レーンフィール家を出、まずロドニーが向かった先はアーデリー傭兵所であった。 傭兵所とは前にも触れたように、あらゆる情報が集まる場所であり、仕事の斡旋なども行っている。 闇雲に調べる事こそほど無意味に体力を浪費する事も無く、まずは情報収集が鉄則となるのだが。傭兵で あるロドニーにはこの方法が一番良い。その仕事柄ここには裏側の情報も数多く集まる事も、この際プラス に働く事だろう。 「・・・・油断ならぬ相手のようだ・・」 しかし彼女の狙いは見事に外れてしまった。 勿論セルビアの死についての情報は雑多無数にあったのだが、どれもこれも真相には程遠く、まるで霞に 紛れたようにその先にあるモノがまったく見えなかった。 傭兵所の性質を考えれば、これは未曾有の自体と言っても良く。それだけ相手側の力の大きさを思い知ら される。しかし何も収穫が無い訳では無かった。これは裏を返せば、それほど大きな力を持つ存在が介入し ていると言う証明でもあり、これだけでも大きな収穫であると言える。 「やはり小物や、その場限りの犯行ではない訳だ・・・」 となればやはり公爵が臭い。 「・・・これは久々に骨を折りそうか」 ロドニーは公爵家にここ暫く警護として雇われていたのだが、その間まったく公爵の裏の顔に触れる事 は無かった。彼女も無為に警護していた訳では無く、彼女なりにこの状況を利用すべく密かに屋敷内を調査 してもいたのだが、何一つ価値のある情報を得る事は出来なかったのである。 彼女の諜報能力は傭兵の中でも抜きん出ている。それでも見付からないという事は、やはり屋敷内には何 も残してはいないのだろう。公爵の私室にも何度か入り込んだ事があるが、目に付くものと言えば胡散臭 い書物か正規の領収書、後は使用人の名簿などと言う公爵以外の人間にはどうでも良いような物しか無かっ たのだ。 となれば、後は城内かそれとも他に適当な場所を用意しているのか。おそらくは後者だろう。そうなると 如何に彼女であっても、それを探るのは難しい。 用心深い公爵の事だ。その場所は誰にも明かしておらず、その所在が解るような行動もとってはいないだ ろう。それを知るには公爵自身に問うくらいしか方法が考えられない。 即ち、不可能である。 「・・・・待てよ、或いはあの男ならば何か・・」 あの男とは思い出すのも嫌であったが、前の依頼主ジークナルド=ベッフェンの事だ。 彼は公爵との裏の繋がりも深く、お互いに信用してはいない。あの公爵に最も近い人種ならば、何かしら の事は探れているかも知れず。可能性は低いが、彼が実行犯であると考えられない事も無かった。 「少しの可能性でも探る必要があるだろう」 公爵が自ら動くと言う事は考えられず。必ず実行犯は他に居るはずであった。公爵が難攻不落であるな らば、その実行犯を見付けるしか他に手は無い。勿論あの公爵が頼むような相手だ、一筋縄でいくはずは無 いだろうが。 「まあ、だからこそやりがいがある」 ロドニーは再び行動に移った。困難であるが故に燃え上がる感情も人間には存在する。
しかし流石にロドニー一人では心許無いのも否めない。ただの潜入工作の類であれば、彼女一人で充分で あるのだが、今の場合はサポートが欲しい。それも出来れば公爵やジークナルドに対抗出来る人物に。 「・・・あの人が居れば・・・」 ロドニーはリヒムッドを思い出す。 彼は不思議な程数多の事に詳しかったように思う。それはただの事情通と言うレベルでは無く、もっとし っかりした情報力の上に成り立つモノだ。あの情報力を得られれば、おそらく出来ない事は少ないのだろう。 そしてそれ以上にリヒムッドと言う存在が頼りになる。 ただ、こちらから彼とコンタクトを取る手段を誰も知らない。いくら頼りになっても、これではどうする 事もままならない。 「・・・・・・」 ロドニーは彼を思い出すと少し物悲しくなってしまったが、しかし確かで無いモノに頼っていても仕方が 無いのも事実である。ましてやそんなモノに縋る訳にはいかない。 「ならばガルシアに・・・・いや、無理か・・」 親友とも言える同業者、ガルシアは最も信頼出来る者の一人である。 しかしガルシアがヴァンパイアとなった以上、始祖から長く離れる事は考えられず。それに彼女が行動を 起こす事で、その始祖の存在が明るみに出る可能性を望むはずは無かった。 ロドニーとしてもそこまで彼女に迷惑はかけたく無い。 「・・・でも、念のために知らせるだけはしておこう」 ロドニーは配達業者に金を握らせ、ジークナルドと公爵を調べる事をしたためたガルシアへの手紙を託し た。こうしておけば、もし自分に何かあった時、運が良ければ助かる道がひらけるかも知れない。 相手が相手である、多少の危険は覚悟しなければならないだろう。
貴銭街を暫く行けば、その雄大な屋敷に立ち当る。 その真新しい趣味の悪い屋敷こそがジークナルド=ベッフェンの居場所であり、権威の象徴であった。当 然、その警備は厳しく、迂闊には近寄れもしない。 「と言う事は近寄って欲しく無いモノが、あの屋敷内にごろごろとある訳だ」 ロドニーは微笑む。 まるで警戒心の無い公爵の屋敷などよりも、彼女としてはこういう屋敷の方が忍び込みがいもあると言う ものだ。そしてその危険の見返りも当然ある事だろう。 「公爵がジークナルドなどに自らの秘を明かす事は無いだろうが。しかしジークナルドの方も今回の件は調 べに調べているはず、ならば何か情報があるはずだ」 ジークナルド、新興の成り上がりとは言え、アーデリー一の大商人とも言われる男である。その諜報網は ロドニーのような一個人ではとても及ばない。彼ならば何か尻尾の先程の事は掴んでいるのかも知れない。 それほど期待は出来ないが、なにしろ他に当てが無いのである。今は藁をも縋る思いだ。 「・・・・・・」 屋敷の警護には人間だけで無く、猟犬の類まで使われていた。威嚇しているのだろうか、低い独特の唸り 声が聴こえる。 人間ならば欺くのは容易いのだが、獣を欺くのは難しい。毒殺でも出来れば楽なのだが、おそらくそれに 対しての訓練も積んでいる事だろう。不自然な臭いのする物を食べるはずは無く、余計な事をすればすぐに 吠え立て、騒がれてしまう。 とにかく単独潜入では隠密が命である。ここは慎重にいかねばならない。 ロドニーは匂いを消すべく土くれを身体中に擦りつけながら、静かにその時を待った。 |