐るべき天敵に対しての事

であり、人間の犯罪者に対しては警備官も有効であった。

 願わくば死天がただの人間である事を祈る。

 ただ死天がどちら側に属する者であれ、警備官の士気はやはり低いようだ。皆目は虚ろに近く、そのほと

んどが死天に対して自分達は無力でしか無い事を、解り過ぎるくらいに解っている。もう何度出動したか

解らないのだが、その一度として死天を捉えれた者はいないのだから、やる気よりも無力感に苛まれるのが

当たり前と言えばそう言えるのだろう。

 だがここにたった一人、変わらず鋭気を失わない男も居る。

「速く、速く」

 そう言う焦りを歯を食いしばる事で紛らわせ、両拳を痛いほど握り締めていた。

 警備官アーネード=ラウドスである。

 彼のみは死天が初めて現れた時より、その意志はまったく衰えていない。それどころかその意志は増大

し続け憎悪をすら生み出し、最早執念にまで昇華していた。それは死天が犯罪者であるから憎む、と言う段

階を越え、死天であるから憎む、そんな所まで来ている。

「今日こそはこの銃で撃ち抜いてくれる!!」

 声には出さないが、そのような決意はその両の眼を見れば何よりも明らかであった。執念に燃える者の目

は等しく同じある色を宿している。今にも全てを焼き尽くすようで、それでいて未だ燃え出せず燻っている

ような、そんな薄寒い狂気にも似た色が。

 表情も硬く張り詰めており、彼の同僚達も話し掛けるのを憚われる程だ。

 しかし考えてみればおかしな話になる。何故死天はアーネードが夜勤の時に限って、それを狙っているか

のように現れるのだろうか。一度、二度ならば偶然かも知れない。しかしそれが四度五度ともなれば偶然で

は済むまい。

 まあ確かに人類の歴史の中で、必然めいた偶然も数限り無く起こっている。ようするに確率の問題であり、

そう思えば例え百度続いたとしてもやはりそれは単なる偶然なのであろう。

 だがそれを我が身に受けた者は運命と言う必然だと考える。何か大いなる意志がそこに存在するのだと。

どうも人間はこの手の偶然に弱いようだ。それは人間が本来夢見がちな生物である事の証明かも知れない。

 どちらにしてもアーネードにとって大事なのは、そして警備官達にとって重要なのは、死天がそこに現れ

たと言う事実だけであるだろう。

 そして彼らは現場へと急ぐ。例えその行為が何度無駄になろうとも。



 薄暗い気配、警備官達が感じたのはそれくらいだっただろうか。

 彼らが現場に到着した時にはいつもの如くすでに死天に至宝が奪われた後であった。今回奪われた至宝は

リリア=レーン=シルビリア女王が購入し、近々王宮へと収められる予定であった深海の煌きと称せられる

ブルーダイヤモンド。国内でも第一級の品であり、一都市の財政が傾く程の値が付いている。

 被害にあった宝石店は王室御用達のクロケット宝石店、ここは死天の被害を最も受けている宝石店でもあ

る。つまりはそれだけこの店に至宝が集まっていると言う事だ。

 その為か死天が現れてからのクロケット宝石店オーナー、ジョシー=クロケットは悔し涙を流さない日は

無いと言われている。彼はその莫大な資金力を使い、あらゆる対抗手段を用いたが、そのどれもが警備官と

同じでまったく何の効果も生み出さなかった。

 今頃ジョシーは店内で卒倒している事だろう。

「あそこだ!!」

 警備官の一人が宝石店からさほど離れていない建物の上を指差し大声を上げた。

 死天であろう。

 いつもの虚ろな瞬きのままに、ゆらりゆらりと高所に漂っている影が居る。死天は今までも犯行後もまる

で警備官の到着を待つように、常にこうして現場近辺に居た。周知の通りそれが警備官や傭兵、賞金稼ぎ達

の士気を大いに貶めている。今はその姿は誰の目にも余裕としか映らなかった。

 何しろそんな所に居る理由が無いのである。何故嘲笑うかのようにそうしているのか、死天自らに問わな

い限りはその答えは解るまい。

「行くぞ!!」

 警備主任官がやる気を振り絞るかのように号令を下す。彼らも犯罪者を前にすれば、多少は士気が上がる。

度重なる無力感に脱力させられているとは言え、彼らの誰しもが犯罪者に対する怒りと、そしてアーデリー

市の治安を守ると言う使命感を失う事は無いのだ。

「今日こそは捕まえてやる!」

 警備官達は口々にそう叫び、自らを鼓舞しながら数隊に分かれ、包囲するように死天へと駆け続けた。

「・・・・・・」

 死天はそれを待っていたかのように、徐々に犯行現場から離れていく。ゆっくりとだが確実に、そして自

分を追う者から距離を充分に保ちつつ。その様はまるで遠くの影が萎んでいくように見え、或いは自らの背

中を追い続けるかに思え、決してそれは到達出来ない存在であると感じられた。

 こうして小一時間程経っただろうか、このくらいの時間から徐々にその疲労感に耐え切れず、警備官の士

気が激減し、脱落者が出てくる。やる気の無いモノに何かが為し得るはずも無く、最早この時点で彼らは敗

北していると言って良いだろう。

 だがこれもいつものように、そんな中で一人だけ更に意志を燃え上がらせる男が居た。 

 そう、アーネード=ラウドスである。

「今日こそは、決して、決して諦めるものか!!」

「アーネード、隊列を離れるな!」

 警備主任官の静止の声も耳に入らず、アーネードは更に駆ける。これも彼の執念がやらせた毎日の激しい

訓練のおかげであろう。彼は走力も体力も死天が現れてから飛躍的に伸びていた。

「死天!!!」

 彼は隊列より遥かに突出してしまった事にも気付かず、ホルスターから改造銃を抜き放ち、更に速度を上

げた。高所に虚う影へと向かって。




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